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一年B組の学園祭 ~暗躍する地味な没個性~ First Chapter(3)






「………で、どうしようか?

 正直に打ち明けると、僕としても手詰まりで閉塞感に満ちた現状を一発逆転できるような名案は思い浮かばないんだけど……」


 僕は言った。


 直後。


 ガタンッ!?


 ――と、わりと大袈裟な音を立てて、白石くんと室井くんが椅子から転げ落ちた。


 わりと珍しいリアクションである。


 天宮さんと藤原さんはギリギリで持ち堪えていたけど、身体が傾いてしまっていた。


「なんかこう、物凄い自信に溢れた言葉を口にしてたのに………」


「そんなあっさりと梯子を外されるとは思わなかった」


 倒れこんだ床から身体を起こしながら、白石くんと室井くんが口々に言う。


「いやいや、あくまでも協力を表明しただけで、僕には自信なんかこれっぽっちもないよ」


 ガチで。


「それでよく協力してくださる気になりましたわね」


 藤原さんが感謝と困惑の入り混じった表情になっていた。


「そりゃあ、不慮の事故とはいえ、協力要請を受けたからね。断らなきゃいけない理由がないのなら、受けるのが普通だと思うよ」


 根本的な意味で僕が認識されておらず、たまたま白石くんと室井くんの手が進路上にあった僕の肩に触れて、互いに放った言葉が僕の耳に入ってしまっただけだとしても。


 うん。なんか自分が果てしなく自意識過剰になっているような気がしてきたけれど、彼らが前言撤回とかしない限りは、現状のまま事態が推移するに任せてもいいと僕は思っている。 


 基本が空気な僕だ。


 お祭り騒ぎに少しでも関われるのなら、それはそれで嬉しいのである。


 彼らと親しくしたいという気持ちもあるしね。


 これを機会に交流が深まるのなら、安い取り引き(・・・・・・)と言えなくもないような気がしないでもないと思えなくもないような気がすると思ってもいいんじゃないかなと判断できなくもない。


 まあ、あくまでも僕個人の意見であり、『取り引き』なんて言葉を使うのは無粋だと思うけども。


「「「………………。」」」


 僕の言葉を聞いた白石くんたちは軽く首を傾げ、ややあって不思議そうに僕を見た。


 なんかよくわからないモノを見るような眼差しだった。


「またお人好しが増えた」


「………のかな?」


「元祖お人好しの『新婚バカップル』さんに言われるなんて、光栄と思うところなのかな」


 僕は軽く肩を上下させる。


「さておき、もう少し話をしてみようか」


「あ、うん」


「そうです、ね」


 空気に戸惑いが漂う中で、方向性を切り替えるために、僕は敢えて強引に話題の軌道修正をする。


 室井くんと藤原さんが、躊躇いがちにうなずく。


「さっきも言ったように現状を一発逆転するような秘策はない……けれど、それなら絡まり合った糸を一つ一つ解きほぐしていくしかないと思うんだ。現状における最優先事項といえば、なんだろうね?」


「………企画の、決定ですね」


「それしかないよねぇ……」


 藤原さんが言い、それこそが最大の難所だと言わんばかりに白石くんが渋面になる。


 定番なものから奇々怪々なものまで選り取り見取りで意見は上がっているが、だからこそ纏まりを欠く一因になっている。


 学園祭の本番までは約一ヶ月。


 それを〝もある〟と取るか、〝しかない〟と判断するかで今後の展望も変わってくるわけなんだけど、僕としては余裕があると判断するのは得策ではないと考えている。


 時間はいくらあっても困るものではないし、余裕のない状態での突貫作業がよい結果を出す確率は決して高くはない。


 急ぐに越したことはないのだけれど、一筋縄ではいかないクラスメートたちという高く聳える壁が立ちはだかる。


 彼らを一様に納得させられるような企画なんてものが、この世界に存在するのだろうかと出足からして暗礁に乗り上げてしまいそうになるけれど、そこで思考停止してしまってはなんにもならない。


「今の段階では、やっぱり『喫茶店』と『演劇』の二つが抜きん出ている印象だよね」


「あ、はい。そう……かも?」


 自信なさそうにうなずく天宮さん。


 白石くんたちと室井くんたちは、ウチのクラスでも比較的珍しい集団を形成している。


 白石くんに天宮さんに滝沢くんに氷上さんに大島くんに結崎さんに久我原くんで一つのグループみたいなもんだし。


 室井くんと水城くんと藤原さんと白鳳院さんと雛森さんと海棠さん。あとは沙耶守くんと藤宮くんも含んで一つのグループになる。


 両者ともに他のクラスの人たちも交えればもう少し増えるけど、今回は除外。


 個人主義者や一匹狼も多いウチのクラスでは、やっぱり白石くんと室井くんが最大派閥になるのである。


 ちなみに、僕はクラスのみんなと毎日挨拶をしているけれど、それがイコールで友人関係になるかというとちょっと微妙な感じだし、普段は『地味な没個性』な常時発動型の特殊スキル(笑)でスルーされるのが大半だ。


 なので、特に接する機会が多いと言えなくもないのは、中学時代のからの友人である宗次と翔悟と美命の三人になる。


「白石くんと室井くんたちのグループは意見統一がされているわけだから、多数決になれば有利になれる位置だよね」


「はい。そうかもしれません」


「どちらかの企画にグループメンバーの挙手を全振りすれば、一気に決定に持ち込める」


 ウチのクラスは決して一枚岩ではないのだから、こういう場合に多数派の意見が通るのは自然な流れだ。


 念のために、宗次と翔悟と美命にも頼んでおけば、結果は磐石になる。


 まあ、決定した後に難癖つけてくるような輩の存在を考慮から外しているので、あくまでも楽観的な展望でしかないわけだけども。


 いやホントに面倒だね。ウチのクラス。


「でも、それだと……」


「潰えた企画の支持者が素直に納得してくれるでしょうか?」


 そっちの問題もあったか。


「それが問題だよね」


 他の少数派の意見は封殺できたとしても、選んだ企画によっては結崎さんか海棠さんのどちらかが本気の手練手管で掻き回しに来る可能性は否定できない。


 白石くんたちが大好きな人たちだからねぇ……。


「やっぱりみんなが納得できる企画を考えるしかないんだよね」


 結局は堂々巡りで、最初の問題点に帰ってきた。


 でも、それが重要なのだと再認識できたので、一歩前進とも言える。


「もう全部やるしかないんじゃないかな」


 苦笑しながら言う白石くんだけど、それが在り得ないのは十分に自覚している顔だったので、九割は冗談のつもりなのだと思われる。


「そんな無茶な」


 室井くんも苦笑していた。


「………………………んむ?」


 確かに無茶な意見だと思ったけれど、頭の奥で何かが鎌首を擡げるような感じで反応した。


 きちんとした形にはまだならないけれど、ある種の光明になる意見なのではないかと思えなくもない。


 無茶苦茶であるからこそ、ウチのクラスに相応しい――そんな感じで。


 ………まあ、前途多難であることには、なんら変わりがないけども。


「どうかしましたか?」


 目敏く僕の反応を察したらしい藤原さんに尋ねられるけど、現時点では夢想の域だ。


 僕は首を左右に振って、なんでもないよ――と応じるに留めた。


「ともあれ」


 軽く手を合わせて、その音でみんなの注目を集める。


「あんまり時間は残されていないけれど、崖っぷちまで追い詰められているわけでもないんだし、ひとまずは今日の進捗具合を様子見するってことでどうかな? 優しい神様の気紛れで、人知れず置かれていた布石が奇跡的に嵌って、万事快調に話が進む可能性もゼロとは言い切れないわけだし。あと白石くんたちのお友だちのみんなに、僕が協力者として参入するって話も通しておいてくれるとありがたい。それで明日のお昼休みにでも、みんなで話し合いの場を持つというのはどうかな?」


 元から、あまり時間のなかった昼休み。


 現状の把握ぐらいが関の山である。


 無理に頭を捻って考え込むよりも、明日に丸投げする方が無難だ。


「あ、うん。じゃあ、それで……」


 なんかきょとんとした顔で室井くんがこっちを見ていたけれど、賛同を得られたので僕は腰を浮かせる。


「それじゃあ、そろそろ予鈴も鳴るから解散ということで……」


 空になった皿を持ち上げ、返却口へと持っていく。


 なんだかみんなの視線をしばらく背中で感じていたけれど、


「さて……」


 かつて、幼なじみにして、親友にして、家族的な意味では『弟』になるあいつの無理難題に付き合っていた頃を思い出していた僕は、どうしたものかとちょっぴり不謹慎な感じに楽しみを見出して、今後の行動をどうするべきか思考を巡らせていたので、気に留めることはなかったのである。


「まずは、どうするべきかな?」



 ● ● ●



「「「はぁ~」」」


 飄々と立ち去っていく背中が、まるで幻のように人の流れの中に消えていくのを見送った四人は、同時に吐息を漏らしていた。


 さっきまでのように無意識に零していた心労からくるため息ではなく、意外な驚きに出くわしたかのような感嘆含みの吐息だった。


 クラスメートの意外な側面を見た。


 そんな気持ちが完全に一致していた。


 付き合いそのものは半年近いし、毎朝のように挨拶を交わしている。


 それでも認識の薄い相手で、ともすれば見失い、下手をすれば思い出すことさえもなく、ただただ傍らに自然に存在する〝だけ〟の影のように扱ってしまっていた相手。


「あんなに喋る人だったんですね」


 小鳥が頬に手を当てながら言うと、同意するように壱世もうなずく。


「それよりも、夕凪くんが普通に協力をするって言ってくれたのが驚きだよ」


「そうだねぇ……。いきなり達成不可能と銘打たれた無理難題を突きつけられたようなものなのにねぇ……」


 和也と八雲もそれぞれの感想に近いことを述べ、なんだか申し訳ないような気持ちを共有する。


 無理難題。


 文字通りの意味で、現状はそんなものだ。


 無事に学園祭を迎えられたら御の字で、むしろ破滅的な結末で学園に甚大な被害を与える可能性が濃厚に漂ってさえいる。


 普通ならば、在り得ないと切り捨ててしまえるのだが、あのクラスにおいては『普通の在り得ない』を在り得ないと断じるのがそもそも在り得ないという妙な言葉遊びのような状態になるのが普通なのだ。意味がわからない。


 正直な話、和真が加わったところで、何かが進展するとは思えないのが本音だ。


 だが――


 彼との短い会話で、多少の問題を含むが、最終的な逃げ道のような案が出たのも事実だ。あまり褒められた手段ではなく、やや強引でもあるが、土壇場になったらそれしかない(・・・・・・)――と思えなくもない。


 それは間違いなく、前進ではあるだろう。


「なんだか、不思議な空気を纏った方ですね」


 小鳥が言う。


 どこか慣れ親しんだようにも思えた空気は、ある種の『安心感』にも似ている。


 彼女はなんとなく、八雲に少し似ていると感じていた。


 容姿や性格ではなく、ある種の雰囲気のようなものが。


「そうだね。なんか話してると安心しちゃうとこが、和くんにもちょっとだけ似てた」


「安心?」


 和也が不思議そうに聞き返す。


「この人に任せたら大丈夫みたいな……感じかなぁ?」


 自分でも掴みきれていない感覚なので、壱世は言葉を探しながら言う。


 頼りになる――というのとは少し違う。


 そういう雰囲気とは無縁で、どちらかというと頼りなさそうというべきだろう。


 地味な没個性で周囲に埋没しているような彼だからこそ、他者の認識は薄く、いざ語るとなると途端に輪郭が曖昧になる。


 結果として、彼をよく知らない誰かの口から出てくる評価は、概ねマイナス方向に傾いてしまう。


 それでも。


 それでも、壱世と小鳥の二人の少女が、和真に感じたのは不可解なまでに『大丈夫』だと思える安心感だった。


 傍らにある優しい少年たちが自分たちの心に与えてくれる暖かな『もの』と似ていて、けれど明らかに違うもの(・・・・・・・・)


「ふぅん」


「そうか」


 和也と八雲は、信用よりもランクの高い『信頼』に近いものを抱いている少女たちの言葉に、嫉妬とは無縁だが言語化できない何かを含んだような声を出す。


 少し不可解に思えるような感覚なら、彼らもまた抱いていた。


 和真に触れ、和真の存在を認識し、和真と同じ目標に向かって進むのが決定した瞬間に、欠けたピースが埋まったような――そんな感覚を。


 だから――


 たとえ、どんな無理難題であったとしても、ここから先は問題ない。


 全てが良い方向に進んでいくという妙な確信。


 実際に口に出したら、笑ってしまいそうなぐらい楽観的な安心感が生じていた。


 ただ――和真が加わったというそれだけで。


 彼がどんな人間で、どんな性格をしていて、どんな趣味・嗜好をしているかもロクに知らないというのに。


「あぁ、やっぱり、なんだか――」


 和也は高い天井を見上げて、目を細める。


「不思議なクラスメートだな」


 続きとなるであろう言葉を、八雲が継いだ。


「今まであんまり接点はなかったけど、これからたっくさんの苦労を分かち合っていくんだから仲よくなりたいよね?」


「そうですわね」


「確かに………」


「みんなにも紹介しないと……っていうか、彼に頼まれたように話も通しておかないとな」


 ――などと話しながら、予鈴の音を聞きながら四人は椅子から腰を浮かせる。


 いつの間にやら沈んだ空気は払拭されて、いつもの彼らに近い穏やかで暖かなた雰囲気になっていたのに、彼らはしばらく気づかなかった。



 ● ● ●





 ――協力者が必要だ。



 教室を目指して廊下を歩きながら、僕はそう結論付けた。


 今回の案件は、僕一人の手には余るのは自明だ。


 疑問を挟む余地すらない。


 そもそも自分一人で全部をするつもりはないし、それが出来ると自惚れてもいない。


 あくまでも、白石くんたちの協力者という立場であるのも弁えているけれど、僕が個人で動かなくてはいけない場面も生じるだろうし、そもそもが学園祭なのである。


 企画が決定したら終わりではなく、むしろそこからが始まりなのだ。


 バックアップしてくれる人材は必要不可欠だ。


 それも多角的な視野を持つ、人を動かすことに長けた人物が望ましい。


 この時点で美命は論外。


 翔悟と宗次も惜しいけれど、一歩足りない感じで除外。


 白石くんや室井くんのトコの面子で言うなら、適材となるのは滝沢くんと海棠さんだろう。


 結崎さんもそっち系だけど、悪い意味で怖いので今回は考慮に入れない。


 だから、候補となる二人に素直に頼むのが手なんだけど、新参者になる僕を素直に受け入れてくれるかは疑問だ。


 白石くんと室井くんが口利きしてくれるのを前提にしても、間にワンクッションが入るような関係では、スムーズな連携は取れない。


 互いの動きを把握した上での阿吽の呼吸に繋がるようないい関係を築くには時間が必要で、すでに形作られた関係に割り込むような新参者という立場が枷になる……可能性は全くのゼロじゃない。


 それならば、ゼロに近しいところから新たな関係を作るのが気が楽でいい。


 白石くんたちに頼まれて僕に協力してくれるような形になるよりは、最初から僕に協力してくれる『友だち』を見出すという方針にしよう。


 ウチのクラスは人材も豊富だ。


 さっきの前提条件で上げるなら――


 柊さん。


 皇くん。


 姫野さん。


 ――の三人がスリートップだろう。


 天城財閥麾下十二企業の一端を動かしている若社長としての顔を持っているあの人たちなら、多角的な視野を持っているし、人を動かすのにも長けている。常日頃から自分たちの年齢の倍もあるような大人に囲まれているのだから。


「さて、誰に頼もうかな?」


 口に出して、思案する。


 当たり前の話だけど、お願いして即座にうなずいてもらえるとは思っていない。


 そもそもが忙しい人たちなんだし、学園祭そのものに乗り気というわけでもないのは、ここ最近の態度から余裕で見て取れる。


 なによりも、〝貴重〟な時間を割いて、僕に協力する理由がない。


 悪条件の山積みだ。


 わざわざ自分から困難に挑もうとしている神経が理解できないレベル。


 でも――


 白石くんたちが望んでいるのは〝みんな〟が楽しめる学園祭だ。


 その〝みんな〟には彼らも含まれているし、いつも難しい顔で仕事をしている彼らが少しでも息抜き出来るような楽しい時間を提供したいとも思う。


 本番だけではなく、準備期間でも。


 学園祭の醍醐味は準備期間にこそあるという人もいるのだし、その準備期間でこそ彼らの〝力〟は活かせるものなのだ。


 あんまり大袈裟〝過ぎる〟ことにはしないつもりだけど、僕の望む誰かの協力が得られらたら、あの一言から導き出された展望にも『道』が繋げられないこともない。


「なによりも……」


 それこそが、実にウチのクラスらしいとさえ思う。


 今はまだ絵空事だけど、そういうのも悪くない。


 今の段階ですでに山積みされている悪条件の総てを潰して、クラスのみんなが一丸となったら、きっと叶う――とても面白そうな絵空事だ。


 そこに辿り着くために、僕が定めた最初の難関を選ばなくてはいけない。


「さて。」


 予鈴の音を聞きながら、僕は教室に入ったところで足を止める。


 目を閉じて頭を軽く振り、適当なタイミングで目を開く。


 最初に視界に入ってきたのは――



 秘書見習いの少女を傍らに立たせて、山と積まれた書類を処理している皇くんだった。



「うん。それじゃあ、彼にがんばってお願いしてみようか」


 そんな単純な選択方法で、僕は高過ぎる三つの『山』から一つを選んでいたのだった。


 ちなみに。


 何かの手違いで当人が知ったら憤慨しそうだから、墓まで持っていく秘密にしようと心に決めている。







 あっちの物語のように覚醒(笑)してない時期の夕凪和真なので、なんだか淡々とシナリオに沿って動いているような印象があるかも知れませんが、本質的な意味では向こうとそう変わるものではありません。

 つまり、なんか知らんけど、いつの間にか周囲を巻き込んでとんでもない方向に物事が動いていく流れを作る黒幕(笑)みたいな感じ。

 これから数多の困難(←主にクラスメート)に挑んでいくわけなんですが、そんな主人公っぽく表に出張ってるあいつの約一年後が、あんな風になるんだと思うとなんか悲しくなりますね(笑)

 同日公開の話を書いてた時に、ふとそんなことを思っちゃいました。


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