分の悪い賭けはしない
さて、これからどうすっかなぁ……。
陽が落ちて暗くなった街中で、俺は心の中で一人ごちる。
レオン・バロールに宿への案内を依頼された俺は、酒場から出て宿へと向かって歩いてた。
俺のすぐ後ろにはレオンが付いて来ており、マシロとノルン、ナオの3人は気付かれないように更に離れて付いて来ているようだった。
俺はあり得ないとは思いながらも、背中からバッサリやられないかと内心ヒヤヒヤだ。
たぶん、これは俺の奴への後ろめたさが感じさせてる幻覚なのだろう。
にしても、どうしよう? 正直、よく考えもせずに接触したわけだが、宿に着くまでにはどうにかしないとな。
ともあれ、今は時間が欲しい。
俺は路地裏に使って少し遠回りして帰ることにした。
路地裏へと入り、レオンに話を振ってみる。
「すみません騎士様。近道を使わせてもらいますので、少々足元が悪いですが勘弁してください」
「それは構わんが、何故、自分が騎士だと?」
「職業は歩き方でだいたい分かりますよ。これでも人を見る目には自信があるんです。あれ? もしかして……間違ってたら申し訳ないのですが、王国十剣のレオン・バロール様ではありませんか?」
まっ、完全に口からでまかせなんだけどね。
俺はレオンの方に振り向いて、彼の顔を見据えながら白々しく尋ねた。
「ふむ……君とは会った事はあったかな……? うーむ、記憶力には自信が有ったのだが、どうしても思い出せん。ここまで出かかってる気はするんだが」
「私も王国出身でしてね、レオン様の事は遠目に見て知っていた程度ですよ。きっとレオン様は、私の事を王国で見かけた程度なのでしょう」
実際は王国の孤児院で会ってるんだがな、まあ一言も話してないし、俺の影が薄いせいもあるかもしれない。『エアマスター』様様だな。
「確かにな、覚えていないって事はその程度なんだろうな。それより、宿にはまだ着かんのかね?」
「もう少しですよ。そうそう、レオン様ほどの方が直々に来るとは、余程の事でもあったのですかね?」
「いやなに、ちょっとした人探しさ。君は気にする必要は無い事だ」
「へぇー、もしかして、想い人とかですかい?」
「そんなわけは無かろう! 雑種のメスなど誰が好きになるものか! コホン……我は極秘裏に罪人を追っているのだよ」
おどけつつもカマを掛けると、激昂したレオンが思わずと言ったふうに情報を漏らした。
「ごっ、極秘の任務でしたか……それは、余計なことを聞いてしまい、申し訳ありません。それにしても雑種ですか……もしかして、あの子達かな? 見た感じ普通の少女達のように見えましたよ。何かの間違いじゃ?」
「ふん! 相手は薄汚い雑種のメスだぞ、見てくれに騙されると痛い目見るぞ! 自分の主も……コホン……とはいえ、我も法の番人たる騎士だ、雑種とはいえ悪と決めつけるような事はせん。まずは話を聞いてそれから断罪するつもりだ」
随分と沸点の低いかただ。
咳払いを一つして言い繕ったものの、彼の口ぶりからは混血種を罪人と決めつけているような節があった。
彼にとっての混血種は、俺にとっての野盗共のようなものなのだろう。
確かに混血種で犯罪に手を染める者は少なくない。だがそれは、混血種達は迫害される傾向にあるため、生きるために止むを得ずということが多い。
混血種を悪と断定する彼と、野盗を悪と断定する俺。そこに程度の差こそあれ大差は無い。
俺に彼を非難する権利は無い。かといって、このまま素直に断罪されるつもりも無い。
「それを聞いて安心しました。何でしたら私が呼んで参りましょうか? 私も少々深入りしすぎの感はありますが、この際、最後までお付き合いしましょう! レオン様もお忍びの様子を見るに、これ以上は目立ちたくは無いのでしょう?」
「確かにな。だが、それで君に何の得がある? いったい何が目的だ?」
「私も王国民の端くれですから、たまには騎士様のお役に立てたら……というのは建前でして。いえね、私もそろそろ、冒険者なんて危険な稼業から足を洗いたいんですよ。旨くいきましたら、騎士に取り立ててほしいのですよ」
建前を言ってるあたりでのレオンの胡散臭そうな表情を見て、途中から方向修正し、分かりやすい利益を求める冒険者を装う。
相手に信頼されるには、相手にとって納得しやすい動機を見せてやればいい。
「ふむ……なるほどな。見たところなかなか強いようだし、モラル的にも問題無さそうだ、それに普人族のようだしな……。よし! 今は単独行動中ゆえ約束は出来んが、君を騎士に推薦すると約束しよう。それで、君はこれからどうするつもりだ」
「ありがとうございます。それではこの少し先に、人気の少ない広場がありますので、レオン様はそこでお待ちください。すぐに彼女達を呼んで参りますので、後は煮るなり焼くなり……。私は逃げられないように伏せておりますので、後程合流いたしましょう」
まあ、煮るなり焼くなりするのは俺達だがな。
「なるほど悪くない手だ、良いだろう、今回は君に任せよう。だがいいか、今回の事は内密に頼むぞ。今は密命で動いているのでな、もし噂になるようなら……」
「もちろん、誰にも言いません。私も王国を敵に回すのは恐ろしいですしね。それでは、失礼します」
そう言って俺はこっそりとノルン達に手で合図を送ってから、レオンのもとを離れて先に進んだ。
少し先の広場を抜けてから建物の影に入り、しばらく待ってノルン達と合流する。
「ほんとアスラさんは悪い人ですね」
開口一番、ノルンはそう言ったが、言葉とは裏腹に何やら楽しげだ。
「軽蔑したか?」
「いいえ、感心してるのですよ。ああも平然と嘘を吐けるのですね」
「平然なわけあるかっての。内心、冷や汗タラタラだったんだからな……。それよりノルン、お前、あの会話聞こえてたのか?」
「はい、風魔法の『ウィスパー』を発動してましたからね。もちろん嘘かどうかも分かりますよ」
そういやそんな魔法もあったな。風魔法『ウィスパー』は音を遠くに届けたり、遠くの音を聞くことが出来る魔法だ。
そして、ノルンの固有スキル『真偽判定』も問題無く併用できるようだ。
「なるほどな。それで、あいつの言う事に嘘は有ったのか?」
「有りました。『悪と決めつけるような事はしない』云々は嘘ですね。きっとなんだかんだ理由を付けて、罪人に仕立て上げられるでしょうね。もしかしたら、問答無用で切りかかられるかもしれません」
やっぱりかぁ……。今の安全を取るなら、このまま逃げちゃうのも有りだが、後々を考えるとなぁ……。
たぶん、主がスズのような異種族を監禁していたという醜聞を広めない為だろう。
今は極秘裏にレオン1人が動いてるのかもしれないが、いつまでそのままでいてくれるかは分からない。
最悪は開き直られて、指名手配をされることだ。そうなってからでは、全てが手遅れになる。
何よりも今は、いつ殺るの? 今でしょ!
ってくらいの千載一遇のチャンスと言える。
問題と言えば、多少差別的なところはあるにしろ、レオンは悪人という訳ではない事だろう。
むしろモラル値を見る限り、善人寄りだ。俺のテキトウなでまかせを信じちゃうくらいだしな……。
ここで物語の主人公達は、説得してなんだかんだで味方にしちゃうんだろうけど、理想を抱いて死んでいったユーリくんと、残されたアウラさん達が脳裏を過ぎる。
例え相手が善人であっても話が通じるとは限らないし、むしろ正義を掲げる者ほど頭が固いイメージがある。
そんな奴を説得するなんて分の悪い賭けだし、俺にはきっと無理だろう。
それに、前世のニュース番組で報じられていた、ある種の事件も思い出された。
それはストーカー殺人事件と呼ばれる類のものだ。
前世で俺は「もし自分がその被害者女性の彼氏であったら何が出来ただろう?」と想像してみたことがあるのだ。彼女自体いなかっただろ、という突っ込みは無しでお願いしたい……。
相手は明らかなストーカー、いずれは何かやらかしそうでも今はまだ犯罪と呼べる事を犯していない。
取りあえずはまず、警察に相談はするだろう。
しかし、警察も実害があってからでないと相手を拘束したりといった強硬策は出来ない、出来たとしても警告程度のものだろう。
かといって、自分が出て行ってぶん殴って撃退するなり、脅すなりして止めようとすれば、途端に自分が犯罪者だ、自力救済の禁止という奴だな。
警察もストーカーを監視していられるほど暇ではないし、自分だって彼女の護衛に四六時中一緒に居るわけにもいかない。
結局何も出来ずに手をこまねいている内に、彼女の隙を狙ったストーカーに殺されてしまう……。悲しみはいかばかりであろうか、想像すらできない。
例え事件の現場に居合わせる事が出来たとしても、ストーカー撃退には注意が必要だ。
正当防衛が認められるのは、防衛のために止むを得ず相手を傷つけた場合のみだ。
相手が凶器を持っていたからと言って、先手必勝とバットでぶん殴ったり動けなくなるまで蹴り飛ばしたら、過剰防衛か下手したら傷害罪で訴えられる。
ストーカーにも怪我させないようになんて気を使ってたら、下手したら2人とも殺されるぞ?
被害者側に許される事をゲーム的に言えば、回避に防御、逃走にせいぜいがカウンター程度だ。ハードモードどころじゃない。
とはいえ、自力救済を認めてしまうことのリスクも理解はしているので、日本の法律が悪いと言い切れないのが難しい所だ。
こういうところを知ってしまうと、日本の刑法が被害者の為ではなく、社会的平和の為に存在しているのだと改めて実感させられる。
平和な前世ですら、社会的な正義を守るための犠牲となる者達がいるのだ。
こんな危険な世界で生き抜くには、他者の正義とぶつかるからと遠慮してる場合ではないだろう。
「よし決めた、奴を、レオン・バロールをここで殺す。皆には済まないが、俺を手伝ってくれないか?」
「もちろんです。アスラさんの敵は私にとっても敵ですからね」
「ご主人は命令すればいい、遠慮はいらない」
「ますたーにおまかせ」
俺がはっきりと明言すると、3人とも頷いてくれた。
「ありがとな……。それならノルン、マシロは宿に行って、イリスを呼んできてくれ。ナオは近くで隠れて待機だ」
「はい、イリスが到着次第、全員で囲んで倒すんですね?」
「いや、俺が背後から奇襲をかける。イリスは防衛に専念、2人はその後方から援護を頼む」
「任せてご主人」
「無理はするなよマシロ、ナオもだ。今回の敵は完全に格上だ、一当てして分が悪そうなら、撤退も視野に入れて戦うぞ」
「あいますたー」
「承知しました。コテツとアンズにも、いつでもスズを抱えて逃げられるよう準備をさせておきます」
俺は「頼む」と一言頷き、ノルン達を送り出した。
俺はダマスクソードを引き抜き、闇魔法『エンチャントダーク』を掛ける。
僅かに漏れる街の灯りを反射していたはずの刃は、闇に覆われ完全に夜に同化する。
闇魔法の『ダークサイト』と『ハイド』で暗視を可能として闇に紛れる。
風魔法の『デオドラーラ』と『サイレンス』で自らが発する匂いや音を少しも漏らさぬよう封じ込める。
久しぶりの隠密ミッションだ。
昂る気を抑えつつ、一歩一歩踏みしめ歩く。
一歩歩くごとに気配と心を殺し、徐々に存在をこの世から消していく。
傍目からは幽霊みたいに、スーッと消えていくように見えたのかもしれない。
目の前にいたはずの俺を見失って、ナオが珍しくあわあわしてるのが面白い。
「先に行くぞ、ナオは離れたところで待機な」
「あ……あい!」
「ふふ、俺はそっちじゃないぞ、じゃあ行ってくる」
明後日の方向に返事をするナオを置いて、レオンの背後に回り込むよう移動した。
はてさて、上手くいけばいいのだがな。流石に不意打ちで殺しきれるとは思えないけど、少しでもこちらの優勢に持ってければいい。
背後から見るレオンは、周囲を警戒しているようだが、こちらに気付いた気配は無い。
今すぐに不意打ちを仕掛けてこの緊張を終わらせたいという、逸る気持ちをグッと抑えチャンスを待った。
しばらく待つとイリスを先頭に、マシロとノルンを含めた3人が、レオンの前方から近づいてくるのが見えた。
レオンがそれに気付いたのは、俺が気付いたしばらく後の事だ。
彼が上半身を僅かに前傾させ、近づいてくる彼女達を注視した瞬間。
音も無く駆け寄っていた俺の黒刃が、彼の左肩から身体の中心に向けて振り下ろされる。
―――――ザシュ!
鎧らしき硬い手応えの後に、確かな肉を切り裂く手応えが還ってくる。
とった!
そう思った瞬間、何かが折れる鈍い音と共に、手にかかっていた抵抗が失われ、俺の上体は前につんのめる。
まずっ!
目の前の男が振り返るのが見える。
振り返ると同時に左手が腰の鞘を押さえており、右手が長剣を抜くのを俺は確かに見た。
俺は必死で上体を起こし、後方に跳び退ろうと急ぐ。
その間も彼の右手は着実に動作を続け、俺が飛び退った瞬間には彼の剣の一振りは完了していた。
俺のほうが動き自体は速い、しかし彼の一振りは俺よりも早かったのだ。
彼の剣には単純な速さではなく、長い修練の末に動作の無駄をそぎ落とした、熟練の技が可能とした早さがあった。
俺は後方に跳び退りながらも、右腕に焼け付くような痛みが走るのを感じていた。
10/7) 後半部分を加筆修正しました。長くなりすぎましたので、最後のほうは次話にまわします。




