思わぬ報酬
狩猟都市ハイロウと工房都市テリエの中間地点で夜を明かした俺達は、翌朝の早い時間帯から、工房都市へ向けて出発した。教国からの刺客を警戒するなら、多少無茶な行軍でも急いだほうがいいし、もう1つ急ぐ理由が出来てしまった。
今朝がたとうとう魔物の襲撃を受けたのだ。相手は10体ほどのオークの群で、半分はマシロが弓で始末し、残りをキュロスの部下があっさり倒したので実害は無かったが、結界石の効果が切れたと思って間違いないだろう。
お昼頃、工房都市が見えてくるまでの間に、ゴブリンの群と遭遇しそうになったが、マシロがいち早く察知し、コテツと一緒に片付けて来てくれたので、全員無事に工房都市に着くことが出来た。
工房都市の周りは10メートル近い高さの、重厚で有りながら壮麗でもある外壁に囲まれている。東西南北それぞれに門があるらしく、今は南門で、ニコラスさんが門番の人と交渉をしているところだ。
ニコラスさんが紋章のような物を取り出して見せると、門番が急ぎ門の中に消えていくのが見える。しばらく待っていると、一際立派な鎧を着た騎士風の男がやって来て、俺達を街の中に招き入れてくれた。
「大きな街ね、いい装備がたくさんありそう」
「そうだな、お金が貯まったら見に来ような」
「うん、その時は一緒に見て回ろうね」
街の中を進んで行くと、スズの言う通り、そこら中に武器屋や防具屋らしい、立派な建物が見て取れた。性能の高い装備は高額なので、今の俺では剣1本、購入することも出来ないだろう。皆を送り届けたら、まずは金稼ぎに精を出さないとならない。
大通りをしばらく進むと、街の中心付近に大きな屋敷が見えてくる。豚司教の屋敷と、同じくらいの大きさではあるが、落ち着いた雰囲気の屋敷であった。
そのまま屋敷の中に案内された俺達は、20人以上いる俺達でも、余裕で入れるほどの大部屋に通された。
「しばらく、この部屋でお待ちください」
そう言って案内してくれた騎士が退室する。部屋の中を見回すと、調度品もシックな感じに統一されており、屋敷の主人の趣味の良さが感じられた。しばらくすると、中肉中背の人の好さそうな男性がやってきた。
「初めまして、私はテオドールと申します。今でこそ市長などやっておりますが、元はしがない商人に過ぎません。気軽にテオとお呼びください」
「初めましてテオさん、私は冒険者のアスラと申します」
「テオ殿、私はキュロスです。教国で騎士などやっておりましたが、今は流浪の身」
商人から1代で市長になるとか、よほどのやり手だったのだろう。笑顔で握手を交わしたが、言い知れぬ凄みのような物を感じた。
「話は部下から聞いています。皆様、我が父と娘を守っていただき、ありがとうございました。特にアスラさん、危ない所を助けていただき、お礼の言葉もありません」
「いえ、こちらとしても恩を返したに過ぎませんので」
「随分と謙虚なのですね、それでは商都連合でやっていけませんよ」
俺の謙遜に対する、冗談めかしたテオさんの言葉に、俺は苦笑いで返す。確かに日本人にとって、謙虚さは美徳とされているが、他の国では別だ。まして文明が未発達な異世界の商人の街だ、下手に出るとケツの毛まで毟られかねない。
「そこでテオよ、急ぎ頼みたいことがあるのじゃが良いか?」
「分っています父上、教国への根回しですね。少々厄介ではありますが、いい加減、教国の横暴さには辟易していたところです。これを機会に、目に物見せてやりますよ。証人達もこんなに居ることですしね」
教国に対して具体的に何をするのかは不明だが、この男に任せておけば、何とかしてくれそうな安心感がある。それと同時に、改めて金が力であり、それを持つ商人の恐ろしさを再確認した。
「ほっほ、相変わらずじゃの。言うまでも無いが、この者達の身柄は保証するんじゃぞ」
「勿論です、ほとぼりが冷めるまではうちで預かりましょう。キュロス殿達はうちで働きたいと聞きましたが」
「はい、私のレベルは49で、部下達も30近くはある猛者共です」
「それは頼もしいですな、是非うちで働いてください。報酬は弾みますよ~」
キュロスのレベルを聞いたテオさんは、目をギラリと輝かせ、これまでで一番の笑顔で答えた。やはり高レベルの人間というのは、喉から手が出るほど欲しい物なのだろう。
「さて、私は仕事が残ってますので、この辺で失礼させていただきます。シンシア、お前も部屋に戻りなさい」
テオさんが、シンシアちゃんを連れて部屋を出ようとするのを見て、俺はつい疑問を口にしてしまった。
「あれ、ノルンさんは?」
「ノルン? ああ、あの売女の娘か。司教の件はついでに何とかしてやるが、お前を養う義理はない、今日中に出て行けよ」
急に機嫌が悪くなったテオさんが、ノルンさんに向けて吐き捨てるように言った。
「テオ、お前はまだそんな事を言っておるのか!」
「いいのです、お祖父様。テオドール様が仰る通りに致します。シンシアのことよろしくお願いしますね」
「貴様に言われるまでもないわ、行くぞシンシア!」
反論しようとするニコラスさんを抑えて、ノルンさんが承諾する。シンシアちゃんがノルンさんに手を伸ばすが、テオさんに引きづられていく。
「お姉ちゃん……」
「私は大丈夫だから心配しないで、元気でねシンシア」
テオさんとシンシアちゃんが扉の先に消え、部屋の空気が一段と重くなったように感じる。もしかしなくても、俺の所為な気がする。
「なんか余計なことを言ってしまったみたいで、済みませんでした」
「いえ、わかっていた事ですから、それにこれで心も決まりました」
ノルンさんは何を決めたのだろうと不思議に思ったが、すぐにニコラスさんも話し始めたので、疑問は置いておき、ニコラスさんの言葉に耳を傾ける。
「すまんの、あいつも昔はああではなかったのじゃよ。あれの兄が樹人族の娘と駆け落ちをしてな、その結果生まれたのがノルンなのじゃ。その後、ノルンの父が厳しい生活に耐え切れず、亡くなったことを知ってからはずっとあの調子でのう」
「そんなことがあったんですね、どうにか出来ないものでしょうか……」
「わしらも出来るだけのことはやったつもりじゃ、時間が癒してくれるのを待つしか無いのかもの」
ニコラスさんが無理だったというなら、事情も知らない他人の俺が出しゃばっても、状況を悪くするだけなような気がする。それに覚悟もなしに、他人の家の事情に首を突っ込むのも、不誠実というものだろうよ。
「そんなに気を遣わないでください、こちらが申し訳なくなってきます。それよりも報酬をお渡ししますので、隣の部屋に来てもらっていいですか?」
「無理はしなくていいんですよ」
「私が受け取って欲しいのです。どうかお願いします」
「それならば、有り難く」
深くお辞儀をするノルンさんが、俺の承諾を受けて頭を上げ、隣の小部屋に続く扉を開けて中に入る。俺も一緒に小部屋に入ると、ノルンさんが扉を閉めて鍵をかけた。
報酬を渡すだけなのに、ノルンさんは随分と警戒しているように見える。
「あの鍵を閉めるってことは、すぐに渡せるものではないのですか?」
「そうですね、邪魔されたくありませんし……いえ何でもないです」
「えっと、それって」
「気にしないでください、そっ、その前に1つ伺ってもよろしいですか?」
気にするなと言われると、余計気になるわ。なんかノルンさんが必死な様子だし、今は気にしないであげるけどさ。
「まあ、いいですけど」
俺が承諾すると、ノルンさんが頭部を覆う白いベールを外して、俺に問いかけてきた。
「私はこれから、ある方にお仕えしようと考えているのですが、私などで大丈夫でしょうか?」
「……大丈夫ですよ。ノルンさんは美人ですし、しっかりしてますので先方も気に入るでしょう」
まったくこんな美少女に仕えてもらえるなんて、なんて羨ましい奴だ。そんな野郎、爆発すればいいのにな。
「安心しました。それでは報酬をお渡ししますので、少し目を瞑っててもらっていいですか?」
目を瞑るってことは、報酬はもしかしてあれか、キ、キス的な何かなのか? なんだかオラわくわくしてきたぞ!
やっても軽いフレンチキスだろうから、加護がついてしまうことは無いはずだ。それに、これは報酬をもらうのであって、浮気ではないと自分に言い聞かせて、俺は目を瞑る。暫くすると、目の前から衣擦れの音が聴こえてきた。
服を脱いでいる……だと!? それはマズイんじゃないかな、さすがにスズに言い訳できん。
「ノッ、ノルンさん、何をされているんでしょう?」
「勘違いしないでください! これは必要なことなんです。その、やっぱり恥ずかしいので耳も塞いでいてくれませんか?」
「私はノルンさんを信じていいのでしょうか?」
「信じてください! 絶対に悪いようにはしませんので」
いつになく真面目なノルンさんの言葉を信じることにした俺は、両の耳に手を当てて塞ぐ。完全に音を遮断出来た訳ではないが、これで小さな音は聴こえなくなった。
目の前で動く気配が止まり、何かを呟いているように感じる。
「……、……、……、『デボーション』」
最後の部分だけは何とか聞き取れた。『デボーション』ってなんだっけなと考えていると、耳を塞いでいる右手を掴まれ、優しく誘導される。たどり着いたのは、たぶんノルンさんの身体のどこかだ。ノルンさんの肌は、しっとりとして滑らかで、触れているだけで溶けて消えてしまいそうな儚い、それでいて確かな体温を感じられた。
「もう目を開けていいですよ」
ゆっくりと目を開けると、俺の指先が上半身裸なノルンさんの胸元に触れており、その下には魔法紋が浮かんでいた。
「えっと、これはどういうことでしょうか?」
「忠誠の儀はこれにて終了です。有り体に言いますと、報酬は私です。ということですね」
俺は呆気にとられて、しばらく口を聞くことも出来なかった。
「駄目ですよ、簡単に人を信じては、こうやって勝手に契約を結ばれてしまいますからね。そんなお人好しなあなただからこそ、私が付いていないと駄目だと思うんですよ」
ひと仕事終えたとばかりに、肩の力を抜いたノルンさんは、途端に饒舌になって喋りだす。
「ご存知のとおり、私には嘘を見分ける力があります。これからは、この力も、そして私の身も心もあなたのものです。充分お役立てくださいね」
この時の俺は只々、小川のせせらぎの如く美しい声をBGMに、そのなだらかな双丘を見つめ続けるのみだった。もしかしたら俺は、爆発したほうがいいのかもしれない。
少し長くなりましたので、此処までで一旦投稿です。
次回で第2章が完了します。




