騎士の戦い
屋敷の奥の部屋に飛び込むと、少女達が起きた気配を感じた。これからの交渉には彼女達の力も必要なため、まずは、生活魔法の『照明』を使用し、部屋に明かりをつける。
魔法の光に照らされた少女達の反応は、恐々とこちらを窺っている者、狸寝入りを決め込む者、茫洋とした瞳でこちらを見つめる者と、様々であった。
「えーっと、俺達は君らを害する気はない、安心してくれって言っても無理か」
俺の言葉に、少女達が警戒を解く気配は無く、何の回答も無かった。見るからに怪しい奴に安心しろと言われても、流石に安心できるわけはないか。
ノルンさんは部屋の中の少女達の姿を見て、ただでさえ白い顔を、蒼白にしている。シンシアちゃんはまだ気絶しており、このショッキングな光景を見せずに済んで良かった。出来ればこのまま、全てが済むまで良い夢でも見ていてほしいものだ。
「すぐに追手が来るはずだ。皆、今は何も聞かずに、俺に合わせてくれないか?」
「……わかりました」
ノルンさんが蒼い顔でどうにか頷いてくれたが、囚われた少女達はどう反応していいのか迷っているようだった。なんとかそれだけを伝え終えた後に、部屋の扉が開かれ、ヒゲさんが武器を構えて押し入ってきた。
「観念しろ人攫いめ、もう逃げ場はないぞ!」
「そうですね、ここからは逃げられそうにないです。私も彼女達もね」
「彼女達だと?」
ヒゲさんの言葉に頷いた俺は、両手を広げて周りを見るように促した。
「ここに捕まっている子達のことですよ」
「……なんと哀れな、だが貴様に罪人であることに変わりはない!」
「攫われた仲間を取り戻すのを罪と言うなら、そうなんでしょうね」
俺は内心、冷や汗を流しながらも、努めて淡々とした口調で会話を進める。
「攫われただと? 司教様がそんなことするわけあるまい」
「本当です! 私とこの子は、住んでいる教会が襲われ、攫われてきました」
気絶しているシンシアちゃんを抱いたノルンさんが、良いタイミングで証言してくれる。いつもは焦点があっているかどうか判らない瞳も、強い光を称えており必死さが覗える。これが演技なら大したものだと思う。
「ふむ、にわかには信じられんな。そっちの少女達、お前たちも攫われてここに来たのか?」
「……いえ、司教様は……私達を治療をしてくださっているのです」
「そんな、どう見ても治療を受ける恰好じゃないだろう!」
怯えた目でこちらを窺っていた少女は、ヒゲさんに問い詰められると、ためらいがちに答えた。少女の想定外の回答に、俺は焦って声を荒げてしまう。
「見苦しいぞ、やはり貴様……」
「待ってください、その子は嘘をついています!」
ヒゲさんがそう言って武器を構えようとするのに、ノルンさんが制止の声を上げる。
「何故そんなことが言える?」
「なるほど、何か嘘をつかねばならない理由があるのか」
ヒゲさんと俺が対象的な答えを返すと、ノルンさんが不思議そうに俺のほうをジッと見てくる。
「信じてくれるんですか? 何の根拠も無いのに」
「勿論だ、君が嘘というなら嘘のはずだ。誰でもいいから本当のことを話してくれないか? 今を逃すと死ぬまで、ここから出れないかもしれないぞ」
ノルンさんはたしか真偽判定のスキルがあるから、治療のためというのが嘘なのは確かだろう。俺の脅し紛いの説得に、怯えた目の少女は答えてくれなかったが、ぼーっとこちらを見ていた一人の少女がぽつぽつと語り出した。
「話したら……殺してくれる?」
「すまない、それは約束できないよ」
「……まあいっか、このまま豚の玩具でいるよりはマシ」
目が死んでる子がいるなとは思っていたが、正直ドン引きである。自分の敵なら殺せる俺だが、本人が望んでいるとはいえ、何の罪もない少女を殺せるかは判らなかった。
「私達は攫われ、身体の一部を奪われて、ここに拘束されている。治療の言い訳は、司教にそう言えって言われた。そうしないと私達は生きられないから」
「何故嘘などつく必要があるのだ、攫われたのが本当なら助けを求めた方がいいんじゃないか?」
ヒゲさんが不思議そうに少女に聞き返すと、少女は自分の肘から先が無い右腕を見せて答える。
「解放されても、こんな身体じゃ生きていけない。ここにいれば、数年は生きられるから、司教に従うしかない」
「なんてことだ……私はいったいどうすれば」
よし、いい感じにヒゲさんの精神が揺さぶられているな、もう一押しが必要だろうか?
俺が説得しようと口を開きかけた瞬間、乱暴に部屋の扉が開けられ、3人の男がズカズカと入り込んでくる。中心にいるのは司教の護衛のハゲで、他に2人の衛兵が居る。
「どうやら見てはいけないものを見てしまったようだな、キュロスよ」
「聖騎士サムソン殿、この子達を攫って監禁しているというのは本当ですか!?」
「それがどうしたというのだ? さっさとそこの曲者を殺せ!」
「私は……私は……」
ヒゲさんことキュロスと、ハゲことサムソンが言い合っている間に、俺はこっそりと鑑定している。
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名前:サムソン・マクレガー
種族:普人族
モラル:-1764
レベル:47
筋力:74 (698)
耐久:68 (642)
敏捷:42 (396)
器用:41 (387)
精神:43 (406)
魔力:14 (132)
通常スキル:体術Lv3 大剣術Lv5 槍術Lv3 気配察知Lv3 異次元収納Lv2 生活魔法Lv1 光魔法Lv2
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この人どの辺が聖騎士なんだろうね? 苗字があるから、やっぱり家柄とかなのかなぁ。
見た目もステータスも、キュロスのほうが、よほど聖騎士らしい。他の2人の衛兵も確認してみたが、レベルは35前後で特筆すべきものは無かった。
俺は敵に注視しつつ、鑑定した程度であったが。ノルンさんなんか、いつの間にかシンシアちゃんを抱えて部屋の奥に行き、少女達の中に紛れ込んでいた。
「貴様が出来ないというなら俺がやる。退け、キュロス!」
痺れを切らしたサムソンが、大型の剣を片手に動き出す。キュロスは迷いを断ち切るように、拳をギュッと握ると、右手の剣を構えた。
「その剣は、どういうつもりだキュロス」
「私は私の正義に殉じる。神もこうする事を望んでいるはずだ」
「良いだろう、まず、お前から殺してやろう。もの共いくぞ!」
サムソンを含めた4人が武器を構え、キュロスに襲い掛かる。
今のうちに逃げようってのは流石に外道すぎるし、そう簡単に逃がしてくれるとも思えない。サムソンはキュロスに任せることにして、俺は他の衛兵を倒すことにする。小声で『エンチャントウィンド』を唱えた俺は、魔法を纏わせた剣を構えた。
「加勢しますキュロスさん!」
「わかった、サムソンは私が相手をする。他の奴は任せるぞ!」
俺は返事がわりに、近くにいた衛兵に切りかかり、1合目で相手の体勢を崩し、2合目で武器を持った腕を切り落とした。傷口を抑えて後退したところに、『ウィンドカッター』で追い打ちをかけると、衛兵の1人は床に崩れ落ちた。
気配を感じて周りを見ると、キュロスとサムソンは剣を打ち合っており、もう1人の衛兵がこちらに向かって剣を振りかぶっている。寸でのところで剣を前に出し、相手の剣を受け止めた。
1人目はあっさりと片が付いたが、2人目は油断も無く、なかなか攻めきれない。何度も剣を合わせ、魔法を纏った俺の剣に、相手の剣が耐えきれずに折れた瞬間を逃さず、何とか2人目も倒すことができた。
随分と長い間、戦っていたようにも思えたが、実際には数分程度だろう。命の奪い合いをしている時の1分は、1時間以上にも感じられ、精神の消耗も訓練などに比べてはるかに大きい。乱れた呼吸を整えながら、キュロス達の戦いの様子を覗う。
一進一退の攻防だ。力はサムソンのが強いが、速さはキュロスが圧倒している。サムソンは部屋の中でも、器用に大きな剣を振り回しているし、キュロスはそれを完全に見切って躱している。
下手に手を出すのも怖いし、それも無粋というものだろう。俺はノルンさん達の近くに引いて、小声で話しかける。
「おかげで、上手くいったよ。ありがとうな」
「私は本当の事を言っただけです。御礼を言われるほどのことではありません」
ノルンさんって良い子だよな。それに察しも良いし、要領も良い。こういう子が仲間に居ると、楽なんだけどな。
「謙虚で優しく、要領も良い。出来るなら仲間になってほしいくらいだよ」
「それ、本気で言ってます?」
頬を赤く染めながら、ノルンさんが聞いてくる。
「本気だよ、君にはそれがわかるんだろ」
「やっぱり気づいているんですね、私の能力のこと。私が気持ち悪くないんですか?」
少し怖くはあるけど、嘘がバレると判っていれば、やりようはあるからな。
「気持ち悪くはないさ、さっきもその能力に助けられたしな。まあ、無理に仲間になれとは言わない、この子から姉を獲るのも可哀そうだしな」
「……少し考えさせてください」
俺はノルンさんとの会話の最後に、シンシアちゃんの頭を軽く撫でる。キュロス達の戦いも終わりに近づいており、サムソンの身体からはおびただしい量の血が流れ出ていた。
「俺様は聖騎士だぞ! こんなはずが」
「正義を忘れたものに、騎士を名乗る資格は無い!」
正義の名のもとにってか、敵にすれば面倒だが、今は味方だ、余計な突っ込みはすまい。
キュロスは止めとばかりに、サムソンの首を切り落とす。戦いを終えたキュロスと俺は、これからの事についての話を始めた。
「待たせたな、えっと何て呼べばいい?」
「人攫いで構いませんよ」
「ふふっ、そうか。なら人攫いよ、これからどうするつもりだ?」
「そうですねぇ、まずは仲間の2人をつれて脱出するつもりですが、この部屋の子達を置き去りにするのも、寝ざめが悪そうです」
この子達の事、ほんとにどうしよ。最悪は見捨てるしかないけど、出来ればなんとかしたいものだ。
「この子達の事は俺に任せてもらっていい、これでも信頼できる部下も居る、数は少ないがね」
「何から何まで済みません、それではお先に失礼しますね」
「構わんよ、民を守るのも騎士の務めだ」
俺は怪我をさせないよう力加減して、ノルンさんを背負い、シンシアちゃんを横抱きにして部屋を出る。司教を放置するのも気になるが、今俺に出来るのは逃げる事だけだ。
俺に今回できたのは、助けようとした人に助けられ、不憫な少女達をダシに敵に見逃してもらい、その上、利用した少女達を見捨てて逃げることだけだ。これで、ノルンさん達を助けられなかったら、立ち直れないぞ。
俺にはもっと力が必要だ、戦う力も一緒に戦える仲間もだ。1人で出来る事には限界がある、今までのように独り善がりじゃだめだ。スズ達と合流したら、まずは相談して、そして皆でもっと強くなるんだ!




