実際は男のほうがチョロかったりする
革公房で装備を注文した翌日、俺はノルンに案内されて教会へと向かっていた。
俺とノルン以外のメンバーには、コテツ達と物資調達に向かってもらっている。
ちなみに昨日はあの後、これといって珍しいことは何もなく、宿屋に帰っていつも通りに寝ただけだった。そう、いつも通りにである。
眠い目を擦りながら歩いていると、ノルンが俺の上着の袖を軽く引いた。
「ねぇアスラさん、こうして2人きりになるのも久しぶりだと思うんです」
「ああ、確かにそうだなぁ」
言われてみると、スズとなら2人きりになる機会は多いが、他のメンバーと2人きりになるってのは珍しい。
「ですので、これからデートをしましょう」
「……へっ?」
「ですからデートです。私だって女の子なんです、愛しい方と2人きりで過ごしたいと思ったりもするんですよ」
まさか、ノルンの口からそんな言葉が飛び出すとは……。
意表を突かれて間抜け面を晒す俺に、彼女はそう返した。
デートか、いったい何すりゃいいんだ? 遊園地とか映画館なんか無いしな……うーむ……わからん!
「デートと言っても、具体的に何すりゃいいんだ?」
「えーっと……何するんでしょうね?」
っておい、知らないでいってたのかよ!?
「まっ、待ってください! あのですね、詳しくは知らないのですが、好き合った男女が二人ですることらしいのです」
「らしいってなぁ、誰かに聞いた話なのか?」
「はい、教国に居た頃に、治療に訪れた女性冒険者の方に聞いたのです。どうやら、まずは一緒に買い物などをして仲を深めてから、最終的に何か楽しいことをするらしいのですが……肝心の部分を教えてくれなかったのですよ」
なるほどな、きっと幼い見た目の彼女には話せないようなことだったんだろうな……うん俺、完全に順番間違ってんじゃん。
最終的にする楽しいことって、どうせアレだろ?
既に結構頻繁にやっちゃってるよ、昨日も夜にさ……。
いやまあ、言い訳になってしまうのだが、デートなんて物は生活に余裕があればこそ出来る事なんだ。
別に人の恋愛にデートが必須って訳でも無いのだよ。
昔の日本なら、碌に会いもせずに結婚するなんて事もざらだったろうし、今だって恋愛結婚よりも見合い結婚のほうが離婚率が低いと聞いたこともある。
俺の場合はどうかっていうと、ノルンを教国で豚司教から助けた後は、スズを第一にしちゃってて結構放置気味なんだよね……。
あれ? これってかなり不味いんじゃね。
俺へのノルンの思いを分析するに、吊り橋効果的な物が少なからずあるはずで、その時と現在のギャップは恋愛結婚の比じゃない。
きっと、波乱の末に一緒になった物語の主人公たちも、物語の裏では好感度の維持に四苦八苦してるんじゃないだろうか。
まあそんな事は今はいい、大事なのはこれからどうするかって事だよな。
「よし! 今からいろいろ見て回ろうか、教会には午後に向かえば良いだろうしな」
「はい! まずはお買い物ですね、アスラさんは最終的にする楽しい事についても分かったんですよね? 楽しみにしてますね」
「いや、まあ……楽しい事のほうは今日はやめとこうか、2人きりじゃなかったけど昨夜もしたし、それに除け者にしたらスズが怖いしな……」
そう俺は言葉を濁したが、楽しい事が何を指しているのか気づいたのか、ノルンの色素の薄い頬に赤みが差す。
「あっ、そういう事ですか……あの、それなら今日のところは勘弁してあげます。(どちらにしても、すぐにそういった機会は訪れるでしょうしね)」
「すまんね、その分の埋め合わせは何時か必ずするよ。あと悪いけど、後半が少し聞き取れなかったんだが……」
「たいしたことではありませんよ、それよりも、学問都市へは明日向かうのですよね? その後の別行動はどう人員を分けるつもりなんです?」
「ああ、そうだな。別行動はなぁ……俺以外は全員、スズと一緒に行ってもらおうかな」
別行動するにしても、出来る限り戦力分散は避けたいところだ。
そうすると、工房都市で二手に別れるよりも、学問都市まで行って別れた方が良いだろう。
それなら、学問都市へと留まるのは俺一人でも問題は無い。
それに男とはたまには一人で過ごす時間が欲しくなるものだ。
騒がしい毎日を過ごす今では、独身貴族だった前世が懐かしい、こういうのを無い物ねだりっていうんだろうな。
1人は寂しい癖に、皆でいると時に他人が煩わしくなる、まったく困ったものだ。
「そうですか、それならスズにも早めに話した方が良いですよ」
「分かった、今夜にでも話しておこう」
そう言って俺は、意味深な笑みを浮かべるノルンに、苦笑いで返した。
教会までの道中、服や装飾品を取り扱う店を見つけては、ノルンと一緒に見て回り、今は軽く昼食をつまんでいる所だ。
各自の目の前にはそれぞれ、一般人からすれば3人前ほどの量の食事あるが、うちのメンツで比較的小食なノルンでも軽く平らげてしまう程度の量である。
午前中は、工房都市で流行りの華美な服はノルンの好みではないらしく、結局何も買わず終いだった。ただ、装飾品店にて忘れてはいけないやり取りがあった事を思い出す。
それは、ある装飾品店に寄った際に、ノルンがイヤリングが置いてある一角を熱心に見ていたのを見かけた時のやり取りだ。
「そんなにイヤリングを熱心に見て、欲しい物でもあったのかい? あるなら遠慮はいらないよ」
「イヤリングでは無く、耳の上部を覆うような耳飾りが欲しいのですが……」
「お店の人に聞いてみようか? 在庫があるかもしれないよ」
「いえ、よく考えてみれば私に合うサイズの物は無いでしょうから。ほら私の耳は特殊ですし」
ノルンの言う通り、ノルンの耳は樹人族としては短く、普人族では長い中途半端な長さだ。
そうなるとオーダーメイドするしかないのだが、基本フードで耳を隠して生活していることからも分かるように、商都連合においても、異種族、特に混血種には風当りが厳しいのだ。
どうにかしてやりたい気持ちはあるが、今の俺ではどうすることも出来ない。伝手も無ければ、力も足りない。
下手に事を荒立てて、ノルンに不快な思いをさせたのでは本末転倒だろうから、俺には先送りにするしかなかった。
「それもそうか……済まないな、後で必ず耳飾りを贈るよ。約束する」
「はい、そのお気持ちだけでも十分ですが、期待させていただきますね。実は耳飾りというのは……」
とノルンは、俺がプレゼントの約束をしてしまった後に、耳飾りがどういったものであるのかを教えてくれたのだった。
樹人族にとって、敏感な耳を覆う耳飾りは既婚者の証なのだそうだ。それに触れていいのは結婚相手のみであり、結婚するとある行為の最中以外は取り外さないのが一般的だとのこと。
つまり俺はスズという嫁がいながら、うっかり他の子に結婚指輪を贈る約束をしたということになる。
一応、この世界では重婚は認められているとはいえ、後ろめたい事この上ない。
このまま宙ぶらりんな状態を続けるのも、ノルンに対して不誠実ではあるので、いずれはスズを説得しようと考えてはいたのだが、早いうちにハッキリさせておいた方が良さそうだ。
そんな事を考えつつも昼食を終え、教会へと向かった。
目的地の教会には昼を少し過ぎた頃に辿り着いた。
教会は教国で見たような寂れた様子は無く、患者らしき住人や忙しそうに動き回るシスターも数名おり、なかなか盛況なようだ。
ふと、一人のシスターと目が合ったと思ったら、彼女はこちらに向かって小走りに駆けてくる。
「あの時の冒険者様ですよね!? その節は大変お世話になりました!」
「えーあーうん、元気だったかい?」
顔立ちに見覚えがある気もするのだが、どうにも思い出せない。
こういう時って、正直に誰だか分からないって言えばいいのだが、どうにも言い出せないんだよな……。
「その反応は、私が誰かわかってませんねぇ? 酷い! あの夜はあんなに優しくしてくださったのに……」
「こんな可愛い娘と、アスラさん……事と次第によってはスズを呼んできますからね」
「待ってくれ誤解だ! 今思い出すから……」
ほんと誰よこの美少女シスターちゃん。
俺が頭を捻っていると、シスターちゃんが助け船を出してくれる。
「くすくすっ、冗談ですよぉ。覚えていませんか? 以前、教国から背負って救い出して下さったじゃないですか」
「ああ、あの時の娘か……随分と明るくなったみたいで良かったよ」
明るくなったって言うのは、かなり控えめな表現だ。むしろ別人と言ってしまっても過言ではない。
欠損していたはずの右腕は綺麗に再生していたし、死んだ魚のようだった瞳にも光が戻って美しく輝いている。
雰囲気も活力にあふれており、人ってのはここまで変われるのだと思い知らされる。
きっと俺が今までに殺した人達も……いや止そう。可能性を考えればキリがないし、味方を蔑ろにしてまで敵を助けたいとも思わない。
どんな奴だって助けてしまうような、そんな馬鹿野郎を世間は好きなんだろうし、俺も嫌いではないんだけど、自分がそう成りたいかと言えば別の話だ。
と俺が沈思している間にも、ノルンとシスターちゃんの話は続く。
「あの時の方ですか……それで何か御用でしょうか? お礼をしたかっただけでしたらもう良いですよね、お忙しそうですし、仕事に戻られたらいかがです?」
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないですか、貴方の想い人を取ったりしませんって。それに私、このたび結婚することになりましたので」
「そうですか……それはおめでとうございます。それよりもお爺様にお会いしたいのですが、今から会うことはできますか?」
「はい、少々お待ちくださいね ―――――――貴方ぁ、お客様がいらっしゃってますよぉ!」
ぶっ! 何やってんだ爺さん……いい年して、こんな幼気な少女を嫁にって。あっ、これ完全にブーメランだわ。
シスターちゃんが呼ぶと、教会の司祭、ニコラスさんがすぐにやってきた。
「おうおう、久しぶりじゃのアスラ殿。ノルンも元気にしてたかの?」
「そんな事よりもお爺様、いったいこれはどういう事でしょう?」
ノルンがシスターちゃんを指して問い詰めると、ニコラスさんがしどろもどろに答える。
「まっ、まあの……ここではなんじゃから、その辺りの詳しい事情は別室で話すとしようかの」
ニコラスさんとシスターちゃんが奥の部屋へと先導し、俺とノルンもしぶしぶ付いていく。
部屋に入って手前のソファーにニコラスさんが座り、俺とノルンが対面のソファーに座ると、シスターちゃんがお茶を出してくれた。
「それでどういう事か、ちゃんと説明していただけるのでしょうね」
「それがじゃのぉ…………子供が出来てしまっての」
「いい年して何をやってるんですかお爺様!」
よくよく見ると、シスターちゃんのお腹は少し膨らんでいるように見える。
「そりゃナニじゃよ、子供が出来たんじゃから当然じゃろ?」
「開き直らないでください! ……まったくもう。申し訳ありません、お爺様が貴方にたいへんなことをしてしまったようで」
「いえいえ~、私もニコラス様の事を愛しておりますし、何より誘惑したのは私ですしね!」
「そうじゃったのぉ……あの猛攻には流石のわしも耐え切れんかったわい」
「はぁもう……勝手にしてください」
お互い同意の上ということも分かってしまい、ノルンも匙を投げたようだ。俺も羨ましと思いつつも異論は無い。お二人共、末永く爆発してください。
と気が抜けた瞬間にニコラスさんが爆弾を投下する。
「それはそうとアスラ殿、曾孫はまだですかいのぉ」
――ぶふぉう!
思わぬ流れ弾に、俺は飲んでいたお茶を噴き出した。
「えっと……そのう、結婚もまだですし」
「なんじゃまだじゃったのか。こんなに時間があって、お主ら今まで何をしておったんじゃ!」
いやまぁ、ナニはしてたんだがね……ってか今日、こんな話ばっかだな。
「まさかお主、ノルンとの事は遊びというんじゃなかろうな?」
「いえそれは無いです。助けたからには最後まで責任を取るつもりですので、ご安心ください」
「それを聞いて安心したぞい、ノルンも良かったのぉ」
「はい、ちゃんと責任取ってくださいね!」
そう言って俺の手を取るノルンに、俺は強く頷いて返した。
この例えはノルンに失礼かもしれないが、俺は飼えもしないペットを拾うような真似をしたくは無いのである。
責任を取れないなら、最初から助けたりなんかしない。
助けようとして共倒れってのは美談ではあるが、助けられた側からすればいい迷惑なのでは無いか?
彼女には俺しかいない、俺が助けないとなんて考えは自重したい所だ。少し待てば別の人に助けれ貰えるかもしれないのだから。
まあ、それも時と場合によるし、先がどうなるかなんて分からないからな。これも俺が無理しないための言い訳でしかないのかもしれんがね。
「話も無事まとまった事じゃし、お主らの話も聞こうかの。何か用があって訪ねて来たんじゃろ?」
「はい、最近の情勢について教えてくれませんか? 教国のその後や、最近の噂などいろいろ聞きたいことがありまして」
「そうじゃのぉ、長い話になるが良いかの……」
そう語り出したニコラスさんは、多くの事を教えてくれた。
こんなにも優しいニコラスさんに、シスターちゃんが惚れるのも仕方が無い事だと思いました、まる。
毎度、お読みいただきありがとうございました。
今後はある程度、更新が軌道に乗るまでは、前書き後書きは控えさせていただきます。




