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『大晦日の地味な没個性とその周辺』(1) 『ほのぼの+ドタバタ+たまにシリアス』

 ノクターンで連載中の『夕凪和真と(自称)魔法使いの秘密道具』で、公開中の番外編と基本的に同じものです。

 こっちだとマズそうなところの表現をマイルドにするくらいしか違いはありません。

 ただし、こっちに投稿する際に、多少の加筆修正はしてるかもしれないのでご了承ください。


 この話も夕凪和真の物語であると同時に、その周辺の連中の話でもあるので、こっちにも含むことにしました。






 十二月三十一日。大晦日。


 それは十二月の中でも、クリスマス(イヴも含む)に次いで大きな節目の日であり、一年という長い日々の最後を締め括る一日でもある。


 兼ねてよりの大掃除の仕上げを行い、年越しそばを食べて、紅白歌合戦なんかを見たり、除夜の鐘を聞きながら二年参りに向かったり、なかなかにイベント尽くしの特別な日と言えるだろう。


 ……世間一般では。


 はい。


 そんな注釈をつけてしまうぐらいには、僕の――いや、僕らの大晦日(+α)は生易しいものではなかったのである。


 現在進行形で。


 ちなみに、僕らがいるのは一年の締め括りとなるオタクの祭典。


 たった一日で十万だの二十万だのな人が全国から修羅の形相で集まってきちゃうイベントの会場(三日目)なのである。


 人。人。人。人。人。人。


 冬だというのに汗ばみそうな熱気の中、行き交う人の姿や訓練された兵隊みたいに整然と並ぶ人の姿が視界を埋め尽くす。


 なんかこうプレッシャーみたいなものさえ感じるので、それなりの回数をこなしているはずなのに慣れた気が全くしない。


 夏と冬のイベントは、来場する人の桁が文字通りの意味で違うしね。


 いや~、もぉホントに凄いの一言である。


 そんなに広くないスペースの奥でダンボールと格闘しながらの現実逃避をしちゃう僕。


「はい。千円、確かに。ありがとうございました~」


「やった♪ ギリギリセーフ!」


 袋に入った新刊を手にした女の子が、喜びのガッツポーズとともにスペースを離れていく。


「もっし~、こちらはひよちゃん。……うん。なんとか買えたから大丈夫。久遠はどう? 苗香と蘭子は? みなもは心配してないけど……。うん。……うん。これがわたしたちが揃っての最後の戦いなんだから、一切の抜かりなく終えたいわね。幸運を祈るわ」


 僕らの血と汗と涙と徹夜の努力の結晶である新刊同人誌の最後の一冊を買ってくれた女の子だった。


 まだまだ戦いの途中らしく、スマフォで仲間たちと連絡を取り合っている。


 過酷な戦場で戦う者の背中を、なんとなく敬礼しながら見送る。


「「申し訳ありません! 『月凪堂』完売しました~っ!!」」


 朝からずっとR18の同人誌販売の会計をやっていた中学三年生女子二人が、ちょっぴり虚ろな響きの混ざった感謝の声を上げて、まだまだ並んでくれている人たちに深々と頭を下げる。


 近くにいた人たちのため息が聞こえて、完売した情報はあっという間に巡って、どよめきとなる。


 ずっと並んでくれていた人たちは心底から残念そうにしながらも、次の瞬間には穏やかな表情で暖かな拍手を送ってくれた。


「「ありがとうございました……っ!」」


 たくさんの苦労を積み重ねて、今日という日を迎え、この瞬間に至る。


 この時に胸に去来する思いは、やはり感慨深いものがある。


 いろいろと疑問や特定の個人に底知れぬ恨み辛みはあったりするけれど、やり遂げたという気持ちは何物にも変えがたい感慨を与えてくれる。


 深々と頭を下げていた中学三年生女子二人も、感動のようなものを胸中で感じているのだろう。小さな背中がわずかに震えているのが見て取れる。


 夢のような時間。


 夢のような瞬間。


 始まってから終わりまでの一瞬で過ぎ去った刹那に、今までの苦労が報われたような気持ちになるのも仕方がないだろう。



 ………………………まあ、ひとつの山を越えたに過ぎないのだとしても。



「お疲れ~、二人とも」


 拍手が引き、買い逃した人たちが三々五々に散っていくのとともに、僕は受験を控えた中学三年生女子二人……あぁ、もう面倒くさいから、さっさと実名を公開してしまおう。


 言うまでもなく、ゆかりと若菜ちゃんね。


「お兄ちゃん、完売だよ、完売。全部売れたんだよ」


 顔を隠すようにフードを深く被っているゆかりが興奮ぎみに言う。


「買えなかった人にはごめんなさいですけど、よかったです~」


 いつものツインテールを揺らすように小さく跳ねている若菜ちゃんもうれしそうだ。


「あぁ、ホントにね」


 しみじみとうなずく僕。


「つ~か、よく間に合ったもんだよな」


「なんか時間をどっかに置き去りにしたような奇跡を目の当たりにしてるような気分だ」


「……終わったの~」


 ロクに水分補給もできないぐらい会計に専念していた二人に水を渡していると、サークルメンバーである翔悟と宗次が戻ってきたり、力尽きていた美命がサークルスペースの奥で上半身を起こしたりする。


「翔悟と宗次もお疲れさま」


「おう。」


 幼なじみにして、誕生日的に『弟』になる家族の宗次が軽く手を上げ、


「ああ。」


 中学二年の頃からの付き合いになるクラスメート兼親友の翔悟がうなずく。


 どちらもなかなかに疲れた顔をしているけれど、達成感のようなものも見え隠れしている。


 二人は列整理やら混雑対応やらスタッフ対応やら来客対応やら揉め事対応やらをがんばってくれていた。


「美命はもう起きても大丈夫かい?」


「うん。なんとか。ごめん。最後までちゃんと出来なくて……」


 翔悟の幼なじみのクラスメートで、なんやかんやで翔悟とセット感覚で長い付き合いになっている美命は、ゆかりたちと一緒に売り子をしていたんだけど、昼を過ぎたくらいに体力の限界を迎えて、奥で冬眠するみたく丸くなって休んでいた。


 元々、あんまり体力がない方だし、大量の人がいる空間などは苦手としているのに、無理に頼み込んで来てもらったのだ。


 責めたりはできないし、するつもりもない。


 諸悪の根源は他にいる。


「いえ、そんな……羽柴先輩は、それ以前のことでがんばってくれたんですし……」


「今回は売り子だけのわたしたちの方が、申し訳ないぐらいです」


「いや、それは違うだろう」


 恐縮するゆかりと若菜に、翔悟が言う。


「そもそも、人ゴミが苦手な奴らを駆り出さなければならないところまで、原稿を遅らせた奴が悪い」


「「それは確かにそうですけど……」」


「それ以外の何がある」


「いや、全くね」


 みなの心がひとつになる瞬間であった。


 要するに、愛莉が全部悪い。


 僕とゆかりと宗次にとっては幼なじみで、その流れで他のみんなとも友だちになった愛莉には、もうひとつの顔がある。


 月凪遊莉というペンネームを持つ、数多のイベントで名を馳せたエロ同人作家である。


 サークル名は月凪堂。


 ジャンルはアニメとゲーム。


 人気のあるタイトルを狙い撃ちするタイプ。


 基本的に、幼なじみ系のイチャラブを好んで描く。


 が。


 幼なじみヒロインが不遇な扱いを受けると、そんな結果を招いたヒロインを情け容赦なく陵辱したりもする。


 とかなんとか。


 HPまで作成し、掲載するイラストは基本的に毎日更新。


 あれよという間に人気を博し、ヒット数は余裕で一日数万越えだとか。


 毎月のようにイベントに参加しては荒稼ぎをして、今では大イベントでも余裕で壁サークルとかいう同人界に彗星の如く現れた期待の新鋭にして、美々しきシンデレラ。


 とかなんとか。


 ただし、その本性は――


 イベント開催の寸前までネームすら上がらない鬼畜作家であり、馴染みの印刷所の休みを尽く潰しにかかる下劣畜生の類である。


 不規則な生活で両親を困らせ、周囲に泣きついて巻き添えにするのが十八番。


 今年の夏も大概だったけれど、今回はさらに輪をかけて酷かった。


 ネームすら上がっていないのに、ページ数だけは何故か決定している理不尽さ。ネタ出しのためにエロ談義をさせられる無常な時間。いざ神速で描き始めたら、僕らにベタ塗りやらトーン貼りやらデジタル処理やらのアシスタント作業が怒涛の目白押し。


 トーンフラッシュとか出来るわけねぇだろ。


 なんかいつの間にか宗次が出来るようになってたけど、まさか練習したのか?


 わずか三十九時間で二十四ページの奇跡を越えた先に待っていたのは、印刷所に臨時アルバイトとしての出張であったとさ。


 印刷代が特別料金になったのは当然として、印刷所の人たちと地獄へ行進することで育まれる妙な連帯感。励まし合うことで深まる絆。徹夜明けのテンションは、もう脈絡もなく全裸になって叫び出す寸前。


 印刷機やらの扱い方を教えてもらって、次からは監督役が一人いれば、僕らだけでもなんとかなるようにしたのは、いろいろと諦めの境地に達したからではなかろーか。


 本当に申し訳ありませんでした。


 挙句の果てに、受験を控えた大事な時期の中学三年生女子二人を売り子に駆り出し、徹夜明けの友だち(?)に雑用を押し付ける始末。


 なお。


 当の本人はたっぷりと睡眠を取り、今もイベント会場を元気に駆け巡っております。


 ………………。


 マジで救いどころがねぇ。


「そうだよな、あいつが全部悪いんだよな」


「なんで、あいつはここにいないんだ?」


「「「………………。」」」


 なんだか、みんなの胸中にドス黒いものが渦巻いているのが見える。


「とりあえず、愛莉が戻るまでは休け――――」


 完売の余韻に浸っていたみんなが、いろいろと思いだしつつあるのを察した僕は、感情が爆発する前に何とか矛先を逸らそうと試みたのだけど。


「あら? もう完売しちゃったの?」


 最悪のタイミングで、諸悪の根源の帰還。


 リュックを背負い、両手に紙袋を持った愛莉がホクホク顔をしていた。


 何故かな?


 そんな姿を目の当たりにした瞬間、気温が何度か上昇したような気がするんだ。


 冬なのに。


「流石はあたしね。自分の才能が怖くなるわ。戦利品もばっちりだし、今年の冬も幸せに乗り切れたわね」


 さらにはこの物言い。


 何もかもを投げ出して衝動に身を任せたくなったとして、誰が僕たちを責められようか。


 けれども、このイベント会場で惨劇を起こすわけにもいかないわけで。


「まずは落ち着くんだ」


 不細工な笑顔を浮かべながら、拳を握り締めた宗次と翔悟の背中に手を伸ばすしかないのである。


「あまり遊月を甘やかすな」


「いい加減に身の程というものを教えてやらねばならないんだ」


 ガルルルル……と獣化寸前の二人。


 ゆかりと若菜ちゃんも顔が引き攣っているし、美命に至っては意識を手放した方が幸せだと言わんばかりにテーブルに突っ伏していた。


「愛莉。自画自賛する前に言うことがあるだろう」


 一触即発の空気に、やや慌てながら僕は言う。


「ありがとうございました。あなたたちのおかげで、このイベントを無事に乗り切れました。心から感謝をしていますし、勿論お礼は弾ませていただきます。今後はこのような事態を招かぬように、余裕のあるスケジュールを心がけますので、どうかご容赦のほどをお願い申し上げます」


 真顔になった愛莉が、頭を下げる。


 事前に用意しておいた原稿を読み上げるような感謝の意の表明と反省点の改善を心がける内容の言葉。


 そうだけど、そうじゃねぇ。


 思わず絶叫したくなるけれど、深々と真摯に頭を下げられてはこれ以上の追求も難しい。


 却ってこっちが悪者みたいな空気になってしまう。


 実態を知れば、間違いなく愛莉が責められる側だと理解してもらえるのだとしても、そこまで持っていくのがもう面倒くさい。


「ホントに頼むぞ」


 宗次がため息を吐きながら頭を搔く。


 結局は、それが僕らの総意になるのだった。


 望み薄だとわかっていても。


 なんだかんだで、僕らは僕らで年の瀬のドタバタを楽しんでいた側面もあるのだから。


「うん。わかってるわよ」


 信じたい。


 けれど、ちっとも信じられない笑顔を浮かべる愛莉。


 ため息を吐くしかないのである。


 と。


「それじゃあ、わたしたちは先に帰るね、お兄ちゃん」


「申し訳ありませんが、後のことはお願いします」


 そんな愛利を両サイドから確保するゆかりと若菜ちゃん。


「ん? なに?」


 首を傾げる愛莉。


「愛莉ちゃんは、わたしたちと一緒に帰るの」


「約束どおり、神社のお手伝いをしてもらいますよ」


「え?」


 キョトンとする愛莉。


「え? じゃないよ。大晦日の夜から元旦まで、愛利は柳原神社で巫女さんをするんだ。ゆかりと若菜ちゃんが売り子をするための条件のひとつだったんだからさ」


「聞いてないわよっ!?」


 だろうね。


 ちゃんと聞いてないタイミングを狙った仕込みだし。


 これほどまでに僕らを振り回しておいて、自分だけ幸せになろうなんて虫のいい話が通るわけないだろう。


 勿論、報復とかそういうのじゃあない。


 強いて言うなら、躾のようなものだと理解して頂きたい。


「でも、ここに契約を交わした正式な書面があるんだ。なんと違反すると今回の利益を、僕らに譲渡するという条件付きなんだよ」


「いつの間にっ!?」


 原稿を上げた直後の気が緩んでいる瞬間を狙って、適当に作った誓約書に判子を押させたからね。


 以下に適当であっても、判子さえあればどうとでもなってしまうのが現代社会の闇である。


 忌むべき習慣ではあるのだけど、今回は利用させてもらおう。


 ………………まあ、そんなんせんでも、どうとでもなる立ち位置なんだけどね。お金は今、僕らの手元にあるんだから。


 わりと目も眩むような大金であり、端的に心の毒だ。


 あんまり意識しないようにしよう。


「巫女の仕事に集中できるように、戦利品はこっちで預かっておくか」


「そうだな。それがよさそうだ」


 人の悪い笑みを浮かべて、愛利から紙袋を奪う宗次と翔悟。


 あと、ついでにリュックも。


「ちょっ、ちょちょちょっと、待ってよ」


「愛莉」


 ジタバタと暴れ出しそうになる愛利の鼻先に、僕は指を付きつける。


「これは君が今日という日をみんなの協力で安穏と迎えられたからこその最低限の交換条件でもあるんだよ。いわば、等価交換というものだ」


「――んぐっ」


 痛いところを突かれた顔で呻く愛莉。


「タダで手伝ってもらえるほどに、世の中は甘くない。受験前の大事な時期に中学三年生を駆り出したんだから、愛利も相応に報いなければならない。報酬を与えるのは当然として、人手を求めている可愛い可愛い可愛い後輩の頼みを無碍にしたりはしないよね?」


「愛莉ちゃん、手伝ってくれるよね?」


「愛莉さん、手伝ってくれます……よね?」


「あ……うぅ………」


 ゆかりと若菜ちゃんにウルウルした瞳で見つめられ、愛莉は視線を逸らす。


 いい感じに満面に汗が浮かんでいる。


 ざまぁみろ――という呟きが聞こえてきたけど気にしてはいけない。


「………………………………………わかったから、せめて戦利品を……っ」


「気を緩めずに集中して仕事をしてもらうためにも、楽しみは後に取っておいた方がいいと思うんだ」


 愛莉の性格的に逃げたりはしないだろうけれど、戦利品が手元にあったら、そっちの方に意識を持っていかれてしまう可能性は非常に高い。


 目と鼻の先に待望の新作ゲームがぶら下がっていて、勉強に集中できる人はそんなに多くはないのと同じだ。


 手が届かないところにあった方が、諦めやすくもなるのだ。


「鬼っ! 悪魔っ!?」


「自分の所業を振り返ってから、もう一度同じセリフを言ってみろ」


「………………。」


 僕だけじゃなくて、みんなの冷ややかな視線に晒された愛莉が沈黙を選ぶ。


 正しい選択だ。


「それじゃあ、お兄ちゃん。またあとで。宗次さんと御影先輩も」


「お先に失礼しますね。お疲れさまでした」


「いぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!!」


 丁寧に頭を下げて、サークルスペースから離脱していくゆかりと若菜ちゃん。


 わりと嫌な慣れがあるので、その歩き方に淀みはなく、周囲の邪魔にならないように愛莉を引き摺っていく。


 だばだばと涙を流しながら、必死の形相でこっちに――正確には、戦利品に手を伸ばす愛莉の姿は哀愁を誘っていなくもなかったけれど、同情の余地は微塵もねぇ。


 僕たちはほのぼのした笑顔で手を振ってから、三人を見送った。


 いくら大晦日とはいえ、慌しいにも程があるってものだけど、こうなってしまったからには仕方がないので粛々と受け入れるしかないのである。


 もうちょっとしっかり、愛莉のマネジメントをする必要があるかなぁ……?


 厳密なスケジュール管理をしても、あんまり意味があるような気がしないのが問題だ。愛莉のようなタイプは、はっきり言って描きたいように描かせた方がいい。無理に縛り付けるとクォリティが下がり、追い詰められないと本気が出せないという厄介なタイプなのだ。


 周囲に迷惑を振り撒くしか能がない公害みたいな作家なんだ。


 なんで甲斐甲斐しく付き合ってやってるんだ、僕たちは。


 マゾなの?


 嫌な想像をかき立てる思考を切り上げ、僕はサークルスペースの内側に向き直る。


「とりあえず、撤収準備をしようか」


「俺は手伝ってくれた人たちに挨拶回りしてくる」


 ひらっと手を振る翔悟。


 僕らの面子の中で最も社交性に長けているのが翔悟であり、そういう役回りを任せておけば問題は生じない。


 どころか、問題が生じてもなんやかんやで片付けてくれるのでありがたい。


「なんかこうイベントの回数を重ねる毎に知り合いが増えてるんだが、なかなかに濃い人が多いよな」


「準備会の連中にも、お前の名前は知れ渡ってるみたいだぞ」


「それ、なんかヤだなぁ……」


「プロデューサーでも目指したらどうだ?」


「冗談はよせ。俺の将来の夢は働く主夫だ」


「それこそ、冗談にしか聞こえんが」


「どういう意味だ?」


「あまり美命を甘やかし過ぎるなという忠告だ」


 嘯くように言ってから、宗次もサークルスペースに背を向ける。


「どこへ?」


「適当に回ってくる。先に帰ってもいいぜ」


「そこら辺は適当なところで連絡するから、お互いの都合で判断しよう」


「わかった」


 ポケットに両手を突っ込み、シルバーアクセサリーをジャラジャラいわしながら、宗次は人の群れの中に入っていく。


 ザッと一瞬で左右に人が割れる姿が、プチモーゼの十戒みたいでちょっと面白い。


「美命はどうする?」


「ん~」


 椅子に座って、閑散としたテーブルに頬杖を付き、どこかぼんやりとした眼差しで、美命はスペースの前を行き交う人たちをぼうっと眺めている。


「凄い人だね~」


「そりゃあ、たったの三日で何十万人もが集まるビッグイベントだからね~」


 今さらながらに、なんでこんな所に〝売る側〟としているのだろうとか思う。


 高校生と中学生が、R18の同人誌を売っているのに問題の香りしかしないのだが、そこら辺は適当に愛莉がどうにかこうにかしている……らしい。


 どんな風になってるのかは追求しない方がいいと思う。知りたくもない。


 つーか、もしも学校に知られたらどうなるんだ、これ?


 ゆかりと若菜ちゃんの人生が崩壊したりしたら、流石の僕も黙ってなんかいられないんだけど。ありとあらゆるコネと人脈を駆使して、思い付く限りの手練手管で愛莉に総ての罪を擦り付けにかかる………てゆーか、諸悪の根源は最初からあいつじゃねーかっ!?


「………………。」


 再三ながらに思うけど、考えるだけ無駄だな。


 適時適切に状況に応じて、即応するのが現実的だ。


 万に一つの可能性で顔見知りの教師にこの場で遭遇したとしても、不可侵条約が締結されるはずだ。


 ほら、あそこにいる古都乃先生だって、こっちに気づいた様子もなく………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え? なんで?


 見間違いかと思ったけれど、あんな着物姿で堂々と闊歩する見覚えのある女性――僕らのクラスに君臨する副担任が、そう何人もいては堪らない。


 おまけに。


 クラスメートである海棠さんと水城くんまでいるのだから、見間違いという現実逃避は許されない。


 いいとこのお嬢様丸出しの高級感溢れる服を着ている海棠さん。


 武士みたいなコスプレをして、堂々とマジモンを帯刀している水城くん。何故かあちこちに湿布が貼られていたり、包帯が巻かれていたりとボロボロだ。


「―――――――」


 刹那。


 息を潜める。空気に溶け込み、存在を消す。


 ついでに、美命の頭に手を置いて、全力で伏せさせる。


「な、何っ!?」


 僕の突然の蛮行に、美命が驚きの声を漏らす。


「古都乃先生だ」


「うそぉっ!?」


「こんなタイミングでチョイスする人選なわけないだろう」


「ホント、に……?」


「海棠さんと水城くんもいる……」


「なんで?」


「僕が知りたい」


 などと言い合いながら、テーブルの下にコソコソと隠れていく僕たち。まだテーブルクロスがかかっているので、なんとか隠れられるのが不幸中の幸いだった。


 遭ったらヤバいというわけでもないんだけど、遭わずに済むなら回避したい。


 絶対に面倒くさいことになるのが目に見えている。


 隠れても無意味かも知れないけれど、可能性を自分からゼロに近づける愚行はしたくない。


「………もう大丈夫かな?」


「わからない。念のためにもう三分は息を潜めていよう」


「ん。」


 三分後。


 恐る恐る慎重に顔を上げる僕らを待ち構えていたのは――


「『月凪堂』の新刊が欲しいの♡」


 古都乃先生の見たことがないぐらい満面の笑顔だった。


 あと、ついでに海棠さんと水城くんの苦笑。


「勿論、取り置きはあるわよね?」


「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!」」


 僕と美命は絶叫した。







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