高レベル冒険者は赤子も抱けない
「いい人達でしたね。無事に助けることが出来て、本当に良かったです」
「そうでござるな。拙者達の姿を見ても気にしない様子で、真に感じの良いご婦人でござった」
ユーリくん達と別れた俺達は、街道沿いで火を熾して昼食を囲んでいた。
話を聞くに、俺とユーリくんが言い争っていた頃、女性陣はうまくやってたようだ。
「だね、ほんとに良い奥さんだったよね。それに、赤ちゃんも可愛かったし」
「ぷにぷにほっぺ、触りたかった……」
「駄目ですよマシロ、赤ちゃんはか弱いのです。私達がほんの少し力を込めただけで、死んでしまいかねないのですから」
「うぅ、ノルンのケチぃ、ちょっとくらいなら良かったじゃない……」
「スズは尚更だめです! あなたはただでさえ、力が有り余ってて手加減が下手なんですから」
それであの時、スズとマシロを窘めてたんだな。俺達が強くなればなるほど、他との力の差が開いていく。下手に触って怪我をさせてしまわないよう、気を付けないとな。
「ふふ、皆、仲良くなれたようで良かったよ」
ともあれ、問題も無くて良かったと思ったのだが、
「それなんですがアスラさん……少しだけ問題と言いますか、ちょっとした行き違いといいますか……」
そうでもなかったらしい。ノルンが言い淀む。
「ボク、あの人嫌い」
「あの人っていうのは?」
「ディアナさんの事だと思います。スズとマシロが赤ちゃんに触ろうとした後、少し言い争いになってしまいまして」
「あの人、血の汚れは落としても、一度付いた穢れは消えないって……そんな手で赤子を抱くのかって!」
「言うに事欠いて、そんなこと言いやがったのか、あんのアマ……」
「はい、そこまで直接的にではありませんでしたが……命の大切さうんぬん言いながら、だいたいそのような内容を語られましたね」
理想に燃えてるのはユーリくんだけじゃなかったのかよ。俺が言われたのなら軽く流して終わりだ。だけどスズは、初めて人に手を掛けたショックで、一時的に感情が不安定になっているんだぞ。
くっそ、迂闊だった。どんな人にだって人権があり、どんな命だって貴い、そんな日本人的価値観を持ち合わせている者が、まさかユーリ君以外に居るとは……。
俺はどうかって? 少なくとも俺に関して言えば、安全な世界でぬるま湯に浸かっていたからこそ、そんな事も言えたんだと思う。
俺の道徳観は信念などではなく、ただ植え付けられただけの物であったようだ。他人を思い遣る気持ちなど、こちらの世界に来て消えつつある。
よくよく考えると、ユーリ君の仲間なのだから考え方が似るのも当然。完全にこれは俺のミスだな。
「ねえアスラ、私ってもう赤ちゃん抱いちゃいけないのかな……?」
どうやって慰めればいい、俺の中にも命に関する明確な解答は存在しない。
俺達がしたことは正しい事だなんて、そんな自分すら騙しきれない嘘で誤魔化しても、スズにはすぐにばれるだろう。
ユーリくん達が語る理想だって否定しきれない。彼等が語る理想が実現するならば、きっと世界は良くなるだろう。
そして何より、俺が殺人への嫌悪感を拭いきれずにいた。スズに手を汚させてしまった、そう思ってしまったのがいい例だ。俺の無意識は殺人自体を否定しているのだ。
「主様がた、私達、獣人にとっても野盗を殺すのは一般的な事よ。むしろ見逃すほうが罪に問われる場合があるわね」
「アンズの申す通り、某らの行動に何の問題も無いはず。あのような世間知らずな女子の戯言など、気になさいますな」
「でもね、野盗になったのだって理由があるかもしれない、あの人達にだって家族がいたかもしれないって言われて気づいたの。私だって、アスラや皆が殺されたら嫌だもの、私もしかして取り返しのつかない事しちゃったのかなって……」
確かに人殺しは取り返しの付かない事だ、だがそれを言うなら野盗のほうのはずなのだ。
彼らのモラル値を見るに、少なくない人数の人を殺しているはずだ。もし彼等が反省して、更生するとしてもそれでどうなる。被害者が返ってくることは無い。
もし俺が被害者やその遺族だったと考えた場合、犯人がいくら反省して更生しようとも、殺意が薄れることは無いように思う。むしろ、更生してマトモな生活を送り出したりなんかしたら、殺意が増すんじゃないかとすら思う。後悔しながら一生もがき続けて苦しみながら死ね、というのが俺の偽らざる本音であった。
もちろん異論は認めるが、被害者感情からしても野盗を殺すことは間違っていないはず。
それに、日本とは違って、こっちの世界では自力救済が許されている。というよりは、自分でどうにかするしかないといった方が正しい。
国や騎士に、平民ひとりひとりを助けている余裕は無いし、場合によっては敵に回る場合もあるだろう。
未だ身分制度の根強いこの世界では、貴族や王族が黒と言えば、明らかに真っ白でも黒となりえる。
一般人にすら人権が認められているか怪しいのだ、犯罪者にも人権が有るだなんて言うのは、100年早いのだ。
まあ、こんなのはこの世界に限ったことではない、程度の差こそあれ、地球にだってそんな国はごまんとあるだろう。どちらかと言えば、日本が特殊なのだ。
そんな世界で生きてきたスズにとって、野盗を殺すというのは、極一般的な自衛行動のはず。今はたまたま弱っていた心に、甘い理想の言葉がクリティカルヒットしたってだけで、一旦落ち着けば元に戻るはずだ。
俺は自分にも言い聞かせるように話を切り出した。
「そうだな……おまえに子供が出来たと想像してみてくれ。そして、あの行商人達のように野盗達に襲われたとしよう」
「うーん、わかった………………うぇへへ、アスラと私の赤ちゃん……」
と、スズが目を瞑って想像に入り込む。完全にトリップした顔は、とても人様には見せられない。
というか俺が見せたくない。これは、俺だけが見ていい表情だ。
それにしたって、随分と余裕があるじゃないか、我が嫁よ。いや、これも精神的に不安定だからだろう。そう思いたい。
「おーい、戻ってこーい。妄想は後で好きなだけしていいから」
「えっ、なーに…………あれ? 私とアスラの赤ちゃんは?」
「俺達がためらっている間に、野盗達に攫われてしまった……」
と俺がスズの妄想にのると、
「なんですって! そいつらは、どこにいったの!?」
「野盗達のモラル値を見る限り、昨日今日なったばかりって感じだったぞ」
「そんなの関係ない、私達に仇名す者は許さない! 八つ裂きにしてから二度と蘇らないよう、焼いて砕いて粉にして、川から流してやるのよ!!」
うん、明らかにやりすぎだ。まったく、うちの嫁は鬼嫁だな。あっ鬼人の血も引いてるんだった、ならしょうがないよね……。
「まあ、なんだ、それが俺達の答えだよ。人殺しは確かに良くないし、俺達だったら殺さなくたってなんとでもなるよ。でもさ、俺達が見逃したら、あの行商人のように力のない者はどうするんだ」
「えっ……ああ、そっか……。想像しただけでもこんなに怖かったのに…………そうと分かれば、引き返しましょ! ブルーノさん達が心配だわ」
「まてまて、野盗共は捕まえたんだから、今回はきっと大丈夫だよ。ユーリ達を信じてやろうぜ」
極端すぎるぞ、我が嫁よ。いや、これも精神的に不安定なせいだろう。きっとそうだ……。
「うぅ、しょうがないわね……。それよりアスラ、さっきの答えなんだけど……私って赤ちゃん抱いてもいいのよね……?」
「良いに決まってるだろ。10人でも100人でも、スズが好きなだけな」
「ふふっ、良かったわ。じゃあ、一緒に頑張りましょうね、ねぇパパ!」
あっしまった、はめられたか……でもまぁ、元気が出たようで良かったよ。
「おっ、おう、任せとけ!」
「ダメですってば! スズさんは赤ちゃんを抱きたかったら、力加減が出来るようになってからです」
そういやその問題もあったんだった。
「むぅ、そこを何とかならないの?」
「そうですねぇ、何でしたらスズさんの赤ちゃんも、私が面倒を見て差し上げましょうか? もちろん、私の赤ちゃんと一緒で良ければですけど」
ノルン……横目でプレッシャーをかけて来ないでくれ。
というか今更の話だよな、コンド―さんなんて無いわけだし、特にスズは驚異のホールド率を誇る。もう2年、そろそろ出来てもおかしくは無い。というか出来ないのが不思議なくらいだ……この辺りも学問都市で調べるとしようかね。
その後は、和やかな食後の団らんとなった。スズとノルンも仲良くじゃれ合っているし、もう安心だろう。
腹ごなしに軽く走ると、3時間ほどで学問都市へと到着した。
入門時のモラルチェックは当然のように通過して、中へと入る。
街の中央に聳え立つのが、噂の図書塔だろうか?
スカイツリーとまでとはいかないが、この世界の建物にしては初めて見る高さだ。
あれが図書塔か……あの中から調べるとして、どんだけ時間が掛かるんだよ。
俺は、調べもしない内から気が遠くなっていた。
いつもより少し短めで済みません。
次回は5000字は書きたいところです。




