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ある日の二年E組 『もはやコント』






 時は昼休み。


 開け放たれた外側の窓からは、ザワザワと賑やかな喧騒が聞こえてくる。


 しかし――


 二年E組の広い階段教室前部――教壇を囲む八人の少年たちは、無駄に周囲に緊張を強いるような緊迫した空気を醸し出していた。


 ………まあ、もっとも、彼らに慣れていない他のクラスの生徒たちならともかく、クラスメートたちはちらりとも視線を向けずに普通に受け流していたが。


「これは――」


 二人の幼なじみと公認の二股関係を築いている田中静輝は、鋭い目で両隣を警戒しながら何時でも動けるように構えを取っていた。


「意外な宝物が入っていたものだな」


 灰色の髪に三白眼。着崩した制服姿の不良っぽい外見を演出している日歩宗次が、デザートイーグル――自動拳銃♡――を片手に、教壇を挟んで正面に立つ少年を威嚇しながら呟く。


「さてさて、これは誰が手にするべきものなのかね?」


 そんな日歩宗次の正面に立つのは、迷彩柄のバンダナを巻いた軽薄笑顔の斉藤悠だ。ヘラヘラしながらも両手には自動拳銃を持ち、腕を交差させながら銃口をクラスメートに向けている。平然と。


「無論、公平な条件の下に誰かの手に委ねるべきだろう」


 ほんの刹那で、常に持参している竹刀袋の中から真剣――モノホンの刀♡――を取り出し、居合いの構えになった水城刃が、下手な動きを見せた者から『斬る』と言わんばかりに、怜悧な殺気を放っている。


「抜け駆けは許されない。至高の宝石は選ばれし者が手にするべきだ」


 そんな水城刃の居合いの射程内にいる水希縁は片手を制服のブレザーの中に忍ばせ、もう片手にはグロック19を構えている。


 微妙に中二の病が香る発言をしながらも、臨戦体勢を微塵も崩さない。


「それじゃあ、公平な条件ってなんだよ」


 沙耶守蛟は制服のブレザーを脱ぎ捨てながら頭を掻く。無造作でありながらも、鍛え上げられた肉体は如何なる状況にも対応するべく力を撓めている。


「じゃんけんか?」


 藤宮透流は教壇の上で燦然と輝くものに目を奪われながらも、両手両脚は別物であるかのように俊敏な獣を連想させる構えを維持している。


 端的にも実質的にも、餓えた獣そのものである。


「妥当だとは思うが、この状況で素直にジャンケンに応じられるものかね」


 普通にイケメンの御影翔悟が、困ったねと言わんばかりに額に手を当てる。


 隙だらけではあるが、既に一触即発の状況では誰もが手を出すに出せないというのを見越した上である。


「下手をすれば、武器を手放した瞬間に素手の武闘派に殴り倒されそうだよなぁ……」


 どころか、下手を打たずとも何人かは普通に死にかねない状況ではあるが、彼らは緊迫していても、死神の鎌が目の前にあるという緊張とは無縁だった。


 自身の実力を信じ、また迂闊に殺すような真似はすまいという信頼があるからこそである。


 そんなある意味で歪な信頼を当然のように抱きながらも、各々が必殺に至る凶器――素手だからって安心しちゃいけない♡――を普通に向け合っているのだから、二年E組の生徒は他のクラスから危険視されるのである。


 一部がこう(・・)だと、ついでのように全体もそう(・・)なのだと見なされるのは世の常である。


 ある意味においては大半がそんな感じなので、概ねは間違っていないのだが。


「そんな卑怯な真似はしないって……」


 苦笑しながら藤宮透流は言うが、やはり視線は教壇の上から離れない。


 それを手にするのは自分だと言わんばかりであり、他の者たちもそれに関しては同様だ。


 殺意にまでは昇華していない殺気で互いを牽制し、きっかけを待ち望む。


 一触即発であり、動き始めれば全ては一瞬で終わるだろう。


 戦闘力という意味では、わりと抜きん出ている者が集合しているような構図なのである。


「「「………………っ」」」


 誰かの唾を飲む音でさえも、全員の耳に届く。


 そんな極限の集中状態で、彼らは互いの出方を伺う。



 ● ● ●



「また下らない催しが始まりそうだな」


 階段教室後方の長机で、お抱えのシェフが(廊下で)用意したコース料理を口に運んでいた皇帝が、やや呆れ混じりの声で言う。


 給仕係も傍らに立ち、まるでその一角だけが高級レストランにでも変貌したかのような風情であった。


「彼らは真剣だよ」


 皇帝のたっての希望で昼食のご相伴に預からせてもらっている地味な没個性で有名(?)な夕凪和真は、苦笑を浮かべる。


 どこをとっても特徴らしい特徴がなく、目を離せば次の瞬間には忘れ去ってしまいそうなぐらいに印象が薄いのだが、最近は一部から熱烈に認識されている。


「馬鹿馬鹿しいとは思うけれどね」


 皇帝と同じようにお抱えのシェフに用意させた昼食を食べている姫野朔夜は、露骨な蔑視を向けている。


 彼らそのものを蔑んでいるわけではなく、単純に昼食中に騒ぐなというマナーの観点からであるのだが、普通に蔑むことも多いために容易に区別が付くような視線ではない。


 夕凪和真を挟む形で並んでいる皇帝と姫野朔夜はともに、天城財閥麾下十二企業の一角を占める大企業を統べる一族の直系の子息・令嬢であり、学生の身でありながらも業務の一部を任せられている若社長という顔も持っている。


 本来であれば、そして、クラスメートであっても、夕凪和真のような一般家庭育ちの少年とは接点を持ちようもない者たちなのだが、夕凪和真本人が無自覚な『才能』を買っているために、将来的に自らの『片腕』となるべく、唾を付けようとしているのである。


 互いにライバルでもある二人は熾烈な火花を散らし、他のライバルたちも虎視眈々と同じように狙っているのだが、当の本人だけは『身に余る』と思いながら、のほほんと受け流しているのが現状だ。


 ともあれ。


「いやぁ~、望めばすぐに手に入る帝くんや朔夜さんとは違って、昼食の購買戦争に青春をかけてる彼らみたいな人たちからすると〝アレ〟は貴重なものなんだよ」


「ふむ。」


 皇帝は少しばかり考えるような素振りを見せてから、パチンと指を鳴らした。


「こちらです」


 皇帝の秘書のような立ち位置にある女性――土師鶫がどこからともなく、〝ソレ〟を取り出して彼に渡す。


「………。自分で言っておいてなんだけど、まさか本当に指を鳴らしたら即座に出てくるとは思わなかった」


 あまりに当然のように行われた一連の展開に、普通に目を丸くする夕凪和真。


「当然の嗜みよ」


 ふふっ――と微笑を浮かべながら、姫野朔夜も指を鳴らす。


 常に彼女の傍に控えている女性の一人が、まるで手品のような手腕で〝ソレ〟を献上する。


「どうなってんのさ?」


「常に主人の期待に応えられるのが、仕える者の務めなのよ」


 本当の意味では何の答えにもなっていないことを言いながら姫野朔夜は、受け取った〝ソレ〟を夕凪和真に渡す。


「夕凪くんにプレゼントするわ」


「ありがとう。初めて食べるからうれしいよ」


 今も教壇を囲む少年たちの争いの焦点となっているそれ(・・)は、包装された焼きそばパンだ。


 この学園の購買の一つでのみ売られている限定品。


 一日に五十個しか販売されないために、よほどのスタートダッシュかインチキみたいな手段を使わない限りは入手が困難とされている一部では伝説扱いのパン。


 わずか二百円でありながら、パン職人が採算度外視で腕を振るった焼きそばパンは、桃源郷の如き味で食べられた幸運な生徒を腰砕けにさせるとか。


「とりあえず、味わってみるとしよう………………む。」


 包装を開き、焼きそばパンを口にする皇帝。


 果たして、舌の肥えている彼がどのような評価を下すのかと、興味深そうに見つめる夕凪和真と姫野朔夜。


 そんな二人の視線の先で、一口食べた皇帝はわずかに動きを止めた。


 次いでもう一口。さらにもう一口と続き、あっという間に胃の中に収めてしまう。


「成程な。あいつらが争うだけの価値はある」


「へぇ……。あんたがそんなに言うなんてね」


「折角だから、半分こする?」


「プレゼントしておきながら半分でも返してもらう形になるのは不本意だけど、帝にそこまで言わせる味に興味が湧いたのは事実ね。悪いんだけど、夕凪くんの提案にうなずかせてもらうわね」


「うん。元々は朔夜さんからもらったものだしね」


「ありがと」


 そして、夕凪和真と姫野朔夜も焼きそばパンを一口食べて、動きを止める。


 それからすぐにもう一口と、先刻の皇帝と同様にあっという間に平らげてしまう。


「なんだろう。この焼きそばパンという枠組みを超えた感のある超越的な味は?」


「上手く言葉では表現できないけれど、わたしの舌を呻らせるとは侮れないわね。ちょっとこれを作った人の素性を洗っておいてくれるかしら? 事と次第によっては抱え込むわよ」


「さらっと凄いこと言うよね」


「「え?」」


 姫野朔夜と同じような指示を出していた皇帝ともどもに、困ったように苦笑している和真を挟んで二人は首を傾げるのだった。


 なにはともあれ。


 そんな焼きそばパンを巡る熾烈な戦いが、いよいよ本格化しようとしているのだった。



 ● ● ●



 ジャンケンで負けた二人が購買で大量に購入した惣菜パンや菓子パンでの昼食をする予定だったのだが、何故かパンの山の中に紛れ込んでいた一個の『伝説の焼きそばパン』の存在が、直前までの和気藹々としていた和やかな雰囲気を一変させた。


 つまりはそういうことである。


 息の詰まるような緊迫感の中、言葉による駆け引き――前哨戦が始まる。


「………聞くが、退く気のある者は?」


 誰かが穏便に引き下がるならば、それだけ被害は軽減できる。


 だが、問いを発した御影翔悟でさえも退く気がないのに、ましてや他の曲者たちがそんな易々と引き下がるはずがない。


 成長期の高校生の食欲は、餓鬼も同然である。


 挙げ句の果てに、彼らにとっても幻に近しい伝説の焼きそばパンを目の前にしておきながら、みすみす撤退の二字を選べるわけがない。



 ――――教室の後方で金持ち二人が指を鳴らしただけで手に入れ、舌鼓を打ちながら品評会をしているのだが、彼らは終ぞ気づかなかった。もっとも、夕凪和真が頼むならまだしも、この八人が仮に土下座したところで、彼らが下賜するはずもないが。



「人間は話し合える生き物だと思っているのだがね」


「八等分でもするってか? 今度はどの部位を誰が奪るかで揉めるに決まってんだろ」


 嘆かわしげな御影翔悟に、侮蔑も露わに日歩宗次が告げる。


「確かにそれはそうかも知れんが……」


「その程度がわからんお前じゃねぇだろ。優等生ぶって、自分を理性的に装うなよ。退かねぇ時点でお前は俺らの同類だ。お利口さんには程遠いんだよ」


 日歩宗次は至極当然の成り行きを口にしているのだが、同時に犬猿の中である御影翔悟を挑発する意図を存分に含んでいる。


「………なんだとっ」


 もとより友好的ではない二人。あっという間に諍いの火に油が注がれ、互いの間の空気をヒートアップさせていく。


「こらこら。あんまり熱くなるな」


 田中静輝は、まあまあというように手を振るが、二人は聞いていない。


「だが、日歩を援護するわけではないが、オール・オア・ナッシング方式になるのも止むを得ないだろう」


 水希縁が銃の装弾数を確認するようにしながら、ボソッと言う。


 既に戦いが前提になっている以上、勝者が決まるまでは終わらない。それは戦いが終わった時に、立っているのが一人だけになっているのと同じ意味だ。


 敗者は何も得られずに、勝者が総てを得る。


 戦争とは須らくそういうものだ。


 たとえ、焼きそばパンが発端だとしても。


「オール・オア・ナッシング………つまり、生きるか死ぬかというわけだな」


 ごくりと緊張で唾を飲み込んだのは、沙耶守蛟だ。


 言うまでもないが、完璧に誤解をしている。


 考えるよりも先に身体が動くようなたいぴなので、あまり賢くはないのだ。他に図抜けた連中がいるので、バカ呼ばわりまではされていないが。


「いや、ちげぇだろ。それじゃあ、デッド・オア・アライブだ。奪るか奪られるかだっつーの」


 藤宮透流が拳を保護するためのグローブを装着しながら、呆れた風に言う。


「あんまり間違ってないような気もするが、とりあえず穏便な方向にしておけ」


 居合いの構えを維持したままの水城刃は、妖刀『紅・血染花』の鍔をわずかに持ち上げる。


 油断なく周囲を見ているその眼差しは無機質で、隙を見せる者がいれば即座に機械的に振り抜くだろう。


 そんな殺伐とした鬼気を容赦なく放散しているために、誰もが本当の意味での隙を見せてはいない。


 やたらと物騒な膠着状態だったが、導火線は確実に短くなっている。


「一つしかないんだから、仕方ないよな」


「では、次の議題は、誰が奪るかだな?」


 好戦的な笑みを浮かべながら、日歩宗次が周囲を煽るように言う。


「やっぱり、じゃんけんか?」


 退く気もないが、乱戦になると勝敗も読めない上に、やたらと痛い目に遭う可能性が濃厚なために、穏便な手段を提案したのは藤宮透流だ。


 うなじで束ねた髪の尻尾の部分を軽く指先で弾きながら言う。


 根っこの部分は平和主義者なのだ。退く気が微塵もないとしても。


「みなが納得するには無難だと思うが……」


「……屑星の中で燦然と輝く至高の宝石を求めるならば、汝――自らの力を以って、最強を証明せよ」


 ボソッと水希縁が言う。


 濃密に漂う中二の病が満載の文言に、他の七人は苦笑を浮かべる。


「やっぱり、俺たちらしく戦って勝った奴の総取りが基本だよな」


 とっくに前提条件になっていたのだが、改めて言葉にしたことで、彼らの認識が一線を越えてしまう。


 もはや、血を流さずに済む選択肢は存在しなくなった。


 このクラスでも比較的常識人な方々が聞けば、「なんでそうなるっ!?」だの「じゃんけんでいいじゃんっ!!」だのと叫びそうな結論に達する八人。


 わりと血の気が多いのだ。


 付け加えるなら、誰ぞの言葉に『総取り』という単語が何気なく含まれていたように、何人かを潰して自分の『取り分』を増やそうと目論んでいる者もいる。


 わりと意地汚いのだ。


「そうだな」


「ここまで臨戦態勢を整えておいて、今さらジャンケンとかないわー」


「やはり、そうなってしまうか」


「人類の歴史は闘争の歴史だ。天城財閥の起こした『静かなる革命』で戦争がなくなったとしても、やはり大なり小なりの争いは起こってしまう。人は闘いからは逃れられない不完全な生き物なんだ」


「………やたら大仰に言ってるが、これ焼きそばパンの争奪戦だからな?」


「どんな理由であっても、俺には手抜きは出来ない。……覚悟はいいんだな?」


「てめぇこそな」


 次第に熱が高まり、好戦的な挑発が飛び交い始める。


「それじゃあ、条件を決めておくぞ」


 戦意のボルテージを順調に上げていきながらも、この面子の中では常識人と言えなくもない御影翔悟が生真面目なことを言い出す。


「条件?」


 何人かが不審で首を傾げる。


「さすがに死人や周辺への被害を出すわけにはいかんだろう。お前たちがそんなヘマをするとも思わないが、不慮の事故には備えておくべきだ」


「「「あぁ……っ!」」」


 何人かが得心がいったようにポンと手を打つ。


 死人が出るようなヘマをするとは思っていなかったが、周辺被害に対しての気配りに関してはそんな意識していなかった連中である。


「しかしまぁ、熱くなるとうっかり殺っちまうかもしれんしな」


「ははははは……」


「笑い事じゃねぇよ」


「とりあえず、周辺被害を抑えるために『結界』を張るのは必須だな」


「任せた」


「おう」


「あとは、銃を使う連中は実弾禁止な」


 そもそも普通に拳銃の類を容認していいのかという疑問は置き去りに、至極当然のように受け入れられている黒光りする物体。


 日常茶飯事という言葉で片付けるには無理があるはずなのだが、今さら誰も気にも留めないところにこのクラスの業の深さが垣間見えている。


「わかった直撃すれば気絶する程度のゴム弾に変更しておく」


 このように交戦規定が定められなければ、間違いなく実弾を使っていたとしか思えない発言をして、弾の入れ換え作業に入る水希縁。


「そもそも俺の弾は、実弾じゃねぇしな。問題ないぜ♪」


 両手に握った自動拳銃を虚空にかざしながら、いまいち意味の掴めないことを言う斉藤悠だが、特に誰も言及はしない。


 気にもしていないのか、承知の上なのかは定かではないが。


「うむ。水城も本当に斬るなよ?」


「お前は弾みで首まで飛ばしそうだからな」


「あはは……と笑いたいところだが、マジで笑えねぇからな。こいつの場合」


「わかってんだろうな?」


「四肢を飛ばすぐらいなら『神の手(ゴツド・ハンド)』がいるから問題ないと思うが」


 方々から言われて、不満そうに呟く水城刃。


「無駄な手術(しごと)をさせるつもりなら、法外な報酬を要求させてもらうが、それでいいのならいくらでも切断作業に励むがいい。ただし、麻酔無しで接合手術をさせてもらうがな」


神の手(ゴツド・ハンド)』の二つ名で親しまれている医者の日下部仁が、聞き捨てならない発言をした水城刃に怒りの突っ込みを入れる。


「「「刃よりも、被害者がヤベーじゃねぇかよ」」」


「知らんよ」


 冷めた瞳でバカどもを睥睨しながら告げる。


 彼の目は本気だった。その名の通りに仁を尊ぶ医者ではあるのだが、自爆して手を煩わせるバカには容赦がないのである。


「「「刃っ!!」」」


 他の全員に物凄い勢いで詰め寄られた水城刃は、


「………刀身の部分は『気』でコーティングし、刃物というよりも鈍器のように扱うことを宣言する」


 実に不服そうに言ったのだった。


「「「よしっ!」」」


 どちらにせよ物騒な一撃になるのは違いなく、単に痛みの種類が違っただけでしかないのだが、それでよしとなる辺りに以下略。


「――んで、退魔士コンビだが、お前らは特に問題ないか」


 ちらりと藤宮透流と沙耶守蛟を見やった斉藤悠が嘆息する。


 人々の負の想念が生みだす『魔』と呼ばれる怪異を討つことを生業とした者たちを『退魔士』という。


 藤宮、沙耶守、やや異色ではあるが水城などが、その一族となる。


「はっ。お前らの退魔術なんざ、人間相手には無駄にピカピカ光るだけで無意味だからな。羽根をもがれた鳥も同然だな」


 彼らは体内を巡る生命力――『気』に破魔の属性を付与することで、この世に非ざる『魔』を討滅する業を使うが、そちら側に特化しているので人間にはほとんど効果がない。


 故に対人戦においては、戦闘用の技能の大半が使い物にならないと言える。


 だが――


「いやいや、退魔士の基礎にして奥義は体術だから、武器に頼る連中には後れを取らんぜ?」


 藤宮透流は不敵に笑う。


 如何に優れた技術を学んだとしても、その土台を支える身体が未熟ではお話にもならないのは自明だ。


 故に、彼らは身体を愚直に鍛えているのだ。


 その極限まで身体を苛め抜く鍛錬に耐え抜いた肢体から繰り出される体術は、立派な凶器と言っても過言ではない。


「そーゆーことだな。甘く見てると痛い目に遭うぜ?」


 沙耶守蛟がゴキゴキと手の骨を鳴らす。


 無手で大岩を普通に砕けるような連中の一撃が、人体に炸裂すれば、どのようなスプラッタ映像になるかは定かではないが、少なくても昼食どころではなくなるのは間違いない。


 そんな惨状の後に、仮に焼きそばパンを手にしたとして、美味しくいただけるのかどうかという疑問には思い至っていないようだった。


 いや、まあ本気で殺るつもりがないからこそなのだろうが。


 やがて――


「「「………………………………。」」」


 だんだんと言葉が少なくなっていくと、彼らは自分が少しでも有利な位置に立てるようにミリ単位の摺り足で移動を始めていた。


 まるで動かないように見えていながらも、視線やわずかな挙動による誘いなども含め、熾烈な心理戦までもが繰り広げられているのだ。


 貴重な焼きそばパンを巡って。


 彼らの学園外の関係者が見れば、涙を流しながら嘆いたかもしれない。


 それだけ無駄な『力』の使いどころではあったが、このクラスにおいてはやはり日常茶飯事なのである。


 わざわざ危険地帯に近づきはしないものの、物好きな一部の生徒は誰が勝つかで早々に賭けを始めていたり、無駄であっても貴重な技術を目にする機会には違いないと興味津々な視線を注いで至りと、受け入れる方向での対応が自然になされている。


 わざわざ止めようとしないのは、それが長生きの秘訣と悟っているからだ。


 逆にあの八人を止められる者(・・・・・・)を動員すれば、被害が拡大するとも弁えている。


 ともあれ。


「お前たちのことは得難い友人だと思っている。それは敵対した今となっても変わらない」


 あとは開戦のきっかけを待ち望むだけの中で、ボソッと呟く水希縁。


 あまり表情の動かない彼だが、今は残念そうにわずかに眉を下げている。


「お前だけでも、引いてはくれないか、水希?」


 御影翔悟もまた心苦しそうに友人に語りかける。


「人間は何かを得るためには、何かを失わずにはいられない生き物だ」


 確かな決意を秘めた眼差しを直視しては、それ以上の言葉を重ねるのは愚行でしかない。


 御影翔悟はため息を吐いてから、拳を構える。


「焼きそばパンのために失われる友情か」


「安いなー、おい」


 しみじみとした周囲からの突っ込みだった。


 ふとした拍子に、「俺たちは何をやってんだろうな?」という疑問に辿り着いてしまいかねないほどに。


「友情が失われたわけではない。たとえ、彼を踏みつけてでもアレを手にすると決断しただけだ」


「………………そぉか」


 そんなどうでもいいような会話の合間にも緊張感は高まり続けており、いつ決壊してもおかしくなかった。


「もーいーから、そろそろ退屈しのぎの見世物を始めなさいよ」


 面白半分の愉快犯が、唆すように野次を飛ばす。


「――よし。やるかっ!」


「「「おおぉうっ!!」」」


 それを明確なきっかけとして、彼らは互いにうなずく。


 結論はとうに出ている。


 戦うしかないのなら、もはや語る言葉など放棄するべきだ。


 条件は頭の中に叩き込んだ。


 互いの脅威は嫌というほどに理解している。


 それでも勝者となるべく、鍛え上げてきた技術で敵を打倒するのみ。


 そして――


 開戦の火蓋は切って落とされた。


 どこぞの金持ちでさえも唸らせる至高の焼きそばパンを求めて――


 この下らない戦いを存分に楽しもう!



 ● ● ●



 ――以下、省略。



 ● ● ●



「勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――っ!!」


 他の七人を床に這わせ、その代償としてボロボロになった最後の勝者が、激戦の果てにも健在だった教壇から、焼きそばパンを掴み取る。


 男泣きしながらも包装を解き、血戦に勝ち抜いた報酬を口へと運ぼうとしたその刹那――


「うるっさい! やっかましいのよ、このぼんくらどもがぁっ!! 昼休みぐらい大人しくしてらんないのっ!! てゆうか大人しくさせる。吹っ飛べ消し飛べ微塵になれ。『嫉妬団』お得意の滅尽滅相にしてやるわ!」


 前のドアが壊れる勢いで蹴り開き、怒り心頭な有り様で教室にやってきた副担任――古都乃洋子が腕を横薙ぎに振るう。


 カッと擬音にすれば、そのような感じであろうか。


 なにやら閃光が瞬いたかと思えば、直後に教壇周りの少年たちを凄まじい爆炎が奔流を描きながら飲み込んだ。


 夕凪和真や皇帝などといった傍観者には何の影響もなかったのは、単に『結界』とやらに遮られたのと副担任の理性がギリギリのところで無関係な者は巻き込むまいと抑制をかけたからだろう。


「「「―――――――――――――」」」


 もしかしたら悲鳴の一つも上がっていたのかもしれないが、情け容赦なく爆音に飲み込まれたので誰の耳にも届かなかった。


 指向性を持って放たれた一撃は、見事に騒いでいた連中のみを吹っ飛ばしたが、当然のようにそれだけでは収まらずにその先にある壁も情け容赦なく粉砕していた。


 床の上に這わされていた連中は当然として、最後の勝者でさえもが焼きそばパン諸共に消失していた。


 後にはもう何も残らない。


 兵どもが夢の跡――と言わんばかりの惨状が残るばかりだった。


「………ったく、娘の手作り弁当ぐらい静かに味わわせろってーのよ」


 足取りも荒く去っていく副担任を見送り、夕凪和真と皇帝は緩々と吐息を漏らす。


「勝者無しの全滅エンドだね」


「無惨だな」


「まあ、いつも通りといえば、いつも通りよねぇ……」


 呆れたように吐息を漏らす姫野朔夜のその一言が、全てを雄弁に物語っているのだった。







 無駄にキャラが多い時は、各人をフルネームにしますのでご了承ください。

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