慣らし運転
雨が上がり、やっと外に出られるようになったのは昼だった。
ラジ子と共にダンジョンへ向かう。
俺は武器として再び適当な木の棒を持っていた。
槍を買い直しても良いんだが、残金が心もとない。
とりあえずラジ子がどれくらい戦えるのか、
必要なものは無いかを確認してからの方が良いだろう。
一方、ラジ子は火炎放射器と短刀を装備していた。
二つとも、最初からラジ子が持っていたものだ。
ダンジョンに到着し、早速スライムを発見する。
スライムはまだこちらに気づいていない。
ラジ子は静かに短刀を抜き、小さく囁いた。
「いきます」
足を2、3歩進んだ所で、ブーツに取り付けられた車輪が唸りをあげる。
小柄な体が一気に加速し、スライムへと迫った。
その頃になってやっとスライムが警戒を見せるものの、その反応は遅すぎた。
ラジ子は勢いのまま激突し、その核に深々と短刀を突き刺していた。
「おおー……」
「この刃物は色々と使い道がありそうですね。奥が深いです」
ラジ子はにやりと口を歪める。
小柄な彼女が持つとその刃は結構大きく、その表情と相まってかなり怖い。
ラジ子ってこんな性格だったのか……。
今まででも意思疎通はできていたが、顔があるだけで
言葉には無い感情が色々とわかる。
引き続きダンジョンを進む。
先の部屋にスライム2体を発見した。
今度は走り出さず、ラジ子はゆっくりとスライム達の方へ歩いた。
当然、スライムはその体を大きく広げ、一気に飲み込もうと襲い掛かる。
ラジ子は緩慢な動きで左腕を折り曲げた。
肘の部分から黒光りする砲身が現れ、間を置かずに火を噴いた。
「くらいなさい」
「ァァァァ!」
スライムが悲鳴をあげて悶える。
火に弱いスライムは、大した抵抗もできないまま2体とも絶命した。
スライムが消滅したのを確認すると、ラジ子はこちらへと戻ってきた。
「マスター。片付きました。」
「ああ、お疲れ。何か体に違和感とかあるか?」
「いいえ。格闘戦については以前よりもはるかに調子が良いです」
ラジ子は満足そうに述べた。
余程刃物が気に入ったらしい。
だが、その表情に陰りができた。
「……ですが、火に関しては不足が否めませんね」
「……やっぱりか」
スライム程度なら十分だが、火炎放射器の威力は
若干威力が下がっているように見えた。
前の炎はスライム3体くらいなら一気に相手にできたが、
今の炎は2体くらいが限界だろう。
溶けた砲身を材料にした事、砲身を左腕に内蔵した事で
色々と制約を受けたのかもしれない。
「まぁ、スライム相手なら問題ないだろう」
「ボススライムには太刀打ちできないかもしれません」
確かに、以前の火力でもあれだけ苦戦したのだ。
今のままではボススライムを倒すのはかなり難しいだろう。
……正直、今のままスライムを狩り続けて生活するという方法も無いわけではない。
だが、5Gのドロップ品を求めて一日中ダンジョンに籠る今の生活は
あまりにも非効率的に見えた。
それにボススライムに挑もうとしなくとも、前回のように遭遇してしまう可能性もある。
何か対策を考えないといけないだろう。
色々と二人で考えながらも、ラジ子の試運転がてら、俺達……というかラジ子はスライムを狩り続けた。
◆
その日は幸い、ボススライムに会う事はなく、
予定通り20個ほどのスライム液を回収して町に戻った。
夕焼けに染まる道を進み、そのまま武器屋に向かう。
ボススライムは、液体からできた巨大なモンスターだ。
スライムの特性上、中心部のコアが弱点。あるいは火の魔法が有効。
……しかし、コアまではそれなりに体を貫通させる必要があり、長さの短い武器では難しい。
となれば、金属製の槍でコアを思い切り貫くのが有利だろう。
この時間、冒険者関係の店はどこも混んでいる。
人と人の隙間を抜け、なんとか展示品を物色するしかない。
店の端っこに、刃先以外は木製の槍が多数、箱に入っている。
前に使っていたものと同じ、1本100Gの槍だ。
その横には鉄でできた槍が置かれている。1本300G。
「マスター。あちらに火属性の槍が」
「お、マジか」
ラジ子が火属性の槍を見つけた。
ボススライムに対しては普通の槍よりさらに有効だろう。だが……。
「1000Gか」
「どうやら属性武器は高額なようですね」
「そりゃそうさ。普通の武器を作った後に魔法を付与する手間があるからな」
客が多少減ったのか、店主のおっさんが話しかけてくる。
ついでにいくつか聞いてみよう。
「耐久力は増えるのか?」
「いや、耐久力は変わらない。属性攻撃を受ける場合は変わってくるが……」
「つまり、火の槍は水攻撃には脆くなるわけだ」
「そうだ」
属性武器も、なかなか扱いが難しいようだ。
「武器とスキル以外に魔法を使う方法はあるのでしょうか」
「ああ、あるよ」
マジか。
おっさんは棚から箱を持ってきて空けた。
中には、不思議な模様を描かれた紙が入っている。
「符という道具だ。これを使えば数回、魔法が使える」
「なるほど、こういうのもあるのか」
意外な発見、というか掘り出し物だった。
イメージ的には陰陽師が使うような武器だろうか。
値段は最低ランクで一枚200G。回数は20回。
頑張れば、手が届かなくも無い。
十分な威力があるかは微妙だが、牽制くらいにはなるだろう。
◆
「とりあえず必要なのは、鉄槍と火の符かな」
「属性武器は不要ですか」
「値段が流石に厳しい。俺が使うって事もあるし」
武器屋を後にし、俺たちは食堂に来ていた。
今までと違い、ラジ子も一緒だ。
ラジ子は食事を食べる必要が無いが、
それでも一人より複数で食べた方が飯も豪華に感じる。
しかもそれが美少女メイドロボである。
「最高じゃないか」
「?」
「……いや、なんでもない」
思わず声に出してしまったようだ。
時折、男の客がラジ子に声をかけてくるものの、
ラジ子がテーブルの上の短刀を構えると、すごすごと去っていく。
後は、どうやら関節球体をみて人間ではない事を悟り、避ける者もいるようだ。
この無機物感が良いというのに。わかっていない奴らだ。
「とりあえず、鉄槍と符で挑めばいいんじゃないかな。
最悪逃げればいいんだし」
「火力が足りなければ追加で火の槍を準備、というわけですか」
「そうそう」
「必要な額は500G。スライム液100体分ですね」
「……3日、4日くらいで貯まるかな」
「私一人であれば一晩中狩り続けられますので、もう少し早めに達成する事も可能ですが」
「……いや、それはやめとこう」
前のように、ボスがいきなり出てくるかもしれない。
仮にその場に俺が居たからと言って何かできるわけでもないが、
万一にもラジ子が居なくなったら俺は終わりなのだ。
警戒して損をする事は無い。
「急ぐ話でもないし、無理に稼ぐ話でもない。じっくりやろう」
「かしこまりました」