ニアちゃんからのお願い
「ん? まだ、朝か……」
「まだ朝かじゃないよ。丸一日寝てたんだよ? 起こしても起きないんだもの、心配したじゃない」
あの日の翌朝、二度寝したところまでは憶えているのだが……。どうやら、そのまま一日中眠っていたらしい。
そこまでのダメージだったか。幸い、一日寝たことで身体の調子は完全に戻った。むっ? パラメータの耐久値が1増えてるぞ。これを見ると、あの夜の戦いが如何に熾烈を極めたのかが分かるというものだ。
それにしても腹が減った。そして、この仄かに漂ってくる食欲を刺激する匂いは?
「なあ、スズ、いい匂いがするんだが? もしかしてこれ……」
「うん、昨日はこの材料を仕入れて来たんだ。はい、どうぞ」
スズが手渡してくれた、独特な匂いを発する茶色いスープを、俺はぐいっっと一息に飲み干す。
「うまいっ! もう一杯だ」
「ふふっ、そんなに急がなくても、いっぱいあるから」
「くぅーーーっ! やっぱり朝と言えばこれだよな! スズ、これからも俺のために味噌汁を作ってくれ!」
「もちろんそのつもりよ。そのためにいっぱい食材を仕入れて来たんだから! 昆布でしょ、煮干しでしょ、ワカメに干し貝柱、他にも……」
以前飲んだ味噌汁と違ってダシが効いている分、各段に美味い。どうやらスズは港湾都市近辺の漁村で、ダシになりそうなものや、具材として使える様々な魚介類を仕入れて来てくれたようだ。
中には聞いたことのないような食材もいくつかあったが、全てスズに任せておけば間違いは無いだろう。料理に関しては俺の出る幕は無いのだ。
「あー、これで米が有れば最高なんだけどな……」
「そうね、やっぱりパンに味噌汁は合わないもんね」
ん? 今なんていった?
「なあスズ、米ってあるの?」
「えっ? そりゃ有るわよ。知ってて言ったんじゃないの?」
マジか、てっきり無いと思い込んで、確認してなかったよ。
「よし、これから買いに行こう!」
「うーん……たぶんこの街には無いわよ。サウリア王国でも見たことないし。確か産地は南のほうだったような……」
「そっか……まあ残念ではあるが、有る事は分かったんだ。そのうち仕入れに行くとしよう」
南っつうとヴェスター皇国か……遠いなぁ。近道するなら、大陸中央の森林地帯、獣人達の国を抜ける必要が有るわけだが、さすがにそれは無謀だろう。普人族の国と交戦状態の獣人達が、普人族にしか見えない俺を見逃してくれるとも思えない。やはり地道に、大陸の外側を大回りしてくしかないよな。
まあいいか、俺はそこまで食にこだわる性質でも無いしな。うまいもんを食えるに越したことは無いが、そのために危険な橋を渡るつもりもない。
米に関しては一旦諦め、食堂に降りて朝食をとる。食卓には、いつもと違い味噌汁が並んでいたが、喜んで飲んでいるのは、俺とスズ、イリスくらいのものだ。発酵食品は好みも分かれるし、慣れないとキツイものが有るから、仕方ないか。
食後は、二手に別れて行動することになった。俺とノルン、イリスの3人と、残りの5人で別れる。俺達3人は図書塔で本を写すのが目的で、スズ達5人は、コテツとアンズの為の物資調達が目的だ。
図書塔に入り、まずは受付で写本に必要な物を購入する。紙とペン、インクはだいたい1冊分で銀貨20枚(約20万円)らしい。相場のだいたい倍で、明らかにぼったくり価格だ。
とはいえ、多少高くとも純正品のほうが安心なので、金貨1枚で買えるだけ買ってから階段へと向かった。
ノルンの後について、目的の錬金術関連の本がある17階に到着した。図書塔のヌシの話を、俺はうっかり聞き逃し、ノルンはしっかりと聞いておいてくれたのだ。
ノルン&イリスと別れて、本を眺めていると、ノルンが本を数冊抱えてきた。
「ありましたよアスラさん! どうぞ、読んでみてください」
「ありがとう、なになに……『家庭の錬金術』か」
本を一冊受け取り、ざっと読んでいく。
『家庭の錬金術』では、傷薬や火傷薬などの簡単な薬品や、調味料や香味油など料理に使うものまで、家庭のあらゆる場面で有効なレシピが載っていた。
塩水を水と塩に分ける方法だったり、味噌や醤油の錬金方法、ごま油やオリるーブオイル等のレシピもあ。これはマストだな。
ノルンに写本作業を頼み、他の本もチェックしていく。
ちなみに、残りのお勧め本は次の4冊だった。
・錬金の秘術~入門編~
・錬金の秘術~基礎編~
・錬金の秘術~応用編~
・外道錬金のすすめ
『錬金の秘術』は、ある偉大な錬金術が書いたものらしく、この3冊で一般的な錬金術についてはマスターできそうな内容だ。入門編、基礎編あたりは錬金術スキル習得の際に習った事ばかりなのでスルーし、応用編だけ写本をお願いした。
『外道錬金のすすめ』はまた特殊な内容だった。出来上がる物は『錬金の秘術』にあるレシピと一緒だが、異なる材料で作り出す方法、特殊な錬金法が記載されていた。どうやら、出来上がりの品質は下がるが、1ランク下の素材で作り出すことが可能ならしい。
これもそのうち試してみたいので、俺自ら写本作業に入った。
写本作業を初めてだいたい6時間ほど経った頃だろう。俺の背中を何者かがツンツン突いた。
それに気付いて振り向くが、後ろには誰も居ない。
目の前ではノルンが作業を続けているし、イリスはその横でテーブルに突っ伏して眠っている。
訝しく思いつつも、もう一度振り返って良くみると、視界の下のほうに動く影が。本である、何の変哲もない本が俺の後ろで漂っていた。
「えーっと、もしかして私に何か用事ですか?」
そう訊くと、本が頷くように上下する。なんだこれ?
「アスラさんが本に話しかけてます……先日は少々やり過ぎでしたでしょうか?」
「分かってて言ってないかそれ? どうせこの本って、この塔のヌシの仕業だろ?」
「ばれちゃいましたか。では、どうしましょ? 素直に向かうんですか?」
正直、あまり関わりたい類の人ではないが、お呼びと有れば良くしかないだろう。あの強さとスキル、ちょっと敵に回すとヤバそうだ。
「行くしかないだろうな。今の俺達じゃ、あの人には敵いそうにない」
「只者ではないと感じてましたが、そこまででしたか……」
「ああ、だから俺はちょっと行ってくるよ。悪いけどノルンは写本作業の続きを頼む」
そう告げた俺は、浮遊する本の後について24階へと向かった。
24階へ着くと、塔のヌシが直々に出迎えてくれた。いったい何が有ったのか、今日は最初から本を読んでいない。
「やっほー、ニアちゃんだよ~。よく来たね、おにーちゃん」
「えーっと、何か御用でしょうか? エウメニアさん」
「あれあれ? ニア名乗った覚えないけどな~。おにーちゃんって、もしかして固有持ち?」
あっ、やば。うっかり鑑定で見た名前で呼んでしまった。
「いえ、ちょっと小耳にはさんだと言いますか……それよりニアさんなら、私を鑑定できるのでは?」
「それは無理なのさー、鑑定スキルじゃ固有スキルとギフトスキルは見れないよ。見たかったら、信託スキル持ちにお願いするしかないのっさ」
「ずいぶんと色々、教えてくれるんですね。良いんですか? そんなこと話して」
「それなんだけどね~。ちょっとだけ、おにーちゃんにお願いしたい事が有るんだよ~」
やっぱりか……厄介事の匂いしかしないんだけど。
「えーっと、この後も予定が詰まっておりまして……」
「うぅ、ひどい……こないだいろいろ教えてあげたじゃん。話だけでもいいから聞いてよ~、さもないとニアちゃん悲しくて、ズカン!ってなっちゃうかも~」
「……それじゃ、話だけ聞かせて頂きますよ」
「わーい、ニアは、そんなチョロイお兄ちゃんが好きだよ。それじゃ、話すからちゃんと聞いててね~」
もう、なんて言っていいのやら……さっさと用件を済ませて縁を切りたいところだ。
ともあれ、彼女の要件を聞いたところ、簡単に言えば野盗退治の依頼だが、ちょっとだけおもむきが違う。
最近、工房都市と学問都市の間で、野盗被害が多発しているらしい。先日その討伐のために、ブロンズの冒険者が4名、派遣することが決まったとのこと。そして、その中の1人がニアちゃんの姪っ子なのだそうだ。
相手が一般的な野盗であれば、ブロンズの冒険者4人で充分らしいのだが、今回の相手は少し規模が大きい。数日前に数人減ったらしいが、いまだ30人近い勢力を誇るらしい。そのため、野盗退治の協力と、姪っ子ちゃんの護衛をしてほしいとのことだった。
何でそんなこと知ってるんだと聞いたら、ニアちゃんの固有スキルで、この街周辺の事はマルっとお見通しなのだとか。ただし、ニアちゃん自身はこの塔から出ることが出来ず、彼女が会えるのは、定期的に食料を運んでくる職員と、時より訪れる旅人のみ。
ニアちゃんいわく「この塔は、ニアの家であり、職場であり、牢獄なの~」なのだそうだ。どっからどこまで本当の事なのやら……。
ちなみに報酬は、知りたい事を教えてくれるのと、昔の知り合いへの紹介状だとか。なんとも価値の測りにくい報酬であり、これもまた俺の決断を鈍らせる要因の一つだ。
ともあれ、即断できる内容でもない。一旦、皆と相談だな。
「仲間と相談しても良いでしょうか? さすがに私1人では決めかねますので」
「良いよ~、でも時間無いから明日の朝にはお返事ちょうだいね。うーん……でも、断られたら、その時はニアが出ないとか~。大事になりそうだけど、その時はその時だよね!」
そんな、なんとも断りずらくなる呟きを聞きながら、図書塔24階を後にした。
ノルンの元に戻ると、写本作業はちょうど完了するところだった。眠っていたイリスを起こして、3人で宿へと帰る。
それにしても野盗退治か、心当たりが有り過ぎる。こないだ倒した分を除いても、あと30人もいるってのは厄介だ。
俺達8人なら、たぶん倒せるとは思う。ただ、リスクは高い。それに、こないだ戦ってみて分かった。俺はまだ人の命を奪う事を、完全には割り切れてない。
そんな状態で、スズ達を守り切れるのか? 万が一のことが有ればと思うと、どうしても踏ん切りがつかない。
これは、参ったな。やはり、依頼を断るべきか?
そう悩みつつ歩いていると、いつの間にか宿にはついていた。
「大丈夫ですかアスラさん? さっきから思い悩んでいるようですが……」
「ああ、済まない。ちょっと相談があるんだ、皆を部屋に集めてくれないか?」
宿の部屋に戻り、皆がそろうのを待って、事情を説明する。
「――――――とまあ、こういうわけなんだ。皆、依頼を受けたほうが良いと思うか?」
俺の問いに皆、おのおのの答えを返してくれた。
「拙者は野盗は倒すべき、そう思うでござる。悪事をなす者をのさばらせておいて、お天道様に顔向けできぬでござるよ」
「某、先日の戦いを見、主殿達の人との実戦経験の少なさを感じ申した。この依頼は、それを埋める良い機会かと」
「主様、私も旦那に賛成しますわ。これは私事になってしまいますが、王国兵と戦う前の予行演習にもなりますから」
脳筋気味な3人はやはり、依頼を受けることに賛成のようだ。戦いを日常のものとしている彼女達にとって、野盗を倒すことに躊躇いはない。
「ますたーのいうこと、きく」
「ボク、ご主人についてくだけ」
この2人も想像通りだ。出来れば意見を言ってほしいところだが、眷属契約やら隷属契約を結んでおいて、意見を求めるのも虫の良い話だろう。
「でしたら私は反対に回りましょうかね。アスラさんが懸念する通り、今回は敵の数が多すぎて、思わぬ不覚をとるかもしれません。対人戦の経験を積むにしても、今回の依頼は避け、次の機会を待つのが安全ではあります」
あえて反対意見を出してくれたのがノルンだ。やはり彼女は、うちの理性であり良心だ。まあ、よくよく聞くと、30人相手でも普通に勝てるとは思ってるみたいだけど。
「受けましょ! リスクを理由に迷ってるのは、それだけ依頼を受けたいからなのよ。それに、こないだの事まだ気にしてるんでしょ? 私はもう大丈夫よ、私達は冒険者、相手が何だろうと戦えるわ!」
と身も蓋もない事を言うのがスズだ。俺の内心がバレバレなあたりは流石というか何というか……ちょっと怖い。
でもこれで心は決まった。野盗くらい倒せなくて何が冒険者だ。
「ありがとう皆。今回の依頼、受けようと思う。相手はこちらの3倍以上、手心を加える余裕は無いだろう。野盗を全て殲滅するつもりで事に当たるぞ」
こうして俺は、野盗退治は決めた。退治というと聞こえはいいが、確実に何人もの人を殺すことになるはずだ。
次こそは迷わずに殺して見せると、暗い決意を固める俺だった。
2018/2/18) 邪道→外道に統一しました




