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室井八雲は憂鬱のため息を吐く―⑤






 爽やかな朝の空気に包まれた四月の空の下。


 僕の家から天城学園へと続く通学路は、ひたすら殺伐とした戦場と化していた。


「天誅ぅぅぅぅ――――――――――っ!!」


「逝きやがれぇぇぇぇぇぇ――――――――――っ!!」


「天城がなんぼのもんじゃいっ!」


「俺らの怨念は、この世界さえも塗り替えるっ!!」


 怨念の叫びと怒りの咆哮。


 血涙を流しながら全力疾走。


 仮借ない暴力をたった一人に向けて振るおうとする様は、暴嵐とでも例えるべきだろうか。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!」


 彼らの全力に応じるように、僕も全力で叫ぶ。


 なんでなんでなんでっ!?


 どうして、こうなった? 意味がわからない。


 殺される。さすがにまだ死にたくない。


「あっはっはっはっはっはっはっはっはっ♪」


 やたらと楽しそうに笑いながら、僕の横を並走しているのは刃だ。


 その態度がすでに信じられない。


「はっはっはっはっはっはっ☆ さすがだっ! さすがは天城学園っ! さすがは非公認美少女ファンクラブっ! さすがは親衛隊っ! そしてそしてそして、さすがは嫉妬団っ!」


「なんか聞き捨てならんこと言ってるっ! この襲撃者の正体知ってんのぉっ!?」


「くたばれやぁぁぁぁぁっ!?」


 金属バットを両手持ちした男子生徒が、両目をギラつかせながら迫ってくる。


「貴様だけは絶対に許さない許さない赦さないぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


「サツガイセヨ。サツガイセヨ。サツガイセヨ。」


 後続には鎖をブンブン振り回しているのと、ホッケーマスクを被った変なのが続いている。


「くっそぉぉぉぉっ!」


 頭を抱えて蹲りたい衝動を押し殺し、体勢を低くしながら全力で前に出る僕。


 自棄になったわけではない。


 過去のとある経験から、逃げるならば、むしろ突撃した方がいいと知っているからだ。


 脳天がカチ割られる勢いで振り下ろされた金属バットは、刃の真剣入りの竹刀袋が防いでくれた。続いて蛇のように迫る鎖は鞄に当てることで防ぎ、足を止めずに右斜め前に踏み込んで、両手を広げて迫るホッケーマスク男の背骨をへし折ろうとしているとしか思えない抱擁からも逃れる。


 三連続攻撃を回避して生じた一瞬の隙を逃さず、僕は襲撃者たちの間を全速力ですり抜けていく。


 突然の襲撃から、すでに十分が経過している。


 天城学園のデカい校門が視界の先に見え始めているものの、近づけば近づくほどに襲撃者の数は増え続けていた。


 前方で待ち伏せている者たち。


 後方から追いかけてくる者たち。


 横から虎視眈々とこちらの隙を伺っている者たち。


 並木道の木の上から降ってくる者たち。


 その数は軽く百を超えているだろう。


 共通しているのは、全員が全員、武器を手に僕を標的にしていることだ。


 隣の刃もついでのように狙われているような気がしないでもないけれど、間違いなく第一の標的は僕だ。突き刺さるような殺気が教えてくれている。


 もしも、殺気だけで誰かを殺せるような世界であったならば、僕はとっくに数多の肉片になっていただろう。


 そう思わせるぐらいの憎悪が渦を巻いている。


 頭の中は混乱の極致にありながらも、身体が勝手に動いてくれるので九死に一生を得ているといっても過言ではない。刃のフォローがあるとはいえ、襲撃者の攻撃を的確な動作で避け、いなし、やりすごしている。


 自分にこんな才能があったのかと驚嘆してしまうが、生存本能とはこういうものなのかもしれない。


「なんで、こうなったぁぁぁぁぁぁぁ―――――――っ!!」


「心当たりが全くないとは、さすがに言えないと思うが?」


「どうして、お前はそんなに冷静なんだ―――――っ!?」


「それはまあ、こうなるのはわかっていたからな」


「なんだとぉっ!?」


「昨日のお前が起こした騒ぎを忘れたわけではなかろう?」


「唆したのはお前だっ!?」


 なんだかノリに流されてしまったが、よくよく考えるまでもなく、なんかおかしいという違和感が拭えないのだ。何がおかしいのかまではわかっていないが、何かを致命的に間違ったような気がしてならない。


 刃の口振りは昨日の行いの結果が、現状に繋がっていると言っているも同然なのだから、きっとそうなのだろう。


「説明をしろ、今すぐにっ!」


「逃げるのに必死だと思っていたが、案外と余裕があるんだな」


「いいから早くしろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


「地獄に叩き付けてやるぜぇぇぇぇぇっ!!」


 バスケットボールを手に、僕の脳天目掛けてダンクシュートをしようとしていた男子生徒が高々と跳躍をしていた。


「甘いっ!」


「ごっぺりおぶっ!?」


 ――が、真剣入りの竹刀袋の先端を綺麗に鳩尾に叩き込まれて、敢えなく墜落した。


 凄い痛そうだったけど、僕の姿しか見えていなさそうな後続にダメ押しとばかりに踏まれていた。


 断末魔は聞こえなかった――ということにしておきたい。


 真面目に覚えていると、夜中にうなされそうだ。


「天城学園には、数多くの非公認美少女ファンクラブがあるのは知っているな?」


 何事もなかったように話し出す親友が、ちょっとアレなのは気にしないでおこう。


 話せと言ったのは僕なのだし。


 それに誰かを襲うつもりなら、返り討ちに遭う覚悟も同時に抱いておかないとダメ………だよね? 多分。きっと。そうだといいな。


「まあ、一応は……」


 入学してまだ数日程度なのに加え、自分の事でいろいろと手一杯だったので詳細を知っているわけではないけれども、噂ぐらいなら小耳に挟んでいる。


 なんでも二年の四條早百合先輩と三年の蓬莱寺香澄先輩のファンクラブは、なかなかに突出した存在で特に有名らしい。


 もはや、世界規模の秘密結社化してるとかなんとか。


 いや、意味わかんないけど。


 蓬莱寺先輩は知らないけれど、挨拶に来てくれた四條先輩は素直にうなずいてしまうぐらい綺麗で優しそうな先輩だった。


「その美少女ファンクラブなんだがな。つい昨日(さくじつ)に新たに二つ結成されたんだ。正確には一昨日と昨日と言うべきかも知れんがね」


「………………………………。」


 普通に嫌な予感が、確信レベルで胸中を蝕んでいく。


「その名も『藤原小鳥親衛隊』こと『小鳥ちゃんに癒され隊』だ」


「………………………。」


「そして、もう一つは『白鳳院芙蓉守護兵団』こと『芙蓉様に冷たく罵られ隊』だ」


「滅ぼせ」


 自分の口から信じられないくらい冷め切った声が出た。


 なんだその願望丸出しの隊名は。もう少しちゃんと考えろ。


「気持ちはわかる。雛森もお前の嫁候補として名が知られ始めているが、そういった動きが表面化するにはもう少し時間がいりそうだな。まあ、雛森は『普通』の範疇に入っている奴だから、あの二人と『美』を競い合うには荷が重いかもしれんが……」


「……明日香も十分に可愛いよ」


「そうだな。それに別に雛森を貶しているわけでもない。高嶺の花よりも、野に咲く一輪の花の方が気高いと感じる人間もいる。なによりも有象無象の評価よりも、大事なのはお前の気持ちと言葉だ」


「………………で?」


 ちょっと他所道に逸れた話の軌道修正を促す。


 あんまり聞きたくないし、大体の察しはもう付いたけれど、やっぱり最後まで聞いておくべきなんだろう。きっと。


「その二つのファンクラブの結成と同時に、お前の名前がブラックリストに載った。喜べ。最優先抹殺対象という意味での筆頭だ」


「こんなにもうれしくない筆頭が、この世にあるとは思わなかったよ」


「理由は単純だ。わざわざ語るまでもないが、彼らが忠誠を捧げる美姫が、お前に想いを寄せているからだ。しかも、好きだと明言している。おまけに彼女たちと親しく語り合っている。公衆の面前でキス。雨の日には相合い傘! お弁当を『あ~ん♡』っ! 親公認っ!! 浮気上等の一夫多妻っ♪ その気になったらいつでも押し倒せる据え膳の許婚っ☆」


「おい。途中からなんか妄想と言いがかりになってんぞ」


 それと周囲から感じる殺意が、一段と濃度を増したんだが。


 本気で殺されそうな空気になってるんで、煽るのはやめて欲しい。


「こんな男を生かしておいていいのか? 否! 否否否っ! 断じて否だっ!!」


 熱弁を奮う親友は、まるで何か変なのに取り憑かれているかのようだった。


 むしろ、そう思いたい。


「――とゆーわけで、こうなりました♡」


 爽やかな笑顔で、両手を広げる刃。


 周囲には人の皮を捨てて、悪鬼にでもなろうとしているかのような男子生徒のみなさん。


 修羅の跳梁跋扈する地獄の戦場ですか、ここは?


「逃がすなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「小鳥様、バンザァァァァァァァァァァァァ―――――――――イッ☆」


「お前を八つ裂きにして、芙蓉ちゃんに踏んでもらうんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 両目に憎悪の炎を宿し、口からドス黒い怨嗟を吐き出し、両手で握るは殺意を塗りたくった凶器。四方八方から縦横無尽に襲いかかってくる二大美少女ファンクラブの会員。


 生徒総数一万超えの学園だ。


 アグレッシブな人たちが多いのも必然だろうし、今の時点で僕の視界に入っている人たちなんか氷山の一角に過ぎないのだろう。


 それでも。


 それでも、一言ぐらいは言わせてもらいたい。


「あんたら、もっと他にすることあるだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」




「「「ねぇよっ!!」」」




 その瞬間、完璧に襲撃者たちの心は一つになっていた。


 ………………………………………………………………………そこまで僕が憎いのか?


 血涙零しながら叫ばれると、なんかもうすまんと頭を下げたくなってくる。


 でも、それをするとボコられるだけなので、全力で凶暴な攻撃の数々を回避しながら逃げまくる。


 そろそろ底の浅い体力が尽きそうだ。


「そして、そんな彼らを統括しているのが『嫉妬団』だ」


「はぁっ!?」


 素っ頓狂な声が、口から飛び出した。


 予想外な連中が………………………いや、なんか刃がさっき口にしてたような気がしないでもないけれども。


「昨日のあの一件でな。坂道たちにも嫉妬の炎が燃え盛ったらしい。即座に美少女ファンクラブの主立った者たちの集会場に乱入。無駄に勢いのある熱弁を奮い、男の敵――『室井八雲抹殺計画』を進言した」


「するなぁっ!」


「俺に言われてもな」


「そうだけどっ!!」


「いいから聞け。美少女ファンクラブの主立った者たちは――特に、藤原と白鳳院の『隊』の連中は、一も二もなく即座に賛同した。平たく言ってしまえば、同盟のような関係になったと思えばいい。そして、襲撃の指揮権は坂道――もとい、『嫉妬団』の総帥に委ねられた。無駄にカリスマのある奴だよな?」


「つまり、僕はクラスメートに生命を狙われているのかっ!?」


「そういうことになるな」


「すんなり言うなよぉぉぉぉぉぉぉっ!」


「………。遺憾ではあるし、本当に残念な話だが、これは総て事実なんだ。受け入れてくれ」


「重々しく言うなぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「我がままな奴だな。そういうのはどうかと思うぞ」


「あんぎゃぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 頭の血管がダース単位で千切れ飛び、視界が真っ赤に染まったような気さえした。


 ……気のせいだった。


「そもそも、どうしてそんなに詳しいんだよ」


 まるで見てきたように語る親友に、軽やかな疑問を放り投げる。


「海棠とその集会に乗り込んだからな」


「なんですとっ!?」


 まるで、ではなかった。そのものかよ。


「言ったろう? こうなるのはわかっていたとな。それを放置して、馬鹿どもに馬鹿な振る舞いをされると普通に死屍累々だ」


「死屍累々って……」


お前に本気で(・・・・・・)手を出して(・・・・・)ただで済むと(・・・・・・)思うか(・・・)?」


「………………………。」


 ただで済むと答えるのが普通なんだろうけれど、実父さんがそれを黙って許容するとも思えないんだよなぁ……。


 それこそ『見えざる護衛』の狙撃で、死体がゴロゴロとかになっても不思議ではない。


 あの人なら、する(・・)


「つまりは、そういうことだ。無分別に暴れ回るだけでは暴徒と変わらない。秩序ある殺意で暴れ回ってもらわなければな」


「甚だしく矛盾してるような気がするんだけどね」


「まあな。だからってわけでもないが、簡単な交戦規定を決めてきた」


「交戦規定?」


「ああ。この『鬼ごっこ』は――八雲の自宅から二百メートル離れた時点で、何時でも何処でも襲撃を開始していい。武器の使用は可。ただし、八雲が学園の校舎に入った時点で強制終了。以降は授業中と休み時間、放課後――は原則として禁止」


「つまり、登校時間に限定してる……のか?」


「そうだ。軽い運動だと思えばいい」


 飛びかってきた男子生徒を裏拳で迎撃し、後ろから迫っていた相手には真剣入りの竹刀袋で顎先に一撃を叩き込み、立ち塞がった巨漢の柔道着男の側頭部に上段回し蹴りをプレゼント。


 雲霞の如く群がる襲撃者の悉くを、刃は獅子奮迅に迎撃する。


 まるで相手の動きの全てを読み切っているかのようで、僕では右往左往して逃げ惑うしかない混沌の坩堝でありながら、流麗に舞い踊っているかのようだった。


「命懸けの運動は緊張感が半端ないんだけど」


 本気の殺意。底抜けの悲憤。狂わんばかりの慟哭。極限の憎悪。煮え滾る嫉妬。


 彼らが憧れ、愛し、忠誠を捧げる姫をたぶらかすクズ男に引導を渡そうと猛り狂っている彼らの攻撃の数々には、遠慮というものが微塵も存在していない。


 直撃すれば痛いではすまないのは間違いがなく、だからこそ、僕も必死になって回避をしているわけなんだけど。


 未だに一撃も貰わずにすんでいるのは、奇跡ではないだろうか?


 刃のフォローがあるとはいえ、軽く百人を超える襲撃者の攻撃をギリギリとはいえども、逃げ切っているのだから。


「カロリーの消費も大きかろうさ」


 やつれるレベルで、痩せられそうだよ。


「それに周囲への被害が気になるんだけどね」


 他の登校途中の生徒のみなさんが、目を丸くしている。


 ――だけでなく、ざざっと全力で道の端に退がっている。


 当然だと思う。


「無論、無関係な生徒を巻き込む行いも禁止項目に含まれている。禁を破った生徒に関しては、厳重な処分が下される」


「厳重な処分って………」


「おいおい。絵図を描いたのは連中で、一定の秩序を定めたのは俺と海棠だが、それで成り立つほど簡単なわけがないだろ。ちゃんとバックにいるさ。この馬鹿騒ぎを徹底的に管理してる連中がな」


「………実父さん、の息がかかっている人たちだね」


「まぁな。実際に交渉したのは海棠だが」


 襲撃者の攻撃を巧みな体捌きでかわし、きっちりと反撃を入れながら刃は肩をすくめる。


 文字で書くと微妙にありそうとか思ってしまうけど、実際の動きを目にすると器用とかいう次元を超越している光景だ。


 いや、それよりも。


「海棠さんが?」


「ああ。あいつはあいつで強烈なコネを持ってるんだよ。それが『天城財閥』にまで繋がっているとは知らなかったがな」


 詰まらなそうに呟く刃。


 古都の方で有名な名家のお嬢様は、不思議でいっぱいだ。


 刃にべったりな感じだから、今後は付き合いも増えていきそうな気がする。


 仲よくしていきたいと思うし、その過程でいろいろと知っていけたらいいな。


 ………………今は、僕が生き延びるので精一杯だけども。


「でもさ。よく僕がボコられる可能性を、実父さんが許容したよね」


 そんな集会があると知った瞬間に、核ミサイルを撃ち込みそうだ。


ガス抜き(・・・・)も必要なのさ。

 ………………………それに、こんな馬鹿騒ぎに集うような有象無象が束になったところで、お前に傷の一つも(・・・・・・・・)付けられるような奴が(・・・・・・・・・・)いるわけがない(・・・・・・・)


「その心は?」


「………。お前の傍には(・・・・・・)俺がいる(・・・・)。他に理由がいるか?」


「いいや、いらないね」


 いろいろと言いたいことは、それこそまだまだたくさんあったけれど、ほんのわずかに肩の力が抜けた。


 くすっと笑ってから、校門を駆け抜ける。


 交戦規定とやらで決まっている『ゴール』は校舎への到着。


 ゴールは目前だが――


 だからこそ、そこに最大の敵は待ち構えていた。


「ふっふっふっふっ。待っていたぞ、我らが怨敵・室井八雲っ!」


「怨敵て……」


 背後に三人の男子生徒を従えて、黒マントをバサリと翻したのは――


 坂道浩太。


 とある中学で名を馳せた伝説級の馬鹿。


 潜在的な団員数は世界規模とも囁かれる『嫉妬団』の総帥だ。


 そんな彼が軽く片手を掲げた瞬間に、襲撃者が一斉にその動きを止めた。


 文字通りの意味でピタッと。


 総帥の言葉を拝聴すると言わんばかりに、頭を垂れたり、跪いたりしながら、僕らを囲むような位置取りになる。


 あれだけ荒れ狂っていた襲撃者たちが完璧に統制されていた。


「………………ぅわぁ」


「ほう」


 刃が感心したように口笛を吹く。


 流石は七つの大罪の一つを掲げた組織の長と言うべきか。


 まあ、単に『可愛い女の子にモテたい』願望のある男子が、夢破れた結果として、夢の叶っている男子に嫉妬の炎を燃やしているだけなのだが。


 制裁とかなんとか聞こえのいい言葉で扇動していると言えなくもないんだけど、坂道くんは超を超えるレベルでの女好きなんだけど、同時に超を越えて墜落するレベルで女子からは嫌われている。


 そんな『嫉妬団』の体現者である彼の姿に惹かれる者もいるというわけだ。


 かなりたくさん。


 そんな彼らの最大の標的として祭り上げられたのが、僕と言うわけだ。


 ちっともうれしくない。


「三人の美姫を侍らせ、悦に入っている屑めがっ!」


「ついに屑呼ばわりされちゃったよ」


「単純に話を聞いただけなら、100%の人間が屑と断言するだろうがな」


「味方がいないっ!?」


「単純に話を聞いただけなら、と言っただろう? 安心しろ。俺は味方だ」


「刃……」


 なんだか感動しそうになってしまったが、よくよく考えると僕の置かれている現状の構築に一役買っているというか、片棒を担いでいるというか、そんな感じの親友が本当に味方なのかは少なからずの議論の余地があると思うんだけど、みなさんはどうでしょうか?


 みなさんって誰?


「今日が貴様の命日と知るがいいっ!」


「クラスメートに殺害予告されちゃったよぉ~」


 もうブルーだ。


 帰って家で寝てしまいたい。


「俺の親友の命日を勝手に決められては困るな」


「む。貴様は『海棠添琉親衛騎士団』こと『添琉様に踏まれ隊』の最優先抹殺対象の水城刃ではないか」


「………………………。」


 ものっそい身近に、今の気持ちを分かち合える仲間がいた。


「「「ぶっ殺せ―――――――――っ!!」」」


「……………………………………………すまん。八雲。お前の気持ちが少しわかった。これは確かに、かなりクルものがあるな」


「だろ?」


 手で顔を覆って、ため息を吐く刃。


 しみじみとうなずく僕。


 ホントになにやってんだろ?


「邪魔をするというならば、致し方あるまい。墓標が二つに増えるだけだ」


「ここまでの道中で、お前の実力は見切った。なかなかのものだ。リミッターを3まで外してやるよ」


「私の計算は完璧です。あなたには敗北以外の未来がない。さっさと同志に潰されておけばよかったと後悔するでしょう」


「やれやれ。まさか俺まで動くことになるとはな。こういう時のために『アレ』を用意しておいてよかった」


「典型的なザコのセリフだな。

 だが、記念すべき『鬼ごっこ』の一回目だ」


 記念にすんなよ。


「俺の全力を見せておいてやろう」


 竹刀袋の中から真剣を取り出す刃。


 僕は竹刀袋を受け取る。


「―――――って、ちょっと待て。全力って、抜き身かよっ!?」


「何を驚いているんだ?」


 腰を落とし、刀の鍔を左手の親指でわずかに持ち上げ、柄に右手を添える。


 居合いの構えを取りながら、きょとんとする刃。


「銃刀法違反―――――――――――っ!!」


 今さらすぎる突っ込みではあるけれど、衆目の前で刀を抜けば言い訳は出来なくなるんじゃなかろーか?


 親友がいきなり通報されて、逮捕とかいうコンボは見たくないんだけど……。


「騒ぐな。この学園は治外法権だ」


「嘘吐け―――――――――――――――――っ!!」


 なんかもう叫んでばかりいる僕の方が、常識知らずのような気がしてきた。


 だって、周囲の襲撃者は総帥たちに声援を送ってるだけだし、野次馬のみなさんはなんか面白そうなアトラクションが始まったみたいなノリなんだもん。


 天城学園。


 僕は甘くみていたのかも知れない。


 とにもかくにも。


 僕を置き去りにしたまま、刃は『嫉妬団』の総帥&最高幹部と対峙する。


「来い」


 剣気を高めていく刃の呼び声に、坂道くんたちは一斉に動いた。


「怨・憎・滅・鬼・殺・亡――」


 坂道くんが呪文みたいなものを唱え、


「「「滅尽滅相――――――――――――っ!?」」」


 三駄犬士が吠える。


 どろりとした嫉妬の感情が、ぶわりとどす黒い何かへと変質して広がる(※イメージです)。


 顔は漆黒の何かで覆われ、両目が赤い光点となって凶々しく光る(※イメージです)。


 両手は怪鳥の如く。


 両脚は獣の如く。


 彼らは全身を凶器として、刃に襲いかかった。


 そして――


 刃と坂道くんたちは交錯した。


 互いの位置を入れ換えて、静止する。


 一陣の風が吹いた。


「安心しろ。パンツだけは残してやったぞ」


 いつの間にか、妖刀『紅・血染花』を抜いていた刃が、呟きながら刀身を鞘に収める。


「「「ぐはぁっ!?」」」


 直後。


 固まっていた坂道くんたちは口から唾を吐きながら、ぐらりと身体を傾がせた。パラパラとバラバラに切り刻まれた制服を虚空に舞わせながら。


 どうやら、血飛沫が飛び散らなかったところから察するに、刃は坂道くんたちに峰打ちで一撃を加えると同時に、制服をバラバラに刻んだらしかった。パンツは残して。


 素晴らしい神業だったが、結果として起こったのは阿鼻叫喚だった。


「「「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ―――――――っ!」」」


「「「きゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!?」」」


「「「そ、総帥いいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――っ!!」」」


 男子の驚嘆の叫びと女子の汚いものを目にしたといわんばかりの叫びと襲撃者たちの悲痛な絶叫が重なった。


「まあ、今日のところはこんなものだろう。行くぞ」


「あ、うん」


 大騒ぎの渦中になっている現場から、刃に促されて離脱する。


 パンツ一丁で放置という社会的な意味での抹殺好意を坂道くんたちにしておきながら、刃にはまるで悪びれた様子はなかった。


 いや、まあ、僕も助けようとは思わないけれど……。


「………なんて、朝なんだ」


 こんなバカ騒ぎが、毎日のように続くのかと思うと憂鬱になる


 ため息を吐きながら、一年の校舎へと向かうのだった。



 ● ● ●



「………………………おはよう」


 じわじわと這い上がってきた精神的な疲労にぐったりしながら教室に入ると、藤原さんが早足で、明日香は駆け足で慌しく寄ってきた。


「大丈夫ですか、八雲さんっ!?」


「ちょっとちょっと、あれは何の騒ぎなのよ?」


「僕もまだよくわかってないんだけど、刃と海棠さんが詳しいことを知ってるみたいだよ」


「は?」


「どういうことですか?」


「いろいろあるのさ」


 刃が真剣入りの竹刀袋で肩を叩きながら、にやっと笑う。


「藤原のとこには近い内に話が行くと思うぜ」


「………。大人の都合というわけですか」


 眉根を寄せる藤原さん。


「ガキの都合も多分に含まれてるがな。まあ、細かいことは気にすんな。八雲の生活サイクルにちょっとした『朝の運動』が追加されただけだ」


「朝の運動って……」


 明日香は呆れ返った顔で、天を仰いでいる。


 気持ちはわかる。痛いくらいによくわかる。


「八雲に危害を加えようとしている連中が雲霞の如く湧いているように見えるだろうが、実際にこいつに危害を加えられる奴なんかいない。俺が必ず、絶対に護る。だから、見た目が派手なアトラクションだと思って必要以上は気にするな」


 心配げな様子を隠そうともせずに表情を曇らせている藤原さんと明日香に、刃が請け負うように胸を軽く叩く。


 元凶に近い奴が言っているのだから、なんか釈然としないのは相変わらずだ。


 本当のところ、刃が何を思って、仕組んだのかすらわかっていないのだから、当然といえば当然の話だ。


 バックにいるのが実父なのは確定だとしても、間に挟まっている人は他にも確実にいるのだから、どんな思惑が積み重なっているのかなんて考えるだけで億劫だ。


 ………まあ、坂道くんたちは純粋な嫉妬なんだろうけれど。


 ある意味、一番タチが悪いのに、なんか一番安心感があるのが不思議だ。なんか違うような気もするけど。


「かぁっこいいですわねぇ~♡」


 ビシッと決めた刃の背後に忍び寄っていた海棠さんが、ぴょんと飛びつく。


「わたくしにもそのようなセリフを言って、メロメロにして欲しいですわ♡」


「メロメロって……今日び聞かねぇぞ」


「イチャイチャしてるとこ悪いんだけど……」


「してねー」


「海棠さんにはいくつか聞きたいことがあるんだよね」


「なんなりとどうぞ」


 刃の背中で引っ付き虫みたいになっている海棠さんがにっこりと微笑む。


「………いや、やっぱろ今は疲れてるから、昼休みにでもお願いするよ」


 どうせ疲れるような話になるのだから、もう少し体力が回復してからの方がいい。


「はいはぁい♡」


 好奇心が多分に含まれたクラスメートの視線を受けながら、いつもの――と言えるほどにはまだ馴染んではいないけれど――長机へとみんなで向かう。


「まぁ、まだよくわかんないけど死なない程度にがんばってね」


 ポンと背中を叩いてくれた明日香の言葉に、苦笑成分の強い笑みを返す。


「あいよ」


 昨日も座った場所の横では、昨日と同じ姿勢でこの学園の制服を着た白鳳院さんが本を読んでいた。分厚いハードカバーで紙面は外国語でみっしり埋まっている。


 僕なら開いた直後に挫折しそうな本だった。


「おはよう、白鳳院さん」


 また『好き』という愛の告白が返ってきたら、坂道くんたちが活性化しそうだな~とか思いながら挨拶をしてみる。


「……っ」


 ピクッと小さく反応した白鳳院さんは、ゆっくりと僕を見た。


 どこか遠くを見ているようでもあり単に眠たいだけにも見える瞳。


 整った顔には表情らしい表情が存在しない。


 でも。


「おはよう」


 小さな口が、わずかに動いた。


「………………………うん。」


 きっと昨日の大騒ぎとか、藤原さんとの再会とか、そんな諸々がわずかでもいい方向に作用したのだろう。


 まだ白鳳院さんをロクに知らない僕でも、目に見えてわかる変化にうれしくなる。


 いろいろとがんばろうという気持ちにもなる。


 両隣には藤原さんと白鳳院さん。前には刃と明日香。


 後方では、恥を捨てたかのようにパンツ一丁で教室に入ろうとした坂道くんたちを、得体の知れない手段で吹き飛ばしている個性的なクラスメートたち。


 朝からのバカみたいな騒ぎの余韻は、未だに鎮まらない。


 そんな渦中に不本意にも立たされた僕の――


 一万人の生徒が通う巨大な学園の中でも、とりわけ個性的な生徒が集められたクラスでの本当の意味での新しい日々が始まったような気がした。


 チュートリアルはもう終わりだから、これから頑張れよ――と、意地悪な悪魔がケタケタと嗤っていそうだ。


 僕はこれからの前途の多難さに想いを馳せて、やっぱり憂鬱のこもったため息を吐いてしまいたくなる。


 でも。


 ほんのちょっと。


 気持ちぐらいは、これからが『楽しかった』と思える日々になるのではと期待をしている自分もいる。


 だから――


 やっぱり。


 僕はいろんな感情がない混ぜになったため息を吐いてしまうのだった。


「やれやれ」







 次は、新シリーズ(?)でシリアス系の話になります。

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