人知の及ばぬ相手への願いは
目の前に佇む黒龍は頭までの高さは10メートルといったところだろうが、全長は20メートルはあるのではなかろうか? 黒龍は所謂、西洋のドラゴンのような姿で黒い鱗が、黒曜石のように鈍く輝いていた。
(おかしな力を感じてきてみれば、熊ごときに遅れを取るとは、我の見込み違いであったか?)
身じろぎ一つできずに巨体を見つめていると、頭の中に訝しげな声が響いた。ずいぶんと渋くカッコいい声だ、俺が女だったら声だけでも少し濡れたかもしれない。まぁ、別の意味では濡れているのだが。
(いや、今も我の意識に微弱な干渉を感じるな、なるほど、面白い)
何が面白いんだろうか、笑わせたら見逃してくれるだろうか? くっ、こんな事なら宴会芸の一つでも身に着けておくんだったなぁ。
(お主、我に何を掛けている? 答えよ)
「あっ、あの、何もしていないつもりですが」
不興をかわないように何とかうまい回答が無いか考えたが、そのままの答えを返すだけで精一杯だった。
(ふむ、もう一度訊こう。我の精神に何等かの干渉を与えるものに心当たりは無いか?)
「うーん……あっ、たぶん私の固有スキルです。目立たなくなる効果があるようでして」
黒龍が丁寧に訊いてくれたため、少しだけ心を落ち着けることができた。思い当たるものと言ったら、固有スキルのエアマスターくらいだったので素直に答える。
(なるほど、あまり強力ではないようだが、隠蔽系統の能力か、我が司る闇と通ずる物があるな)
「はっ! 私も闇魔法を習得しております。闇とは縁近きものを感じておりました!」
俺は、自分が何を言っているか分からないまま、口から出まかせを並べ立てる。
(気に入った。貴様の望みを一つだけ申してみよ。ただし我にできることの範囲でな)
よし、勝った! ふぅ、なんとかなるもんだな。望みか……あーだめだ、頭が働かない。
しばし悩んでみたが、いい願いが思いつかない。どうしてもシモ方面の願いくらいしか思いつかない……こんなん願ったら、やばいんだろうなぁ。
(……まだ決まらんのか?)
なんかイラついてらっしゃる。何も思い浮かばない為、最も切実な願いを口にすることにした。
「あの、私の事を殺さないでほしいのです。帰らねばならない理由があるのです」
(チッ、つまらぬな、興ざめだ!)
なんか失敗したぁぁーーーッ! やっぱり億万長者とか、ハーレムとかのが良かったのか!?
(願いを叶えた後に食ってやろうと思っておったのに、これでは出来ぬではないか!)
あっぶなぁぁーーーッ! 罠だったのかよ。これ回避成功なのか?
(仕方あるまい、願い通り殺さずに去るとしようか。さらばだ!)
そう言うと、黒龍は熊の魔獣の死体を咥えて、翼を羽ばたかせ山のほうに去っていく。俺はそれを茫然として見守った。
助かったぁ……俺は今日初めて、自分がヘタレで良かったと思ったよ。
しばらく腰が抜けて立ち上がれなかったため、ズボンに着いた自分の恥を【洗浄】魔法で洗い流してから、なんとか立ち上がった。
今日の敗因は油断と、後は一人だったことか、ドレッドベアに攻撃自体は通っていたからパーティ組んでれば何とかなったと思う。戻ったらパーティメンバー探してみよう、いつまでも他人が怖いとか言ってられんな。
それにしても、黒龍強すぎだろう。せめて逃げられるように敏捷だけでも超えておきたいもんだが……5700くらいだったか、レベルいくつにすればいいんだろうか? まぁまだまだ鍛えないと駄目だってことだな。さて、いつまでもここに居るのも危ないし、さっさと街に向かうとしよう。
森から出て街道がある所まで戻ったところで、日が暮れてしまったので野営の準備をする。精神的な疲労のせいか食事も喉を通らないまま、毛布にくるまれ眠ってしまった。翌朝、目が覚めるとひどくお腹が空いていた俺は、いつもより多い朝食を食べる。
あんなことが有っても一晩眠れば腹も減るし、飯も腹いっぱい食べられる。人とは案外しぶといものだな。それにしても、昨日はホントに紙一重だった。あんな幸運がもう一度あるなんて思わない方がいいだろう。奇跡なんてのは何度も起きるもんじゃないからな。
俺は昨日の事を反省しつつ、来た時よりもゆっくりした速度で街に向かって走る。疲れが抜けきっていなかったのか、日が暮れる前に街に着けそうになかったため、早めに野営の準備をし、眠りに就く。翌朝の朝食で、乾パンは食べきってしまった。
水と干し肉はまだ残ってるけど、こういう準備が足りないところも直さないと。こういった考えの甘さが、いつか命取りになりかねないからな。
朝食が終えると、疲労が取れて軽くなった身体で街道をひた走ると、昼前に街に着くことができた。街に着くと直ぐに西側のギルドに向かい、討伐完了の報告のためギルドマスターのもとに行く。
「おう、アスラか。ずいぶん早かったな」
「無事、討伐してきましたので、お確かめください」
ブラウンベアの頭部を収納から取り出し、ギルドマスターに渡す。
「ほう、この切り口……どうやら思ったより腕を上げたようだな。これなら文句無しだ」
魔法併用してるから、剣の腕ってわけではないんだけどね。
「ありがとうございます。これで今日からブロンズランクということですかね?」
「ああ、合格だ。あとのことは任せたぞセシル」
「畏まりました。それでは冒険者カードを作りますので、手をお貸しください」
言われた通りに手を出すと、何の予告も無く針を刺され、血で滲んだ箇所を銅らしき金属でできたカードに宛てられる。
「あの、こちらにも心の準備というものがあるのですが……」
「あなたの心の準備など時間の無駄です。そんなことより、こちらが冒険者カードです」
セシルさんからカードというには少々分厚い金属板を渡され、冒険者カードの説明を受ける。
「カードの中心にある、石に手を触れてみてください」
カードに埋め込まれている、黄色い石に手を触れると、カードの表面に、名前と拠点の街が表示された。
「本来の持ち主のみに反応して、名前と拠点が表示されます。身分証明の際には、そうして名前と拠点をお見せください。ちなみに拠点はギルドで変更が可能です」
なるほどな、便利なカードだ。他人のカードだと表示が出ないから、カードに名前と拠点が表示されることで、本人だと証明できるんだな。
「そういえば、討伐履歴も分かると聞いたのですが?」
「カードを持った状態で討伐すると、パーティ内の一人のカードに記録されます。身分証明と同様の方法で、裏面に最新の5体まで表示されます。なおギルドで確認可能なのは100体までになりますので、討伐依頼の完了報告は早めにお願いします」
依頼対象を撃破後、100体以上倒すと履歴が消えて討伐の確認ができないってことかな。早めの討伐報告には注意するとして、パーティで討伐した場合のことはパーティ組めてから確認するとしよう。
「なかなか便利なカードですね、こういうのって、どうやって作ってるんですか?」
「制作系のスキルですね。詳しく知ると、いろいろ制約が厳しくなりますが知りたいですか?」
外部に知られると不味いんだろうな……知らない方がよさそうだ。
「やめておきます。他にはカードに関して何かありますか?」
「カードは異次元収納に入れて置いても問題ありませんので、失くさないように収納しておくことをお勧めします。以上になりますので、今後のご活躍を期待しております」
ブロンズランク試験完了だな、たしかこれで他の街にも入れるんだったな。まぁ今日の処は孤児院に帰ろう。早く孤児院のみんなに会いたい。
「ありがとうございました。それでは失礼しますね」
こうして無事にブロンズランクになった俺は、冒険者ギルドを後にすると、街の北東にある孤児院に帰った。
ブロンズランクになれたことを、一番最初に報告しようとスズを探し始めた俺は、この後、院長先生の口からスズが既にこの街には居ないことを聞かされることになる。
第一章も佳境に入ってきました、永らくお読みいただきありがとうございます。
ここから数話はシリアスな話が続きます。
11/6) リハビリがてら21話以降の句点と3点リーダの修正を実施




