想定外の再会
「ニアさん! 依頼の件ですが、お受けしようと思います」
「ありがと、おにーちゃん。ならば、今すぐ旅立つのだ~!」
「えっ、詳しい話を聞かせてくれるんじゃ?」
「そんな余裕も無くなっちゃったのさー。まずは、冒険者ギルドでこいつを渡してね~。はやくいかないと~」
「あーもう、わかりましたから!」
俺が野盗討伐を決めた翌日、つまり今朝、図書塔ではこんなやり取りがあった。
ニアちゃんに渡されたのは一通の手紙。そして今、俺達は冒険者ギルドへと来ていた。
「あの、図書塔でこんな物を渡されたのですが……」
「はい、お預かりいたします…………これは!?」
美人の受付嬢に手紙を渡すと、血相を変えて受付の奥へと引っ込んでしまった。
しばらくしてから、バタバタ走る足音と共に戻ってくる。
「ハァハァ…………申し訳ありません、奥の部屋に来ていただいてもよろしいですか!?」
「あっ、ああ、付いて行けばいいんだな」
必死な受付嬢の迫力に押されるように了承すると、俺達は奥の部屋へと案内された。
ギルドマスターにでも紹介されるのかと思いきや、連れて来られたのは医務室のような場所だった。6つ並んだベッドの一つに男が1人寝かされている。どこかで見たような顔の男は、顔色が蒼白で、今にも死んでしまいそうな様子だ。
「あの人が例の男です。まずは治療をお願いします」
「えーっと、どういう事です? 詳しい話を全く聞かされてないのですが……」
「はぁもう、あの方には困ったものですね……わかりました、私が説明いたします。よろしければ、並行で治療のほうもお願いします」
俺が、呆れた様子の受付嬢に説明をしてもらう間に、ノルンには回復魔法での治療にあたってもらう。
「わかりました、説明をお願いします。治療のほうは頼んだよノルン」
「かしこまりました。良い機会ですので、例の魔法を試してみますね」
そう言って怪我人の元に向かった彼女の口元には、マッドな笑みが浮かんでいた。まるで実験動物を見るような目で怪我人を見下ろすと、小声で『エクスヒール』の魔法を使うノルン。たぶん気のせいだ……。
「ふむふむ、傷は塞がったようですし、過回復の心配もなさそうですね。これなら、皆さんに使っても問題無さそうです」
そんな呟きが聞こえた気もするが、きっと気のせいに違いない。
ノルンが実験もとい、治療をしている間にも、受付嬢の説明はしっかり聞いていた。かいつまむとこういう事らしい。
今朝がた早くに、1人の男がギルドへと運び込まれ「恩人が野盗に捕まり酷い目にあっている、助けてほしい」と懇願したそうだ。彼はそれだけ言うと力尽き、それを聞いた4人の冒険者は、準備もそこそこに野盗討伐に出発してしまったとのこと。
ギルド側は、相手が普通の野盗であれば、問題無いだろうと冒険者達を送り出したそうだ。だが、ニアちゃんの手紙に書いてある、野盗の戦力を知り焦っているらしい。
対応策を協議する時間的な余裕もない。今は手紙に書いてある通り、野盗達のアジトを知る男を治療し、俺達の道案内として連れて行ってほしいとの事だった。
つまりニアちゃんの見立てでは、この怪我人は野盗の関係者なのだろう。
よくよく見れば、学問都市に来る途中に遭遇した野盗の1人だった気がする。たしか、モラル値が軽犯罪者レベルの4人のうちの1人だ。
「うぅん……ここは? おいらはどうして……そうだ! 助けを、助けを呼ばないとっす!」
「あー、まずは落ち着いてくれないか」
「あれれ、切られたはずの傷が無いっす!? もしかして、あれは夢だったっすか……?」
「おーい、話を聞けっての」
「良かったっす……きっとおいら、長い悪夢を見てたんすね」
ダメだ話を聞こうとしない、もしかして現実逃避してるのかもしれない。どうするりゃいいんだ? この中で接点があるのは俺とナオくらいだ。まあ、接点が有ると言っても一瞬戦っただけだが、それでも何か解決の糸口が無いかと、ナオを呼び寄せた。
「ナオ、こいつ見覚えあるよな? どうにかして、大人しくさせられないか?」
「あいますたー、まかせてー」
そう軽く答えたナオは、何故か男と距離を取る。
短い助走からの見事な跳躍を経て、両足を綺麗に揃える。「どーーーん」という気の抜ける掛け声と共にナオの両足が、男の腹部に突き刺さった。
「おいぃぃぃ! 何してるん!?」
「だいじょぶ、かげんはばっちし」
男の腹部を蹴った反動で、シュタっと俺の横に着地したナオがそう答えた。無表情な中にも彼女の自信が現れている、なかなかのドヤ顔だ。
男が腹を押さえて苦しんでいるものの、たしかに加減はしたようだ。本気だったら、生きているわけ無いし、ベッドごと吹っ飛んでいくはずだ。
とはいえ、一応は心配なので駆けよる俺、
「大丈夫か? 苦しいようなら仲間に治療させるけど……」
「ゲホッゲホ、大丈夫っす。それより、この突き抜けるような甘美な衝撃はもしや…………。やはり、ドロップキックの天使様じゃないっすか!?」
身体を起こした男が、ナオを見て目の色を変える。駄目だ、こいつはヤバい奴だ。
「天使様! おいら、貴方様の愛の一撃を受けて改心したっす! これからは真面目に生きますので、どうかもう一度、おいらに愛の一撃を!」
「それ以上、うちの娘に近づくんじゃねぇ! それとも、俺の一撃を食らいたいのか!?」
「ひぃ、すっ、すみませんっす! 調子に乗ってたっすー!」
戸惑うナオをスズに預けた俺が、男の鼻先10センチを掠らせるように蹴りを繰り出すと、男は大人しくなった。最初からこうしとけば良かったよ。
男が落ち着いたところで、話を始める。
「えーっと、コホン。いい加減、話のほうを進めるぞ。まずは、お前の名前を聞かせてくれるか?」
「おいらの名前はクルトっす。この辺りの小さな村に住む、農家の3男でしたっす」
「ではクルトそんなお前が、何故ギルドに助けを求めてきたんだ?」
「そうっす! どうか、ディアナさん達を助けてあげてください、天使様にお義父さん!」
「誰がお義父さんだこら!?」
ついツッコミを入れてしまった俺を抑えて、ノルンが話を引き継ぐ。
「お気持ちは分かりますが、どうか押さえてくださいアスラさん。ディアナさんと言えば、あの時、ユーリさんと一緒にいらした方ですね?」
「そうっす! こんなおいらの話を、親身になって聞いてくれた女神っすよ。それなのに、ディアナさんもユーリさんも……」
「そうか、なら急いだほうがいいな。野盗達のアジトまで、案内はできるな? 詳しい話は道中で聞くとしよう」
「もちろんすよ! 付いて来てくださいっす!」
こうして、道案内を手に入れたわけだが、余計不安になったのは気のせいだろうか?(いや、気のせいじゃない)
野盗のアジトは、学問都市と工房都市の中間あたり、街道から北西側の森の奥深くにあるらしい。だいたいの場所は冒険者ギルドでも押さえていたが、詳しい場所はクルトに聞いてわかった事だ。
道中でクルトに聞いた話では、俺達と別れた後、クルト達はあの場で2時間ほど説教を受けたそうだ。あのまま街へ向かってしまうと、モラル値が高めのクルト達も、街でのモラルチェックで引っかかってしまう。そうなって、死ぬまで重労働は余りにも哀れだろうと、その場で説教した後、クルト達4人だけは解放されたのだそうな。
さすがのユーリ達も、モラル値が低すぎた他の6人は解放せずに、街へ連行することに決めた。しかし、足手まといが増えたことで一行の移動速度も遅くなり、街道の途中で野営を張る羽目になったそうな。
そこに、解放された4人の内の2人が、御礼をしたいと食事と酒を持って合流し、一緒に飲んで騒いで気が抜けた頃に、再度の野盗達の襲撃が。
商人家族の護衛を元野盗の2人にお願いし、ユーリくん達3人が迎撃にあたろうとしたところ、護衛のはずの元野盗に商人家族を人質にとられてしまい、このざまだとか。
うーむ、ユーリくん。人を信じることが出来るのは美徳ではあるけど、さすがにね……。
ちなみに、なんでそんな事をクルトが知っているのかというと、遠くから見ていたとのこと。クルト達4人は解放された後に各自の村に戻ると言って、解散したそうなのだが、そのうち2人の動きを怪しんで後を付けたのだという。
すると案の定、野盗仲間に狼煙で合図を送った後に合流し、今回の襲撃を実施したそうだ。見ているだけで、何も出来なかった自分を責める彼に、俺は何も言ってやれなかった。
彼が自ら動くことを決心出来たのは、ユーリくん達と商人家族が、アジトへと連行された後であり、時既に遅し。助け出そうとアジトに忍び込もうとするも、中に入ることすら出来ずに見つかって攻撃を受け、命からがら逃げてきたのだと言う。
クルトが大怪我してたのは本当だったし、嘘を言ってるってことも無さそうだ。無条件で他人を信じて、ユーリくん達の二の舞になったら笑えない。
「まあ元気出せよクルト、お前が学問都市へと走ったからこそ、俺達もこうしてアジトへ迷わず向かえるんだ。それより、先行している冒険者達は無事かねぇ?」
「大丈夫っすよきっと、この速さならアジトまで、あと半刻(約1時間)もかかりやせん。それにしても、冒険者ってのはすごいんすね。こんなに速く走れるなんて」
クルトが言うように、俺達は相変わらず走っていた。ちなみにクルトは、俺が背負って走っている。こいつが美女だったら良かったのに、と何度思った事か……。
「ねえアスラ、アジトに到着したらどうするつもり?」
「そうだなぁ…………捕らえられた人を人質に使われても面倒だし、また二手に別れるとするか」
「そうね、なら今回こそ私はアスラと行くわよ。良いわよねノルン?」
「はい。それではアスラさんとスズ、ナオちゃんの3人でアジトへ侵入し、捕まった人を助ける。残りの5人はアジトの外で注意を引き、野盗達を受け持つ。これでどうでしょうか?」
「えっ、ああ、そうだな。外の指揮は頼むぞノルン」
作戦と呼ぶには余りに単純ではあるが、あまり複雑にしても対応力が失われる。詳細な作戦を立てるには情報が少なすぎるし、詳細まで詰めてしまうと、一つ歯車が狂っただけで作戦がパーになりそうだ。そうなるくらいなら、行き当たりばったりも悪くは無い。もちろんそれで何とかなるのは、相手が格下の場合に限るわけだが、格上と戦うつもりは無いため何の問題も無い。
森に入ってすぐの頃、マシロから警告の声があがる。
「ご主人、そろそろ」
「そうか、相手の様子はどうだ?」
「戦いの音、もう始まってる」
「分かった。それならノルン、様子を見て参戦してくれ。俺達は隙を見て、アジトへ侵入する」
「かしこまりました。外は任せて、気をつけて行ってきてくださいませ」
全員で頷き合った後、クルトを背から降ろし、隠れて見てるよう指示する。
野盗達に見つからないよう、武器と武器がぶつかる音と、怒声がする方へと近づいていく。
すぐに木々の間から、冒険者と野盗が争う姿が見えてくる。
ん? あの冒険者って、もしかして……あっ、危ない!
俺がそう気付いた瞬間、スズは既に飛び出していた。
冒険者の後ろに回ったスズの剣が、野盗が放った矢を切り飛ばす。
「危ないところだったわね、クレア。怪我は無い?」
「えっ、嘘、スズなの? なんでこんな所に」
それはこっちのセリフだよ……。王国を出て以来だから、何年ぶりだ?
これが、スズと孤児院で姉妹同然に育ったクレアとの、実に3年以上ぶりの再会であった。




