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前世との決別

「さーて、詳しい話を聞かせてくれるんでしょうね?」


 食事を終えて宿の4人部屋に戻った途端、スズが切り出した。

 部屋の中にいるのは、俺とスズ、ノルンとマシロの4人だけだ。


「いやー、ちょっと昔の知り合いに会っちゃってさ~」


「へ~、それなら、その右手を見せてみなさいよ」


「……さすがに誤魔化すのは無理かぁ……今から見せるけど騒がないでくれよ?」


 そう念押ししてから俺は、右腕を前に出して袖をまくる。


「なっ!? ……怪我してるとは思ってたけど、ここまでなんだ……大丈夫なのよね、これ?」


「ああ、問題無いよ。血は止まってるし、痛みもそれほどでは無いから。ちょっと不便なくらいさ」


「そっか……ほんとは良くないんだけど、良かったわ……ノルン、魔法での治療はしてくれたの?」


「いいえまだですよ。魔法での部位再生には、患者の体力を使いますからね。話が済んで、寝る前のほうが良いかと思います」


 スズは俺の右腕を両手で包むようにして取り、心配そうに切断部を見ている。

 右手丸々と手首から10cmほど切り取られた切断部は、既に肉が薄く覆っており、時より幻痛に襲われる程度で痛みはほとんど感じない。

 今のところは中級ポーションで傷口を塞いでいる状態だが、ノルンの『エクスヒール』で欠損部位の再生が可能だ。しかし、魔法にだって限界はある。

 奴隷戦士クルトを被験者とした魔法実験の成果として、『エクスヒール』を掛けられた者は、修復される怪我の程度によって、体力と傷を修復した分のカロリーを消費する事が判明していた。


「そう……なら、早く聞かせてちょうだい。何が有ったの?」


「えーっとな、ほんと大したことじゃなくて……ってちょっその手放してくれないかな? 力入れ過ぎじゃないか、痛いんだけど」


「痛くしてるのよ! 正直に話してくれるまで放さないから」


「いやでもさ、俺にも男の意地というものがって、痛たたたぁーーー! ギャーーーーー!!」


 無言でぐりぐり、ゴリゴリと切断面に手を押し当てる、うちの鬼嫁。 

 その紅い瞳に涙を溜めて取りすがる様子を見ると、文句の一つも言えやしない。


「分かった! ちゃんと説明する! だから放して、ってあれ? 随分物分かりが良いんだな……」


「話してくれるならいいの……だって、アスラがこれだけの無茶をするくらいだもの、きっと私達にとっては必要な事だったんでしょ?」


「……正直言うとな、今回は自分の行動に自信を持てないんだよ。本当に良かったのかなって」


「なら尚更話してよ。私はいつだって貴方の味方なんだから」


 信じてくれてるのは嬉しいんだけどね。

 赤信号みんなで渡れば怖くない、なんて言葉もあるけど、これって怖くないだけで普通に危ないから。むしろ警戒心が無くなる分、余計に危険と言えなくも無い。


「いつだってか、それもちょっと怖いな。俺だって間違った行動するんだぞ」


「大丈夫、ちゃんと止めてくれる頼りになる人が居るもの。ねっ、ノルン姉さま?」


「こういう時だけ年下ぶるとか、狡いですよスズ……。もう、仕方ないですね……これも年長者の務めというものでしょうか」


「ふふふ、これで問題無いでしょ? さあ話してちょうだい!」


「はあ、分かったよ。実はな…………」

 



 狙われた本人に話してしまうのは、自分の罪を人の所為にしているみたいで嫌だったが、今更、隠し事も無いだろう。

 今日あった出来事を説明すると、スズは一つ頷いて答えた。


「やっぱりね。クレアは気付かなかったみたいだけど、私にはバレバレだったよ。あの騎士の名前が出た時、表情が少し引きつってたもの」


「バレバレかぁ……参ったな」


 こんなんじゃ、浮気なんてしようものなら一発でバレるんじゃねーか。


「うん、だから隠れて何かしても直ぐ分かるんだからね! 浮気なんてもってのほかだよ?」


「ハッハッハ、そんな事するわけ無いじゃないか……」


 怖っ! もしかして俺の心読まれてる? まさか、ノルンみたいな固有スキルが増えてたりとか……さすがにそれは無いか……。

 一応、鑑定して確認してみたが、それらしいスキルは確認出来なかった。

 どうやら、女の勘とかいう、チートスキルの一種らしい。


「ともかく、俺が悪かった! 俺が不用意に動いたせいで、クレアに嘘吐く羽目になっちまって……」


「私達は混血種なんだもの。いくらクレアと私の仲が良くたって、クレアの仲間が私達に友好的とは限らないでしょ。遅かれ早かれこういう事態になってたと思うわ」


 想像以上にあっさりとした彼女の言葉には、諦めの感情がこもっており、俺の心をざわつかせた。


「それにね、アスラが私の為に無茶してくれたって聞いて、正直嬉しかったんだ。ほんとは喜んじゃいけないって分かってるんだけどね……。でもね、もうこんな無茶しちゃ駄目、もしするんなら、必ず私にも言う事! いい?」


「ああ、必ずとまでは言えないけど、出来るだけ守るようにするさ」


「もう、しっかりしてよね。アスラももうすぐ、お父さんになるんだから」


「そうなのか……ん? お父さん!?」


 えっ、どゆこと!?


「そだよ、私できちゃったみたいなの」


「出来ちゃったって、もしかして……」


「そう、私とアスラの赤ちゃん。最近の体調とか、月のものが遅れてるってクレアに話したら、そうじゃないかって」


 おっ、おぉ、マジか? いやでも、混血種には子供が生まれないって、図書塔の本には書いてあったはず。


「それって、何かの間違いじゃないのか? ちゃんと確認してみないと……」


「なによ……アスラは嬉しくないの? ならマシロ、確認してみて頂戴」


 不機嫌そうにスズな言葉にマシロが反応し、スズのお腹に耳を寄せる。


「ん~……中に誰かいる」


「ほらね、間違いじゃないでしょ。これでも信じられない?」


 マジでか!? 妊娠1ヶ月足らずの赤子の有無も感知できちゃうの? 感知スキルすげーな。

 このスキルさえ有れば、ナイスボートも起きなかったであろうに……。

 て、動揺してる場合じゃないな。


「マジなんだな……よし、よしよしよし! でかしたぞ、スズ!!」


 現実感と共に、喜びの感情が湧いてくる。

 自分なんかが親になれるのかという心配は有るものの、それ以上に大きな喜びが塗りつぶしていく。


「ふふふ、もう少し落ち着きなさいよ。まったくしょうがないんだから」


 言葉とは裏腹に、嬉しそうに俺を窘めるスズ。


「そうでしたか……スズ、おめでとうございます! アスラさん、次は私達の番ですよね?」


 ノルン、そうそうにプレッシャーを掛けてくるなよ。

 今はスズの子供で頭が一杯なんだからさ。


「ご主人達の赤ちゃん……楽しみ。すぐ生まれる?」


「いえ、直ぐには無理ですよ。私も詳しくはありませんので、正確には分かりませんが、一般的に(・・・・)は十月十日と言われてますね」


 そう、この世界でも普人族は、一般的に妊娠してから十月十日で生まれてくると言われている。

 俺は妊娠についても、図書塔で既に調べていたのだ。

 獣人族は八ヶ月程度だったり、竜人族は卵生だったりと種族事に差があるが、それ以外の種族はだいたい前世と同様らしい。


 混血種の場合は、前例が無い為に不明ではあるが、普人族と鬼人族はどちらも十ヶ月前後だったはずだから、それくらいになるだろうと俺は予測していた。


「そっかぁ、俺ももうすぐ父親になるんだな……それなら、もう少し落ち着かないとかな?」


「ううん違うよ。これからは、この子が平和に暮らせるよう、もっともっと闘わないとだよ。私も戦うから、一緒に頑張ろうね!」


「!? ……そうだよな。うん、もっともっと強くなろう! そして、誰が来ようと退けられるくらいに強くなるんだ。そうすれば、お前たちも守れるし、無駄な殺生もしなくて済むからね」


 まあ、いくら強くなっても、必要であれば殺す事を厭わないけどね。


 どうやら俺は、転生して5年も経つというのに、未だに前世の常識がしつこくこびり付いていて、血を流す覚悟が足りていなかったのかもしれない。

 家庭を持ったヤンキーが、やんちゃは辞めて父親になるように、日本であれば平和を享受するのが当たり前であった。

 しかし、この世界において平和は勝ち取るものである。家族のためには、他人の血を流すのを厭う余裕は無い。

 ましてやスズ達は混血種だ。世間から差別を受けている彼女達と生きるには、世界と戦う覚悟が必要になる。


 その上で、他人の幸せまでを望むというのであれば、それこそ物語に出てくるチート主人公のような、反則級の力が必要になるだろう。

 

「そだね、こうなったら皆で世界最強になりましょ! 私、この子の為だったら何だって出来そうな気がするもの!」


 そうだ、正しいか正しくないかなんてのは、身内の命に比べれば、どうでも良かったんだ。

 戦わなければ生きていけない。 


 専守防衛なんてのは理想でしかない。通用するのは、それこそ大人と赤子ほどの力の差がある相手か、より強い庇護者があってこそだ。

 ある意味で反社会勢力と言っても良い今の俺にとって、日本の道徳観ほど邪魔な物は無い。

 

「よし、そうと決まれば明日から帝国に向かうぞ! コテツ達を解放したら、すぐにでも迷宮都市へと向かう。そしたらしばらくは、レベル上げに専念だ!」


 皆が頷くのを確認した俺は、ノルンから『エクスヒール』を掛けてもらった。


 むずむずするような不可思議な感覚と共に、右腕の先が1cmほど伸びる。

 それだけでも強い空腹と疲労を感じて、非常食である干し肉を水で流し込み、空腹を紛らわせてから眠りに堕ちる。


 俺はもう迷わない。例え相手に正義があろうとも、敵ならば倒し、必要ならば殺そう。身内のためならば、悪人にだってなってみせる。


 薄れゆく意識の中で、前世との決別を嫁と我が子へと誓った。



これにて、決別編は終了になります。

あらすじであっさり敵を殺すと書いてましたが、あーだこーだ書いてしまいました。

ちょっとくどかったかなぁと少し反省中です。


次回より撹乱編が開始しますので、引き続きお読みいただけると幸いです。

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