第6話 ワイズマン襲来
ワイズマン。
反感情性武器組織という名前からも分かるように、感情性武器の導入に激しく反対している組織だ。そもそも感情性武器は人間の感情を武器に変えて戦うもので、感情というものを戦いに導入するのは非人道的だと批判する声は当初からずっとある。
さらにどんな時でも好きな感情を出せるよう訓練するということは一歩間違えれば人間そのものを壊してしまう可能性がある。
先ほど例をあげたが、重傷の仲間を治療するときに喜ばなければならないというのは確かに狂っていると思われてもしょうがないことだった。
そんな声は小さくなく、この国の上部が抑え込むには少しばかりきついものがある。故に感情性武器を導入しつつもどっちつかずという中途半端な対応をしているのだ。
結果、抑え込まれないことをいい事に過激なことをやりだす組織が出て来てしまってもしょうがないだろう。その1つがワイズマン、賢き者だった。
ちなみにこのネーミング、賢き者とは賢く、自分の感情を制御できるような人間を指しており、完全な皮肉となっているのだ。
ワイズマンはとても有名で過激な組織なので生徒たちも知っていたみたいだ。その単語に先ほどまでのふざけた空気は消し飛び、顔には緊張感と恐れが浮かんでいた。
教師も思わず顔をしかめる。
(時間はまだ授業中だぞ・・・!学校内にはほとんど生徒が残っている・・・!)
そこをあえて狙ってきたのかどうかは分からない。しかし、今一番襲われてはまずい時間であることは確かだ。新任教師は一瞬校舎内の生徒の事を考えたが、その前に自分のクラスを守らなければ、と思いなおす。
(不安ではあるが・・・校舎内には俺よりも強い先生がたくさんいる・・・俺は・・・)
Ⅶ組を守らなければ。
生徒の不安そうな顔を見て尚、そう思う。こんな時に安心させるのが教師の仕事でもある。教師として、1人の大人として生徒を守らなければならないのだ。
絶対に怪我をさせるわけにはいかない。
「みんな、安心してくれ。みんなのことは俺が守る。だから今のうちに非常通路へ・・・」
と言いかけたときだった。
校舎の方向から10人程度の影がこちらに向かってくる。大きなマントを身に付け、顔には仮面をつけていた。仮面の形は顔全体を隠すものから、目元だけを隠すものまで様々であり、その形や模様までバラバラだった。
そんなまさに怪しげな集団がものすごいスピードへこちらに近づいてくる。近付いてわかることではあるが、背丈までバラバラだ。今の格好だけでは分からないが、性別もバラバラなのだろう。
教師はそれを見て小さく舌打ちをした。
早過ぎる。もうグラウンドまでの通路を突破されてしまったのか、それとも大人数で手分けしているのか分からないが、これでは逃げることが出来ない。
黒いマントに仮面。それはワイズマンの証。
生徒たちはそれを見て思わず怖気づいてしまう。ただでさえ危ないという前情報があるのにこの格好はさらに威圧感がある。無理もないだろう。
「教師の方かな?」
「・・・・・」
そんな同じ格好をした集団のうちの1人が新任教師に声をかけた。
声は低い。恐らく男だろう。背も高く、すらっとしているが目元を隠す胡散臭い仮面が一気に全てを台無しにしている。
基本同じ格好をしているワイズマンたちではあるが、その男の仮面だけはなぜか『Ⅴ』という英数字が大きく書かれている。
それを見て教師は「『数字持ち』か・・・」と苦々しい顔をしていた。
ワイズマンは組織だ。世界中に分布しており、その人数は不明。ワイズマンたちにも把握できているのかどうか怪しいと言われるぐらい多いのだそうだ。
基本は黒いマントに怪しい仮面という格好なのだが、その幹部的な立ち位置にいる人間の仮面にはⅠからⅩまでの英数字が刻まれている。
Ⅰが一番強くてその次がⅡ・・・という序列で決められているわけではないらしく、そもそも強さを基準にしたものなのかもわからない。
ただその全員が他の構成員よりも明らかに異常だと言われていた。
「ああ、そうだが」
「よかった。それでは話は早い。私たちは感情性武器を根絶するためにこうして動いている。だから感情性武器を使える後継を見逃すことは出来ない」
教師はまた苦々しい顔をして武器を握りこむ。
戦闘は避けられない。教師は先ほどとは違う柄を握りこみ、日本刀の刀身が現れた。色は薄いピンク。教師が得意といっていた『喜』の感情だ。
問題は3つある。
1つ、生徒を守りながら戦わなければならないこと。
2つ、相手の人数がこちらの戦える教師1人よりも多い事。
3つ、この教師の得意な『喜』の殺傷能力は他の3つの感情よりも圧倒的に低いこと。
それでも教師は武器を握る。
勝てる見込みがなくともこの『クラス』の生徒だけは絶対に守らなければならない。命に代えても。
「まずは・・・!」
教師はさらに日本刀の柄を思いっきり握り直す。
すると薄いピンクで出来た刀身が弾け、その弾けたオーラのようなものが教師自身を包む。教師が得意としているのは『喜』の中でも『強化』。
身体能力などを強化するものが得意なのだ。
再び日本刀の刀身は元の形に戻る。
教師はため息1つ吐くと一瞬日本刀の刀身が消え、次の瞬間には赤い刀身が現れていた。先ほどよりも短く、脇差のような長さになっている。
『怒』。
得意な感情ではないため、30%程度しか武器の性能を発揮することが出来ないが、それでも殺傷能力は得意な『喜』よりも上だった。
「・・・・・ッ!」
走る。
地面を蹴り、相手の『数字持ち』に向かってひたすら走っていく。
それを見て相手は薄く笑った。
「そんなに生徒さんと離れていいのかな」
相手は鞘から刀を出す。
それは感情性武器ではない。普通の刀だ。
刀と刀がぶつかり合う。鍔迫り合い・・・にはならない。普通の武器で感情性武器と互角に渡り合うことは難しい。だから『数字持ち』の『Ⅴ』は相手の攻撃をひたすら受け流しているのだ。
攻撃しても刀身の側面で綺麗に逸らされる。
それも並大抵の腕ではできない。相手はかなりの強者らしい。
「・・・・・ぐっ!」
どう攻撃しても逸らされる。
『怒』は単純な攻撃力の高い感情。しかし得意ではなかったらこの程度なのだ。
そうこうしている間にまわりのワイズマン構成員が生徒の元へ。
先に到達しそうなのは2人。それを視界に入れ、教師は駆けた。一瞬姿が消えたようにも思えたが、それは違う。足を強化していた産物だ。
一瞬で生徒たちの前に現れ、一番先頭を走っていた2人を脇差にも似た長さの刀を思い切り叩きこんだ。殺傷能力を消している状態ではあるが、人間にも効くように設定し直している。殴られただけでもかなりの威力だろう。2人が勢いよく倒れた。
「無茶をする教師だ・・・」
そんな人間離れした攻撃を見ても尚、『Ⅴ』の笑みは消えない。
教師は逆にかなり苦しそうな顔をしていた。『Ⅴ』は知っていたのだ、教師の無茶を。
『喜』により爆発的に高められた身体能力は無償でその効力を出せるわけではない。それに見合った代償・・・この場合無理に体を動かしたダメージが教師に与えられる。
一瞬姿が消えるほどの移動は一度するだけでも足が壊れそうになるぐらいの痛みを受けてしまうのだ。
(やはり・・・感情性武器に反対しているだけあってかなり詳しく調べてあるか・・・)
『Ⅴ』は残りの8人を一気に生徒たちの方へ送り出す。しかも1人1人の距離があいているため、全て倒すにはそれなりに移動しなければいけないのだ。
教師をより動かすための配置。
それでも・・・教師は再び刀を構え直した。
「お前たち!はやく非常通路まで・・・!」
道を開く。
その意味も込めて教師は叫んだ。叫んで・・・自分の横を綺麗に通り過ぎていった人物を見て、唖然とした。教師の横を通り過ぎたのは・・・。
「一閃ッ!」
そう言いながら青い刀身を発現させた姫椿はワイズマン構成員に近付き、刀を腰から一気に引きぬいた。鞘なんてない感情性武器にその動作は本来不要だが、姫椿のそれは居合。
高速で抜かれた青い刀身が相手の刀や銃を切り裂く。
「設定の仕方が分からないが・・・相手の武器は壊せるらしい」
姫椿は相手を殺すつもりで斬った。
しかし斬れたのが武器だけだったのが不満な様子だ。
「姫椿!危ない、下がって・・・」
「先生。あなたが前までどこにいたのか、どのような道を目指していたのかは分かりませんが、あまり私たちのことを理解出来ていないようで」
そういつものように話し始めた。
「ここは軍学校。志低い人間もいるが、軍に入りたいという人間もいるということを」
軍学校。
就職にいいという理由だけで入る人間も多い学校ではあるが、基本は軍隊に入るための人間を育てるためのものである。入学する時にある程度に危険があることも承知していたし、その危険で死んでも責任は取らないという旨の書類も記入した。
全員が全員そうではないが、中には志高い人間もいる。
そしてなにより、厳しい軍学校の入試試験をクリアした者たちだ。そこらへんにいる人間よりは遥かに強い。そして強いという自負だって生徒にはある。
教師は過保護だった。
舐めすぎていたのだ。
座学担当にしては動ける教師ではあったが、そんな教師よりも強い・・・軍学校の生徒がいるということを理解していなかった。
「我がクラスは腑抜けばかりのようだが・・・私1人でも問題はない。全員、殺す」
そのセリフに。
明らかに煽るようなそのセリフに引っかかった2名がいた。
坊主と長髪が。
「何言ってんだクソ野郎!俺だって覚悟ぐらい決まってるってのふざけんなあ!」
「俺もだ!このクソ坊主よりかはずっと強いぜ馬鹿野郎!」
先ほど手にした感情性武器を手にして叫ぶ。
手にした柄からは赤い色の刀身が伸びていた。ちなみに長髪の伊達の得意感情は『怒』であるが、見岡の得意感情は『喜』である。
姫椿に煽られた怒りに任せて、まるで制御できていないのであった。
それでも3人は相手の武器を破壊していく。
連携なんて何もない、ただひたすらに力だけで攻撃しているのだがそれでも強い。ワイズマンは全員が武術をやっているわけではないため、素人だってたくさんいるのだ。
「ちっ!武器が効かねえなら素手で!」
感情性武器の設定の仕方が分からない生徒たちを見て、生身で襲いかかるワイズマン構成員。武器にしか効かないのなら武器を使わなければいい。
子供と大人だ、体格の差だけでも十分に抑え込める。そう思ってのことだったのだろう。
その構成員の手は掴まれ、その勢いのまま思いっきり地面に叩き落とされた。
背負い投げに似た格闘術。
基礎中の基礎の動きではあるが、それが今回は綺麗に決まった。
「わ、私だって頑張ったんです!」
納谷。
元気な印象を受けるショートカットを揺らして大の大人を投げ飛ばしたのだ。
「よ、よかった・・・成功した・・・」と納谷は安堵する。まわりにいる女子もその光景を見て思わず拍手をしていた。
「ぼ、僕も・・・」
そう言って青い刀身を出したのは比嘉遊里。
そして隣でどこか面倒そうにしているのは宮代央太だった。
「俺、あんまり強くないんだけど・・・」
「ぼ、僕も・・・」
遊里は言いながらも戦闘に参加する気なのだろう。姫椿ならまだしも、あの元気で女子っぽい納谷が大人を投げ飛ばしたのだ。このまま呆けているのは男としてどうなのだろうと考えた。
強い男を目指すためにも・・・ここは退けない。
しかし一方央太は露骨に嫌そうな顔をしていた。
(普通にみんな戦っているが・・・相手は武器を持っているんだ・・・当たったら痛いどころじゃ済まないぞこれ・・・)
軍学校に入っているとはいえ痛いものは痛い。
それに死ぬ時だって死ぬ。死ぬのが怖いとかそういう話はまだよくわからないし、考えるのも面倒だが怪我をするのは嫌なのだった。
人の多い位置にいれば戦っていなくてもバレないかもしれない。
そう思ってあたりを見渡すが・・・。
「なにやってんだあいつ・・・」
後方でうろうろとしながら、身を低くして明らかに戦いに参加しないようにしている人物が1人。
自由ヶ丘だった。
「うへー・・・これはやばいっす・・・」
央太と似たような顔をして、やる気がなさそうに呟いた。
そんな一部の例外があるものの、8人近くいるワイズマン構成員といい勝負・・・いや明らかに優勢にたっている生徒たちを見て教師は唖然としていた。
明らかに自分より動ける生徒たち。これが・・・。
「これが軍学校・・・」
最初は怖がっていた生徒も果敢に戦うクラスメイトの姿を見て、参加するものやかなり優勢に戦っている様子を見て「自分でもいけるんじゃないか?」と自信を持ち参加するものなど、結局はクラスのほとんどが参加することに。
これで9対30以上。数の差でも勝っている。
感情性武器の扱い方が分からず、いまいち上手く動けていないし、連携だってとれていない。敵を吹き飛ばした先に味方がいたなんてことはざらだ。
それでも押している。
武器を破壊した後、格闘術でとどめをさしていく。ただ気絶させたり、一時的に行動不能にしているだけだが、相手の立ちあがれるものがどんどん減っていった。
すごい。
教師も走り、目指すは『Ⅴ』の元へ。先ほどから構成員がやられているのに笑うだけで危機感のない人物に向かって全速力で駆けていく。
(Ⅶ組への俺の考えを・・・改める必要があるな)
そう思いながら。
教師の感情性武器と相手の刀がぶつかる瞬間。
ちょうど生徒や教師とワイズマンを分断する形で赤い、そしてドでかいレーザービームが校舎から放たれ、通り過ぎていく。
幸いなのか、残念なのか誰にも当たることはなかったが・・・。
驚愕。
そんな空気が場を包んだ。
○
数分前のことだった。
Ⅶ組がグラウンドで感情性武器の初授業をやっている中、当たり前ではあるが他のクラスは教室で座学を受けていた。それは優秀なⅠ組だって同じことである。
Ⅰ組の教室はしかし他とは違い眠そうな雰囲気は一切ない。みんな真剣に授業を聞いて、ノートを書いていく。これがあるべき姿なのだろう。
そんな日常も長くは持たなかった。
警鐘。
ワイズマン襲来という警鐘は生徒たちにはよくわからなかったものの、その担当していた座学の教師の慌てっぷりからただ事ではないと理解していた。
「み、みなさんは今直ぐ非常通路へと・・・」
慌てている教師の説明の最中にパリィンという音が響いた。どうやら廊下近くの窓が割れてしまったらしい。1年生の教室は2階にある。
もうすでにワイズマンは2階に来ているのか。
(窓が割れた?偶然・・・なわけないわよね・・・・・)
それでも動じない。冷静な生徒がいた。
長く綺麗な金髪を揺らし、それを一部分リボンでまとめている。透き通った肌は全てを魅了し、人間離れした美しさ、可愛さを感じるような容姿。
お嬢様のような外見ではあるが、この1年生の首席。
一之瀬・アルフィーノ・イリス。
彼女は静かに手を挙げた。
「先生、感情性武器発現許可を」
「え・・・」
教師は驚いたような顔をしていた。
しかし次の瞬間には神妙な顔つきになり、「許可する」と呟いた。この教師は軍学校に所属して数年経っている。だから理解していたのだ。
この軍学校というものを。
普通とは違うということを。
とはいえ、もちろんその普通じゃなさを強要はしない。戦いたくない者を安全に通路に移動させるために教師は動き始めた。
「ワイズマンの襲来だ。戦える者は武器を手に、迷っている者、戦いたくない者はすぐに非常通路に移動する。だとしても危険だから常に感情性武器は持つように」
ワイズマンという単語に教室が一瞬騒がしくなるも、すぐにそれは収まった。
さすがⅠ組と言ったところだろうか。教師も戦えない者ではなく戦いたくない者と言ったのには少し気遣いのような者が見えた。
みんなが感情性武器を手にする。
「・・・・・」
イリスは手に拳銃を持つ。
すでにⅠ組では何回も感情性武器についての授業が行われており、他のクラスよりも所持している感情性武器の数が違う。
それを構えながら教室の扉を見た。
(いきなり開けてこちらから廊下に飛び出るのは危険・・・)
もしかしたら教室から出るのを狙ってすでにスタンバイしているかもしれない。
このままいきなり扉を開けるのはかなり危険だろう。拳銃で威嚇しながら開ける手が一番いいと判断し、扉の方にその銃を向けた。
(そもそもなんでいきなり来るのよ)
構えながらもイリスはそう思う。
事前に行くと伝えるような平和ボケした組織なんてないとは思うが、それにしても今じゃなくてもいいと思ったのだ。
今は歴史学の授業の時間。イリスが最も興味のある授業だった。
(あー・・・苛々してきた・・・!私の好きな授業を潰すなんて許せない・・・!)
怒り。
イリスに収束していく。感情性武器がそれに反応し、ガラス玉には『怒』の文字が表示され、拳銃自体が赤いオーラのように包まれていく。
怒りに反応して強まっていく力。
イリスは威嚇射撃程度の攻撃をするつもりだった。
しかし自分の中に沸き上がる怒りを抑えることができず、その力はどんどん高まって行き・・・予想以上の威力になりつつあった。
それに気付かず・・・一気に引き金を絞った。
「・・・・・ッ!」
発射されたのはとても拳銃から出たとは思えないレーザービーム。巨大なそれは一直線に進んで行き、教室の扉をぶち壊して、さらに校舎を破壊しながら突き進む。
その光景を見てⅠ組のクラスメイトだけではなく、イリス自身も驚いたような顔をしていた。
「しまった・・・力を強くし過ぎた・・・」
一応殺傷能力はオフにしている。
とはいえ、人に効かないだけで物には反応するので校舎は確実に壊れていくのだが。それに最悪当たったらショック死するのでは?というレベルなのだ。
レーザービームが飛んで行った方向は恐らくグラウンド。
「まあ・・・グラウンドなら問題ない・・・でしょう・・・」
教室のある方向じゃなくてよかった、とワイズマンが襲来しているのに場違いなことを考えてしまう。
グラウンドにとあるクラスが集まっていた、とは思わずに。
ようやく戦いに入っていけましたが、この章でやりたいことはまだできていません。もしよければよろしくお願いします。