アスラの殺意
スズ達と別れた俺は、一足先にニコラスさんの教会に向かう。教会に着くと、入り口の扉は開いており、中から争う声が微かに聞こえる。
やはり、襲撃を受けてるようだな。ノルンさんとシンシアちゃんは無事だろうか?
開いた扉の隙間から、教会の中を覗き込むと、ニコラスさんと背の高い刺客が戦っている。
「クハハッ、いいざまだなジジイ。前から気に入らなかったんだよ、この偽善者が!」
よく見たら、戦ってるんじゃなくて、一方的にニコラスさんがいたぶられている。鑑定で刺客を確認したところレベルは41で、豚司教と一緒にいたノッポな護衛だ、ノッポさんとでも呼ぼうか。
ノッポさんは罵倒を繰り返しながら、ニコラスさんへの攻撃を繰り返しているが、剣は腰に刺したままで、死なないように痛めつけるのを楽しんでいるようだった。
お楽しみのところ悪いが、時間も無いしサクッといこう。
なかなか立ち上がれないニコラスさんに業を煮やしたのか、馬乗りの体勢になり拳を振り上げたノッポさん。俺はその後ろに忍び寄り、ノッポさんの隙だらけな背中に剣を突き立てた。
断末魔を上げて、ニコラスさんに倒れ込むノッポさんを蹴り飛ばして退かし、ニコラスさんに下級ポーションを振り掛けて治療する。
ふう、これで取りあえず一安心かな。それにしてもあっけなかった、レベルが高かろうと剣で急所を突かれれば、こんなにもあっさりと人は死ぬ。どれだけレベルを上げても、油断すれば死ぬのだということを、俺も忘れないようにしないとな。
下級ポーションを3本使ったところで、ニコラスさんは喋れる程度に回復した。
「お主……昼に会った冒険者じゃな。お願いじゃ、シンシアとノルンを助けておくれ」
この場にいたのは、ニコラスさんとノッポさんの2人だったことから考えると、シンシアちゃんとノルンさんは、他の刺客にでも連れていかれたのだろう。ノッポさんがニコラスさんの足止めに残って、遊んでいたということか。
護衛にいたチビとノッポは倒したのだから、残りはヒゲとハゲだ。2人とも俺より格上で、更に俺の知らない護衛も居るかもしれない。冷静に判断すれば、ここは助けに行くべきじゃない。
「お願いじゃ、わしはどうなっても構わん、あの子達だけは助けてやってくれ」
「……連れ去られて、どのくらい経ちますか?」
年寄りと子供には勝てないわぁ……ここまでお願いされたら断りようがないじゃないか。
「それじゃあ、行ってくれるのかの?」
「約束は出来ません。様子を見てから判断します」
「それなりの時間は経っておる。今頃は、奴の屋敷に着いているころじゃろう」
ニコラスさんも襲撃者の黒幕が誰かは判っているのだろう、豚司教の屋敷の場所を教えてくれた。この街に着いてすぐに訪れ、商人のマルコと別れた、あの屋敷だ。
ニコラスさんと話をしている間に、スズ達も教会にやってきたので、ニコラスさんの治療と護衛を任せることにした。
「皆、ここでニコラスさんの治療と護衛を頼むぞ。スズにこの場は任せる。追手が来そうなら、お前の判断で場所を移してくれ」
「私も一緒に行っちゃだめ?」
「駄目だ」
「アスラはずるい。私には離れるなって言ったのに」
ずるいか、確かに離れるなって言っておいて、舌の根の乾かぬ内に個別行動しすぎだよな俺。でも、今回は状況が状況だからしょうがない。集団戦闘も慣れていないし、単純な戦力なら相手の方が上だ。まともに戦ったら勝ち目が無いから、いざとなった時に逃げられるように、俺1人で行くのがベストなのだ。
「すまんな、今回は守ってやれる余裕は無いから」
「うぐぅ……しょうがない、留守は任せて。もっと強くなるから、次は連れて行ってね」
「ああ、それじゃ、行ってくるよ」
渋々ながら頷いてくれたスズにこの場を任せ、いざという時の避難場所と、移動した際に魔法で合図するよう伝えて、俺はその場を去った。
スズ達と別れた俺は一路、豚司教の屋敷を目指す。
あの時はたしか、お偉方には関わりたくないと思って、さっさとマルコと別れたんだよな。あれが所謂、フラグが立ったって奴なのかね。
前世ではフラグなんて関係ねーだろと思っていた俺だが、剣と魔法の世界に来てしまうと、有ってもおかしくは無いのではと思えてしまう。いちいち気にして生きるわけにもいかんから、どうしようもない。
豚司教の屋敷へ着き、屋敷の様子を窺っていると、門の前で警備をしている人の中に、見覚えのある人を見つけた。豚司教の護衛のヒゲだ、敵対する可能性が高いので、しっかりと鑑定しておく。
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名前:キュロス
種族:普人族
モラル:356
レベル:49
筋力:60 (624)
耐久:61 (634)
敏捷:50 (520)
器用:51 (530)
精神:48 (499)
魔力:43 (447)
通常スキル:体術Lv3 小剣術Lv4 盾術Lv4 弓術Lv2 気配察知Lv4 異次元収納Lv2 生活魔法Lv3 光魔法Lv4
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やはり強い、レベルもパラメータも俺を上回っている。スキルこそ俺のが優秀だが、戦闘に関連するスキルについてはさほど変わらないし、実戦経験を考慮すると、ほぼ確実に俺が負けるだろう。
他の警備兵はレベル20程度なのに、なんでこんな強い人が、屋敷の外で警備してるんだとも思ったが、他の兵達との違いを見て何となくわかった。それはモラルの高さだ。あんな司教の下で、これだけのモラル値を保っているのだ、きっと善人なんだろう。
そんな善人を、後ろめたいものが山ほど有りそうな屋敷の中になど、入れるわけにはいかないが、かといって手放すのも惜しい。取りあえず屋敷の外で使っておこう、といったところか。
正直このヒゲさんが、外に居てくれて助かった。侵入するだけなら、気配を隠せる自身はあるが、さすがに攻撃を仕掛ける際の気配は消しきれない。もしヒゲさんが、屋敷の中で護衛についていたら、今回のミッション成功の確率がぐっと下がっていただろう。
屋敷の周りで且つ、ヒゲさんとだいぶ離れた場所に来た俺は、塀を駆け上がって越える。塀は5メートル以上の高さがあるが、体術Lv5は伊達では無い。
あっという間に、塀を越えた俺は、すぐさま物陰に隠れて周囲を観察した。屋敷に侵入したものの、どの部屋にノルンさん達が居るのかは不明だ。あまり時間を掛けたくはないが、人の居そうな部屋を見て回る他には、手が思いつかないので、明かりの点いた部屋を片っ端から見て回る。
何度か部屋の中にいた警備兵に、見つかりそうになってヒヤヒヤしたのだが、幸いまだ見つかっていなかった。
そろそろ補助魔法の効果が切れるころなので、一旦魔法を掛けなおそうかと思った俺は、明かりの点いていない部屋に身を隠す。その時俺は、まず部屋に入って、人の気配がある事に驚き、その後に部屋の中を見て、我が目を疑った。
その広い部屋には、10人ほどの年若い少女達が居たのだが、誰もが身体の一部、または大部分を欠損している。身体に薄い布を纏っているのだが、その痛々しい肢体を隠しきれていない。
少女達は眠っており、こちらに気付いてはいないようだが、時より苦し気な呻き声を上げ、身をよじる時に立てる、拘束具の擦れる音が部屋に響く。
気が狂いそうになる。正直、暗闇の中で良かった。暗視魔法は掛かっているが色までは判別できない為、現実感も薄く、俺はなんとか正気を保てていた。
「死んでいい人間なんて、この世に1人もいない」とかいう人は、こういう光景を見ても同じことを言えるのだろうか? 今の俺が思うことは1つ、この光景を作り出した人間を、生かしては置けないということだけだ。
豚司教を見つけたら、ちゃんと殺そう。交戦の末やむなくとか、衝動的にではなく、殺すべき相手を殺したいから殺す。俺がやろうとしている事は、これまで犠牲になった人達や、これから犠牲になるであろう人達のためにもなる事で、間違いではないはずだ。
俺はこの時、自分は正気を保てているつもりが、狂気に捕まりかけていたのかもしれない。なんだかんだ理由を付けて、自分の殺意を肯定したかっただけのようにも思う。殺人の毒は、着実に俺の精神を蝕み始めていた。
シリアスパートがあと5話ほど続きます。
重めの話は筆がなかなか捗りません。
早く2章終わらせて、日常パートに移りたいものです。




