一年B組の学園祭 ~暗躍する地味な没個性~ First Chapter(5)
「やぁ、皇くん。ちょっといいかな?」
長机の一つを占領している書類の束――というか、山……いや連なる山脈。
その山の向こうではノートパソコンで会議をし、電話で指示を出したりしながら、承認・未承認をほとんど一瞬で判断し、サインしたり判子を押したりしている皇くんの姿がある。
「む。」
「は?」
僕は相も変わらずの地味な没個性。
ごく自然に彼の近くにまで歩み寄っていっただけなのに、皇くんと伊瀬さんの反応は意外な展開に遭遇したかのようだった。
「む?」
仕事を中断して、視線を上げる皇くん。
「あ――――なっ!?」
いつの間にか自分の傍らを素通りしていた僕の存在に驚愕し、目を見開いている伊瀬さん。
しかし、その動揺も一秒未満で静めて、その手が瞬時に懐に入る。おそらくはホルスターから自動拳銃を引き抜こうとしている――のだろうけれど、そんな必要がないのだとわかって欲しいと切に願う。
………まあ、秘書兼護衛(見習い)という立場の観点から、もしも僕が刺客だったら不覚なんていう言葉では到底片付けられないのだとしても。
えぇ、まあ。はい。地味な没個性ですみませんねぇ。ホント。
「あなたはっ!?」
そんな僕の内心とは裏腹に、伊瀬さんはやっぱり黒光りする無骨な自動拳銃を抜き放ち、流れるようなスムーズな動きで僕のこめかみに銃口を押し当てようと――
「よせ。」
そんな白昼の教室に不似合いな――ただし、我らが教室においては珍しくもない――蛮行を中断させてくれたのは、冷たい一言を発した皇くんだった。
「――はっ」
即座に自動拳銃は懐の中に、続いて敬礼じみた一動作。
直立不動の体勢に移行し、そのまま僕らからわずかに距離を置く。いざという時には即座に行動が出来る最適な間合いを維持しているのは、訓練の賜物だろうか。
偉そうに解説できるような達人ではないけれども、なんとなくレベルでそういうのが読み取れるのはこのクラスで過ごした時間と経験の成果である。
危険かそうじゃないかの境界線を見抜けないと、このクラスでは長生きできないのだ。
………………………………………………学校の教室なのにね。問題なのは場所よりも、そこにいる者たちだという過酷な現実に頭痛がするよ。
ともあれ。
「夕凪……君、だったかな?」
ちらりと見せた動揺の気配はもう微塵と残さずに、皇くんは書類と向き合っていた。
冷静沈着さが染み付いたような冷たい横目が、ほんのわずかだけ僕を視界に入れているような状態だ。
「うん。そうだよ」
「私に何か用があるのか?」
「うん。ちょっと聞いてもらいたい話があるんだよ」
「すまないが、私は忙しい」
にべもない反応だった。
会話を拒絶しているというよりも、当たり前のように今の時間を無価値と断じている――そんな冷徹さを含んだ声だった。
事と次第によっては失礼と憤慨する者もいるだろうけれども、皇くんは物事に明確な『優先順位』を付けるタイプのようなので、今の段階ではクラスメートと会話をするよりも、書類に目を通す方が重要なのだと見なされているのだ。
立場も境遇も背負っているものも明らかな差がある相手であり、いくらこの学園であっても同じ教室にいるのが不思議なくらいに『身分』に隔たりがあるのは言うまでもない。
たったの一分であっても、時間の『価値』が違う。片手間ですらないような態度であっても、こちらの言葉に応じてくれているだけで僥倖なのだ。
そもそも僕は頼む側であり、一筋縄でいかないのは当たり前のように認識している。
この程度で憤慨したり、尻込みしたりはしないのであった。
………………こいつ、果てしなく鈍感なんじゃね、みたいな目で見てる二人の親友の方がよっぽど腹立たしいくらいだ。
「とりあえず、話だけでも聞いて欲しいかな」
「……ふむ。」
遠回しながらも明確な『退避勧告』をスルーして、わずかの間も置かずに言葉を発した僕に、皇くんは書類に直筆のサインをした。
「仕事をしながらで構わないなら、聞こう」
それをそのまま流れるように横にやり、新たな書類に目を通しながら言う。
聞くだけは聞く。
だけど、反応を期待するな――と示したのだと、僕は解釈をした。
下らない話ならば無反応を貫くという意思表示であり、まずは彼の興味を引き出せるかどうかの手腕を試されている。
「十分だよ」
これは回りくどい話術を駆使しようとしたら、即座に伊瀬さんに排除させる流れだろうね。
誰かさんみたいに腹芸は得意ではないので、話が早いのはありがたい。
同時に、難易度の桁がひとつ上がったような気がするけれど、最初から無理難題みたいな感じなので今さらだ。
いちいち尻込みする理由に拘泥しているぐらいなら、そもそも関わろうとは思わない。
「実は、学園祭の出し物で悩みを抱えている白石くんたちの手伝いをすることになったんだ」
皇くんの近くに腰を下ろしながら言う。
「……ほぅ」
注意していないと聞き取れないぐらいの小さな相づちがあった。
微かな驚きが垣間見えたけれど、その感情の矛先がどこを向いているのかはわからない。順当に考えれば、明白な無理難題に首を突っ込んだ僕の無謀さに呆れているのが自然に思えるけれども、それだけではないような響きも感じられた。
書類に再び流麗なサインが書かれ、次の書類に目を通す皇くん。
ついでのようにノートパソコンをカタカタするけれど、何をやっているのか僕にはさっぱりだ。
さておき。
「皇くんも知ってのとおり、現状はとにもかくにも手詰まり感がありすぎてね。出し物を決めるという最初の第一歩からして躓いている。だから、まずはそこを決定する必要があるんだけど、みんな一癖も二癖もあるから、みんながそれなりに納得してくれる出し物を考えるだけでも一苦労なんだよね」
現状はまだまだ僕の独り語りに過ぎないので、続きを口にする。
「でも、ひとまず『これならどうだろう』という案をひとつ考えたんだけど、それを実行に移すにも問題は山積みでね。僕は『協力者』が必要だと判断したんだよ」
「つまり」
ただ端的にそれだけを口にした皇くんは、ちらりと横目を向けてくる。
値踏みする視線というものが世の中にはあるらしいけれど、今の皇くんの視線に含まれているのは価値のないガラクタを一瞥するようなものだった。
次の僕の言葉を確信していて、それに対する『返答』までもがワンセットになっている。
「その『協力者』になってもらえないかな?」
「応じる価値のない要請だな。
ただ下らないという一言しか出てこない」
温度のない声で皇くんは言った。
「……君の言葉でほんのわずかでも私が気にする価値を見出したのは、君が何故私を見出したのかという点だけだ」
「候補は何人かいたんだけど、皇くんを選んだのはなんとなくだね」
「成程な」
「……なんと命知らずな」
思わずといった風に、頬を引きつらせた伊瀬さんが呟いていた。
あ。しまった。うっかりぽろっと零しちゃった。
まあ、いいや。吐いた唾は飲み込めないし、別に悪意があるわけでもない。
「でも、それは適当って意味じゃない。ある種の直感であると同時に皇くんを頼りにしたいという僕の気持ちに一切の偽りはないよ」
「……成程な」
皇くんはあらゆる興味を失ったように視線を書類――――いや、意識そのものを仕事へと戻した。
書類を何枚か処理する間、僕は思考を巡らせていた。
当たり前のように断られたけれど、これは予定調和だ。
僕にとっても当たり前の結果に過ぎないのだから落胆なんかしていない。
かといって、ここから交渉を再開するのに口を開くのも愚かな選択肢だ。
まだ休み時間はあるし、種は蒔いた。
去れと言われるか、それとも時間切れになるまでは、将来的に黄金の価値があるかも知れない皇くんの仕事ぶりを至近距離で拝ませてもらう。
「君は――」
時計の秒針が一周した頃、皇くんが嘆息を漏らした。
隣に座ったままの僕に仕事ぶりを観察されるのに辟易したようにも、沈黙を保ったまま仕事を続けるのが面倒になったようでもあった。
視線はあくまでも『仕事』に向けられてはいたが、口にする言葉は明らかに僕に向けられていた。
「私に協力をして欲しいと言った。それは相手の意思に選択肢を委ねるという意味であるからには、当然のように拒否権を与えている。そして、君は虚偽なく無理難題を抱えているとも言った。その正直さを好ましく思う反面、交渉においては不利益しか生まない。その条件で素直にうなずくのは、愚かしいお人好しだけだ」
「………………………。」
さりげに、僕が愚かしいお人好しと断じられたよーな気がする。
「少なくとも、私は応じる意味や意義を一切感じられなかった。愚かで下らない最低の交渉だよ。君が私の部下であったならば、即座に首を刎ねる……とまでは言わずとも、教育をやり直す決断をしていただろう」
「首を刎ねるという発言に物理的な含みを感じたのは、僕だけだろーか?」
「君はあのような稚拙な交渉で、私が首肯すると本気で思っていたのか?」
僕の発言を綺麗に無視して、皇くんは続ける。
「まさか」
首を横に振る僕。
仄かに怪訝そうな気配が漂ってきたので、僕は口を開く。
「うなずいてくれたらラッキーぐらいにしか思っていなかったよ」
今の段階では。
「では、何故だ? 何を考えている?」
皇くんの書類にサインをする手の動きに淀みはない。
けれど、仕事に割り振られていた意識の一割ぐらいが、今は僕に向けられている。
それは確かな前進ではあった。
「とりあえずは、当たって砕けてみようかと」
「なん、だと……」
思うところを素直に口にすると、ガリッと淀みなかった皇くんのサインが歪な工程を生じさせていた。ペン先に過剰な筆圧が加わったせいで書類は景気よく破れ、ペン先も折れ曲がってしまっていた。
「わからないな。私には君がさっぱりわからない。あまりにも不合理だ」
特に内容に重要性のなかった書類なのか、皇くんは顔をわずかに顰めながらもくしゃくしゃっと丸めて、足元のゴミ箱に廃棄した。
ペンを握った手を軽く持ち上げると、速やかに動いた伊勢さんがペンとしての機能を失った物を受け取り、代わりのペンを差し出す。
「合理的な判断で現状の無理難題に挑むなら、そもそも今の状況が成立しないよ」
「…………。」
「まあ、クラスメートとして半年近くは同じ教室にいるのに、会話らしい会話は朝の挨拶ぐらいしかしていないから、僕をちっともわからないのも仕方がないと思うよ」
「いや、私が言っているのはそういう事ではなく………………………いや、確かに、突き詰めればそういう事にもなるか」
当たり前に見落としていたものに、初めて気づいたというように皇くんが嘆息をした。
「君は……変わっているな」
「そうかな?」
「このクラスの連中はさておくとして、私の周囲にいる者たちで君のように飄々と度し難いまでの愚かさを剥きだしに接してくる者はいない。私の不興を買えば、どうなるかを理解しているからだ。だが、君はどうもそれを理解した上で、飄々と踏み込んでいるようにも思える。愚かさも突き抜ければ、感心と関心の対象になるという希有な事例だと言えよう」
クルクルとペン回しをしながら、皇くんは嘆息をした。
嘆息続きだけど、これってひょっとして呆れ混じりのため息なのではないだろーかと思い始めた。
「怖いもの知らずだと思われたのかな?」
「いや、怖れを知ってなお踏み込む蛮勇の持ち主だと言っている」
「それって、結局怖いもの知らずと同義だと思うんだけど」
「失敗した際の恐怖を理解しているかどうかは重要だ。ただの蛮勇であるならば、こちらが怖れる必要はない。だが、それを理解して踏み込んでくる者は、相応の対策を講じているとこちらに考えさせる事が出来る。仮にブラフであったとしても、見破られない限りは有効だ」
「なるほどねぇ……」
何も考えずに特攻しただけなんだけど、随分と買い被ってもらえたみたいだ。
いくらなんでも人畜無害な僕をいきなり社会的に抹殺したりはしないだろうという楽観論を信奉しているからこそなんだけど。
つまりは、皇くん曰くの『ブラフ』として機能しているのが現状であるらしい。
わお。綱渡りぃ。
「では、改めて聞こう」
新たな書類を手に取り、机の上に置く。
けれど、その視線は横目で僕を見ていた。
「君は当たって砕けて、その後にどうするつもりだった?」
この瞬間、この問いを発した時。
皇くんの中で、疑問の解答が書類仕事よりも優先されていた。
「当たって砕ける過程で少しでもクラスメートを理解しようと試みるのだ第一目標かな。傍から見ている分には理解できない部分に、会話で踏み込もうとしたんだよ。皇くんは普段から周囲に『仕事』で壁を作ってるから、君がよく見えないんだよね」
「?」
眉間に少し皺を寄せ、怪訝な表情を形作る皇くん。
「距離が離れているから見えないのなら、近寄るのが普通の選択だよね。そこから言葉を交わしてみた。無謀無知鈍感で厚顔な協力要請をされた上での反応を伺った。会話をする以前なら即座に排除される可能性の方が高かったけれど、君は激昂まではせずに速やかに『却下』という答えをくれた。実に合理的な判断だと思うよ。それ以上の会話には付き合ってくれないと思いつつもこの場に居座り続けたのは、単に君が何も言わなかったから。同時にちょっとした『期待』もあったからだね。あれだけ無様な交渉をしたんだから、皇くんの立場なら一言ぐらい物申したい気分になるんじゃないかってね。そんな僕の期待に応じてくれたわけでもないんだろうけれど、皇くんは口を開いてくれた。それを足がかりにして、教育を受けると同時に譲歩が引き出せないかと図々しい期待を胸に抱くに至ったのが今の状況さ」
「成程なぁ……。根本的に他力本願なだけか」
皇くんの口の端がわずかに上がる。
笑みというよりは、苦笑と表現するべきだろう。
「親友の目線からすると僕の十八番らしいよ」
「私はまんまと君の思惑に乗せられたわけだ」
「掌で転がすような傲慢な感じじゃないし、あくまでも行き当たりばったりの期待任せだというのを念頭においといてね」
「それでも、私は君に興味を抱いたよ。
あくまでも、ほんの少しではあるがね」
皇くんがペンを置く。
顔をこちらに向ける。
「――――っ」
軽く息を飲んだのは、ここまでの成果を得られるとは思っていなかったからだ。
むしろ、今の段階でここまで進展してしまうと少し頭が追いつかなくなる。ちょっとした休憩が欲しいところだけど、彼の興味はあくまでもこの休み時間以内に限られたものだと判断するのが妥当だ。
であるならば、休憩しているヒマはない。
が。
ほんの少しでいいから、頭を落ち着けるための時間が必要だった。
「では――」
下手な時間稼ぎをする余裕はなく、成す術もなく皇くんがゆっくりと口を開き――
その時、傍らで直立不動のままの伊瀬さんの懐から、メロディが響いた。
「帝様。」
携帯電話を取り出した伊瀬さんが、皇くんにそれを差し出す。
「待たせておけ。今はこちらを優先したい」
「わかりました」
軽く右手を一振りすると、伊瀬さんは慇懃に一礼。
離れた位置に移動して、電話相手となにやら言葉を交わすのを横目で見る。
「少しどころじゃなく意外だね」
僕と話している〝今〟が相手の存在する仕事よりも優先されたという事実に、軽い戦慄を禁じえない。
「……だろうな」
皇くんも淡い自嘲にも似た色を瞳に宿していた。
「だが、構わんよ。所詮はほんの数分の浪費に過ぎん。その程度の遅れはすぐに取り返す。
今はそんな些末よりも、あのような無様な交渉をしてきた者が、この私に教えを請いたいと言っているのだ。無碍に捨て置くのも悪かろう」
「ありがとう」
軽く頭を下げる。
これは素直な感謝であり、彼にとっては未だにただの無駄でしかない時間の浪費をさせていることへの謝罪でもある。
「私に限らず、誰かに交渉をするつもりならば、相手に相応の見返りを用意するべきだ」
余計な前置きをせずに、皇くんはそう言った。
「見返り?」
「君の抱えた無理難題に協力して得られるメリットはなんだ? 苦労を分かち合い、同じ目的に邁進する『青春』などというものに利益という価値はない。であるならば、私のような者が応じるはずもないのは自明だ。ただ頼むだけでうなずくような相手でないのならば、うなずけるだけの条件を提示するのが常道というもの。相手を観察し、理解し、求めるものを見抜いて、提示する。交渉とは互いが同じテーブルに付いて始まるものだ。一方的にもらうだけの関係など破綻している。何かをもらうために、何かを差し出すのは基本だ」
「つまり、僕には『差し出すもの』が不足していると?」
「無論だ。私を無料で動かそうと目論んだ度胸には一目をおかんでもないがね。
だが、私のような者が無料で動けば、後が恐ろしいことになる場合があるというのを胸に刻んでおくことだ」
「タダより高いものはないって言うからねぇ……」
うん。肝に銘じておこう。
「でもまあ、それってつまりは、皇くんが応じる価値を見出せるような『見返り』を用意すれば、僕に協力してくれると受け取っていいんだね」
不屈の意思で再挑戦を仄めかすと、皇くんは愉快そうに口の端を吊り上げた。
皇グループの一部を任されている社長としての『顔』――好戦的であるとさえ言えるその笑みは、そのまま捕食者の笑みだった。
「では、君への宿題としよう。
君がもう一度、この私に交渉を持ちかけるというのであれば、だがな」
今回は気紛れで手心を加えたが、次も無様を晒せば――
その時はもう容赦をしないと告げられているかのようで、こちらとしても身が竦む心地ですよ。はい。
「いやはや、本当に勉強になったよ」
「それはなによりだ。その経験を今後に活かしてもらいたいものだがな」
「期待、してくれているのかな?」
「少しは、な」
僕から視線を外した皇くんは、そのまま新たな書類を手に取る。
わずかに眉間に皺が寄ったのは、書類の内容がなんか奇天烈な内容だったからだろうか。
あるいは、おっかなびっくりな感じで――例えるならば、戦場で匍匐前進しているような慎重さで――ジリジリとこちらに近づいてきている翔悟と宗次の存在が原因だろうか。
「おいおい。なんか会話が長引いてるぞ」
「あいつも和真の餌食になるのか」
「餌食って表現はどうかと思うが、無視するには妙な存在感のある奴だよな」
「地味な没個性のクセにな」
「ともあれ、あのむっつり仕事オタクがどんな面してるのか気になるぜ」
「笑みでも浮かべてたら笑えるよな」
ヒソヒソとした小声のはずなのに、不思議と耳に届くのは何故なのか。聞こえなくてもいいときに限って、こんなだよ。まったくもう。
どうやら聞こえているのは僕だけではないらしく、皇くんのこめかみもピクピクしている。
「………。えっと、そう言ってもらえただけで、やる気が出てくるよ」
言いながら、僕はシッシと二人を手振りで追い払おうとする。
迂闊な行動は寿命を縮めると嫌ってくらい知ってるくせに、どうしてこういう時は結託して行動するんだろうね、あの二人って。
犬猿の仲のはずなのに、芯にある部分が微妙に似通っているせいなのだろうか。
とにもかくにも。
二人は匍匐前進的移動に神経を磨り減らしているようで、こちらに気づかれているのに気づいていない。
目的と手段が完全に入れ替わっている悪例だよね。
僕は、はぁ~~~~~~~~っと長いため息を吐く。
時計を見るとあと一分で休み時間は終了だ。
もう退散する頃合だろう。
初戦は予定調和の惨敗で終わったけれど、ありがたい助言をもらえたので今後の展望がいい感じに補強されたし、道も開けた。
とりあえずは、簡単な根回しも必要だ。
「それじゃあ、時間を割いてくれてありがとう」
僕は椅子から腰を浮かせる。
「仕事の片手間だ。君が礼を言うほどではない」
「それじゃあ、タメになる助言をありがとうに言い変えようかな」
「今後に活かしてくれたら幸いだ――と繰り返しておこう」
「あと。余計な一言だけど、なるべく穏便に片付けてあげられないかな?」
「それは無理な相談だ。あのような低俗な野次馬どもにむっつり仕事オタクなどと誹謗中傷をされて、笑って許すほど私は寛容ではない。駄犬には躾が必要だ」
冷徹に言いながら、パチンと指を鳴らす皇くん。
「始末してもよろしいのでしょうか?」
伊瀬さんはにっこり笑顔だった。
とっても怖いにっこり笑顔だった。
皇くんが『GO』と言えば、躊躇なくヤッてしまいそうな危険値である。
「警告の意味を込めて、今回は生命を見逃してやれ」
「了解しました。帝様の御心を理解する知恵があるかも怪しい連中にさえ、慈悲を賜るその優しさに感服です」
「世辞はいい。片付けろ」
「はい。」
伊瀬さんが一礼し、後ろ腰から拳銃っぽいものを取り出す。すでに初弾が装填されているらしいそれを手に、好奇心丸出しで回り込もうとしている二人に狙いを付ける。
軽い銃声が二つ。
床に重いものがどさりと倒れる音が二つ。
その音に重なるようにチャイムが鳴って、僕にとっては実りのあった休み時間は終了した。
ちなみに。
翔悟と宗次の末路だけど。
当たり所が悪かったのか、威力改造が施されていたのか、見事に気絶していたので保健室のベッドに顔面をペイント弾で真っ赤に染めたホラーな状態で運ばれていった。
ある意味、当然の結果と思ってしまう僕だった。




