塚原少年の事件簿 FILE―① 天城学園・最初の事件(後) 『本格ミステリーを期待してはいけない+シリアス+コント=カオス♡』
「塚原さんっ! 事件ですよっ!!」
バンッとドアを蹴破るように開いた一人の少年が無駄に大きな声で、俺様の憩いの一時は終了を告げた。
「……ん。」
黒桐も本から顔を上げる。
その双眸に欲情にも似た期待が宿る。
「事件……だと。
それは本当か、小林君?」
「大林です、塚原さん。いつになったら覚えてくれるんですか?」
中学時代に巻き込まれたとある事件で知り合い、それから腐れ縁が始まった少年――それが助手の小林だ。
下の名前? 知らん。
いつか何の前触れもなく被害者ポジションに据えられそうな薄幸そうな顔付きをした落ち着きのない奴だ。
ちなみに同じ新一年だが、クラスは別だ。
こいつ程度の『個性』でウチに配属されようものなら、早晩潰れるのがオチだ。
あるいは、『嫉妬団』に染まるかだな。
まあ、こいつの現状やら末路やらはどうでもいいとして、報告はわかりやすく簡潔に、尚且つ冷静さを堅持し、欲を言えば優雅な振舞いでするようにと言っているのに、それが守られた例がないのが問題だ。
まったく困った奴だ。
「助手といえば、小林だろう?」
俺は優雅に足を組み替えながら、至極当然のことを告げる。
「大林です」
「どうでもいいが、文字にすると大麻に似てるよな」
「本当にどうでもいいですね。むしろ、世間の大林さんに謝ってください」
「それで、事件が起こったのか?」
どうでもいいようなやり取りで、小林助手を落ち着かせ、改めて話を聞くために椅子に乗せた腰の位置を調整する。
前髪を軽く掻き上げ、キラリと光の粒子を舞わせるのを忘れない。
「そうですよ、事件なんですよっ!?」
「やれやれ、まだこの学園に入学して十日と経っていないというのに、早速『事件』が起きてしまうとはな。名探偵とは因果なものだ」
影で『死神』呼ばわりされるのも、仕方が無いと溜め息が出る。
「だが、愚痴ったところで事件が解決するわけでもない。
小林助手の報告を聞くとしよう」
「大林です」
律義に訂正をしてから、小林助手がメモ帳を開く。
「唐突ですが、死体が見つかりました」
「脈絡が無いにも程があるが、続けたまえ」
世も末というか、世紀末の廃都かここは。
「場所は一年用体育館へと続く道の途中です。死体の損壊は激しく、執拗なくらいに複数の人間からひたすら鈍器でボコられて殺害された可能性が高いです」
「………なかなかに猟奇的な殺人だな。最近はあまりお目にかかっていないな」
人的要因という意味では、だが。
「はい。被害者の数は四人です」
「ほう……」
四人、か。
白昼堂々に転がる死体の数としては、多いと言っても過言ではないだろう。
しかし、いくらこの学園でも大惨事に変わりはなく、そのわりには警察などが来ている様子もないのが不自然だな。
モミ消すにも、事が殺人であるからには無理があるだろうに。
あるいは、裏社会の連中が顔を合わせて、殺し合いでもしたとでも考えるのが妥当か。
互いに自覚の有無があるかどうかはともかく、そんな綱渡りじみた環境に身を置いている連中も少なからずいるわけだしな。
俄然、興味がそそられてきた。
わずかな期待を胸に抱き、俺様は小林助手の続きを待つ。
「被害者の名は、坂道浩太。あの『嫉妬団』の総帥ですね。
そして、同組織の幹部である『三駄犬士』の沖田大祐・冴樹北斗・木島順平の三名です」
「………………。」
満を持して告げられた言葉に、俺様の期待は無惨に握り潰された。
いや、握り潰すなどという生易しい表現ではとても足りない。八つ裂きにし、引き千切って執拗なまでにバラバラにした挙げ句に高温で焼き払い、灰を海に流されたような気分だ。
なんだよ、コントかよ。
どうせ覗きしようとして、発覚して、リンチされたってだけなんだろ。この流れだと。
「放っておけ。どうせ、黄泉路を逆走してくる」
椅子をくるりと回し、小林助手に背を向ける。
「ん。」
黒桐も興味を失い、読書に戻っていた。
「いや、しかし………あそこまで原形を留めぬほどに破壊の限りを尽くされた人体が、カップラーメンにお湯を入れるようなお手軽さで復活するとは思えないのですが………」
誰もそんなお手軽に蘇生するなど言っておらんのだが。
………………確かに、連中はそんな異常なお手軽さで復活するが。
「あの噂に聞く『神の手』であっても、蘇生させるのは困難を極めるのではないかと」
「小林助手」
「大林です」
「どうでもいい」
「よくはないです」
「お前はあいつらの何もわかっていない。『七忌』に憑かれているわけでもないのに『嫉妬』の情念を燃やし、人智を超越するような連中だぞ? お前の『常識』で推し量れると思うのがそもそもの間違いだな」
「『七忌』ってなんです?」
「お前が知る必要はない――が、実物なら目の前にいる。それを見て理解できないのなら、決して深入りしようとするな。ただでさえ無駄に薄幸そうな面をしてるんだ。ロクな末路を迎えんぞ」
「はぁ……」
小林助手の視線が俺様で固定されているのが何気に不満だが、この様子だと何も理解していないのだろう。
わざわざこれ以上の情報を提供してやる義理はない。
「まぁいい。その程度では事件ですらない。下らんイベントのようなものだ。
いちいち騒ぎ立てて、俺様のところにまで持ってくるな」
「どんな些細な出来事でも俺様の耳に入れろ――と言ったのは、塚原さんなんですが」
………………。
言ったか? いまいち記憶にないが。
「バカどもの身体を張ったギャグまで含んだ覚えはない」
「正直、区別が付かないんですが……」
確かに。
「慣れろ」
「………………はぁ。わかりました。わかりましたよ」
子供の我がままに頭を悩ます大人のような態度を小林助手がしているのが不快だが、追及すれば愉快ではない返答があり、その『誤解』を解くのも面倒だ。
寛大にも見逃してやる俺様の心の広さに感謝してもらいたいものだな。
「それじゃあ、別の事件を探してきます」
メモ帳をパタンと閉じた小林助手が、ため息を吐きながら退室していく。
「……いや、わざわざ探して来いとまでは言っておらんのだがな」
閉じたドアに向かって半目で告げるが、そんな声が届くはずもない。
あいつはあいつで、どうにも俺様を事件の渦中に放り込みたがっているようなフシがあるのが、なんとも気に入らん。
裏があるとも思えんが、憧れや好奇心でされるのも迷惑だ。
そもそも『事件』に近づこうとする意志は、『事件』を招き寄せてるのとほぼ同義だ。
あいつは俺様とは違うのだから、あっさりと被害者になるオチが高い。
繰り返しになるが、無駄に薄幸そうな奴なのだからな。
まあ、そうなったらそうなったで自業自得以外のなんでもないわけだが……。
「俺様の方がため息を吐きたいのだがな」
言葉の通りにため息を吐いたりはせずに、また椅子を回して窓の外の夕焼け空を見やる。
「いいの?」
自分の関わってきた『事件』を無駄な達筆で書き記した本をパタンと閉じ、黒桐が無感情な瞳を俺様に向けてくる。
「何がだ? 小林助手のことか」
「アレは別にどうでもいい」
「そうか」
小林助手は黒桐に懸想しているフシがなくもないのだが、報われそうな気配が皆無だった。
報われる方が不幸な感じなので、幸いだと思っておけ――と適当な慰めを念波的なものにして飛ばしておく。
「パズルのピースを拾いに行かなくていいの?」
「………………。」
ふん。流石は『七忌』とでも言っておくか。
拾うという表現が気に食わんが、俺様がこの学園上層部の誘いに乗った理由の一端ぐらいは掴んでいるか。
「パズルならもう解いている」
鋭い洞察に敬意を表し、鼻を鳴らしながら無感情に告げる。
「え?」
黒桐が目を丸くする。
「結論は『下らん』の一言だ。どっちが選ばれたところで、俺様に未来は無い」
そして――それはお前もだ。
「―――――」
視線が交錯する。
深い『病み』を宿した黒瞳の中で、今世紀最高にして至高の芸術品と崇め奉られる美男子が不敵に笑っている。
「そんな末路を見出しておきながら、どうしてそんなに楽しそうなの? 諦めたから?」
黒桐はほんのわずかに不思議そうな響きを声に乗せた。
「莫迦を抜かせ。俺様が得たのは『結末』だけだ。その未来に向かっていく過程までは把握していない」
ある程度は有名所の今後の動きを予測してはいるが、日々に起こる総ての出来事を網羅しているわけもなく、そんな無駄に脳の容量を使うほど愚かではない。
「過程がどうあれ、結末が決まっているのなら同じでしょう」
「本当にお前は莫迦だな」
心の底からの軽蔑を込めて、黒桐に告げる。
ピクリと眉を動かしはしたが、口までは動かさなかった。
ただ俺様の言葉を待っている。
「何もかにもを知って、ただその既知をなぞっていくだけの生など『退屈』なだけだろう? 未知があるからこそ、我々は『未来』を目指して歩いていける」
その末路が、無惨な破滅であったとしても。
陳腐な表現になるが、仄かでも『希望』は消えないのだ。
「その刻が訪れるまでに、過程を楽しむだけの余地は十分すぎるほどに出揃っている。
何よりも、あいつらがそんな素直に、連中の用意した『末路』を受け入れるとも思えん」
「………………………。」
「俺様の解いたパズルは、あくまでも連中がご丁寧に用意した予定表だ。誰かのアドリブで脆くも崩れ去る可能性は否定できんし、俺様が亀裂を刻んでやるのも面白い。まだ時間はいくらでもある」
「そんな余裕の態度で『運命』を甘く見て、亀裂から引きずり出したもっと手に負えない『運命』に食べられちゃっても知らないわよ?」
凄絶な笑みを浮かべる黒桐。
抗うことを諦め、あらかじめ定められた『運命』に殉じようとしている哀れな負け犬の顔だ。
それが――俺様は少しばかり気に入らない。
「どちらにせよ、ロクな末路は迎えないとわかっている。
だったら、美男子らしくない無様さで最後の最後まで足掻いて破滅すればいい」
そうすれば、俺様は笑って逝けるだろう。
もしも、そんな終わりが叶うなら、そこそこに上等な生だったと胸を張れる。
「ふぅん」
興味が薄そうに鼻を鳴らした黒桐は、わずかに細めた目で俺様を見る。
「あなた、意外と熱血系なのね」
「暑苦しい連中と一緒にしてもらっては困るな。俺様は、ただただ純粋に美男子だ」
「………………。」
呆れたような吐息を漏らし、黒桐は俺様から視線を外す。
俺様もこれ以上は有益な会話にはならんと判断し、窓から差し込む暮れなずむ西日を美男子が最も輝く角度で受け止める。
――と。
「塚原さんっ! またしても事件ですよっ!!」
バンッとドアを蹴破るように開いた小林助手の無駄に大きな声に、きっぱりと気のせいではない既視感を覚える。
「またか」
「またです」
「そんな簡単に『事件』と呼べるものが起こる学園というのもどうかと思ってしまうな、流石の俺様でも」
「「事件誘発体質のあんたが言うな」」
電光石火の突っ込みであった。
不愉快だが、一理あると納得もしてしまった。美男子にあるまじき不覚だ。
「またぞろ莫迦どもが醜態を晒したというオチではなかろうな」
「そんな悠長に構えてないで、付いて来てください。大変なんですよっ」
「だから、何が起こったのかを説明しろ」
さっきのようなパターンで無駄足を踏まされてはたまらないという考えから言っているのだが、小林助手は耳を貸す素振りもなく俺様の手を掴んで、部屋から引っ張り出そうとズルズルと引き摺っていく。
「おい、止めろ。美男子に相応しい扱いを要求する。白馬を用意しろ」
「真顔でアホなこと言ってないで来てください。大変なんです。
唐突に攻めて来たテロリストっぽいのがいきなり返り討ちに遭ったと思ったら、問答無用で返り討ちにした人たちがテロリストみたいな所信表明をして暴れだしたんですよ。それを鎮圧するためになんかフル武装した兵隊みたいな人たちが現れて全面戦争の様相を呈しているんですよ」
「意味不明にもほどがある上に、明らかに『名探偵』の管轄を超えてるだろうが……」
「それで〝あの人〟が塚原さんを呼んでこいって……」
「あの人とは誰だ?」
「あ、まだ名前とか知りません。今日が初対面です」
真性の莫迦か、こいつは。
下らん『事件』に巻き込まれた挙げ句に、見知らぬ他人の指示に唯々諾々と従うとは、俺様の助手にあるまじき行動だ。
駄犬には躾が必要かと真剣に悩んでしまうが、下らん馬鹿騒ぎに俺様を指名する〝あの人〟とやらが気になるのも事実だ。
「さて、俺様をして意味不明と現時点では断じざるを得ない『事件』で、誰が動いた?」
腕を掴む小林助手の手を振り払い、俺様は自らの意思で歩き出す。
先を急ぐ小林助手と後ろから付いてくる黒桐に挟まれた俺様は、唇を吊り上げて不敵に笑うのだった。




