スキル習得は結構たいへん
3軒目の宿屋でやっと部屋を取ることができた。
「1人部屋ですね、ちょうど1部屋空いてます。1日小銀貨3枚で、食事付きなら小銀貨4枚ですが泊まっていかれますか?」
宿屋の女将さんは20代後半くらいの背の高いなかなかの美人さんだった。
食事付きで約4000円ってところで妥当なところだろうと、俺はとりあえず銀貨を2枚渡し5日泊まることを伝えた。
「食事付きの5日間でお願いします。銀貨2枚ですよね」
「銀貨2枚たしかに頂きました、201号室になります。それにしても計算できるんですね、商人さんですか?」
「いえ、冒険者です。先ほど登録したばかりの新米ですがね」
「冒険者でしたか。えーっとできるだけ部屋は壊さないようにお願いしますね?」
女将さんは、冒険者と聞くと少し嫌な顔をしつつそう答え、部屋の鍵を渡してくれた。
部屋壊すなって、そんなに俺が乱暴そうに見えるんかな……?
「そんなぁ、壊しませんって。そんなふうに見えます?」
「いえね、成り立ての冒険者には壊しちゃう子が多いんですよ。魔物倒したりするとレベルが上がるでしょ? 初めはレベルも上がりやすいから、力の加減がうまく効かないことがあるみたいなんです」
「なるほど、そういうことですか、気を付けるようにします」
あー、パラメータ上がるとその辺も気を付けないとならないんだな、ただでさえパラメータ2倍になってるんだから、レベル上がったら注意せんとダメだなぁ。
「よろしく頼みますね。私はこの宿の女将でナタルと申します。何かありましたら私に言ってくださいね」
「私はアスラです、これからお世話になります」
「はい、それで食事ですが、朝は1の鐘と2の鐘の間、夜は6の鐘と7の鐘の間ですので、すぐお出しできますがいかがです?」
「いいですね、丁度お腹ぺこぺこだったんですよ。」
1の鐘とかよーわからんけど、あんまり常識的なことを聞くのも怪しまれそうだから保留だな、きっと時報みたいなもんだろうから、明日一日すごせばわかるだろう。
「あちらが食堂になります。家の旦那に鍵を見せれば食事をお出しできますので」
俺は食堂に向かい、熊のような男から黒っぽいパンとシチューを受け取り、テーブルで食事を取った。
パンは固くシチューの味は薄く普通に不味いが、日本と違うんだからこんなもんだろう。食べられないほどではなかったので、パンをシチューで喉に押し込んでさっさと完食した。
食器を返すついでにトイレの場所を聞きいて、食堂を後にする。
熊男は聞いたこと以外に何も話さなかったが、案外このほうが楽でいい。今日は知らない人と話すことが多く、正直気疲れしてしまっていた。
トイレに入ると、最近あまり見ない所謂和式トイレであったが、臭いもそれほど気にならないし掃除も行き届いているようだ。今回は小だが一応トイレットペーパーが無いか確かめたところ、葉っぱが複数枚おいてあった。
これ若返ったからいいものの、元のままだったら痔がひどいことになってたと思う、なんとかせんとならん……。
トイレを出た俺はロビーに戻りナタルさんに部屋の場所と、ダメ元で風呂の有無を訊いた。
「食事が終わりましたので、部屋の場所と、身体を洗う場所があったら教えてもらえますか?」
「部屋に洗い場がありますので、後程お湯をお持ちします。まずは部屋を案内しますね」
そう言って、2階にある部屋まで先導してくれた。
どうやら部屋の窓際の仕切りがある場所が洗い場らしく、水が外に流れ出る作りになっており、そこでお湯で体を拭いたりするそうだ。お湯を持ってきてくれた時訊いたところ、使い終わったお湯はそのまま洗い場に流して、タライも置いておけばいいらしい。
身体を拭いて多少すっきりしたが、特に綺麗好きというわけではない俺でも、たまには風呂に入りたいものである。
身を清めたところだし、とりあえず床に就きこれからのことを考える。
まずは、生活水準の向上だな。旨い食事にトイレットペーパー、あとは風呂、まぁ何をするにも金が必要だろうから明日からはギルド通わんと。
明日に備えてもう寝てしまおうと考えたが、じっとしていると小さな虫が寄ってきて中々眠れなかった。旨い食事の前に虫除けもどうにかせんとなぁと思いつつ、疲れていたこともありなんとか眠ることができた。
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「ようこそ、魂の修練場へ!」
「はっ? なにここ?」
薄い衣を着た、赤髪巨乳のねーちゃんが出迎えてくれたが、こんな場所に来た覚えはない。
あれ、やっと眠れたと思ったら、なにここ、夢か? 欲求不満ではないはずなんだが、ふむ、夢ならちょっとくらい揉んでもいいよね。
「それ以上近づくと、痛い目を見るわよ」
ふっ、所詮夢である、俺の好きなようになるはずだ。ツンデレ展開も悪くないだろうと、手をワキワキさせて近寄ると、身体に電撃が走った。
やべっ、ビリッと来た、めっちゃ痛い。痛いって、もしかして夢じゃないの?
「軽い電撃の魔法よ。すぐに起き上がれるはずだわ。私はあなたの魔法・製作スキル担当になったスキル神よ、トルテとでも呼んでちょうだい。あなたのことは太陽様から聞いているわ、アスラ君ね」
太陽様ってことは、もしかして神様関係かぁ、夢じゃないっぽいな。
「えーっとトルテさん、ここってどこなんでしょう?」
「最初に言った通り、魂の修練場、スキルの習得を行う場所よ。あなた生活魔法スキルを選択したでしょう?」
あー、たしかに生活魔法スキル選んで習得中になってたわ、寝れば覚えるって、寝たらここに来て習得するってことなの? うわっめんどくさー。
「めんどくさーじゃないわよ。転生前ならまだしも、何もない状態で魂に直接スキルを刻むのはリスクが高いの、だからここで最低限の技術は習得する必要があるのよ。安心しなさい魂だけの存在である今のあなたなら、現実でやるより何倍も早く習得できるわ」
やっぱり心読めちゃうんですね、神様の力的なやつですか……。転生時のスキルは特別ってことか、最低限の技術を習得して、スキルを得ることができるってことは、スキルポイント無くても覚えられたりするんかな?
「技術があってもスキルポイントが無いとスキルを得ることはできないわ。ちなみに、ここには消費したスキルポイント分の回数しか来ることはできなくて、その回数で技術を習得できなかった場合、追加でポイントが必要になるから注意してね。すぐに技術習得できた場合も余ったポイントが戻ることはないわ」
「それって、技術習得できなかったら延々と追加のスキルポイントが掛かるってことですか?」
「途中でキャンセルもできるわ、もちろん使ったポイントは戻らないけどね。普通はここでの記憶は残らないから、習得し終わる前に他のスキルがほしいと強く願ったりするとキャンセルになっちゃうのよね。あなたはその点、記憶保持で記憶が残るし、スキル任意取得があるから勝手にキャンセルになることも無いわ」
例えば習得に4ポイント必要なスキルは、1回で習得できても4回で習得できても4ポイント使うけど、習得に6回かかったら6ポイント使う、途中であきらめたらポイントも失ってスキルも覚えられないのか。しかも普通の人は記憶保持とスキル任意取得が無いから、追加ポイントを使ったり、習得中にキャンセルになったりしてかなりのスキルポイントを無駄にしているのだろう。なんかあくどくね?
「そういうこと、世の中甘くないのよ。あなたはキャンセルされる心配はないけど、スキルポイントが多くもらえるからって、1つ前のレベルに慣れる前に、直ぐに次のレベルを取ろうと思うと追加のポイントを取られる羽目になるわよ。スキル習得は計画的にね」
「なるほど、じゃぁ必要なスキルを平均的に上げてくのが良さそうですね。生活魔法の練習もさっさと始めた方がいいですかね?」
「レベル1、2は簡単だから問題無いわ、魂の修練場での1回分が体感で約10時間ほどだから、まだまだ時間に余裕があるわ。まっ現実では1時間くらいなんだけどね」
なるほど、精神と〇の部屋って感じなのか、現実時間の睡眠1時間で、数倍効果のある練習を10倍の時間行えるということか。チートはチートだな。
「では、生活魔法の練習に入るわよ。まずは魔力がどんなものか感じることね」
そういって、俺の後ろに回ったトルテさんが、後ろから俺の両腕を掴んだ。
背中にぽよんぽよんとした感触が……こんな訓練なら毎晩きてもいいかも。
「集中しなさい、これからあなたの中の魔力を動かすわ」
身体の中を流れる異物感に、背中に感じる心地よさが強制的に押し流される。
ぐっ、けっこうきついなこれ。せっかくのポヨポヨを楽しむ余裕もない。
暫くの間、魔力を動かしたり止めたりが繰り返されるうちに、なんとなく魔力を感じられるようになった。
「そう、それが魔力よ、自分で動かして右手に集めてみなさい」
小一時間、試行錯誤すると、少しづつ魔力を右手に集められている感じがした。
「そこで、自分の手の先に火が灯ることをイメージして、『火よ種火となれ、【着火】』と唱えるのよ」
『火よ種火となれ、【着火】』
いう通りにイメージして唱えると、マッチ棒の火にも劣る、微かな炎が指の先に灯った。イメージよりはるかにしょぼい……失敗したのか?
「なかなかうまいじゃない、成功よ。火が小さいのはあなたの魔力値が低いせいね」
そういや俺の魔力値は、補正後で6だ、魔法が使えないチンピラですら20はあった気がするから、使えるだけましというものだろう。
「そういうこと、ある程度までは自然に上がるけど、それ以上は魔法を使わないと上がらないから、日常的に生活魔法を使っていくことね。レベル1のもう一つの魔法が使いやすいから教えるわね。右手に魔力を集めなさい」
言われた通り、右手に魔力を集中させる。一度魔法を使えたためか多少はスムーズに集められた。
「そう、そこで自分の手からにシャワーのように水が出るイメージして『水よ洗い流せ、【洗浄】』と唱えるのよ」
『水よ洗い流せ、【洗浄】』
今回も言われたとおりイメージして唱えると、手から細い1本の水がシャーっと流れ出る。やっぱりシャワーにはならない……これってウォシ〇レット?
「レベル1の魔法はこの二つね、魔力が増えたら魔力を調整して水量も増やせるから頑張りなさい」
「まぁこれはこれで使い道がありますので、毎日使おうかと思いますよ。それとこの水って飲めたりします? 飲めれば水持ち歩かなくてすんで便利なんですけど」
「魔力を一時的に洗浄液にしてるだけなの、1分もせずに魔力に戻って世界に拡散しちゃうから、飲んでも意味はないわ。その辺は水魔法も持続時間が長いだけで一緒ね。飲み水であれば生活魔法のレベル3で作れるわよ」
飲み水にならないのは残念だけど、逆に言えば使い終わった水が勝手に消えるのは便利ともいえるな。それに、思わぬところで生活水準向上のトイレ部門が解決した。これは風呂と虫除けについても聞いておくか。
「ちなみにお風呂や、虫除けに役立つ生活魔法ってあります?」
「お風呂みたいに大量の水を使うなら、水魔法と火魔法を使うのがいいわね。水魔法の水なら1時間ちょっとは持つから長湯しなければ十分でしょ。虫除けだと生活魔法レベル5にあるけど、錬金術のレベル1で虫除け薬を作るって手もあるわね」
たしか俺に向いててスキルポイント少なめで覚えられる魔法属性が、闇と風だったからお風呂は保留だな、それと生活魔法レベル5は無理だから、次は錬金術にしとこう。
「なるほど、いろいろありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
「ええ、長い付き合いになるだろうから、これからよろしく頼むわね」
こうして俺は、初めてのスキル習得を無事完了し、心強いトイレの味方を手に入れたのである。
お読みいただきありがとうございました。
今回はスキル習得編でした。この世界では一朝一夕でスキルを覚えることはありません。設定上、一つのスキルを覚えるのに数日、高レベルなら数十日かかりますので、以降のスキル習得シーンは、一部のスキルを除いて省略します。
Lv上げ等も強くなるのに時間が掛かるため、重要シーン以外は時間もさっと経過する予定です。