空腹の一週間
俺、ヤマシロ・トオルは飢えていた。
抽象的な意味ではなく、食糧的な意味で飢えていた。
俺は教室にいた。いつもの事だ。
だが、その外がおかしい。
周囲には異常な程の森が広がっていた。
ギリギリ日光が入るか否か、程度にまで木々が生い茂り、教室を取り囲んでいる。
さらに言えば木々や生き物も、見た事の無いようなものばかりだ。
特に植物や生物に詳しいわけではない。
だが、見覚えのある植物が一つもない、という事はわかった。
教室の周囲がこんなことになってしまったのは、つい一週間ほど前。
午後の授業中、クラス全員が居眠りしていた光景までは覚えている。
やれやれとか思っていると、俺も意識を失った。
そして気がつくと、教室の周囲がこんな事になっていた。
正確には、森の中に教室が現れたような感じだ。
ここまでは良い。
常識的に考えれば良くないんだが、
この事態について1週間も考えてわからなった以上、気にするだけ無駄だ。
森の中で目覚めた俺達はまず慌て、慌て疲れ、食糧も水も無い事に気付いた。
近くに川が発見された事で水の問題は解消したかに思えたが、
最初にその水を飲んだ奴が腹を壊した事で皆の目論見は頓挫した。
さらに言えば、食糧になりうるこの森の動物は異常に凶暴だった。
犬をみつけて襲い掛かった男子生徒は、犬の群れに噛み殺された。
他にも、同じような犠牲者が5人ほど出た。
それでも、森を抜ければなんとかなると数人が言って
森の奥へ歩き出し、帰ってこなかった。
◆
翌日。つまり2日目。
周囲を捜索していたある男が、訳のわからない事を言い出した
何でも、魔法が使えるようになったのだという。
最初は信じたくなかったが、
実際に手から焚き火くらいの炎が出ているのを見せられると
誰も反論できなかった。
そいつの他にも同じようなやつが現れた
水を出したり剣を出したり飛んだりと色々だったが、クラスの半分くらいが
そういう状態になった。
委員長はこれで生き延びる事ができると一瞬喜んだ。
彼は何の能力も出なかったが、各自の能力の説明し、
少なくとも生き延びる事ができる事を主張した。
特に、煮沸消毒で水が飲めたのは大きい。
魔法が使えない者も、手当たり次第に物を燃やし、水を飲んだ。
その翌日、この森に来てから3日目。
魔法使いと呼ばれた奴らは全員いなくなった。
まぁ普通に考えれば、森の外に出ようとするよな。
俺もこんな所からはさっさと帰って
ゲームやらジャンクフードやらを楽しみたかった。
気の根っこで空腹を紛らわせるにも限界はあるのだ。
だが、凶暴な動物による怪我人は増える一方で、
俺にしたって、空腹の不満より恐怖が圧倒的に勝っていた。
◆
森に来てから4日目。
また一人魔法を使える奴が現れ、そいつは一時間もたたずに森の奥に消えた。
委員長はそいつを必死に引き止めたが、そいつの魔法、怪力の力を止める事はできなかった。
それから魔法使いはもう現れなかった。
既に皆、ここから脱出するには魔法を使えるようになるしかないと
確信していた。
だが絶望的な事に、どうやら全員が全員、魔法を使えるようになるわけではないらしい。
既に精神的に限界だった委員長と、他複数名が去った。
勿論魔法なんて誰も使えない。
数に任せて森を突破しようというのだ。
大多数が賛同し、少数が残った。
俺は、残った。
既に正気の判断ができる状態ではなくなりつつあったが、直感的な恐怖が
まだ俺を支配していた。
◆
5日後の夜。
誰もいなくなった。
もう、ここに居るのは俺だけだ。
そもそも何で俺は行動しなかったんだろう。
魔法使い達に頼み込むなり、委員長達についていくなりの方法は確かにあったはずだ。
だがすぐに恐怖が俺を支配する。
最初に、狂犬に殺された生徒を見つけたのは俺なのだ。
このままここに居てもどうにもならない事は理解しているが、
あの獣たちから逃げ切る事が出来るとは思えない。
手元の紙を見た。
そこには手慰みに書いたものが描かれている。
最近買ったゲームに登場する、ロボットが描かれている。
まったくこの状況を改善する訳ではないが、
思考だけでも別の事を考えたかったのだ。
2枚目の紙には全く別のロボットが描かれている。
そこには、俺の願望が丸出しで描かれていた。
この状況を打破できるとすれば、それはどのようなロボットか。
俺が描いていたのは最小限の整備で動き、燃料を使わず、獣を殺し、炎を出す。
そんなロボットだった。
なんとも見事な現実逃避だったが、
ついにそれを咎める理性もやる気をなくし、
俺はやがてメモの中の事だけを考えるようになっていた。
樹の根をかじりながら手元のメモに書きなぐる。
妄想は加速していく。
どうも同じような絵をずっと描いているような気がする。
だがそれを止める自我も、他人も、どこにもいなかった。
いつの間にか夜になり、そして再び太陽が昇っていた
◆
そして今日。
俺はついにぶっ倒れた。
……いまさら気づいたが、ひたすら齧っていたこの木の根。
これ、頭がおかしくなる系の『あかんやつ』だ。
手元のメモが目に入る。
そこには昨日からひたすら描き続けたものがあった。
燃料を使わず、獣を殺す刃を持ち、炎を出す。
そんなロボットの絵。
体感時間では数時間。現実ではおそらく数分が経ち、
俺は最後になるであろう言葉を発した。
「助けてくれ……」
なんでもいいから、助けてくれ。
魔法でも、奇跡でもなんでも良い。
しかしそれ以上思考する力すら既に無く、やがて俺は気絶した。