日歩宗次と田中静輝の場合 『ほとんどコントだよな、これ?』『ヒロインはメロンパンDX(笑)』
――日歩宗次と田中静輝は犬猿だ。
「やんのか? あぁ、コラッ!」
宗次は灰色の髪に三白眼。荒れた空気を纏った不良的外見の持ち主である。
制服を着崩し、シルバーアクセサリーをジャラジャラと下げてはいるが、三下やチンピラのような小物感はほぼ皆無だ。
「ケンカを売ってきてるのは、そっちだろう」
静輝はやや目つきが悪いというぐらいしか外見的特徴のない微表情のクール系。
基本的に物静かで、孤高の一匹狼的な雰囲気を纏っている。
「買う度胸があんのか、てめぇによ」
「安い挑発だが、敢えて受けてやらなくもないがな」
「随分な上から目線だな?」
「不満か」
「いや、地べたに這ってから同じセリフが吐けるかどうか、試してやるぜ」
共に長身痩躯で、険悪に向かい合っていると固唾を飲んでしまうぐらいの緊迫した威圧を周囲に放散する。
「「―――おらぁっ!!」」
のどかな昼休み。
中庭の一角で殺伐とメンチを切っていた二人が、互いの顔面に拳を飛ばす。
遭遇してからわずか三十秒の出来事であった。
● ● ●
「また始まった……」
呆れたように言ったのは、夕凪和真。
地味で没個性な宗次の連れである。
「困ったものだ」
そんな和真の呟きに応じるように続いたのは、静輝の連れである二人の少女の片割れ―― 高遠奈々世だ。
額に手を添え、ため息を吐く仕種が様になっている。
異性にも同性にも――特に同性から――絶大な人気を誇る凛々しさと美しさを絶妙なバランスで同居させた面立ちで、腰まで届く長い髪が微風に揺れている。
「え~と、でも、みんな慣れた感じに観戦しようと遠巻きになってるよ」
背中まで伸ばした髪を(本日は)大きなリボンで束ねた、大きな瞳が印象的な白崎光理が眉の下がった困った感じの笑顔で、頬に指先を添える。
「訓練されたイベント参加者みたいだよね」
「いや、全くだね」
しかも、どこからともなく現れた『新聞部』の一味が、賭けなんかを始めたりする。
オッズとか、チケットの販売とか、あまりに手際がよすぎるが、ここは天城学園である。
さほどの不思議はありません。
手早く用意された最前列の関係者席(パイプ椅子)に腰を下ろして、和真たちは互いの幼なじみたちのファイトを見学する。
拳が飛んで、足が跳ね上がり、目にも止まらぬ速度で互いの位置を入れ換えながら、汗の飛沫を散らす。
ドカッ。ガスッ。バキッ。ゴンッ。
手心など一切加えたりはしない。倒れるまで手を緩めはしない。絶命するまで油断などしない。トドメは最低でも三度は刺す。
そんな殺伐とした敵意を垣間見せながら、宗次と静輝は互いを打ち倒さんと拳を振るう。
「元気だねぇ……」
呑気にほのぼのと呟きながら、昼食の菓子パンとジュースを口に運ぶ和真。
「よく飽きないものだと思うよ」
嘆息を漏らしながら、奈々世も袋から取り出した菓子パンを口に運ぶ。
普段であれば、光理が三人分のお弁当を用意するのだが、本日は合意の上で学食を利用するという話になっていた。
とても天気のいい日だったので、菓子パンを片手に中庭で寛ぎながらの昼食にする予定だったのだが、予定を燃え散らす火種が飛んできたのである。
「なんかごめんね。三人の時間を邪魔しちゃって……」
申し訳なさそうに頭を下げる和真。
「いや、遭遇した時点でこうなるのは目に見えていたので、仕方がないのだと割り切っている。夕凪くんに責任を問おうとは思わないよ。これは当事者たちの問題だ」
「うん。夕凪先輩は気にしないでください」
「ありがとう、二人とも」
パクパクモグモグと菓子パンを口に運びながら観戦を続ける。
口の端から血を垂らしながら、制服の上着を脱ぎ捨てる宗次。
淡々と軽やかなステップを踏みながらも、上着のボタンがいくつか飛んでいる静輝。
悪し様に相手を罵りながら、手足の攻防は一向に止まる気配がない。
「ところで……」
「「うん?」」
光理の上げた声に、和真と奈々世が反応する。
「あの二人って、いつからあんな風なんですか?」
奈々世だけなら砕けた口調で話すのだが、和真がいるので敬語になる光理。
「いつからって………」
「遭った時から?」
和真と奈々世が軽く考えるように天を仰いでから、ごく当たり前のように言う。
「それじゃあ、初めて遭遇? ……した時はどんな感じだったんです?」
一年の光理と二年の和真と奈々世では、持っている情報量に明白な差がある。
まだまだ日が浅いのもあり、離れている間に増えた知らない情報については、まだまだ把握しきれていない。
なので、こうした機会に不意に疑問が生じるのだ。
「あ~。」
「うむ。」
遠くを見るような目で、意味のない呟きを漏らす和真と奈々世。
言いたくないというよりも、思い出すのも面倒だというような響きが含まれているような気がする光理であった。
なんとなく、真面目に話すような内容ではないのだろうと察するが、知りたいという気持ちを翻す気になるほどではない。
「教えて、奈々ちゃん」
「う、うぅむ。それはだな……」
気まずそうに目を逸らそうとする奈々世。
だが、諦めない光理にじぃっと見つめられると、絶対に拒否するというような強硬な態度は取れない。
基本的に幼なじみの少女に弱いのである。
主に生活面での家事を頼り切ってしまっているので。
「夕凪くんも手伝ってくれるだろうか? クラスメートなのだから、本当の意味での初顔合わせの時のことも知っているだろう」
「まあ、あっちも無駄に長くなりそうだし、男の殴り合いを見ていてもあんまり楽しくはないから、綺麗で可愛い女の子と喋りしてる方が、気が紛れるよね」
逡巡もなく、むしろ積極的にうなずく和真。
下心などあるはずもなく、純粋に発言内容の気持ちのままに同意する。
かなりマジな男のケンカなど、食事中に現在進行形で増え続けているギャラリーの最前列で見るものではないのだ。
「そうだね。それじゃあ、あの二人の因縁の始まりを話そうか」
和真は、けほんと咳払いをしてから、光理の手元にある菓子パンを指差した。
「そもそものきっかけは、〝それ〟だったんだよ」
「え、これですか?」
不思議そうに手元を見下ろす光理と、「あ~」と懐かしそうな声を出す奈々世。
● ● ●
日歩宗次と田中静輝。
二人の学園に入学した日での教室での初接触は、穏便なものだった。
そもそも会話すらしておらす、接触と呼べるほどのものもなかった。
お互いが同じ教室にいるだけの他人と認識しており、積極的に接点を持とうとはしなかったのも一因だろう。
あるいは――
ほんの一瞬であっても、互いの姿を視界に収めた瞬間に理解していたのかも知れない。
相容れない〝敵〟なのだと。
同じ教室に配されたのに、偶然や必然を疑うのは馬鹿らしい。
だが、いずれ必ず何かを賭けて〝戦う〟相手だという認識はあったのだと、後に身近な相手にポロリと零す。
最初の一ヶ月は穏やかなものだった。
しかし、そんなものは嵐の前の静けさでしかないと言わんばかりに、遭遇の時は突然にやってきた。
避けられぬ運命であり、宿命を物語るような戦場で――
二人はついに邂逅する。
『メロンパンDX』の名の元に。
一万を超える生徒の半数以上が数多の学食に集う昼休み。
群れた人間が空腹を満たす餌を求める光景は、地獄の底で群がる餓鬼の如く。
熾烈な争奪戦は、勝者と敗者の存在を明白にする。
時代が豊饒を迎えようとも、本能のままに人が蠢く地獄のような戦場で蹴落とされるものは確実に存在し、そんな死者の亡骸を踏みつけにしてでも糧を求める者は後を絶たない。
お昼時の学食は、やはり戦場なのだ。
特に、絶品と噂される数量限定の菓子パンが販売される売り場は、修羅の跳梁跋扈するヴァルハラと評しても過言ではなかった。
そして、地味な没個性の友人を引き連れた宗次も、修羅の海を渡り歩いていた。
「邪魔だ、オラっ! どけ、コラっ!!」
ライバルたちを文字通りの意味で蹴散らしながら。
「いくらなんでも横暴だと思うんだけど、周囲で似たような光景が展開されてるから文句を言い辛いところが天城学園らしいよね」
一方の和真は、地味な没個性の特性を活かしてスイスイト泳ぐように移動していたりするが、宗次にそれを気にする余裕はなかった。
空腹を満たしたいという欲望は誰しもが同じ。
同じであるからこそ、優劣を競うように争わなければいけない。
所詮、この世は弱肉強食なのだ。
敗者に得る物はなく、勝者が総てを手にする。
自然の摂理であり、社会の常識であり、世界の成り立ちですらある。
故に、宗次は強者の矜持と共に、拳で殴り、蹴り飛ばす。
明らかに間違っているが、それを指摘する者はいなかった。
「おらあぁぁぁぁぁぁっ!?」
何かの最終決戦の如き気勢を上げながら、最前線に躍り出た宗次は手を伸ばす。
その手が菓子パンの袋を掴み、己が所有したと誇示するべく、掲げるように手を上げる。
「――――あ?」
「む。」
端を掴んだ宗次の指先。
その反対側を同じように掴んでいる指先があり、同じように手を上げていた。
田中静輝だった。
菓子パンの袋の両端を掴み、高々と掲げる二人。
運命であり、宿命だった。
多分。きっと。
この先の事を思えば。
● ● ●
「メロンパンDX……ですか?」
畏怖混じりの口調で、光理は言った。
その名を冠する菓子パンの袋をしっかりと持ちながら。
「そうなんだよ。DXなメロンパンなんだ」
厳かにうなずく和真。
静かな敬意が、その口調には含まれているような気がした。
「………いや、本題はそこじゃないだろう?」
いまいち自信の失われている調子で言う奈々世。
ボコボコと殴り合いに夢中になっている二人は、いまも増え続けるギャラリーを沸かせている。
そろそろ通常の殴り合いではすまなくなっているが、些細な問題である。
「なにが、その……DXなんでしょうか?」
「僕の貧相な語彙では言い表せないぐらいにDXだよ。百聞は一見に如かずというように、伝聞情報を頼りにするよりも自分の口と舌で味わって見るのが一番だと思う」
「……そうですね。料理人の矜持を忘れるところでした」
「光理の料理の腕前は尊敬しているが、そっちの道を志していたのか……?」
「美味しい料理を作る志のある人は、みんな料理人なんだよ」
「あ、うん。はい。わかりました」
なんだか気圧されてしまう奈々世であった。
そんな彼女と和真の視線を感じながら、光理は『メロンパンDX』を口へと運ぶ。
● ● ●
「離せ」
高々と『メロンパンDX』を掲げたまま、宗次は言った。
修羅が跳梁跋扈するヴァルハラであったとしても、一瞬の静寂が満ちるほどの圧が、その声には含まれていた。
外見的特徴も含めて、並の者では怖じけるであろう迫力だった。
たとえ、『メロンパンDX』を掲げていたとしても。
堂々としているのだから、なんか無駄に格好良くさえあった。
「断る」
同じように微動だにせず『メロンパンDX』を掲げる静輝は、怖気づく様子など微塵も見せずにクールに言い切った。
感嘆の声が周囲から上がる。
「俺が先だったんだよ」
「いや、ほぼ同時だな」
「それが証明できるのか?」
「君こそ、自分が早かったという証明が出来るのか? 時間をコンマ単位で正確にだ」
「――ちっ!」
退かぬ相手に押し問答など時間の無駄だと判断した宗次が、舌打ちを漏らす。
無論、手を離したりはしない。
「どうやら、退く気はないようだな?」
微表情を小揺るぎもせずに、鋭い眼差しをわずかに細くする。
鋭利な威圧が放たれる。
「お前はどうなんだよ」
真っ向から受け止める宗次。
その程度かと挑発するように、ニヤリと口の端を上げる。
「愚問だな」
「なら、どうするよ?」
「戦うしかなかろう」
「それこそ愚問だったな」
「いや、なんでだよっ!?」
和真が叫んだが、気迫が臨戦態勢に突入している二人の耳には届かない。
「いいぜ? 表に出ろよ」
顎で外を示す宗次。
「俺が手を離した隙に、脱兎の如く逃げるつもりではないだろうな?」
「支払いもしてねぇのにするわけねぇだろ」
「支払いをしていれば、するという可能性を否定していないぞ」
「細かい奴はモテねぇぞ」
「貴様に心配される筋合いはない」
真っ当な警戒を露わにしている静輝に、再度の舌打ちをする宗次。
実際のところ、一瞬でも隙を見せれば、嘲笑うように遁走するつもりだったのだが、こうも注目を集めてしまった状況でするのは分が悪い。
悪評など気にするタチではないが、〝次〟で不利になる可能性を考慮に入れる。
「わぁったよ。
――和真、頼む」
「支払いはしておくけれど、なんかついでにジャッジみたいなのに巻き込もうとしてない?」
掲げられたまま、微妙に左右に引っ張られ続けているために、なんかいろいろと限界な感じになっている菓子パンの袋に手を添える和真。
「………というわけで、ひとまず僕が預かるよ」
視線で静輝の了解を得る。
同時に二人の手が離れ、和真の手が『メロンパンDX』を掴む。
「それじゃあ、改めて表に出ろ。決着をつけてやる」
「いいだろう」
お互いにメンチを切りながら、いつの間にか静まり返っていた売り場周辺から歩き去っていく二人。
戦い敗れて屍になっている人たちを情け容赦なく踏みながら。
「田中くんって、こういう悪ノリもいけるクチだったんだなぁ……」
教室での孤高の一匹狼的な雰囲気からは乖離した様子に、そんな感想をポロッと零す和真だった。
● ● ●
「美味しいですっ♡」
パクリと『メロンパンDX』を口にした瞬間、光理の目が輝いた。
「まるでメロンを食べたかのような味わいっ! この満足感溢れるボリュームっ!! それでいて学生でも簡単に手が出せる安価な値段っ!!!? 全てに置いて非の打ち所がない、まさにDXなメロンパンですっ♡」
「気に入ってもらえたのなら、学園に卸してる採算度外視なパン屋さんも本望だと思うよ」
「………そういえば、あの時も結局は私と夕凪くんで食べたのだったな」
「ん?」
幸せそうな顔のままで光理は首を傾げた。
● ● ●
学食前にある生徒たちの憩いの場でもある緑地で、『メロンパンDX』を賭けた二人の男の熾烈な戦いが繰り広げられていた。
まるでバトルマンガのように傷つき、荒い息を吐きながら、それでも相手を倒さんと熱い激突を繰り返す。
それは発端にさえ目を瞑れば、とても見応えのある戦いだった。
だから、自然に集まってきたギャラリーはたくさんで、今も無責任な歓声を送っている。
「………………。」
手近なベンチに座って、和真はそれを胡乱な目で見ていた。
終わるまで待っているのもバカらしいので、昼食を食べながら。
――と。
「失礼。」
声をかけられ、視線を向けると見知らぬ女生徒が立っていた。
凛々しさと美しさを絶妙なバランスで両立させた面立ち。品のある立ち居姿。腰まで届く長い髪が微風に揺れていた。
「?」
和真は自分を指差す。
地味な没個性な自分に声をかけてくる者は少なく、ましてやこのように他に注目する場で和真に気づく者など滅多にいない。
故に、念のために声を出さずに動作で確認を取っているのだ。
悲しい勘違いは世の中に溢れている。特に彼の周囲では。
「そう、君だよ」
女の子なのに、ちょっと気取った男の子のような喋り方だった。
「僕に何か?」
「間違っていたらすまないのだが、静輝と……あぁ、いや、あそこでケンカのような見世物をしている灰色の髪の彼の関係者だったりするのだろうか?」
宗次の拳を額で受けた静輝が、脇腹に膝を叩き込む光景を指差す少女。
「そうだけど……」
「あぁ、よかった。私は高遠奈々世。灰色の髪の彼とケンカしている静輝の……田中静輝の連れの者だ」
「あ、大丈夫だよ。クラスメートだから、田中くんとも面識はある」
「そうなのか。それなら話が早い」
「ちなみに、田中くんの相手をしてるのは日歩宗次。同じくクラスメートという間柄なんだけど……ねぇ」
「よかったら、事情を教えてはもらえないだろうか? 二手に別れて飲み物とパンを購入する手筈だったのだが、いつまで経っても戻ってこないので探していたらこの有り様だ。周りに聞いても要領を得ないので、関係者を探していたんだ」
「いいけど、どうして僕が関係者だと?」
些細な疑問だった。
人ごみの中で地味な没個性な和真を認識するのは至難の業で、初対面で宗次の関係者と看破するのは不可能の領域に近い。
どう考えても、傍から見ている分に接点が生じそうにない組み合わせだからだ。
傍から見ていても、和真を認識できない場合も多々ある。
「他の無責任に囃し立てているギャラリーと違って、君の視線は心配含みの独特なものだったからね。静輝の交友関係は把握しているので、灰色の髪の……日歩くんの関係者なのではないかと当たりをつけたんだ。あまり自信はなかったが、ビンゴだったようでなにより」
「素晴らしい観察眼だね。僕って、他の人には認識されづらい地味なタイプだから、新鮮な気持ちだよ」
「………確かに、認識阻害にも近しい見事な『隠形』だったね」
「隠形?」
大仰な言い方に和真がきょとんとすると、奈々世は苦笑を浮かべた。
「すまない。忘れてくれ」
「あぁ、うん。それじゃあ、とりあえずの事情だけど……」
簡単に説明する和真。
「どうして、そんなことになってしまうんだ……?」
二人分の飲み物が入ったビニール袋を落として頭を抱える奈々世。
「当然の疑問だけど、この『メロンパンDX』が譲るのが惜しいくらい美味しそうだったからではないかと……」
「静輝はそこまで意地汚くないのだが……」
「なら、単純に相性の問題かもね」
「その線が妥当と思いたいが、静輝があそこまで敵意……のようなものを剥き出しにするのも珍しい」
「あぁ、うん。彼、基本的にクール系だから、面倒な相手に絡まれるぐらいなら、あっさり退いちゃいそうだよね」
「間違ってはいない認識だね。だからこそ、不思議な光景だ」
「宗次もあんな見てくれだけど、特に悪いことしてない相手といきなりケンカみたいなのをしたりはしないんだけどねぇ……」
「やはり、出遭ったその瞬間が不倶戴天みたいな相性の問題なのだろうか?」
頭が痛そうに呻く奈々世。
「きっと、そうだと思うよ」
同じく軽い頭痛を覚えながら和真。
「どっちが勝つと思う?」
何の気なしに興味本位で問いかける和真。
「静輝……と即答したいところだが、日歩くんもなかなかに腕が立つようだ。お互いに本気を出していないのを差し引いても、勝敗が読めないね」
「うん。僕もそんな感じ。どっちかというと、ちゃんと勝敗が付くのかどうかを疑問に思った方がいいのかも……」
携帯を取り出し時間を確認する和真。
あれやこれやとやっている内に、予鈴まであと五分ぐらいになっている。
「予鈴や本鈴が鳴ったところで止まりそうな気がしないね、これは」
思案する表情になる奈々世。
「ときに夕凪くん、日歩くんを止める手段は持ってる?」
「いくつかあるけど、衆人環視の前で使うのはさすがに悪いかな」
「では、仕方がないね。諦めよう」
「諦めるのが早いね」
「正直なところ、あんなに楽しそうにはしゃいでいる静輝を止めるのも気が引ける」
「楽しそうっすか?」
二人の実力が伯仲しているので、ダメージが均等に蓄積していってボロボロになっている。
不倶戴天を睨みつける眼差しと闘志に衰えはなく、罵倒を吐きながら足が止まらない。
ついには、教師までがのほほんと見学し始めている見世物は盛り上がりの一途を辿っていた。
――それでいいのか、天城学園?
――いいのだ。
そんな学園だった。
「それじゃあ、賞品の『メロンパンDX』なんだけど、僕たちで食べちゃう?」
「興味を惹かれてしまうのを否定は出来ない。私が飲み物を提供するから、それで折半というのはどうだろう」
「問題ないよ。ついでに宗次の昼食のパンも食べちゃおう」
「ありがたくご相伴に預からせてもらうよ」
和真は奈々世との会話で中断していた昼食を再開し、奈々世も分けてもらったパンを口に運ぶ。
殺伐としたバトルが繰り広げられる傍らでの、ほのぼのとした一時だった。
「これも何かの縁になりそうだから、今後もよろしく」
「こちらこそ」
和真と奈々世は握手を交わし、半分にした『メロンパンDX』を味わった。
まるで本物のメロンを食べたかのような味わいと満足感溢れるボリュームに感嘆の叫びを上げながら、美味しく食べるのであった。
――なお、宗次と静輝は放課後になって、ぶっ倒れるまでバトルを続けていた。
この放置プレイの引き分けが、後々の因縁を長引かせる要因になったのかどうかは定かではない。
● ● ●
「ほぅほぅ……なぁるほど~」
話を聞きながら『メロンパンDX』を食べ切った光理は、指先を舐めながら何度もうなずく。
「出遭った時から、あんな感じだったんだね」
「そうだね。特に代わり映えもなく、今も不倶戴天の犬猿の仲だよ」
「いや、全く。もう少しコミュニケーションのバリエーションを増やしてもらいたいものだ。いつもいつもバトルばかりでは、見ている方が疲れてしまう」
ついに本物っぽい銃を取り出して、ガウンガウンと撃ちまくる宗次。
光輝を手足に纏わせて応じる静輝。背後になんかが透けて見える。
肉弾戦よりも格段に被害規模が広がり、自然とギャラリーの輪が拡がっていく。
それでも逃げ出すものがいない辺り、逞しい生徒たちである。
物見高い教師含む。
「派手になるのは攻撃手段ばかりで……」
「罵倒はどんどん幼稚になっていく」
「まったく……」
「仕方がないね」
和真と奈々世は疲れた吐息を漏らすが、二人を見る目は優しい。
優しい眼差しで見てていいのかという疑問は脇に捨てるんだ。
「でも……」
大量の菓子パンが詰まった袋の中のゴソゴソしている光理が、不思議そうに口を開く。
「どうして、あんなに仲が悪い………うぅん? 仲良しなのかなぁ……?」
「光理ちゃんは、どうして二人が仲良しだって思うのかな?」
傍から見る限りではとてもそうは見えないのに、仲良しだと言った光理に興味深そうに問いかける和真。
「んぅ……っ。だって、ケンカするの大変だもん。何度も何度も顔を合わせるたびにケンカしてると疲れちゃうよ。ホントに嫌いなら相手にしないと思うし……」
「ほうほう」
「やっつけてやるって思ってるけど、なんだかちょっぴり楽しそうだし、お互いに嫌いだからじゃないと思うんだ。そんな風にコミュニケーションを取るのがお互いの共通認識で、あんな風にしか語り合えないんじゃないかなぁ……? え~っと、お友だちじゃなくて、ライバルみたいな感じ?」
「流石だね、光理ちゃんは」
「え?」
「純粋無垢というのは、理屈を置き去りに最適解に辿り着くんだね」
「え? え? なに、奈々世ちゃんっ!?」
両サイドから和真と奈々世に頭を撫でられ、アワアワする光理。
物事の本質を見抜く眼差しを持っているのは、果たして誰なのか。
呆れながら見つめる眼差しに宿る優しさは、まるで子供の戯れを見るようで。
悪童二人は、そんな視線に気づかずにお互いばかりを睨んでいる。
ささやかな心の安らげる遊びの時間を得られるのは、目の前の相手だからこそで。
それを心の奥底で認めているからこそ、手加減など微塵も考えずに挑んでいく。
日差しは高く。
微風は暖かく。
ただ時間だけが過ぎていく。
「ところで……」
「なんだい、夕凪くん」
「ここに新商品の『メロンパンRX』なるものがあるんだけど、一年前の想い出話に綾かって、三人で食べてしまうというのはどうだろうか?」
「わ~い♪ 食べた~い♡」
「喜んでご相伴に預からせてもらうよ」
「どんな味なのかな?」
「きっとRXな感じだと思うよ」
「まるで想像も出来ないからこそ、とても楽しみだ。期待を裏切られないとわかっているからこそ、なおさらにね」
そんなこんなで、興味を新商品の『メロンパンRX』へと移した三人は、三等分したパンに舌鼓を打ち、感想を和やかに言い合ったりした。
それから予鈴が鳴ったら、その場を後にした。
止める気などサラサラなかった。
そんなわけで、宗次と静輝は体力が尽き果ててぶっ倒れる翌日の早朝まで放置プレイをされるのであった。
宗次と静輝の話だったのに、オチのような扱いになってしまった二人。
むしろ、和真と奈々世の出逢いの方が重要な気がしたりしなかったり。
あと『メロンパンDX』さん。
この話のヒロイン(笑)は、コイツだと思ってます。




