決着
目標の500Gは、当初の予想より少し早く3日ほどで達成できた。
300G貯まった時点で購入した鉄の槍は中々強力で、
俺でもスライムに有効打を与える事ができた。
……重い槍なので、筋肉痛が酷いという欠点はあるものの、
贅沢は言っていられない。
その後、200Gを貯めて火魔法の符を購入する。
これでボススライムへの対策は完了だ。
装備2つを追加しただけだが、500G……スライム液100個分の財産だ。
俺達にすれば、決して軽いものでは無い。
「よし、行くか」
「はい」
荷物をまとめ、ダンジョンへ向かう。
今日の目標は最深部の攻略、ボススライムの討伐のみだ。
いつものようにダンジョンを進み、最短経路で最深部へ向かう。
入り組んだ道ではあるが、毎日潜っていれば
それなりにマッピングできると言うものだ。
最深部の部屋は、他の小部屋よりも圧倒的に大きい。
その中心には赤いボススライムと、通常のスライムが2体いた。
部屋の入口の前で、俺とラジ子は互いに顔を見合わせた。
「……では、手はず通りに」
「ああ、頼む」
短いやり取りの後、ラジ子は車輪を動かして疾走する。
ラジ子は人間の動きを大体は再現できるが、
それでも体の構造は人間とは違うものだ。
その一つが関節で、足だけで急加速……つまり走ろうとすると
関節に相応の負荷がかかる。
あのギミックがなければ、実は満足に走る事もできないのだ。
スライム達はとっくにラジ子に気づいていたが、
ラジ子は構わず攻撃の構えを取る。
左手が折れ、むき出しになった砲塔から炎が噴き出した。
ボススライムはぶるぶると揺れたものの、以前の戦闘のような苦しい声は上げない。
どうしても威力が低いのだろう。
「炎よ!」
俺も駆け出し、ある程度近づいた所で火符を使う。
符の威力は使用者の魔法適正……武器屋のオッサンの言葉では、使用者の魔力に左右されるらしい。
サッカーボールくらいの火が、ボスへ向けて飛んで行った。
ちなみに、ラジ子は符を使えない。
どうも魔力が人間と異なるのか、うまく動作しないようだ。
というか俺も、この世界の人間と体の構造が違えば使えない可能性があったんだよな。
使えるだけ幸運と言えるのかもしれない。
「と、集中集中」
思考を現実に戻し、ボスへ足を進める。
俺からも一撃与えたものの、ボススライムは目標を完全にラジ子に定めており
こちらはほとんど無視されている。
だが、取り巻きのスライム達はそうもいかず、
ボススライムへの炎攻撃の余波でかなりダメージを受けていた。
再び火符を使ってスライムを仕留め、続けてボスに炎を浴びせ続けた。
事前にラジ子と打ち合わせた結果、
ラジ子ではボススライムを仕留められないというのはわかっていた。
再び火炎放射を例え壊れるまで使っても、ボスには届かない。
短刀も、分厚いボススライムが相手では核まで攻撃する事はできない。
ラジ子に槍を持ってもらう事も検討したが、
折角の機動力を考えればそれもあまり現実的ではない。
……となれば、前回同様俺がとどめを刺すしかない。
勝負の時は、
ラジ子の攻撃にボススライムがしびれを切らして一気に勝負を付けようとした時。
つまり、赤黒いコアを守る透明な体液層が最も薄くなった時。
(今だ!)
全力で駆ける。
ボスは依然としてラジ子しか見ていない。
小回りで逃げ回るラジ子にボスは苛立ち、体を大きく広げ始めた。
前回倒した時と同じ状況とはいえ、全身が溶解液の化け物に突っ込むというのは
そこそこ勇気がいる。
迷いを振り切るため、俺は声をあげて力いっぱい槍を突き刺した。
「おおおおお!!!」
「……アアァ!!」
ボススライムが絶叫をあげた。
巨体が身を揺らすと同時に俺も振り回されそうになる。
なんとか踏ん張ったものの、ボスが大きく揺れた所でつい手を離してしまう。
「ォォォ……!」
ボスには槍が刺さったままだ。
しかし柄は上を向いており、追撃する事は出来ない。
ダメ元で火符でダメージを与えるが、ボススライムは構わず俺へと向きを変えた。
その時。
「セイッ!」
ボスから注意を外されたラジ子が、
壁を蹴った勢いでボスの頭部へ体当たりの要領で体をぶつけた。
体当たり自体はまったく効果は無い。
だが、そのすぐ先には槍が深々と刺さっている。
ボスは絶叫を上げて再び身をよじるが、ラジ子は全身を使って槍にしがみついた。
押し込まれる槍が、着実に核を破壊していく。
俺も、ラジ子に当たらない範囲で炎を攻撃を重ねる。
そして、その時はやってきた。
「ァァァァァ……」
巨大な体が力なく倒れた。
押しつぶされないようにボススライムから飛び降りたラジ子を、体で受け止める。
「ありがとうございます」
「ああ、お疲れ様だ」
ラジ子を抱えながら、
圧倒的な存在感を放っていたボススライムが消えていく様を見届ける。
巨体が消えたその後には、ボススライムの液体しか残らなかった。
「今度は鎧はないのか。大損だな」
「……いえ、そういうわけでもなさそうです」
ラジ子がボス部屋の側面を指差す。
先程まで石の壁だったそこは、いつのまにか下り階段になっていた。
◆
十分に休んだ後、俺達は2階、正確には地下1階に降りる事にした。
ギルドでは、地下1階の事を2階と表現している。
どうも階段で移動すると、1階増えるという考えのようだ。
符の残り使用回数は5回、回収した鉄槍の状態は特に問題ない。
消耗したのは俺の体力だけだ。
1階の通路は床まで石作りだったが、2階は土や雑草の道だった。
実を言うと、2階のモンスターは既にギルドで確認済みだ。
マンティスと呼ばれるそいつは、行ってしまえば巨大なカマキリである。
大きさは少し背の低い大人程度で、強力な鎌を持つ。
弱点はスライムと同じく火。
しかもスライムのように液体ではないので、さらに火に弱い。
一方、防御力は中々のものらしく、火の魔法が無ければ苦戦する相手だそうだ。
1階の時と同じように、適当な道を選んで進む。
やがて見えた先の小部屋で、何か動いていた。
……あれがマンティスか。
まさに資料のまま、人間サイズのカマキリだ。
かなり不気味である。
「……よし、とりあえず攻撃してみるか」
「はい」
情報として必要なのは、何の攻撃で何回攻撃すれば倒せるか。
そして、ドロップアイテムはいくらで売れるか。
最悪これだけでも情報があればダンジョン2階での損得勘定はできる。
とりあえず、火符を使いマンティスに魔法を放つ。
火に滅法弱いというのは本当らしく、2回の攻撃でマンティスは焼け死んだ。
ドロップとして残ったのは……。
「鎌か」
「鎌ですね」
マンティスの腕がそのまま落ちていた。
火符の残り回数は3回。
よし、次に行こう。
何回か試した所、火符では1撃と1打撃程度。
ラジ子の火炎放射も、威力としては俺の火符と大体おなじ攻撃力のようだった。
一方、ラジ子の短刀や俺の槍は10回以上攻撃しないと倒せない。
その攻撃も凄まじく、鎌を振り回す敵に飛び込むラジ子には冷や冷やした。
とにかく、かなり極端な能力のモンスターのようだ。
◆
符を使い切った所で、町へ戻る。
道具屋でボススライム液1つとマンティス鎌5つをおばちゃんに差し出す。
「はい、95Gだよ」
マンティスのドロップは15Gか。
普通に考えれば、深い層のモンスターほど高い品を落とすんだろう。
というかマンティスの鎌は火さえあれば大した敵でもないのに、
あれだけ手こずったボススライム液と大体同じ額で売れるのか。
「マンティスはかなり儲かりそうだな」
「はい。ボスモンスターの価値は、次の階層へ進めるという点が
大きいのかもしれません。
ボススライム自体にはそれほど狩りの利益は無さそうですね」
火符さえあれば、マンティスを狩る事はそう難しくはない。
今後は、マンティスを狩っていく事になるだろう。
「それと。話は変わるのですが」
ラジ子が顔を寄せて、神妙に話しだした。
「宿をそろそろ借りる必要がありそうです」
ラジ子につられて俺も声を落とす。
「宿?」
「そろそろ野宿が厳しくなってきました。最近、不審な人間が洞窟に近づいています」
なるほど。
たしかにひ弱な男と、美人のメイドが野宿なんてしていたら
変なやつらが近づいてこない訳がなかった。
前のラジ子の風貌は、そういった所では防波堤になっていたのだ。
まぁ仮に前の姿のままであっても、いずれ盗賊に襲われる可能性はあったが。
「宿は一部屋50Gだったな」
「はい。生活費が一日100G程度必要になります」
「マンティスを15体で採算が取れるな」
同時に、符は20回で使えなくなる。
1日1枚、符を使い潰す感じがちょうどいいだろう。
「じゃあ早速、宿を使ってみるか」
◆
飯を食い終わり、宿へ向かう。
受付には、若い娘さんが立っていた。
「いらっしゃいませー。一晩50Gです」
「ああ、一部屋頼む」
「はい。ではどうぞ。」
宿は基本的に部屋の数で価格が決まる。
ベッド2つだけの部屋に10人の宿泊、などは
お断りされるが、5人くらいまでなら許容範囲のようだ。
娘さんは手慣れた様子で2階の部屋へと案内してくれた。
「おー。部屋だ」
宿なのだから部屋に案内されるのは当たり前だ。
しかしここ1カ月くらい、ずっと野宿だったのだ。
それほど立派では無いとはいえ、
この世界に来てから最上級の宿である事は間違いない。
一通り部屋の説明を受け、娘さんは戻っていった。
「鍵はかなり原始的なものですね」
ラジ子は部屋の色んな器具が気になるのか、
あちこち触りまわっている。
鍵は、内部からのみ閉められる構造のようだ。
貴重品は、受付に預ける仕組みらしい。
まぁ、鍵って実際に作ると結構複雑そうだしな……。
この世界の文明レベルではなかなか難しいのかも知れない。
俺はと言うと、ベッドを存分に堪能していた。
寝転がっている俺の隣に、ラジ子が座る。
「お気に召しましたか?」
「ああ……最高だ」
「それは流石に大げさかも知れませんが……。
とりあえず、これで衣食住はだいぶマシになりましたね」
マンティスによる収入と、住居の安全性を考えれば、
これからは宿住まいになる。
確かに、これで当座の目的だった衣食住の確保はできたと
考えて良いだろう。
「次は、どうするかな……」
「とりあえず、このまま収入を増やせばよろしいのではないでしょうか」
「そうだなぁ。とりあえず、2階くらいは攻略してみるか」
ドールマスターも、今日のボスの経験値で
そのうちレベルアップする、と思う。
仲間が増えれば、2階のボスを倒すのも夢では無いかもしれない。
少なくとも戦力を増やすのは損にはならないだろう。
ざっくりと方針を決定した俺は、早速ベッドを堪能することにした。