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聖なる日の地味な没個性とその周辺(中)






「「はぁ……」」


 宗次に脅迫された影響で顔面が蒼白になっている木島くんが、若槻さんと並んで歩きながら街の雑踏に加わっていくのを見送った僕と宗次は、なんとなく同時にため息を吐いた。


「なんで、あんな良さげな娘が、あんな奴に……」


「しかも、木島くんがマンガの鈍感主人公並にその好意に気づいていないのが、またなんとも言えない悲哀を醸し出してるよね」


「だが、幼なじみというのは、どうやら嘘じゃなかったみたいだな」


「最初からあんまり疑ってはいなかったけれど、家同士の繋がりもあってかなり親しい間柄みたいだよね」


「だから、なのかもな」


 灰色の髪を無造作に掻きながら、宗次が言う。


「ん? どういうこと?」


「お互いの存在が近すぎて、それが当たり前になっているから、木島のバカは若槻の抱く感情に気づけないのかもな。意識しないと気づかない当たり前が、意外に大事なものだったりするんだよ」


「そういうものかねぇ……」


「当たり前過ぎると盲点になる。案外と木島のバカも、心の底では若槻を憎からず思っているのかもな。あいつには勿体ないと思うがな」


「いや、ホントにねぇ……」


 吐息を漏らしながら、これからあの二人の仲が進展するように働きかけないといけないのだと思うと、あまりの前途多難さに眩暈がしてくる。僕らがそんなに乗り気ではなく、半ば若槻さんのためという大義名分をかざした義務感が動機なのだからなおさらだ。


 優しい神様に誓いを立ててもいいぐらいに木島くんのためでは絶対になく、いっそ闇討ちして葬るのが正しいのではとさえ考えているのは、若槻さんには内緒だ。


「なにはともあれ、意外な出来事で案外と時間が潰れたな。連絡は?」


「まだだよ」


「やれやれだな」


「まだ夕食には早すぎる時間だし、そんなに急かすもんじゃないよ」


「しっかし、あの店で軽く寛いじまったしな。当初の予定は白紙に戻すぞ」


「そうだね。喫茶店から喫茶店に梯子するくらいなら、最初の店にいる方が建設的だもんね。それじゃあ、代案の提出を頼むよ」


「適当にブラつくぞ」


 面倒くさそうにしている宗次は不服そうに鼻をならして、どこへともなく歩き出す。


 その背中を追いかけようとしたところで――


「ん?」


「おや?」


 丁度すれ違うところだった通行人の顔がこちらを向き、釣られるように僕の視線も動いた。


 互いを認識したところで、わずかに目を丸くする。


「夕凪、か」


「田中くんじゃないか。街中で会うなんて奇遇だね」


 学園の教室では毎日のように顔を合わせているけれど、それ以外の場所では滅多にない。だから、お互いに意外なところで会った驚きが声に混ざっていた。


「なんだ、田中かよ」


 僕らの声を聞きつけた宗次が戻ってくる。


「クリスマスに彼女連れでデートか? 羨ましい限りだな」


 田中くんの傍らにいる高遠さんにちらりと視線を向けて、皮肉っぽく口の端を吊り上げる。


「まあ、そんな感じではあるが、ちっとも羨ましそうには聞こえないな」


 挑発的な言葉を真正面から向けられても、田中くんの無関心と不機嫌の中間にあるような仏頂面は小揺るぎもしていない。


「そうかぁ?」


 逆に、宗次は表情を笑みに歪める。


 挑発的で癇に障る――無駄に敵愾心を煽るようなイラッとする笑みだ。


「あぁ、そうだな。もっと素直に羨んでくれてもいいんだぞ? どうせお前には一緒に過ごしてくれる『彼女』はいないのだろうしな。なんなら『嫉妬団』の連中と一緒になって活動でもしたらどうだ。お前にはお似合いだぞ?」


 感情に温度を宿さない淡々と紡がれる言葉に、宗次の眉がピクリと動いた。


「あいつらと同列視されるのは、さすがに不愉快だな」


「そうか? お前の口振りも十分に不快だったぞ」


「ははは。」


「ははは。」


 口だけで笑い始める二人。


「ははははははははは。」


「ははははははははは。」


 片やイラッとする笑み。


 片や鋼鉄の仏頂面。


 口だけで笑いながらメンチを切り合う二人の姿は、端的に不気味だった。


 なんかいきなりギスギスした空気を周囲にばら撒き始めたけれど、僕からすると平常運転なので仲裁に入る気にもならない。


「こんにちは、高遠さん」


 なので、田中くんたちを苦笑しながら見ている黒髪の少女に挨拶をする。


 異性にも同性にも人気のある美しさと凛々しさを同居させた面立ちの高遠さんが、腰まで届く長い髪を微風に揺らしている。


「ええ。夕凪くんも」


 高遠さんは田中くんの幼なじみで、同じクラスではないけれど同学年の才媛だ。


 宗次と田中くんが頻繁に小競り合いをするので、わりと早い時期に顔合わせは済んでいたんだけど、本格的な交友へと発展したのは学園祭の絡みでドタバタしていた頃だ。


 それまで、あんまり落ち着いて話をする機会がなかったのだ。


 お互いに問題児の面倒を見るので忙しかったからね。


「宗次が言ってたみたいに、デートなのかい?」


「残念ながら……」


 片手で軽く憂い顔を覆い隠した高遠さんは、そのまま前髪を軽く掻き上げ、ゆらりと長い髪を微風に泳がせる。その一連の所作は貴公子然としており、女子人気の高さもうなずけるものだった。


「まだ彼氏彼女の関係というわけではないので、デートという表現を相応しいとは思えないね」


 あと、女の子らしくない男っぽい口調なのは、高遠さんの個性だ。


「そうなんだ」


 傍から見る分には、そこらのカップルなんか目じゃないくらいに息が合ってるような二人だけど、なんとなくその関係性は『相棒』みたいに僕は感じている。


 だから、その言葉に嘘は含まれてはいないのだろう。


 でも、最初に述べた「残念ながら……」にも本音が感じられたので、そういう関係を求めていないわけでもなさそうだけど。


「それに今日はもう一人の幼なじみがこっちに来るのでね。その迎えに駅前まで出ているところなんだよ」


 表情を緩める高遠さん。


 それを見ただけで、もう一人の幼なじみが大切なんだというのが伝わってくる。


「え~っと、白崎……光理ちゃん、だったかな?」


 学園祭の時に来ていた少女の容姿を思い出しながら――なんとなくエプロンがとっても似合いそうな女の子だった――言うと、高遠さんがうなずく。


「冬休みになったけれど、私たちは地元には戻れそうになくてね。光理の方がこっちに来ることになったんだ。三人揃うのは学園祭の時以来だから、個人的にかなり楽しみにしている」


 田中くんと高遠さんと光理ちゃんは、央都から離れている遠くの街が故郷で、幼い頃に知り合ったのだそうだ。家の都合とかいろいろあって、離れなくてはいけない時期もあったけれど、来年からはまた三人一緒にいられるんだという話を聞いている。


「……確か、受験生なんだよね?

 余計なお世話だとは思うけど、こっちに来てて大丈夫なの?」


「推薦でウチの学園への進学が決まっているのでね。その心配は無用だよ」


「へぇ。そうなんだ。凄いね」


 推薦を決めているということは、なんらかの分野での才能が学園側に認められたという意味だ。

積極的に才能ある人材を呼び込み、才能を育て磨き上げ、より世界が豊かになるように送り出すのがウチの学園なのだから、推薦入学組というのはそれだけでもかなりのステータスになるのである。


 ちなみに、ウチのクラスは推薦組がひたすら多い。


 僕は一般入試だけどね。


 それを考えるとなんであの特異なクラスの一員に僕が組み込まれたのかが、ちょっとした疑問だ。単純な確率論だとしても相当の悪運になってしまうだろう。今となっては、あのクラスの中でも『変わり種』として扱われ始めているのだとしても。


 ……そういえば、田中くんも推薦組だったっけ?


 些細な疑問が胸中に生じたけど、睨み合いで忙しそうなので放置する。


「老舗旅館の娘で料理の腕前は一流なんだ。本人や家族に言わせるとまだまだ発展途上らしいけどね。よかったら、そのうち夕凪くんにも披露させる機会を作るよ」


「料理かぁ……。

 うん。楽しみにしておくよ」


 若菜ちゃんと仲よくなれるかな……?


「さて、そんなわけだから、あまり光理を待たせるわけにはいかないのだが、相変わらず彼らは仲のいいことだね」


「傍から見るとそうは見えないのが難点だけどねぇ~」


 ゴツゴツと額を突き合わせながら互いに胸倉を掴んで、いよいよ陰険な言葉で罵り合いを始めている二人に、高遠さんと苦笑をする。


 やれやれ……と肩をすくめて、僕と高遠さんは「それくらいにしておけ」と仲裁に入るのだった。



 ● ● ●



 一触即発だった――けれど、本質的にはただのじゃれ合いでしかない――二人の醜い争いを仲裁したあと、僕と宗次は田中くんたちと駅前の広場に向かっていた。


 特に目的地がないから、なんとなく同行しているような形だ。


 強いて付け加えるなら、三人の幼なじみの感動の再会シーンに立ち会いたいという野次馬根性も少しはあったりする。


 時間は午後四時を過ぎた頃合だけど、かなり気温が下がってきた。


 もしかしたら雪が降り出して、ホワイトクリスマスになるかもしれない。


「折角のクリスマスだし、光理の進学祝いもしたいんだ。バイトで稼いだ金で奮発しようと思っているんだが、どこかいい店はないか?」


 宗次とは剣呑な雰囲気を醸し出すけれど、基本的に彼は少し愛想がないだけで温厚な性格をしている。なので、僕に対する態度は気さくというにはわりと愛想が欠けているけれど、友人に向けるものの範疇に十分納まっている。


「それなら……。店員と客層がやや特殊で値段もちょっと高めだけど、味に関しては保証のできる洋食レストランがあるんだけど、どうかな?」


「その選択肢は、さすがの俺でもどうかと思うぞ?」


 宗次が口を挟んでくるけれど、その苦言は十分に予測していた。


「日歩が躊躇するとは、どんな店なんだ?」


「むしろ、そんな店なら嬉々として送り出しそうなものなのに……っ」


 戦慄したように呟く田中くんと高遠さんに、宗次はこめかみをヒクヒクさせる。


「……和真が言ってるように店員と客層がやや特殊でな。いくら俺でもお前らの楽しみにしているクリスマスが台無しになるのを望むほど悪趣味じゃねーよ」


「それは申し訳ない。あなたを少し誤解していたようだ」


 謝罪の意を示す高遠さんに、宗次はバツが悪そうにそっぽを向く。


「いや、田中がロクでもない目に遭うのは、別にいいんだがな」


「どーゆー意味だ、コラ」


「言葉通りの意味に決まってんだろーが、コラ」


「小さな火種を燃え上がらせてないで、僕の話を聞いて欲しいな」


 些細なきっかけで睨み合う二人にため息を吐いていると、首を左右に振りながら高遠さんが歩調を緩めて横に並ぶ。


「物理的な攻勢に出るまではもう放っておくのが無難だよ。

 夕凪くんの話は私が聞かせてもらう」


「………それじゃあ、続けるけど。

 とにもかくにも特殊な店ではあるんだけど、味の方は確かなんだ。だから、特殊な部分に関してはちゃんと僕の方から連絡して抑止力を働かせておくって言うつもりだったんだよ。ほら、やっぱりクリスマスが台無しになったら、田中くんとか普通に激怒するでしょ。そうなったら、悪ふざけの代償として店が消滅するでしょ? そこのところをちゃんと言い含めておいたら、落ち着いた夕食が出来るはずだし……」


「いろいろと考えてくれてるのはうれしいんだけど、同時にごめんと謝りたくなるのはなぜかしら?」


 皺の寄った眉間を揉み解しながら、高遠さんが心底不思議そうに呟いていた。


 その疑問はきっと、特殊に特殊を掛け合わせると混沌が生じるからではないかと思うんだ。なんの説明にもなってないけれど。


「でも、あの娘は料理が得意な分だけ、舌も肥えてるし。

 夕凪くんの勧めならそう易々と外れたりはしないはずだから、ここはお言葉に甘えさせてもらうよ」


「それじゃあ、予約を入れておくよ。

 店の場所は、あとで説明するね」


 胸元のポケットから携帯電話を取り出し、登録している番号を呼び出す。


「よくよく考えると、クリスマスなのに当日の予約でも大丈夫なのかい?」


「昨日はもうバイトじゃないのに緊急の呼び出しに応じてあげたんだから、それぐらいの融通は利かせてくれるはずだよ」


「……あ~、素直にお世話になります。ありがとう。

 この感謝の気持ちは後日に何らかの形でさせてもらうと優しい神様に誓う」


 何か言いたそうにしながらも、それがちゃんとまとまらなかったのか、高遠さんが悩ましそうな顔をしながら頭を下げる。


「大袈裟だよ。友だちが楽しいクリスマスを過ごせるようにささやかな手助けをしてるだけなんだからさ。………あ、もしもし、夕凪ですけど」


 手をヒラヒラしながら、僕は繋がった電話の向こうと会話をする。


「え? ……いえ、今日もバイトしたいとかいう話ではなくてですね。僕の友だちがそちらで夕食をしたいと言っているので、予約させて欲しいんですが……いや、だからバイトしたいとかいう話ではなくてですね。一生の願いとか言われましても、それ昨日も言いましたよね? 生命が二つあるならともかく、ひとつだけしかないのが人間なんですからもう応じられませんよ。今日はもう予定も入ってるわけですし………いい大人が嘘泣きで号泣しないでください。直接的な映像がないので、ただ単にうるさいだけですよ。それでとにもかくにも予約したいんですけどね」


 かくかくしかじか。あれやこれや。それそれどれどれ。


 都合五分にも及んだ交渉……というか、向こうの助力請願をかわしながらの『今晩の予約』を終えて、僕は携帯の終話ボタンを押した。


 なんか向こうではまだしつこく何かを言い募っていたが、応じられないなら薄情と言われても切るべきなのだ。別に面倒くさくなったわけではない。


「うん。ちゃんと予約は取れたよ」


 隣の高遠さんに微笑みかける。


「………………………いや、本当に大丈夫なのか? 随分と忙しいみたいだが」


 会話を横で聞いていた高遠さんが、頬に一筋の汗を伝わせていた。


「そりゃあ、クリスマスだからね。忙しくなかったら、そっちの方が問題だよ。

 でもまあ、そんな状況なのに僕と長電話してる余裕はあるみたいだから、大丈夫だよ」


「あ、あぁ、うん。」


 ちゃんと冗談の通じない相手だとも言ってあるので、最高に『普通』のもてなしをしてくれるだろう。


 店を守るために。


 こういう表現をするとタチの悪い客を捻じ込んだような感じになってしまうのが不思議だ。真実は全くの逆なのに。


 ともあれ。


 そうこうしていると、駅前広場に到着した。


 いつの間にか宗次と田中くんの姿が傍らから消えているけども、どこぞで睨み合っているのだろうと気にしないことにした。


 ある意味、僕の本来の目的からすると本末転倒になっているのだけど、やっぱり気にしないことにした。


 クリスマス仕様に飾り立てられた街の中でも、ここはさらに豪華に飾り立てられており、特大のクリスマスツリーが駅に出入りしている人たちの視線を集めている。


 普段から人通りの多いところなんだけど、今日はいつもよりもさらに人が集まっている。


 特に、若いカップルの姿が目に付くのは、気のせいではないだろう。


「ところで、そっちの待ち人は?」


「……ふむ。到着まではもう少しかかるみたいだ」


 スマフォを取り出し、ラインで何度かやり取りした高遠さんが小さく息を吐く。


「そっか」


 なんて話しながら広場の人の流れをぼんやりと眺めていると、


「おや、新婚さんたちだね」


「はい?」


 高遠さんが微笑ましそうに目を細めながら見ている先に視線を向けると、クラスメートの白石くんと天宮さんが腕を組んで雑踏の中を歩いているのを発見した。


 こちらに気づく様子もなく、幸せいっぱいの笑顔を浮かべている。


 そこらの恋人よりも仲睦まじく、長年連れ添った夫婦のように落ち着いてもいる。見ている方まで幸せな気持ちになれるような二人だった。


 ちなみに、僕的にポイントが高かったのは、同じマフラーを共有してるところだった。


 まさに『新婚バカップル』の二つ名に相応しいラブラブっぷりと言わざるをえない。


「しかし、意外と知り合いを見かけるものだね」


 央都は当然のように大きな街だし、人口も相当数に上る。


 駅前広場なんかは待ち合わせスポットとして活用され易くても、ちゃんと待ち合わせなどをしていないと早々に知人と巡り会ったりはしないものだ。


 なのに、僕は田中くんたちに会ったし、白石くんと天宮さんを見かけた。


 クリスマスという日の特別性が『偶然』の起こる可能性を引き上げているのだとしたら、ひょっとしたらまだまだ序の口だったりするのかもしれない。


「まあ、まだクリスマスと言っても昼過ぎですし、外に繰り出している人たちも多いんでしょうね」


「本番である夜に備えた肩慣らしみたいなものかな?」


「大人の場合はそう表現してもいいかもしれませんが、僕らはまだ学生だから、そっち方面に当て嵌まっちゃいけないと思うんだよね」


「自分たちがそうだとは思っていないにしても……」


 高遠さんは軽く肩を上下させてから、また別の方向へと視線を向けた。


 なにやらイベントが行われている一角だったけれど、そこにもまた見覚えのあるクラスメートたちの姿があった。


 ちょっと一風変わってはいたけども。


「あちらに関しては、その限りではなさそうな気がしないでもないのだがね」


「あ~、ま~、そ~ですね~」


 否定するべき場面ではあるのだけど、それが困難だと思ってしまう光景だった。


「なんだ、室井じゃねぇか」


「なんかこう捕まった宇宙人みたいになってるな」


 ちょっと服がボロボロになり、髪が乱れた宗次と田中くんが追いついてきた。


 ノーコメントで。


「あれ? なんか珍しい組み合わせね」


 向こうもこっちに気づいたようで、まず最初に雛森さんが手を振ってきた。


 フルネームは雛森(ひなもり)明日香(あすか)


 何処にでもいる平凡な普通の女の子を自称しているし、最初の頃はそうだと僕も思っていたけれど、最近はそうでもなかったよね……と思い直していたりする。


 長い蜂蜜色の髪を色とりどりのリボンで彩り、毎日のように髪型を変えているのだけど、今日はシンプルにポニーテールだった。


 大きな瞳を細めながら、ニコニコと機嫌よさそうに笑っている。


「あらあら、奇遇ですね。みなさん、こんにちは」


「ん。」


 それに藤原さんと白鳳院さんが続く。


 藤原さんのフルネームは、藤原(ふじわら)小鳥(ことり)


 由緒正しき名門である藤原家のご息女で、お姫様のような気品のある女の子だ。艶やかに長い黒髪、端整ながらも柔らかな容姿、淑やかな性格、花が似合う春のような雰囲気。上品さと可愛らしさが同居した立ち居姿は、美少女の理想系のひとつのようだ。


 白鳳院さんのフルネームは、白鳳院(はくほういん)芙蓉(ふよう)


 どこか遠くを見るようでもあり、なんか眠たそうにしているだけにも思える瞳。色素の薄い髪は背中までの長さがあり、一房に黒いリボンを巻いている。


 感情の起伏が乏しくて、その整った顔に表情らしい表情は浮かんではいない。


 だけど、同じ教室で半年以上も過ごした今なら、雪溶けを思わせる微かな口元の緩みから、彼女の抱いている感情が読み取れるようになってきた。


 彼女たちは、隠れ御曹司である室井くんの許婚だ。


 その室井くんは、雛森さんと白鳳院さんに両腕を抱えられて、ぐったりと引き摺られていたりする。


 正しく、捕まった宇宙人みたいだった。


「室井くんは、その……どうしたの?」


「平たく言うと、女の買い物に付き合った男の末路って感じかしら?」


「デート、なんですよ♡」


「ん。今日はわたしたち許婚同盟で、八雲を一人占め………じゃなくて、みんな占め?」


「なるほど。」


 正直よくわからないけれど、なんとなくニュアンスは伝わってきた。


 思わず、同情的な視線を室井くんに向けてしまう。


「……やぁ、みんな。メニークルシンデルゥゥ……?」


 ぎぎぎっと油の切れかけた機械仕掛けの人形みたく顔を上げた室井くんが、まっ白に燃え尽きたボクサーみたいな表情で言う。


「そんな『嫉妬団』みたいなことを……」


「いやぁ、女の買い物に付き合った結果としては、妥当な感じだと思うぞ」


 田中くんと宗次までもが、本心から同情的な視線で見ていた。


 この二人にまで同情されるとか、よっぽどである。


 まあ、室井くんの立場はいろいろと難しいからねぇ……。


 自業自得な部分もあるにはあるけれども、そうでない部分も多々あるのだ。


 そもそも彼は天城財閥現総帥の息子なのである。


 十六歳の誕生日を迎えるまでその事実が当人にも秘されていたので、その日を境に彼の人生はに大幅な変貌を遂げた。もはや突然変異レベルである。


 しかし、彼自身はそれまでの人生で培った常識をそう簡単にひっくり返せるわけもなく、四苦八苦な日々を送ることになったのである。


 白鳳院さんが言っていた許婚同盟もその一端である。


 細かい事情は省くけども、まず最初に『生まれた時から許婚』だった藤原さんが現れて、その直後になんやかんやと面倒くさい家の事情で白鳳院さんが転入してきて、あれよという間に普通の幼なじみだった雛森さんを手篭めにした。


 わりと不幸体質でもある彼は、それからも何人もの女の子と関わりを持ち、順調に許婚を増やして、『ミスター・ハーレム』という二つ名を授かるに至ったのである。


 本人とっては不名誉だろうし、『嫉妬団』にとっては最優先抹殺対象な称号として、燦然と輝いている。


 …………うん。まあ、細かい事情を省いたせいで、彼が真性の屑だと力説してるみたいになってるね。


 でも、違うんだ。


 室井くんは僕と同じくらい『普通』だよ。


 入学式の翌日にあの『宣言』をした時は、素直に気が狂ったんだなとか思ったけどね。


 今回のエピソードから大幅に外れるから説明責任は放棄するけども。



※ 詳しく知りたい人は、『室井八雲は憂鬱のため息を吐く』をご覧ください。



「あ。他のみんなもいろいろ予定があったりして、一時的に別れたり、合流したりを繰り返してるから、三人だけってわけじゃないわよ」


 僕らの視線の意味を曲解したらしい雛森さんが、補足してくれた。


 まあ、許婚同盟の人数が少ないとは思っていたけれども。


「だろーね」


 室井くんのハーレムにおいて、女の子同士の仲はとても良好だ。


 いろいろと問題もあったけれど、彼が胃痛に苦しみながら奔走したから、今の彼女たちは穏やかに笑っていられる。


 そういうところは素直に尊敬している。


 ――なんて思いながら、みんなで雑談を交わしていると、


「お~い、みんな~っ。そんなところでなにやってるんだい?」


「えっと、みなさん、メリークリスマスです」


 人目の集まる大所帯になっていたから、誘われるように足を運んだっぽい白石くんたちまでもが手を振りながら近寄ってきていた。



 ● ● ●



「やぁ。なんとゆーか、みんなと会えて、助かったよ」


「その言い方はどうかと思うが、気持ちはわからんでもない」


「いや、全くな」


「贅沢な悩みだと思うけど、実際に同じ立ち位置になったらと思うと笑えないもんね」


「一人だけでも、いっぱいいっぱいになるのが普通だからね」


 げっそりしている室井くんが自動販売機にお金を入れ、次々とみんなのリクエストしたジュースのボタンを押していく。


 宗次や田中くんが落ちてきたジュースを取り出し、僕と白石くんは袋を広げてスタンバイ。


 特に急ぎの用事もなく、田中くんたちの待ち人はもう少し時間がかかるとなれば、顔合わせたクラスメート(+α)としては、即解散するのも躊躇われる。


 なので、みんなでお喋りタイムに突入。


 女子は場所の確保をして、男子は飲み物の買い出しに繰り出していた。


 一時的に室井くんを許婚同盟から解放して、体力を回復させるという目論見もあったりなかったりという感じだ。


 決して嫌なわけではないんだろうけれども、美少女に男一人で囲まれている状態というのは、慣れていないと精神的な疲労が蓄積されるものなんだと思う。特に室井くんは立ち位置を踏み外してはいても、常識という概念までは失っていないのだ。


 結果的にハーレムの主になっていても、それはいくつかの事情が重なったせいでもあり、本気でそのままハーレム王になるような決意にまでは至っていない。


 ………まあ、許婚同盟の態度からすると時間の問題っぽいけども。


 今宵の聖夜が、乱交パーティー的な意味での性夜にならないのを祈るばかりである。


「はぁぁ~~~。男友だちに囲まれてるとなんか癒されるよぅ……」


 すっきりしたような晴れ晴れとした顔で、室井くんが両手を広げる。


 そのまま遥か遠くに羽ばたいていってしまいそうな気がしないでもない。


「お前、女に好かれ過ぎたせいで、別の世界の扉を開くとかいうオチに到達しかけたりすんじゃねーだろうな」


 宗次が軽く距離を離しながら言う。


 いや、地味に他のみんなもだ。


「それはないけど、四六時中女の子に囲まれてる生活ってのは、なかなかに疲れるものだよ。僕だって、たまには君たちとバカ話したくもなるさ。カラオケとか、ボーリングとかでもいいから娯楽を楽しみたいんだっ! 肩を組んでバカみたいに騒ぎたいんだぁぁぁっ!!」


 余談ではあるけれど、本日の彼はその二つをたっぷり遊んできている。


 でも、同行者が女の子だけなので、気疲れしてもいるのである。相手が女の子というだけで遠慮は生じるものだし、男友だちを相手するように気安くもなれないのだ。


 端的に言って、アウェーの洗礼みたいなものだ。


 良くも悪くも、室井くんもまだまだ年頃の男子なのである。


「かなり重傷だな」


 宗次がそっと目を逸らす。


 いつもの彼なら追い打ち発言でもしそうだが、やはり同情心の方が勝っているようだった。


「男連中とバカ騒ぎしたいって言ってるけど、『嫉妬団』の連中と毎朝命懸けのマラソン大会をしてるだろ」


 これまた目を逸らしながら、田中くんが言う。


「アレを楽しめるような神経は持ってないよっ!?

 最近はホントに命懸けになってきてるんだからね。今日だって、待ち合わせの場所にいくまでに十四回は襲撃を受けたんだよっ!?」


 どんだけの人員を割いたんだ、『嫉妬団』。


「水城は楽しそうだけどな」


 嬉々として襲撃者を撃退しまくっている時の彼の顔は、本当に愉しそうなので凶相とでも評するしかない。


「そういえば、今日は水城くんは一緒じゃないの?

 彼なら君の精神安定のためにいそうなものだけど……」


「あぁ、刃なら添琉さんに痺れ薬を盛られて、昨夜から拉致・監禁されてるよ」


「………………………。」


 ある意味いつも通りではあるのだけど、とりあえずは水城くんのために手を合わせて、拝んでおく。


「お、おぅ。そうか。

 ところで、この場合はあいつの無事を祈ればいいのか?」


「クリスマスなんだから、海棠の奴の大願成就を祈ってやるべきなんじゃね?」


 宗次や田中くんも同様であった。


「むしろ、昨夜からなんだったら、どっちにしろ手遅れのような気もするけど……」


「「「あ~。」」」


 気の抜けた声で白石くんの言葉に同意めいたものを示しながら、僕たちは空の向こうに幻視する笑顔の水城くんに、改めて手を合わせるのだった。


 これが夜だったら、きっと流れ星が見えただろう。


「性夜を存分に堪能します……とか添琉さんは言ってたけど、洋子先生が全力で阻止するだろうから、致命的な事態にまではならない……と、いいなぁって思ってる」


 諦観混じりの表情で遠くを見つめる室井くんだった。


 下手すると、央都に甚大に被害が出かねない事態を招く時限爆弾のタイマーが動いているという事実に戦慄してしまうけれど、どうしようもないから深く考えるのを放棄した。


 ………そういえば、気のせいかと思ったけど、昨夜は遠くに爆発音とかも聞こえたような。


 いや、うん。やっぱり深く考えるのは止めよう。


 きっと新学期にはいつも通りの水城くんと会えるはずだから。うん。


「まぁ、水城の末路はこの際どうでもいい。悪くても童貞じゃなくなってるだけだ」


「十分に問題だと思うけど……いや、どうだかよくわかんないけど」


「あるいは、海棠の性奴隷になってるか、海棠を性奴隷にしてるかのどっちかだ」


「少なくても後者だと、水城くんのその後に一切の保証がないよね」


「一夜限りの極上の快楽が得られるなら、その後なんていらないと吠え猛るのが漢なんじゃねーの」


「それを望んだのならともかく、一服盛られて強制的なレッツパーリィーだぞ?」


「刃はどうにも添琉さんが苦手みたいだからねぇ……。苦手というか負い目があるみたいというか、素直に好意を受け取るのに躊躇してる風なんだよね」


「要するに少年漫画のウザい系引き伸ばしラブコメ主人公みたいな感じなんだろ? スパッと押し倒せば、その場で解決なのにダラダラと難聴したり、余計な邪魔が入ったり、アホ臭い葛藤かましたりとか……」


「それでヒロインに押し倒されるとか、真性のゴミじゃね?」


「ヒロイン役である海棠さんにも、そこそこの問題はあると思うよ。うん。」


 そんな風にとあるクラスメートの話題で盛り上がりながら、女性陣の待つ場所まで戻った僕たちは、そのわずか手前で足止めをくらった。


「――ん? なんだ、あれ?」


「あぁ、しまった。そういう可能性を見落としていた」


「そうだな。せめて田中ぐらいは残しておくべきだったな」


「いやぁ、あの面子に男一人とかは地獄(アレ)だから、みんなで無意識にその選択肢を除外してたよね」


 ははは……と乾いた声で笑う僕たち。


 要するに、何かというとナンパの群れである。


 自分に自信のある一人身の男性であるとか、どう考えても勘違いしてそうなチャラ男であるとか、とにもかくにも声を聞くだけの関わりだけでも持ちたちそうな志の低そうなのとか、至高の宝石箱の煌きに目の眩んだ者たちが、藤原さんたちに群がっていた。


 藤原さんはにこやかに。


 雛森さんはちょっと困り顔で。


 白鳳院さんは完璧にスルー。


 天宮さんは困惑した様子でアワアワしている。


 高遠さんは何故か同年代の少女たちに囲まれていた。


「とりあえず、排除するか」


「だな」


 腕まくりしながら、宗次と田中くんがのっしのっしと足音も荒く前に出る。


 こういう時は普通に田中くんと肩を並べていけるところは、なんか翔悟との関係と通じる部分がある。


 息は合わせられても、まるで気が合わない――とか、そんな感じなのである。


 僕は当然として、白石くんや室井くんも荒事向きではないので、ひとまずは傍観体勢に移行する。


 下手に巻き込まれると騒ぎが大きくなってしまうからこその措置だ。


「おい。」


「んだ、コラっ。今忙しいんだよ」


「その娘たちは、俺らの連れだ。邪魔だから失せろ」


「うるせぇよ。お前なんざお呼びじゃねぇんだよ」


「それはお前たちの存在そのものだ」


「やんのか、コラぁっ!?」


「そっちの方が話が早そうだな」


「オラァッ!!」


「パンチはこうやって打つんだよぉぉぉっ!!」


 チャラ男を挑発して、即座に乱闘に持ち込んでいく宗次。


 そのノリについていけなかったナンパ連中は即座に逃げ出し、血の毛の多い連中が宗次と田中くんとのバトルに突入する。


 一瞬で騒然となる広場の一角から、慣れた様子で天宮さんと許婚同盟のみなさんが避難を開始する。


 ちなみに、高遠さんは速やかに群がってきていた少女たちに「ここは危険だから早く逃げるんだよ、子猫ちゃん♡」とイケメンスマイルで腰砕けにさせつつ、迅速に逃がしていた。


 みんな、手慣れてるなぁ……なんて思いながら、僕たちも騒ぎを迂回して、女性陣と合流する。


 そのまま騒ぎの中心地から離れていくのだった。



 結局のところ、誰がどうというわけでもなく、僕らが一定数集まると何らかの騒ぎみたいなものが自然に発生するんだなぁ……と、実感させられる一時だった。







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