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言わぬが花の知らぬが仏

「それでクレア、昨日言ってた相談ってのは何かな?」


 宿の1階に併設された食堂で遅い朝食を囲みながら、俺はそう切り出した。

 聞かれたクレアはと言えば、孤児院に居た頃よりも大人び、美少女から美女に変わりつつある整った顔を、真っ赤に染めて俯いてしまった。

 きっと昨夜の事でも思い出してしまったのだろう。


 俺達が学問都市へと帰りついてから既に一晩が過ぎており、昨夜は中級~上級の冒険者向けの宿でそれなりに有名な、ここに宿泊したのだった。


 クレア達は中級冒険者用の4人部屋(1泊銀貨3枚)を2つとり、パーティを2つに分けて助けた子達と一緒に泊まり、それぞれ面倒を見てくれたみたいだった。

 俺達はと言えば、上級冒険者用の4人部屋(1泊銀貨8枚)を2つとり、いつものように俺、スズ、マシロ、ノルンの4人と、それ以外で別れていつも通りの夜を過ごした。


 そして昨夜、クレアが相談があると言って俺達の部屋を訪ねてきたんだけど……まあ、取り込み中だったわけだ、何の最中だったかは言わなくても分かるね?

 俺としては扉をノックした彼女に、出直してもらうよう声を掛けるつもりだったんだけど、何を思ったのかスズが、ニヤリと笑って部屋に迎え入れちゃったんだよなぁ……。


 その時のクレアの反応は本当に劇的だった。茹でダコのように瞬時に顔を赤く染めて、全速力で宿の外に走って行ってしまったのだ。

 どうやらその後、街中をしばらく走りまわっていたらしい。そのことでさっき、クレアの仲間のオルガさんに苦情を言われた所だ。

 まあクレアが走り去った後も、気にせず再開してしまった俺も悪いので大人しく謝ったけど、それ以来恥ずかしがって、口をきいてくれないのだ。ほんと困ったものである。


 ちなみにクルトは門の近くの留置所に預けてあり、この場には俺を含めたうちのパーティ8人と、クレア達が4人、野盗から助けた3人……いや赤子を含めて4人の、計16人いる。

 俺達は食堂の一角の3テーブルを占拠しており、俺と共に席についているのはスズとクレア、オルガさんとアウラさんの計5人。残るは俺のパーティメンバーとそれ以外で2つのテーブルに別れて座っていた。


「いい加減に口きいてくれよ、昨夜の事は謝るからさぁ、な?」


「謝る必要なんて無いわ、あれくらいで動揺するクレアがお子ちゃまなのよ」


「むむぅ……」


「そうは言ってもなスズ、あれはさすがに免疫ない子じゃ無理もないと思うぞ」


「それもそっか、身体ばっか成長してても、未だに免疫無さそうなクレアじゃね~」


 そう言ってスズは、親の仇を見るような目でクレアの胸部装甲を睨みつける。まあ、気持ちも分からなくはないけどな。クレア……ほんと立派になったなぁ。


「さっきから言わせておけば、好き勝手言ってもーーーっ!」


「そうだぞスズ、あんまりからかっちゃ可哀そうだろ」


「お兄さんもですよ! スズという相手がいながら、昨夜のあれはなんですか!? あんな小さな子達にまで……」


「まあなんというか、成り行き? それにあー見えてもあの子達、お前より年上だからな」


 実際のところ、何だかんだで押し切られた感じだしなぁ。それに最近は3対1だと、どちらかと言えば俺のほうが被害者になる。1対1なら絶対に負けないんだけどなぁ……。っとこれ以上は、言っても火に油を注ぐだけだよな。


「だとしても複数人でなんて……あんなの不潔よ! スズだって嫌でしょ!?」


「ふっ、甘いわねクレア。確かに最初のころ抵抗があったのは否定しないわ。でもね、やっぱり私1人じゃダメだって分かったの。たまになら良いんだけど、毎晩だと身がもたないもの……あなたも自分より強い相手と一緒になれば、きっと分かるわ」


 それを聞いて、クレアはまた真っ赤になり黙りこくってしまった。


「あー、こういう話はまたの機会にして、相談について聞かせてくれないか?」


「そうよ、あんな時間に訊ねてきたんだから、きっと大切な話なんでしょ?」


 それを分かってて悪戯を仕掛けるとか、お前は鬼か!? って、半分鬼だったな……。


「…………えっとね、また甘いって言われるかもだけどね、アウラさん達の荷物を返してあげてほしいな~なんて思って、ね……?」


「あーそういう話か。いいぞ、もとからそのつもりだったしな」


「やっぱ無理だよね、戦利品はふつう倒した人の物だし……って、いいの!?」


「ああ、資金的にはまだまだ余裕はあるしね……良いよなスズも?」


「う~ん、アスラが良いなら別に構わないわよ」


 スズもしぶしぶながら頷いてくれた。家計を預かる身として多少引っかかるものが有ったのだろうに、ここは俺を立ててくれたようだ。ほんと主婦の鑑だよな、俺は果報者だよ。


 腕を組んで満足気に頷く俺に、呆れたような視線を送ったオルガさんが口を開く。


「あんたらもやっぱり甘ちゃんだね~。まあクレアに賛同してる、あたいらが言えた事じゃないんだがね」


「あの……助けてもらった上に、そこまでしてもらっちゃって……ほんとに良いのかな?」


「良いんだよ。君らはこれからが大変なんだから、甘えられるうちは甘えとくといい」


「でも、せめて御礼くらいさせて、あたしに出来る事だったらなんでもする! なんだったら、あたしの身体「お断りよ!」」


 俺の言葉に対し、御礼をしたいとアウラさんが言うのをスズが遮る。

 隣で怒鳴るものだから、なんて言ったのかよく聞こえなかったぞ……。


「急に大きな声出して、びっくりするじゃないか」


「えーこほん。……御礼なんて不要よ、そんなことより、さっさと分配について決めちゃいましょ。今日は忙しいんだから」


「それもそうだな。クレア達は冒険者ギルドへ行かないとだろうし、俺だってクルトの件もあれば、図書塔にも行かないとだからなぁ」


 こうして俺達は、朝食がてら戦利品の分配についてを決めたのだった。


 分配の詳細はこうだ。

 まず、アウラさんとディアナさんに装備品を含む所持品を全て返却することになった。これにはユーリくんの遺品が含まれる。

 ブルーノさんの奥さんには馬車と元々の所持品、ついでに戦利品の中から雑貨類を全て、ついでのついでにクルトを付ける。商売が軌道に乗るまでは、それらの雑貨を売って糊口をしのいで貰おうという算段だ。ちなみに彼女の了解は得ていない、遠慮しようが押し付ける所存だ。

 クレア達には、野盗を引き渡した際に受け取った報奨金の金貨20枚だけを渡してやった。ギルドからも報酬も出るし、これ以上は流石に貰い過ぎだと固辞された。

 俺達には残った物で、野盗のアジトから回収した硬貨や宝石といった金目の物と、戦利品のうち余った装備品を貰うことになった。イリスに聞いた感じだと、宝石が片手で数えられるほどで、硬貨が金貨換算で30枚程度、アジトに残っていた予備の武器防具が10セット程度だそうだ。装備類はコテツとアンズが故郷に戻る際にでも、渡してやろうと思っている。


 少し欲しいなと思っていた馬車だが、実際に乗ってみると、揺れの酷さもさることながら移動速度の遅さが改めて分かった。休憩のたびにしていた馬の世話は、傍から見てるだけでも面倒くさそうだったし、やっぱり俺には向いて無さそうだと結局は諦めたのだ。



 美味くも不味くも無い朝食をさっと掻き込み、その後はクレア達と別れて門の近くの留置所へと向かった。


 留置所に着いたら、金貨3枚を渡してクルトを引き取り、委任状を貰って教えられた奴隷商館に向かう。

 犯罪奴隷の契約が出来るのは、この街では決められた3軒のみらしく、一般の人だけで契約をするには委任状が必要なのだとか。

 契約を受け持った奴隷商は、この委任状を街の役所に持ち込む事で手数料を受け取るそうで、契約料を別口で取られる事は無いそうだ。


 教えられた奴隷商館につくと、建物は意外としっかりとした作りで、中は清掃が行き届いていた。契約のために案内された部屋も清潔に保たれており、クルトとブルーノ夫人の契約については、あっさりと終わった。


 契約方法は、俺が王国のペットショップでマシロと契約した時とほぼ同じで、唯一異なるのは契約紋が顔に浮かび上がっている所くらいである。どうやら、一目で犯罪奴隷と分かるよう、顔に施すよう決められているらしかった。


 契約が終わったら、餞別代りにクルトへ戦利品の装備類からスティールソードと、硬革の鎧セットを渡してやり、犯罪奴隷戦士クルトの完成だ。

 今は見掛け倒しなクルトだが、工房都市で頼んだ装備が出来るまであと20日くらいかかる事だし、この間に少し鍛えてやっても良いかと思った。



 その後は、冒険者ギルドから帰って来たクレア達と合流し、俺とノルンは図書塔へと向かった。クルトとブルーノ夫人の事は、スズ達に頼んであり、物資調達と戦利品の整理についても頼んでおいた。

 

 図書塔に着いた俺達は、寄り道せずにニアちゃんのもとへと直行する。最上階への扉を開けた瞬間、


「やっと来たねおにーちゃん。昨日はいつ来てくれるのかな~って見てたら、いきなり始めちゃうんだもんさぁ、ニアびっくりしちゃったよ~」


「ニアさんってほんと何処まで見えてるんですか……。 まさかそのまま、覗いたりしてませんよね?」


「あははは、まっさか~。そんなことより、後ろにいるのってもしかして、姪っ子ちゃんじゃないかな~?」


 言葉とは裏腹に、ニアちゃんの目はパッと見で分かるくらいに泳いでいたし、話題の転換がわざとらしすぎる。これは覗いてたな、なんという羨まけしからん能力だ。


「お久しぶりですじゃエウメニア叔母様、相変わらずお若いですのう」


「うん久しぶり、ジーナちゃんも元気そうで何よりだよ!」


 姪っ子ちゃんてジーナさんだったのか、てっきりもっと若い子だと思い込んでいたよ。

 確かにレベルが上がると寿命が延びるのだから、こういうことも有るんだろうけど、何というかこう凄い違和感が……。

 この感じだと、親と子供どころか、孫と見た目が逆転してるとかも有りそうだよなぁ。


「叔母様がアスラ殿達を送ってくれたんじゃな、おかげでこうして無事に帰ってこれたわい。ほんとにありがとうの」


「良いって事よー、次からは気を付けるんだぞー。おにーちゃんもお疲れ様、見てたけど大変だったみたいだね~」


「ははは、少し苦労はしましたが、ニアさんのご期待に沿えていたら、苦労のし甲斐もあるというものですがね」


「もーバッチリだよ、想像以上の活躍だったよー。特に、人質を無視して突っ込んだとことかシビレたねー、おにーちゃんの、ド・げ・ど・う!」


 どう見ても50代くらいの姪がいるというのに、何でこの人こんなんだろうね、いい加減歳を……っと危ない、これ以上は俺の命が危険だ。


「それ絶対に褒めてませんよね……」


「そんなことないよー、もうニアちゃん何でも教えちゃうよ!」


「それならお言葉に甘えて……。これからしばらく、この街に滞在しますのでその間にいろいろ聞いても構いませんか? 良かったらこの子、ノルンの質問も聞いてあげてほしいのですが」


 俺の頼みをニアちゃんは「いいよー」と軽く聞いてくれた。俺だけだと抜けが有りそうだし、折角の機会だからノルンにもいろいろ覚えてもらう事にしたのだ。


「ありがとうございます。後でいろいろと質問させて頂くとして、まずは1つ気になっていることを聞いても宜しいでしょうか?」


「何だい、もしかして野盗関連の何かかな? 帰り道に気にしてたみたいだしね」


「……はい、野盗、いえ犯罪者がこの国で、どういう扱いなのか気になりまして」


 ほんと何でも知ってるなこの人、まあ固有スキルで観てたからなんだろうな。きっとこの図書塔の中から、外の世界の様々な情報を視て知ってるんだろうなぁ。


 俺の質問に少しだけ躊躇したニアちゃんが答える。 


「うーん、ほんとに知りたいの? 知らない方が良い事ってけっこうあると思うよ」


「それは分かりますがね。今回は、俺達が深く関わった事ですし、知っておいたほうが良いと思うんです」


「そっかー、なら後悔しても知らないよ。えっとねー、この国だと犯罪者は基本、犯罪奴隷として強制労働に従事する。例外として、大罪を犯した首魁は公開処刑になったりするけど、ここまでは良いよね?」


「はい、だいたいは聞いていた通りですね。処刑についても以外な話では無いですし」


 実際、地球でもつい100年前くらいまでは、公開処刑とか普通に行われてたらしいしね、一種のお祭り騒ぎだったらしいよ。


「これって半分は嘘の表向きの話なんだー。軽犯罪者は犯罪奴隷ってのは合ってるんだけどね、重犯罪者に関しては真っ赤な嘘だよ。報奨金の違いが気にならなかったかな?」


「はい、気になりました。ですが、重犯罪者を優先して捕まえる為とか、レベルによって従事できる仕事が違う為とか、そんな理由だと思ったんですよ」


「うん、それが表向き言われてる理由だよ。でも実際は違うんだー、レベルの高い重犯罪者ってね、わーるい権力者達にとっては、喉から手が出るくらいに欲しい資源なんだよ」


 それから始まったニアちゃんの説明は、かなり酷い内容であった。モラル値というパラメータがあるおかげで、この世界はマシな世界だ。そういった俺の考えを根本から揺るがす事実である。


 ほんと、知らない方が良い事ってのはあるもんだな。




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