聖地脱出
俺が余計な事を考えている間にも、皆の準備は順調に進んでいた。準備が終わったと見て発したキュロスの言葉に、俺は顔を上げる。
「準備が済んだらさっさと出発するぞ!」
「そう急くでない、どこに向かえば良いのかわかっとるのかのう?」
む、確かにそうだ。司教を逃がしたからには、馬鹿正直に街の出口に向かうというのは悪手かもな。きっと、俺達を逃がすまいと、司教の手下が待ち構えているだろう。
「目的地が商都連合なら、北門から出て街道を行くのではないのか?」
「きっと、司教の犬共が手ぐすね引いて待っておるぞい」
「ならば、押しとおるまで!」
おいおい、無茶言うなよキュロスくん。相手が何人いるかもわからないし、非戦闘員を庇いながら戦うのも厳しいんじゃないかな。
「わかり易い道だと追手の心配もあります。ニコラスさんには何か考えがあるんですよね?」
「うむ、この街の東側に水路があってな、そこを通って東の白龍山に出るのじゃ。魔物は居るじゃろうが、命を狙ってくる人間を相手にするよりはマシじゃろ?」
「なるほど、道案内は任せてよろしいか、司祭殿?」
「勿論じゃ、任せておくがよい」
白龍山に出る魔物がどの程度の強さかは分からないが、搦め手が無い分、人間よりは相手をしやすいのは確かだ。相手が魔物なら殺しても、罪悪感を感じずに済むしな。
そうと決まれば、早速出発だ。出来るなら夜が明ける前に、街の外に出ておきたい。俺達は屋敷を出て、ニコラスさんに先導されて街の東側に向かった。
歩ける少女達5人を中心に据え、その周囲をキュロスの4人の部下が囲む。それ以外の部下の騎士と神官はキュロスと共に先頭で、ニコラスさんの後に続く。殿は俺達で、シンシアちゃんとノルンさんはニコラスさんに頼まれて、俺が運んでいた。
周囲の警戒は、マシロ任せで移動中に暇だった俺は、自分のステータスを確認しておくことにした。確認してみると、恐ろしいことにレベルが1上がっており、モラル値が大幅に上昇していた。
モラル値が上がると正しい事をしたと思えてしまうが、惑わされてはいけない。悪人を殺すのが正義だなどと考えて、不用意に人を殺すべきではないのだ。まあ、だからといって、明確な敵を生かしておくのも、相手を嘗め過ぎだろうし、必要とあれば殺すことをためらうつもりは無いけど。
といったことを考えつつ移動しているのだが、なかなか目的地に着かない。助けた少女達の足に合わせて移動しているため、想定以上に時間が掛かっている。少女達のレベルは5前後で身体能力も低いし、どうやら監禁されてた所為で、足が弱っているようだった。
目的地に到着したときには、空もうっすらと白みはじめていた。聖地エストの東の端、街を囲む外壁の下部、地面よりも低い位置にぽっかりと大きな穴が空いており、そこから水が流れ込んでいた。
けっこう大きな石作りの水路で、深さと横幅は10メートルくらいだ。実際に水が流れているのは、底にある、深さと横幅が4メートル程度の範囲で、地面から6メートルくらいの所に、横幅3メートル程の通路が両側にあった。きっと大雨の時は、この通路部分も水に沈むのだろう。
ニコラスさんに続き、水路脇の階段を下りて、通路に下り立つと、そのまま地下水路を東に溯る。先頭のニコラスさんと、殿の俺が【照明】の生活魔法で闇を照らして先に進み、1時間ほど進んだところで止まった。
「ここまで来れば、しばらくは安心じゃろう。ここらで休憩にするかの」
ニコラスさんがそう言うと、歩きで移動していた少女達5人は、力尽きたかのように、その場に座り込んだ。やはり、彼女たちにこのまま商都連合まで歩いてもらうのは、体力的に厳しいかもしれない。俺は先頭のニコラスさん達に合流し、ある提案をした。
「ニコラスさん、ここからなら警戒の手を緩めてでも、歩きの子達を運んでやったほうがいいのでは?」
「そうじゃな……戦闘時は降りてもらうとして、移動の時だけなら良いかもしれぬの。ここからなら声も出せるから、わしは後方で行く道を指示しよう。それならシンシアくらいであれば背負ってやれる、お主は代わりに誰か運んでやってくれんかの」
「わかりました。こっちで3人受け持ちますので、残りの2人はキュロスさんお願いできますか?」
「良いぞ、2人は俺が運ぼう」
話が纏まり、俺はシンシアちゃんをニコラスさんに返して、代わりに3人の少女を連れて殿に戻る。
「歩きの子達を3人、俺達で運ぶことになった。そこでだマシロ、後方の警戒を任せきりになるが大丈夫か?」
「問題無い、任せて」
「コテツは敵が来た時、俺達が戦う準備が出来るまでの足止めを頼む」
「承知」
マシロとコテツに後方の敵への対処を任せたのには理由がある。マシロは最も索敵能力が高いため当然の人選として、コテツは筋力値の割に器用値が低く手加減が苦手なため、か弱い少女を背負うのには向いていないためだ。
「スズとアンズで1人ずつ運んでやってくれ、もう1人は俺が運ぶ」
「わかったけどさ、どさくさに紛れて、その子に変な事しちゃだめだからね、アスラ!」
「流石にこんな真面目な場面で、そんな事しないって!」
「それは、嘘……ウグ」
スズへの言い訳の言葉に、突っ込みを入れようとするノルンの口を、俺は咄嗟に塞いで言い訳を続け、なんとか納得してもらい、出発の準備をする。
スズとアンズも1人ずつ少女を背負っているところであり、小柄なスズが、自分よりも大柄な少女を背負っているのはアンバランスだった。アンズは、背負った少女に首筋の毛を撫でられており、少し嫌そうにしている。
俺も少女を1人背負ってから、ノルンさんを横抱きにする。何の因果か、俺が背負っている少女は、死んだ目のあの子だった。
「ニコラスさん、こっちはいつでも行けます!」
「こっちも準備完了だ!」
「それなら行くかのう。このまま道なりに進むのじゃ」
俺の声に返した、キュロスも俺と同じように、少女を1人背負い、もう1人を横抱きにしていた。ニコラスさんが号令をかけると、キュロスの部下のおっさん騎士と、おじさん神官が先頭で歩き始め、皆その後に付いていった。
そこからは歩き詰めだった。真っ暗闇の中のため、時間の感覚はあやふやだが1日くらいの間、食事や休憩を挟みつつ地下水路を進んだ。
途中、いくつかの分岐地点が有ったが、ニコラスさんの指示の元に先に進んで行く。聞いた話では、この水路の源流は、巨大な湖となっているそうで、数年に一度その湖で儀式があるらしい。その際に、この道を通ったことがあるとの事だった。
それともう1つ気になっていたことを、背負っている少女に思い切って聞いてみたのだが、想定以上の司教の下種さに反吐が出そうになった。気になっていたこととは、なぜ部屋に拘束されていたかということだ。
この世界には魔法がある。相手を逃がしたくないなら、契約紋で縛ればいい、物理的に拘束する必要は無いのだ。契約紋で縛られていないのかを彼女に聞くと、司教が「それでは面白く無い」と答えたのだと言っていた。
彼女達が抵抗するたびに司教は厭らしい笑みを浮かべて、彼女達の身体を切り刻むのだそうだ。手向かったなら腕を、逃げようとしたなら脚を切られる、口答えが過ぎて喉を潰された子もいるらしい。彼女達の身体の欠損はその結果なのだ。
まったく酷い話である。やっぱり、あの豚司教だけでも殺しておいたほうが良かったかな。
この話をしてから、彼女とは何も話せていない。どこに地雷が埋まっているか分からなくて怖い。
「待って、この先に何か居る」
後ろを警戒しているはずのマシロが警告の声をあげた。俺は直ぐに、先頭に合流してニコラスさんとキュロスにそのことを伝える。
「先頭に居る俺達が何も感じないのに、最後尾のお前達の言葉を信じろと言うのか?」
「そうだ、何かが居るのは間違いない」
「わかったよ、そこまで言うなら、注意しながら進もう」
訝し気に頷いたキュロスが、先頭を行く部下に指示を送る。
「断言出来るほどに、貴様も仲間を信頼しているのだな」
「ええ、まあ」
キュロスが感心したように言うが、俺は言葉を濁して答えて、後方に戻る。俺にはステータスが見えるのだから、感心されるほどの事では無い。本来は時間を掛けて仲間の能力を見出し、信頼を置くところを俺はチートスキルでそれが見えただけなのだ。まったくこれは、チート、つまりはズルの類のもので、自慢できるようなものではない。
進行速度を落として先に進むと、しばらくして魔物を発見したとの報告を受けたので、背負っていた少女を降ろし、ニコラスさん達と相談を始めた。
「お前達の言う通り、この先の開けた場所に魔物が居るのを発見した。相手はオーガだ」
「オーガみたいな大物の魔物は、結界に妨げられて、ここに入れないはずなのじゃが参ったのう」
「結界ですか?」
「そうじゃ余り知られておらんが、湖でやる儀式というのが結界の強化での。湖とこの地下水路を外敵から守っておるのじゃ。前回の担当は……こんな所でも祟るのか、あの豚めが」
どうやら、豚司教の奴のせいで結界が弱まり、水路の出口付近がオーガの巣になっているようだ。もしこの結界が、俺の思う通りのものだとするなら、よくやった豚司教といった所なのだが、実際のところは湖まで行かないとわからない。その前に、オーガを何とかしないとな。
「キュロスさん、オーガは何体いました?」
「3体だが、厳しいな……そっちで1体、任せられないか?」
「……1体ならなんとか」
「そうか、それならこっちで2体やるから、アスラ殿達で1体倒してくれ」
そうと決まれば、後方に戻り、スズ達と作戦会議だ。
「マシロ、お前のお陰で魔物を見つけることが出来た、ありがとうな」
「ん、お安い御用」
相手がペットとは言え、感謝の言葉を忘れてはいけない。マシロに礼を言って、頭を撫でると少し嬉しそうだ。
「相手はオーガが3体、うちで1体受け持つことになった、皆頼むぞ」
「うん、がんばるよ」
俺の言葉にスズが頷き、他の皆も気合十分といった感じである。オーガは確かレベルが40以上で、筋力と耐久が高く、敏捷もそれなりに高かったはずだ。パラメータ差を考えると、コテツとアンズは、オーガと渡り合える。しかし、オーガの耐久の高さを考えると、俺が攻撃に回らないとジリ貧になる可能性が高い。
「マシロは後方から援護で、コテツとアンズは前面に立って時間を稼いでくれ、スズと俺が側面か背面から攻撃して倒すから、それまで何とか耐えてくれよ」
「承知、主殿の動きに慣れた我らなら、オーガの動きなど何の問題もありませんぞ」
コテツが答え、他の皆も、真面目な表情で頷いている。オーガより敏捷値の高い、俺と訓練したコテツ達なら、しばらくは持ち堪えることは出来るだろう。
「皆、決して無理だけはするなよ、それじゃ行くぞ」
少女達と護衛にニコラスさんを残して、俺達とキュロス達はオーガ討伐に向かう。
さあ、大物狩りだ。相手の巨体を考えると、一撃食らうだけでも致命傷になるかもしれない。だが今回は、心強い仲間達が居るんだ。コテツ達が注意を引いてくれてる間に、俺は敵を思いっきり攻撃すればいいだけだ。実にシンプルでいい。
投稿遅くなりまして申し訳ありません。
GWはがんばって執筆致します。




