女王
朝。既に起きていたラジ子に起こされる。
ラジ子はあまり睡眠の必要がなく、眠りも浅いらしい。
俺なんて毎日7時間はぐっすりだ。
ちなみにクロスは眠る必要は全くないそうだ。
……もともとが鎧だし、そういうものなのだろう。
大して量の無い荷物をまとめ、受付の娘さんに会釈してから宿を出た。
「よし、行くか」
「はい」
ついにクイーンへ挑む時がやってきた。
クロスは既に着こんでいるので、ラジ子と共にダンジョンへ向かう。
ラジ子は当初、メイドっぽく俺の後ろに居る事が多かったのだが、
俺から頼んで最近は横並びで共に歩く事が多い。
「クイーンを倒せば、さらに収入が増えますね」
「ん?ああ、そうだな」
マンティスのドロップアイテムがスライムより高かった事と同じように、
3階のモンスターのドロップアイテムはもっと良い品をドロップするだろう。
「でも、危なくなったら逃げるぞ。別に今日勝つ必要もないんだ」
「はい、承知しています」
勝てなかったら、また新しく次の仲間を作ってから再挑戦が現実的な所だろうか。
正直、俺もラジ子も今以上の強化はすぐには難しい。
難しいとは聞いているが、なんとかどこかのパーティに入れてもらうのも手かもしれない。
ダンジョンに到着し、かつてのボススライムの時のように
最小限の敵だけを倒しボス部屋へ向かう。
部屋の真ん中にはクイーンマンティスと傍付きのマンティスが2体。
今回は作戦らしい作戦はない。
ラジ子はひたすら攻撃を避けて炎を叩きこむ。
俺とクロスは攻撃を受け流しつつひたすら火符を放つ。
あとは全て戦いの流れにまかせるしかない。
「俺に注意を引き付けられれば良いんだが」
クロスの防御力にもよるが、一撃貰えば致命傷のラジ子よりは
俺とクロスが防御した方が良いだろう。
「マスターにも、クロスにも限界はあるでしょう」
「そうだな。結局、互いに隙を見て攻撃するしかない」
そして、戦いは始まった。
先行してラジ子が走る。既にクイーンはこちらを発見し、警戒している。
だが、華奢なメイドの左腕から火炎放射器が出てくるなど
知らなければ想像もできるわけが無い。
突如、炎を顔面に向けて放たれたクイーンは激昂し、
配下のマンティスもそれに反応する。
「クロス!」
「はい」
鎧の中で声をかけると、響くように返事が返ってきた。
体がふと軽くなり、思い切り地面を踏みしめる。
強化魔法だ。
まともに着ればまったく動けない程の鎧にも関わらず、
体は普段よりもずっと軽く動く。
ラジ子に気を取られているマンティスに向けて、勢いのまま槍を叩きつけた。
「グァ……」
「トドメです」
ラジ子が一瞬こちらを振り向き、弱ったマンティスに炎を浴びせる。
ついでに俺もマンティスへ火符でとどめを刺した。
「キガァァァァ」
「よそ見はいけません」
マンティスを仕留めた俺に、一瞬クイーンは狙いを定めた。
だが、こちらに気を向けられたクイーンへ、ラジ子がさらに炎を一発あびせる。
しかし、たいした効果は見られない。
ラジ子も常に炎を使えるわけではないので、
どうしても散発的な攻撃になってしまう。
「それっ!」
だがその隙に、俺はもう一体のマンティスへ駆け出していた。
応戦するマンティスの攻撃を受け止め、力いっぱい弾き飛ばす。
姿勢を崩したマンティスに火を一発あびせ、とどめに槍を叩きつける。
これで、クイーンを守っていたマンティスは全滅した。
すぐさま、クイーンの攻撃をかわし続けているラジ子の援護に向かう。
だが、ラジ子と俺が交互に火で攻撃するものの、その勢いは全く衰えない。
本来、クイーンは中級の火炎魔法でも怯まない防御力を持つモンスターだ。
火符だけでは注意を逸らせない。
なので、胴体へ向かって思い切り槍を突き出す。
「ァァァァァ!!!」
「っ!」
槍は強固なクイーンの皮膚を突き破る程の威力は無い。
だが、クイーンの不満を得る事には成功したようだ。
クイーンはがむしゃらに鎌を振り回し、暴れ回る。
ラジ子はすぐさま回避し、攻撃の間合いから逃れる。
しかし、俺はそうもいかなかった。
まともに攻撃を受け止めるしかない。
「!」
だが、俺には重厚な騎士の鎧があった。
真横から振るわれた鎌を、盾で受け止める。
普通ならかつて冒険者のように吹き飛ばされて当然の攻撃を、
クロスの筋力強化魔法が抑えきった。
クイーンは俺を捉えたと思ったのか
もう片方の鎌もこちらに向け、俺とクロスを両腕で挟み込んだ。
それは本来、カマキリの捕食の動作である。
目の前にはグロテスクな口が大きく開かれ、俺の頭を飲み込まんとしていた。
「くらえ!」
左腕は鎌に阻まれて動かせないので、右手に掴んだ槍を離す。
空いた右手で取り出した、ありったけの火符を目の前の口に叩き込んだ。
弱い魔法は簡単に弾くその体も、
さすがに口の中への攻撃は耐え切れなかったらしい。
クイーンが声にならない悲鳴を上げる。
そして俺と、槍が手放される。
「おおおおお!!!」
渾身の力をこめ、クロスが強化魔法を全身に発動させ、
最大の一撃をクイーンの腹に叩き込む。
悶絶していたクイーンはそもそも上を向いており、
比較的柔らかい腹に、その一撃をまともに受けた。
槍はその腹を突き破り、クイーンはぴくぴくと痙攣しながら後ろに倒れた。
開いた腹の穴に、ラジ子が炎をあびせる。
クイーンはもう、反応すらしなくなっていた。
「……や、やったか?」
「マスター、お気持ちはわかりますが不穏な発言はお止め下さい」
思わず敵が復活しそうな言葉を言ってしまったが、
幸い本当にクイーンは動かなかった。
クイーンの体が少しずつ消えていく。
そこから、青色に輝く宝石が現れた。
ドロップアイテムである。
「これ、なんだ?」
「……魔石のようですね」
今まで見た事の無いような大きさの魔石だ。
そして、その横には大きなマンティスの鎌が残されていた。
鎌はボススライムの液と同じく通常のドロップアイテムだろうから、
魔石はレアドロップってところか。
まぁいい。この辺は町に帰ってから存分に調べよう。
「二人ともお疲れ様だ」
「マスターも、獅子奮迅のご活躍でした」
「クロスのおかげだ」
「……勿体ないお言葉です」
クロスは静かに賛辞を受け取る。
ボススライムの時と同様に、ボス部屋の隣には3階への階段が現れていた。
しかし今、これ以上進む余裕は誰にもなかった。
ラジ子は足元がぐらついているし、
クロスは表面が傷だらけだ。
俺だって、できればこのまま横になって寝たいくらいである。
さらに言えば、クイーンの鎌はそれなりの大きさで、
これを持ったまま3階に行くのは躊躇われた。
「よし、今日はいったん戻ろう。疲れたしな」
「そうですね」
まだ昼にもなっていないが、
2日くらい戦い続けたような気さえする。
それほど濃密な戦闘だったのだ。
3階はまた次の機会にしよう。
◆
「おう、いらっしゃい……クイーンを倒したのか!」
「ああ。引き取りを頼むよ」
持ち帰ったクイーンの鎌を持ったまま、
ギルドのドアを潜り抜ける。
色々アドバイスをくれたグランドへの報告という意味もあるが、
クイーンの鎌はギルドへ提出すると賞金が出るのだ。
賞金を出しながらグランドはクロスへと視線を向ける。
「そちらの騎士様は、パーティを組んだのか?」
「いや、こいつもラジ子といっしょだよ」
人間形態のクロスの腕を、正確には関節の中の空洞を見せる。
「クロスと申します」
クロスが一礼する。
グランドはクロスの整った顔と空洞の体を繰り返し見て、息をついた。
「こんなものも作れるのか。案外お前のスキルは有用なのかもしれん」
「こんなのとか言うなよ」
「いや、悪い悪い」
ひらひらと手を振りながらグランドが笑う。
……まぁ確かに、ドールマスターはわかりやすく強力なスキルでは無い。
どこまで成長しても俺の強さは据え置きだし、
召喚するロボットは俺のイメージに強く左右される。
おかげでラジ子は華奢なメイドロボになってしまったし、
クロスも俺の欲望がどこからか漏れたのか、人間形態では一見クールな女騎士にしか見えない。
だが、俺はこのスキルの、ラジ子達のおかげで生き延びた事もまた事実なのだ。
あの森から生還し、今や巨大なモンスターを倒すまでに至ったのは
間違いなくドールマスターの能力によるものだ。
と、そこで俺はもう一つのドロップアイテムの事を思い出し、
テーブルの上に置いた。
「そういえばクイーンからこれもドロップしたんだ」
「中級魔石か。なかなかついてるな」
「この大きさで、中級なのか」
目の前の魔石は、握りこぶし二つ分くらいはある。
ダンジョンに落ちていた魔石の5倍くらいだろうか。
宝石としては結構大きいと思うが、
中級というからには上級があるんだろう。
「どうするんだ、売るのか?」
「そのつもりだけど」
「どうせなら大きい町で売った方がいいぞ。この町で売っても、結局はイシューとか大きな町に運ばれるからな」
イシューの町とは、このアステの町の西に存在する比較的大きな都市……だったと思う。
基本的にアステにある武具は、そこから輸送されてきた物だ。
なのでこの町には、武器を1から作るような鍛冶屋はいない。
「どうやって行くんだ?」
「2週間に1回、商隊が出発する。それに乗っけてもらうのがお得なんだが……一昨日出た所だな」
「じゃあ、次に来るのは2週間後か」
歩いていけない事も無いんだろうが、
正直土地勘も無い土地を何日も歩きたくは無い。
「おとなしく待つか」
「それが良いでしょう」
「イシューはこんな所より色んな物がある。
今の内に軍資金を貯めておくんだな」
高く売れるなら、魔石ももう少し確保しても良いかもしれない。
クイーンから毎回ドロップするわけでもないだろうが、
2週間もあればあと数個くらいは狙っても良いだろう。