先輩の忠告と初仕事
「……どうしてわかったのですかセシルさん?」
「同業者の勘ってやつですよ、姿は見えずとも風は誤魔化せません」
どうやらカマを掛けられたらしい。姿は見えなくとも、風魔法あたりで誰かが居ることを察知していたのかもしれない。それにしても同業者って……俺はまだそっち側の人ではないのにね。
「同業者とは心外ですね」
「うふふ、同じ冒険者ではありませんか。私をなんだと御思いで?」
絶対ただの冒険者じゃないですよね? その笑顔、超怖いんですが、謝るからマジ許してください。
「済みません、急いでいたもので失言でした。ところで何か御用ですか?」
「先輩として忠告させてもらうと、その道を一歩踏み出したらもう戻れません。あまりお勧めはできませんよ」
踏み出したらってあれか……童貞捨てちゃうとってことかな。一応覚悟はしてるけど、できれば捨てたくないなぁ、捨てちゃったら少なくとも普通の日本人には戻れないだろうからね。
「セシルさんは私が何をしようとしているのか知っているんですね」
「ここに居るということはそういう事なんでしょう? 以前からソロで大量の獲物を狩るアイアンの冒険者については知っていました。ソロと聞けばこういったことに秀でていることは直ぐに分かります、まさかここまでとは思いませんでしたがね」
ほう、ギルドで目をつけられている感じはなかったのに、そこまで調べられてたのか。
「ギルドには討伐分しか報告は上げていなかったんですがね」
「冒険者ギルドを甘く見てはいけませんよ、その程度、調べれば簡単にわかります。毎年この時期に子供が居なくなることもギルドは当然知っています」
「そこまで分かってて、何もしないんですか?」
「子供がいなくなるなんて他の街では日常茶飯事ですよ。この街は領主のおかげでマシなんです。年に一人くらい暗黙の了解になるのも無理はないでしょう?」
100人を助けるのに1人を殺すってことかな、俺はこの考え自体を否定する気はない。ただし、自分が関係するなら全力で叩き潰させてもらうがね。
「それで、私を殺すのですか?」
「指令は受けておりませんので安心してください。私としてはどうでもいいのですが、うちのマスターが気にしてましてね。誰かが勝手にやってくれると助かるんですよ。それに、領主がどうなろうと、この街は私とマスターが守りますので、どうぞあなたのお好きなように」
指令を受けてたらあっさり殺られてたんだろうなぁ……。それにしても私とマスターがか、マスターに厳しくあたってたけど、もしかしてこの人ってツンデレなの?
「セシルさんはこの街が好きなんですね。もしかしてギルドマスターのことも「そこまでです!」」
「それ以上、口を軽くされますと、あなたの首から上も軽くなるかもしれませんよ」
こわいこわい、余計な事言って身を危険にさらしている場合じゃないな、さっさと行こう。
「それでは急ぎますので、失礼しますね」
「3階の一番東側の部屋です。お気をつけて」
セシルさんからの有難い情報に一礼してから、領主館に向かう。セシルさんが背中を押してくれたことで、多少は緊張をほぐすことができたし、腹も決まった。俺は今日、どうあってもスズを連れ去る。
たぶん俺がこれからすることは大多数からすれば悪となる行為だ。1人を助けるために、この街の約10万近い民を不幸にしようとしているのだ。ギルドでなんとかしてくれるとしても混乱は必至だろうし、多くの人が不幸になるはずだ。
「人1人の命は地球より重い」だったか? 地球が無くなったら人はまともに生きられないだろうに、随分自分勝手で頭の悪い言葉だとは思っていたが、今の俺の心情を表すのにこれより適切な言葉はない。
本来の意味とは異なるだろうが、自分にとって大切な人1人の命は、他の何にも変えられないとは思っている。まして、異世界にいる今なら、言葉通り地球と天秤にかけることも可能だ。といっても実際に1人の命と、無関係な地球、どっちか選べと言われたら迷うだろう。地球を見捨てて重過ぎる荷物を背負って生きるくらいなら、大切な人と一緒に死ぬ道を選ぶかもしれないが。
ともあれ今回天秤にかけるのは、スズの命と、街の人の幸福だ。無責任なようだが、スズは俺が助けるから、街の人の幸福は、街の人自信に守ってもらうことにしよう。
俺は隠密用の魔法セットをかけ直してから領主館に侵入する。セシルさんに教えてもらった3階の東側に向かうと、だんだん巡回する兵の数が少なくなっていき、一人の兵が守る部屋を発見した。
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名前:ファビオ
種族:普人族
モラル:-312
レベル:39
筋力:49 (313)
耐久:47 (300)
敏捷:41 (262)
器用:38 (243)
精神:28 (179)
魔力:12 ( 77)
通常スキル:体術Lv3 小剣術Lv4 槍術Lv3 盾術Lv3 気配察知Lv3 生活魔法Lv2 人物鑑定Lv3
固有スキル:なし
ギフトスキル:なし
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扉の前に立つ兵を鑑定するとモラル値が低い、きっと汚れ仕事担当の兵なのだろう。倒せない相手では無さそうだが、まずはスズの安全を確保する必要がある。万が一にも戦闘音に気付かれて、スズを危険な目に合わせたくはない。
領主館は3階建てであったため、俺は一旦窓から外に出て、屋根の上から目標の部屋の真上にたどり着いた。外から様子を伺うと、兵士が守っていたのは奥から2番目の部屋だが、喋り声は最奥の部屋から聞こえてきていた。
まずは兵士が守っていた部屋の中を覗くと、どうやら領主の執務室といった風情の場所であった。中には人がいなかったが、隣の部屋のドアの隙間から明かりが漏れているのが見える。
俺は一旦こちらの部屋に入り、隣の部屋の様子を見ることにした。風魔法を剣に纏わせた後、防音の魔法も併用して音を立てないように窓をくり抜き、部屋の中に降り立つ。隣の部屋に続く扉の隙間から、部屋の中に耳を傾けると、女の子のうめき声と男の話し声が聞こえてくる。
「いくら声を上げても無駄さ、人払いは済んでいるし、残っている護衛の兵には言い含めてあるからね。それに、そろそろ薬が廻って、言葉もしゃべれないんじゃないかい?」
少なくともスズは生きている、どうやら間に合ったようだ。扉の隙間からスズの状態を鑑定で見ると、麻痺Lv4の状態異常が付いていた。麻痺Lv4は身体の外部が麻痺し、完全に行動が制限される状態である。内蔵までは影響が無く死ぬことは無いため取りあえずは問題無い。
スズは床に仰向けに倒れており、麻痺の効果によるものか下半身は既に動かないようで、わずかに動く右腕を必死動かし、領主から逃げようとしている。可愛そうだが暫く様子見だ、もう少し情報が欲しい。
今わかっているのは、此処まで来るのに人が少なかったのは関係無い人間の人払いをしていたためで、扉の前にいた兵は事情を知っているようなので後で始末する必要があることくらいか。
「どこに逃げようって言うんだい? さっきも言っただろう、君のような雑種にはもとから行き場なんてないんだよ。僕の元に居るのが君にとって一番なのさ」
スズが混血種だってことがバレているんだろう、こいつ確か人物鑑定持ってたからな。
「あぁ、楽しみだなぁ、どんなお洋服を作ってあげようか。ドレスがいいかな? それともメイド服がいいかな? 街娘の服ってのも捨てがたいよね」
裁縫スキルとかも持ってたよな……自分が作った服を女の子に来て欲しいだけだった、とかならいいんだけどね、そんなオチないよなぁ。
「それにしても、まだ動けるとは驚嘆に値するよ。やはり君にして良かった、今日から君は僕だけのお人形だよ。着替えの世話も、食事の世話も、排泄の世話だって僕自らしてあげるからね」
やはり変態か、まともな情報出てこないし、まずは領主を気絶させてスズを助けてから、拷問でもして情報を吐かせるか……。
「いい加減諦めたまえよ。悪い子にはお仕置きをしないといけないね……」
俺が今後の行動を考えていると、頑ななスズに痺れを切らした変態領主が、スズにお負い被さるように近づいていき、スズの微かな呼び声が聞こえてきた。
「…………あ……す……ら……」
その瞬間、俺の身体は勝手に動き出す。一瞬で部屋に飛び込むと、右手の剣を振りかぶった。この時俺は、それまで考えていたことを全て忘れ、たった一つの思いに支配されていた。
お読みいただきありがとうございます。
潜入ミッションがあっさりしすぎですね・・・もう少し詳しく書ける腕がほしいです。




