アスラは呪われてしまった!
それは、俺が仕事を再開してから1週間ほど経った、ある晴れた朝の話だ。少しだけ早く起きた俺は、疲れて眠るスズを寝床に残し、ある相談のためにノルンの部屋を訪ねていた。
「それで、相談というのをお聞きしましょうか」
「変な事を聞くみたいであれだけど、一般的な結婚って何をすればいいんだ?」
俺は、ずっと前にスズと結婚の約束をしておきながら、よくよく考えて見ると、この世界での結婚がどういったものか知らなかったのだ。そして俺には今、スズとの結婚を急ぐ理由あった。率直に言って出来婚は嫌なのだ。
今はもう慣れっこだが、最後の瞬間にホールドされるとけっこう焦るものだ。その上、それを解こうとすると、ひどく悲しそうな顔をするので、俺に抗いようは無かった。
そのため世間体を考えると、ただでさえ相手が見た目が幼いスズなのだから、出来てしまう前に結婚しておいた方が良いだろう。
「私とのでは無く、スズさんとの結婚ということですよね? それを私に聞きますか・・・・・・まあ、いいですけど」
「すまん、他に頼れる奴も居なくてさ」
呆れたような顔をされたが、ノルンはちゃんと説明してくれた。ほんとすまん、この埋め合わせは後で必ずする。
「結婚については、立場によってだいぶ違ってきますが、税金を支払う相手に一言断るという認識で良いと思います。私達の場合は、冒険者ギルドに申請をするだけですね」
「それって、結婚することで税金が変わったりするってことなのか?」
「冒険者同士で結婚する場合は変わりませんけど、片方が働いていないとかだと、変わる事もあるそうです」
なるほどな、結婚の手続きについてはこれで良いとして、本題に入ろうかな。
「手続きについてはだいたい分かった。それとな、誓いの儀式みたいなものはあるのか?」
「誓いの儀式ですか? そうですねぇ、権力者は結婚式なるものを盛大に執り行うそうですが、一般的には親兄弟を呼んで簡単な宴会をして終わりですよ」
「そうなのか、物を送り合ったりとかはないのか?」
「新婦の両親に贈り物をすることがあるそうですが、それ以外には聞いたことは無いですね」
ふむふむ、結納品を贈る習慣はあるんだな。スズの両親はどこにいるか分からんし、王国の孤児院に戻るのは危険だから、今回は無しでいいか。
「おかげで参考になった、ありがとう」
「いえいえ、それよりも、スズさんとの結婚が済んだら、私達とのこともお願いしますね」
「うっ、うん、ああ、1年後な」
俺はそう答えると、そそくさとノルンの部屋から逃げ出した。
そのままダイニングに行くと、スズ達が朝食の準備をしていたので、席について出来上がりを待つ。食事が出来上がったら、いつも通り全員で食べ始めた。そろそろワイルドボア以外の肉も食いたいものだ。
「スズ、今日は俺と2人で冒険者ギルドに行くぞ」
「んく、分かった、食べ終わったら準備するね!」
食べ物を飲み込んだスズが、了承してくれた。
「それでしたら、私達は買い物に出かけますね」
「そっか、お金は足りてるかい?」
「大丈夫です。こないだ貰ったので充分ですよ」
ノルンは買い物に行くようだ。ちなみに、この1週間で金貨5枚ほどを稼ぎ出している。そのうち、マシロとコテツ、アンズには各銀貨20枚、スズとノルンには各金貨1枚を渡してあった。スズとノルンに多めに渡しているのは、主に食料等の買い出しの為である。
食事が終わったら、スズが出掛ける準備をするのを待って、家の外に出る。俺はギルドに行く前に、途中の広場に寄り道することにした。
「なあ、昔あげた指輪ってまだ持ってるか?」
「うん、大事に仕舞ってあるよ、ほら!」
スズが異次元収納から、耐毒の指輪を取り出して俺に渡してくれた。これは俺が初めてスズにあげたプレゼントだ。
「俺の故郷ではな、結婚相手の左手薬指に指輪をはめる風習があるんだ」
俺はそう言うと共にスズの左手を取って、耐毒の指輪を薬指にはめる。
「こんな風にね、ちゃんとした指輪は後でまた贈るから、どうか俺と結婚してほしい」
「うん、ほんとに嬉しい……あっでも、私も指輪を送らないと」
「いいんだよ、そこまで気にしなくても」
「う~ん、でもなぁ…………そうだ!」
スズは少し考えた後、何かを思いついたのか、おもむろに腰の剣を抜き放ち、その切っ先で自らの髪の毛を幾本か切り取った。そして、呆気に取られている俺の左手を取り、その薬指に艶やかな黒髪を結びつけていく。
「これで、よしっと」
俺の思いに応えてくれたことへの喜びの他に、何故か僅かな恐怖を感じるのは気のせいだろうか? 一瞬どこかから、『アスラは呪われてしまった!』と聴こえてきた気がするのは、確実に気のせいだろう。
余談だが、俺がジャパニーズホラーと言って連想する物の中には、黒髪が含まれている。幽霊と言えば黒髪ロングだし、蛇口から黒髪が出て来たらそれだけで恐怖を感じるだろう。
つまり俺が何を言いたいのかというと、俺が感じている恐怖は前世に由来する恐怖なのであって、スズの行動が異常なわけでは無いだろうという事だ。きっと、指輪の代わりになる身近なものが、髪の毛くらいしか見つからなかっただけなのだろうな。
「もしかして、嫌だった……かな?」
「そっ、そんなことは無い、うっ、嬉しいよっ」
俺は今、上手に笑えているだろうか? 笑えていたなら嬉しい。
「よかった……これで、アスラは私のだね」
ちょっと今、ゾクッとした。これって、ほんとに俺の気のせいなんだよな? ちょっと自信が無くなってきたぞ。
「あっ、ああ、これからもよろしくな。早速、冒険者ギルドで手続きをしてこよう」
「うん、早く行こう!」
俺は指に巻き付いた黒髪を見ながら、「結婚は人生の墓場」という言葉を思い出していた。
その後、気を取り直した俺は、スズと冒険者ギルドに向かい、いつも通りに窓口のテレサさんの元に向かう。
「テレサさ~ん、私達、結婚します!」
「あらスズちゃん、よかったわね~、アスラちゃん、ちゃんと幸せにしてあげなさいよ」
「はい、勿論です。それで手続きについてなんですが」
「あいよ、この用紙に名前を書いとくれ」
テレサさんから受け取った手続き用紙に、俺とスズの名前を書いて渡し、テレサさんに受理してもらう。手続きは随分とあっさりしたものだった。まあ、他の情報は冒険者登録してあるから、どうとでもなるのかもしれないな。
「そうそう、アスラちゃんに会いたいって人が来てたけど、明日は会えるかい?」
「はい、大丈夫です。ちなみにどんなかたですか?」
「ハクさんって言ってたわね、まあ会えばわかるでしょ。明日ギルドに来てちょうだい」
ハクか、誰だ? まあ、明日になれば分かるだろう。
無事手続きが終わった俺達は、久しぶりの2人きりということもあり、寄り道をしてから帰った。うっかり服屋に入ってしまい、予想外の時間が掛かったのは失敗だったかもしれない。なんでああ、女性というのは服を選ぶのに時間が掛かるのだろうか?
あのどっちが可愛いと思うっていう質問はどう答えるのが正解なんだ? どっちでも似合うと思いつつ、一応、両方の服がどう似合っているか褒めておいたが、正解であったらいいと思う。
日中一杯、スズと2人で街歩きを楽しんだ後、家に帰るとノルン達が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ご飯出来てますよ」
「お、用意が良いな」
ノルンに連れられ、ダイニングに着くと、食卓の上にはいつもより豪華な食事が並んでいる。ワイバーンの肉を使った料理や、ちょっとお高そうなお酒も置いてあった。
「結婚の手続きしてきたんですよね? ささやかながら皆で宴の席を用意しておきました」
「おめでと、スズお姉ちゃん」
「嬉しいわノルンさん、マシロちゃん。今日は本当に最高の日だわ!」
「宴会か……そうだな家族か、皆ありがとうな」
仲間の思いやりというのは嬉しい物だな、危うく涙がこぼれそうになってしまったよ。
この日ばかりは、夜遅くまで飲んで食べて騒いだ。スズも騒ぎ疲れて寝てしまったので、スズを部屋に運んだ後、久しぶりに1人で寝床に入る。
眠る前に、自分の左手薬指が気になったが、すぐに外してしまうのもスズに悪い気がして、俺は自然に外れるのを待つことに決めた。
余談ではあるが、この世界では人毛もまたレベルアップに伴い、徐々に頑丈になっていく。高レベル者の髪の毛は、鋼線の如き硬さと、絹糸のようなしなやかさを持つらしい。
俺の指に絡みついたスズの黒髪が外れるまで、3ヶ月もの時間が掛かる事を、この時の俺はまだ知らない。




