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飢えた獣達との契約

 スズは感謝と別れの言葉を紡ぐと、堰を切ったように泣き始めてしまった。男が女の涙に弱いってのは、どうやら本当らしい。こうして涙を流す女の子を目の前にすると、オロオロしてしまい、うまく考えを纏めることが出来ない。


「ごめんな、もう悪戯とかしないから、泣き止んでくれよ」


 セクハラを反省した俺が謝ったが、スズは首を横に振って否定し、泣き止むことは無かった。


 こういう時ってどうしたらいいんだ? 気の利いた台詞を言ったり、優しく抱きしめてあげたりとかもいいかもしれない。ただし、それが許されるのはイケメンに限るだろうし、俺みたいなボッチには難易度が高すぎる。

 俺に出来るのは、そうだな……相手が望むことが分かれば、それをやってあげる事くらいはできるかもしれない。まずは、何で泣いているのか知る事からだな。


「泣かせちゃってごめんな。でもさ、俺バカだから、なんでスズを泣かせちゃったのか解らないんだよ。お願いだから俺に話してくれないか?」

「……しょうがないって……駄目だって……わかってる。でも…………一緒に居たい」


 根気よく問いかけることで、時間はかかったがスズが答えてくれた。一緒に居たいか、やっぱりその辺りに誤解がありそうね。


「スズ、俺はお前とずっと一緒にいるぞ。どうして別れるなんて話になってるんだ?」

「……だって、ペットショップ……行くって……私を……売るんじゃないの?」


 昨日の俺の言葉が足りなかった所為だったか。そうだとしても、俺がそんなことをするって思われてたのはショックだ。誤解を解くついでに少し虐めてやろうかな。


「ペットショップには護衛を買いに行くんだよ。それにさ、例え嫌がっても、俺はお前を手放す気は無いからな、これからも俺の悪戯を許してくれよ」


 ふっふっふ、今の俺サイコーに気持ち悪いぜ! スズは吃驚して涙も止まっているみたいだな。顔も真っ赤にしてるし、俺の思惑通りだ。 


「……うん、あの……優しくしてね?」


 おっと、想定外の回答がきたな。まぁ俺に恩とか引け目とか感じてるかもしれないし、言葉通りに受け取っちゃ駄目だな、スルーしとこう。


「そろそろ時間だから朝食にするぞ。自分で食べるのは久しぶりだろう」

「はい、ご飯楽しみです」


 せっかくだから、宿屋の食堂に行き、スズと向かいあって食事を食べる。こうやって普通に、2人で食べる食事も悪くなかった。どうということも無い会話をしながら、ゆっくりと食事を済ませた。


 俺とスズは、いつもより賑やかな食事の後、ペットショップに向かう。スズは、自分の足で歩けるのが嬉しいのか、跳ねるように歩いている。たまにふらついて危なっかしいので、スズと手を繋いで歩き、目的地に着いた。


 ペットショップの扉の前で一旦止まり、心の準備してから、店の中に入る。


「いらっしゃ~い、来たわねアスラちゃん。可愛いお嬢ちゃんも、よ・う・こ・そ」

「っ!?」

「エリザベスさん、この子はスズって言います。今日はよろしくお願いしますね」


 原色の派手な服を着た巨体を見て、フリーズしたスズを背にかばいながら、俺は一礼して店の奥に進む。


「準備はできてるわよ。少し待ってて頂戴」

 

 そう言って奥の部屋に入って行ったエリザベスが、昨日選んだ3人のペットを連れて、道具類を片手に戻って来る。


「まずは主人を登録するのに、お二人の血をこの容器の中に数滴、貰えるかしら?」


 針と液体の入った容器を渡されたので、俺は少しの躊躇の後に自分の指に針を刺し、容器に血を数滴たらした。スズに針を渡したら、何のためらいもなく指に針を刺していた。この世界の人間が強いのか、はたまた俺がヘタレなだけなのかと思ったが、前者ということにしておくことにした。


 針と血を入れた容器を返すと、エリザベスはペットの3人に後ろを向かせ、首筋を露出させる。コテツの後ろに立ったエリザベスが魔法の詠唱を始めた。


「我が魔力をもちて契約を為す、此の血を持つ者を汝の主とせよ、『プロミス』」

「承知」


 魔法詠唱後に首筋に浮かび上がった魔法陣が、コテツが承諾した瞬間に首筋に吸い込まれるように消えて、紋様が浮かび上がった。どうやら、無属性魔法の『プロミス』は相手の同意が必要なようだった。無理矢理相手に掛けられるものでなくて少し安心した。


 エリザベスは同様に残り二人にも、主人を登録の契約紋を刻み、残りの契約紋に移る。


「残りの契約紋は基本のものでいいかしら? 要望があれば追加できるけど」

「はい、基本のものだけで構いません」


 基本の契約紋の残りは、主人への攻撃禁止、主人からの命令順守、自傷禁止だったか、他に思いつかないし基本だけでいいや。


 残りの契約紋は背中に刻むようで、エリザベスはペット3人に服を脱ぐように指示した。コテツとアンズは見た目が秋田犬だから、なんとも思わかったが、マシロの肉付きの薄い尻と、そこから生えた白い尻尾をついついガン見してしまった。

 しばらく鑑賞していたら、スズに抓られるが痛くも痒くもない。ただ、スズの機嫌が急下降しているのは解るため、鑑賞を打ち切りご機嫌取りに、頭を撫でつつ契約の完了を待つ。


「我が魔力をもちて契約を為す、一つ、汝の主を害さぬことを誓え、『プロミス』」

「我が魔力をもちて契約を為す、二つ、汝の主の命令を守ることを誓え、『プロミス』」

「我が魔力をもちて契約を為す、三つ、自らを害さぬことを誓え、『プロミス』」

「承知」

「わかったわ」

「りょーかい」


 残りの契約に、コテツ、アンズ、マシロの3人は三者三様の承諾をし、それぞれの両肩と背中に1個づつ契約紋が浮かび上がる。コテツとアンズの契約紋は体毛に隠れて見えにくいが、マシロの肌には青っぽい紋様が後は首輪を付けて完了のはずだ。


「これが従者の首輪、効果が出るのは付けてあげた主人との契約のみよ。命令の優先を変えたいときは付け直すこともできるから、まずはアスラちゃんが付けてあげて頂戴」


 そう言って、黒い革でできた頑丈そうな首輪を3つ渡されたので、3人に首輪を付けてあげる。


「コテツ、戦力として期待している」

「主殿、某達みな全力を尽くそう」

「アンズ、うちのチビ共の護衛を頼む」

「主様、私にお任せください」

「マシロ、うちの子の世話を頼むよ」

「ご主人、ボクがんばるよ」


 みんな素直すぎて、ちょっと気味が悪いな。これも調教……いや教育の成果ってやつかな? 獣人視点での、獣人の立ち位置とか、普人族との関係とか後で聞いとかないとな。今のコテツ達だけを見て、従順な種族とか考えると、後で痛い目を見そうだ。

 あとは、首輪の有る無しで、どう変わるのか聞いとくかな。場合によってはマシロの首輪を、スズに付け直させて、スズとの契約を優先するように変えておく必要があるだろう。


「ちなみに、首輪の効果が無い場合の、契約違反の罰則ってどの程度になるんですか?」

「契約紋が赤く輝いて、激痛が走るわ。解除したい場合は、服の上からでもいいから、発動している契約紋に手を当てて『赦す』と唱えて頂戴。首輪の効果が発動した場合も、首輪に手を当てて『赦す』と唱えれば、解除できるわ」


 そういえば、罰則の解除方法も忘れてたな。うっかり発動したときに解除が遅れるのも困るから、やはりマシロの首輪は後で付け直して、一緒に行動することが多いスズが解除できるようにしておこう。


「なるほど、少し解除を練習しておいていいですか? とっさに解除できないのも困りますし」

「主殿、某でお試しください」

「お嬢様は私でお試しください」


 コテツとアンズが、練習台に名乗り出てくれた。収納から干し肉を2枚取り出して、1枚をスズに渡す。


「コテツ、この干し肉を食べるな」


 そう言って、残りの1枚をコテツに渡すと、少し考えてから合点がいったのか、干し肉を食べ始めた。


「ぐっ!? ガッ」


 干し肉を食べ始めると、首輪が絞まったのか途端に苦しみだしたので、首輪に手を置いて、急いで解除を試みた。干し肉は吐き出したがしっかり手で握っている。


『赦す』

「グゥ、グフゥゥ」

「アスラちゃん、契約紋のほうも解除して」


 首輪の解除はしたが、痛みに苦しみ続けているのは変わらない。契約紋の解除も必要ならしい。背中を見ると、服の上からでも右肩の契約紋が赤く輝いているのがわかったので、手を当てて解除を試みる。


『赦す』

「済まなかったなコテツ、痛かっただろう?」

「いえ、必要な事と心得ておりますので。この干し肉はいかがいたす?」

「嫌じゃなければ、食べちゃってくれ」


 許可を出すと、コテツが嬉しそうに干し肉を食べ始める。ペットショップでも最低限の食事は与えられてただろうけど、安物の食事が多かったんだろうな。俺の干し肉は高いやつだし、けっこう旨いからな。


 それにしても、首輪と同時に、違反した契約に対応した契約紋も発動するのだな、練習しておいて良かった。同じように練習してもらおうと、スズのほうを向くと、スズが干し肉をモッキュモッキュと食べていた。恥ずかしそうに眼を伏せているので、干し肉を口に入れた後で、俺の意図に気付いたのだろう。


 全てを察した俺は、無言で干し肉をもう1枚取り出し、スズに渡してあげる。


「んく、……ありがとう。アンズさんこの干し肉を食べないで」


 スズもそう言って、アンズに干し肉を渡し、アンズもすぐに干し肉を食べ始める。やはり、痛みに悶え出すが、干し肉はしっかり握って手放さない。今度は首輪は絞まらず、契約紋だけが光っているので、スズが契約紋の解除をすると、平静を取り戻した。干し肉を食べることをスズに許可させると、アンズも食べ始めた。


 練習もできたし、これで良いだろうと考えていると、上着の袖を引かれるのを感じる。振り返るとマシロが何かを期待するような目でジッとこちらを見上げていた。


「あのボクも……練習、そう練習しておきたい」


 練習ね、口の端によだれが垂れてるのを見れば、何を期待しているのかは一目瞭然だ。まぁ、仲間外れも可哀そうだし、さっさと解除してやれば痛みも少なくて済むだろう。

 干し肉を1枚取り出し、マシロにも渡して食べないように命令すると、嬉しそうに食べ始める。マシロが苦しみだしたら、手早く首輪と契約紋を解除してやり、食べる許可を与えてやった。


 それにしても、こいつら食い意地張りすぎだろう。こう感じてしまうのは飢えることの少ない日本人だからかもしれないけど、それにしたってな。まぁ食事さえしっかりさせとけば、逆らう心配も無さそうだし、これはこれで有りと考えておくべきか。


「これで、契約は完了よ、何か質問はあるかしら?」

「今のところ無いですね、後で質問とかできますか?」

「もっちろん、アフターサービスは万全よ。じゃぁ、最後の仕上げね、外に出しても恥ずかしくないように綺麗にしてあげないとね」


 エリザベスがそう言うと、奥の部屋から服を3着持ってきて、マシロ達3人に渡し着替えさせた。エリザベスが持ってきたのは、所謂ゴスロリ衣装を簡素化したような服で、ひらひらフワフワしている。


 マシロには白い布地の服と小麦色の肌がマッチしていて、とても似合っている。前世では犬が服を着るのに違和感しか感じなかったが、獣人でもほっそりとしたアンズが赤い布地の服を着ると、妙に愛嬌があって可愛く見えた。哀れなのはコテツで、桃色のスカートから突き出た筋肉質な足には、違和感しか感じない。


「あら~ん、と~っても可愛いわよん。この服は私からのプレゼントよ」

「ありがとうございます、店主殿」

「ありがとう、店長さん」

「店主殿……いや逆らっても無駄か……」


 アンズとマシロは喜んでいるようだが、コテツは既に諦めの境地だ、きっといろいろヒドイ目に逢っているのだろう。哀れなコテツを見てると、何故か楽しくなってくるな、我ながら性格が悪い。


「エリザベスさん、その衣装ってスズのぶんも作れたりしませんか?」

「いいわよ~、成長を考えて少し大きめに作ってあげるわ。それなら採寸も不要だし、小金貨2枚でどう?」


 小金貨2枚(約20万円)は少し高いが、白・赤・桃と来て黒ゴスが無いのも寂しいし、作ってもらうことにする。スズに可愛い服着せてみたかったしね。


「じゃぁ、黒の布地でお願いします。所々を白いフリルで飾ってくれると更にいいですね」

「あらぁ、わかってるじゃない。明日にはできるから、取りに来てね」


 用も済んだことだし、ペットの代金として金貨12枚と服の小金貨2枚を支払い、外に出ることにした。


「はい、ありがとうございました。これこの子達と追加の服の代金です。確認お願いします」

「確かに受け取ったわ、また来て頂戴ね」


 

 俺達はエリザベスに一礼して、ペットショップを後にすると、ある場所に向かう事にする。言うまでも無く食事処である。俺はこの腹ペコ共を手懐けるためにも、さっさと胃袋を握っておくことにした。



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