新たな体
ギルドへの登録を終え、一通り情報を集めた俺達は
町はずれの寝床へと戻った。
幸い、考える時間はたっぷりある。
ちょうど町から出る頃、雨が降り出したのだ。
それも洒落にならない量の。
何をするにしても、雨が上がるまでは動かない方が良いだろうし、
服が渇くまでは何もしたくない。
しかも、ラジ子が火を出せないものだから火をつけるのに死ぬほど苦労した。
「……まぁいい。今後の方針を考えるか」
気を取り直し、まず状況をまとめる。
今日の被害としては、ラジ子の火炎放射の喪失。
そして俺の槍(100G)が溶かされて無くなった。
次に、今日得たもの。
レベルアップによるスキル強化と、ギルド登録による冒険者の地位。
一見大損のように見えるが、一つ気になる事があった。
ステータスカードで得た、俺のスキル情報だ。
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ヤマシロ・トオル
クラス:冒険者
スキル:ドールマスターLv3 自動翻訳
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「ドールマスター」
これは俺がラジ子を作りだしたスキルだ。
細かい事を言えば、森で俺達が魔法と認識していたのは
この世界ではスキルという分類になるようだ。
ドールマスターのレベルは現在3。
Lv1の効果は、ほぼ間違いなくラジ子の作成だと思う。
Lv2の効果は、ラジ子を大型化させた事だ。
おそらくドールマスターは、レベルが上がるたびに
仲間を強化していく効果を持っている。
……であれば、Lv3に上がった時もラジ子は強化されたはずだ。
Lv2の時は、レベルアップした瞬間にその効果が表れた。
何故、Lv3ではラジ子の強化が起きないのか。
ただ単に時間が足りないのか、それとも何か条件があるのか。
◆
「……」
考えてもわかるわけも無かったので、
とりあえず初心に帰ることにした。
紙を取り出し、イメージを固めながら図に落とし込んでいく。
ラジ子に求める、新しい姿を。
……と言っても大した発想でもないので、一時間くらいでそれは書きあがった。
「おーい、ラジ子」
「はい、なんでしょウ」
警戒のため、入り口を見張っているラジ子を呼び戻す。
「今から、ドールマスターの実験を行おうと思う」
「新たな仲間を召喚するのですカ?」
「いや、それは無理そうだ」
どうもラジ子ほどの仲間をもう一人、というには
感覚的に力が足りない気がする。
「だから、ラジ子の強化を行う。うまくすれば、今の形になった時のように
体を作りかえられるかもしれない」
「なるほど。ごもっともでス」
ラジ子も賛同してくれた。
もっとも、ラジ子が拒否をした事なんてほとんど無いんだが。
合意も取れたところで、図面を片手にラジ子に触れる。
スキルを使う感覚なんてわからない……が、
せめて図面に込めたイメージを必死に頭の中で思い描く。
ラジ子の欠点は、人間社会で目立つ事だ。
それは武装の喪失が無くともやがて直面した問題だろう。
理想は、どうせなら火炎放射器を復活し、町でも目立たないような体だ。
そう、ラジ子の改良案は、人型ロボット……いやアンドロイドだ!
◆
「……ダメか」
「そのようですネ」
いろいろやってみたが、結局ダメだった。
まぁ、そう都合良くはいかないよな。
「ところで、どのようなものをイメージされたのですカ?」
「ん、ああ……」
ラジ子が興味を持ってくれたようだ。
どうせだし聞いてみてもらおう。
俺はちょっと大げさにラジ子のニューボディを解説した。
「……つまり、今の装備を人形に取りつけるようなイメージでしょうカ」
「そうそう」
「人間の姿をする事で、町に溶け込み、手が使えるようになる事で無限大の可能性を
手に入れられるト」
「うんうん」
ラジ子はしきりに図面を眺め、うムムと唸っている。
意外と人の言葉に影響されやすいな。
この辺で切り上げておくか。
「ま、失敗したけどな」
「……これが、私の体」
「ラジ子?」
ふと、体の芯から何かが抜ける感覚。
そして、ラジ子の体がまぶしく光りだし、
繭のようなものに包まれた。
「ラ、ラジ子!?」
手を差し出す間も無く、繭は一瞬でラジ子の全体を覆った。
一体何が起きたというのか。
必死に呼びかけるものの、ラジ子の応答はまったく無い。
だが、ひとつ変化が起きていた。
繭の中に、何かが浮かび始めている。
「……人?」
それは、おぼろげながら人の胴体に見えた。
最も、手足は無く、頭と胴体だけだったが。
そして、それは非常にゆっくりとではあるが、
大きく……いや、手足が生えてきていた。
「まさか。成功したのか?」
足元に描いた下手くそな図面が目に入る。
今この瞬間も、ラジ子はこれに成ろうとしているのだろうか。
それからも、いくらか声をかけたものの、相変わらず
ラジ子からの応答は無い。
一方、繭の中の人影は既に肩と腰まで体を伸ばしていた。
「……仕方ない。朝まで寝よう」
とりあえず、この人影が成長しきるまで待ってみよう。
俺も、今日の戦いで結構疲れている。
冷静な思考と取り戻すためにも、一端休む事にした。
◆
「……きて、……起きてください、マスター」
「ん、ああ……」
聞き覚えのあるような、無いような声が聞こえる。
虚ろな頭のまま意識が覚醒し、まずは石のベッドの固さに体が悲鳴を上げる。
もう慣れ始めた、いつもの事だった。
だが、目を開ければそこには見覚えの無い『人の顔』があった。
「おはようございます、マスター」
薄青色の短髪に、感情の感じられない表情。
体のあちこちには球体の関節があり、
よくよく見ればそいつはあきらかに人間ではなかった。
しかし、俺を呼ぶその言葉には十二分に聞き覚えがある。
「……もしかして、ラジ子か」
「いかにも、ラジ子でございます」
体を起こすと、いつも傍にいたロボットはどこにも居ない。
代わりに、無残に破れた白い繭と、目の前の人形が一体。
そしてその少女型の人形は、今確実にラジ子と名乗った。
そう、ラジ子の強化は成功したのだ。
微妙に発音のおかしかった口調も、強化した影響からか滑らかになっている。
「……ただ、なんでメイド服なんだ」
「人間は服を着るものでしょう?」
「いや、なんでその服を選んだんだ」
「マスターの他人に対する注目度を参考にしました」
そう、人ラジ子はメイド服だった。メイドロボである。
蛇足だが、この町の住人は基本的に同じような黄土色の服装だが、
食堂のウェイトレスだけはそこそこ着飾った服を着ている。
そんなお姉ちゃん達を眺めていた俺を、ラジ子も
目聡く観察していたらしい。
「どうやら、ドールマスターのレベルアップによる強化は、私の意志がトリガーになるようです」
「ほう」
確かに、ラジ子が俺のイメージ図を認識した直後にあの変化は始まった。
ラジ子が必要だと思って初めて強化が行えた、という事か。
だが、前は一瞬で変化したのに今回は何故一晩もかかったのだろう
「おそらくは、機構の複雑さでしょう。
以前の強化の際は、思い返せばもっと大きな体が必要だ、くらいの気持ちだった……気がします」
「確かに、今回ほど複雑な変化は初めてか」
「はい」
設計図の段階では適当な〇で描かれていたラジ子の顔は、
そこそこ……いや、人形らしく造形はかなり整ったものに仕上がっていた。
発する声色も、かなり人間に近づいており
街中に居てもそれほど違和感は無い。
他にも、足に履いているブーツには以前の体のような車輪が取り付けられており
高速な機動が可能になっている。
「腕のギミックも問題ないようです」
決め手としては、左腕が開閉して
火炎放射の砲塔が出てくるようになっている。
もちろん、ちゃんと使える状態だ。
「強化は、大成功と言って良いだろう。
これなら、再びダンジョンに潜る事も難しくはなさそうだ」
「はい。お任せください」
「……相変わらずラジ子頼りになるだろうが、どうか頑張ってくれ」
「無論です」
突然顔を近くに寄せ、ラジ子は答えた。
それはいつものラジ子と俺の距離だったが、
今の姿でそれをされると色々と心が乱れる。
「私はマスターのしもべなのです。存分にこの体、お使い下さいませ」
「……いや、うん。よろしく」
俺の答えに満足したのか、ラジ子が一歩後ろに下がる。
冷たい表情に浮かぶ、整った唇がわずかに歪められた。