第3話 探し求める欠点
帰路につこうとしたのだが、校門前で遊里と別れた後、央太は1人校舎の中へと戻っていった。
玄関でまた靴を履き替え、1階の廊下を突き進んで行く。しばらく歩いていると開けっ放しになっている扉を見つけた。これは下校時間まではずっと開けっ放しになっており、その先は外になっている。
扉を越えると少しだけ強めの風が吹いた。ここからはグラウンドの様子を見る事ができる。この時間帯はグラウンドの一部を自主練習用に開放されているはずだ。
何人かの生徒がグラウンドで走り込みをしたり、実戦のような訓練をしている光景が見える。
央太はそれを一瞥してからさらに歩を進めた。
第4軍学校は授業や特別教室などがある大きな学校である。グラウンドも規格外の大きさではあったが、校舎もそれなりの大きさがあるのだ。かなり多くの特別教室がその主な理由だった。
それでもやはり収まりきらない施設がある。それは校舎とは別に建物を作り、こうした常に解放されている外にある通路を通ることで靴を履き変えなくても移動が可能なのだ。
少し歩いたところにその目指すべき建物があった。
図書館だ。校舎が新しめの外装だったのに対して、図書館の方は少しだけ古ぼけている印象がある。
央太はすぐに入り口から中に入り、受け付けを通る。生徒ならば誰でも立ち入ることが出来るので制服を着用しているだけでそれが通行証になるのだ。
もし、他校の生徒が制服を借り、立ち入るという場合もないわけではないのかもしれないが、そこまでして読みたい本もないだろう。
校舎と同じく大きな建物ではあるが、ここらへんにはこの第4軍学校所属の図書館と同じ大きさの一般市民に開放されている図書館がある。
本の品揃えも同じ程度なのでここの生徒ではない者はそちらに行く事が多いのだろう。
「・・・・・」
図書館に入ると中には巨大な棚がいくつもあった。
1つ1つの棚にびっしりと本が詰められ、本好きにとっては天国、そうでないものにはこの光景だけで胸やけしてしまいそうなほどである。
現代にしては珍しい本に貼られているラベルには第4軍学校と記されていた。
この時代、そういうもの全て含めて機械で管理するという手があるにも関わらず、この図書館は今でも受付に本を差し出し、紙に必要事項を記入して借りるという少しだけ古臭いやり方がとられていた。
機械で管理するよりも盗難や、長い間返却しないなどの件数が減ったことが理由らしい。
入学式当日のはずの央太は一度来たことあるかのようなスムーズさで図書館の中を移動する。入学式前に一度、ガイダンスとして図書館の使い方を習った時に隅々まで歩きまわった結果だろう。
ガイダンスを受けるのが面倒でこの広い図書館で隠れながら移動していたということなのだが。
央太は図書館1階の奥まったところにある歴史書コーナーに辿りついた。そこにあったのは鷹丸国で一般的に使われている漢字や、ひらがな、かたかなで書かれたものもあれば、全く読むことのできない他の国の言葉で書かれているものもある。
当然だ。この歴史書コーナーには鷹丸国の歴史について書かれたものはもちろん、他の国のことについて書かれている本も取り扱っているからだった。
もちろん央太は基礎的な外国語しかできないので手に取るのは和の書。軽く開いてみると書かれた年代が古いからか、一番知っている言語のはずなのに理解できない言い回しなどがいくつかある。
気にせず目次を開き、今日大事な放課後の時間を削ってまでしたかったことを確認する。
「あった」
小声で呟く。
央太が手に取ったのは軍歴史書。歴史の授業で習う歴史的なことから最近のことまで軍や戦争に絞られて書かれている本の最新版だ。
戦争について細かな事実や、その戦争で活躍した人。戦争以外でも外交や資源保有量についての話し合いに参加した者の名前などが記されている。
央太が目次で見たものはとある国の名前。
「リィンベール国」。鷹丸国では英国と呼ばれている国だった。分厚い本をめくり、リィンベール国のページを開き、1枚1枚読んでいく。
央太が探していたのはリィンベール国の英雄たちの名前。今見ているページにも今まで様々な功績をたてた歴史的英雄の名前が書いてある。
大活躍した者から、細々と活躍したものまでずらりと名前が連なっていた。
「・・・・・」
膨大なページ数と細かい字にあてられながらも、必死に読み続ける。
歴史の授業で習うような有名な名前から聞いたことのないような小さな功績をたてた名前もある。
それから数分。
結局お目当ての名前を見つけることができなかった。
(なんとなく分かっていたことではあるか)
すっぱりと諦めてその本を棚に戻す。
央太が探していたのは一之瀬・アルフィーノ・イリス関係の名前だった。
Ⅰ組で、さらに主席。入試試験は満点というとんでも生徒だ。遊里にも言ったように絶対一族の誰かが有名な人でその才能を受け継いでいると思っていたのだ。
しかし一之瀬という姓もアルフィーノというミドルネームも見つかる事はなかった。
(ということは・・・完全な努力のみでそうなったのか)
先ほどの会話でさらっと誰でも知っていることを答えるだけで褒められるという屈辱を根にもっていた央太はもし、次会うようなことがあれば「親の才能のおかげだろ」とでも一言嫌みを言ってやるつもりだった。
どうせもう会うかどうかも分からない。すれ違った時にでも一言呟いてやればいいと考えていたのだ。
だが、それは使えない。
もしかしたら戦争などに出ていない有名な人が親や先祖なのかもしれないし、鍛練を受けた武術の先生みたいな人がいるかもしれない。
しかし英国。強い人間は軍に入るのが当然という風潮が少し前まであったらしく、ここに名前を連ねていないということはそのまま大したことをしていないということになる。
試験で満点を叩き出すほどの先生に教わるにしても、やはりそれなりのコネが必要だろう。親や祖先が有名な人でなければ難しいはずだ。
(名前が変わっている可能性・・・もあるにはあるのかもしれないが、有名な一族だとしたら名前を捨てるようなこともないだろうな)
さも気にしていない風を装って遊里にはもう会う事もない的なことを言ってしまったため、それなのにイリスについて調べているということを知られたくなくてここに1人で来たわけである。
央太はすぐに踵をかえし、図書館から出ようとする。元々嫌みの1つでも言えたらいいな、程度だったのでここで無駄な時間を使う気はさらさらない。
ただ、とてつもない才能を持っていたイリスに興味があったというのも事実。それに・・・あの堂々とした振る舞い、金髪というだけで変な目で見られてしまう中、それを気にしない精神力。
自分の身近にも似たような人間がいた。その人にそっくりだったのだ。
まだ時間的にははやいからか、受付まわりには誰もいない。そこを受付に座っている人にも気付かれないぐらい静かに通り過ぎた。
すると丁度その時、外から図書館に入って来る人物が見える。その人物はなんと央太に対して手を上げ、軽く振ったではないか。
「・・・・・」
ただでさえ悪い目つきをさらに険しくして見てみるも、顔に見覚えはない。
高身長でがたいがよく、顔はかっこいい。すらっとした身長ではあるが、ところどころにちょうどいい筋肉がついている。爽やかなイメージがあるものの、その体つきと歩く姿がサバサバとしていてナヨナヨとした印象は一切受けない。
どうみても1つ、2つぐらい年上なのではないか、と思わせる風貌の彼はこちらに近づいてくる。ネクタイの色が暗い赤なので1年生であることは確かだと思うが・・・。
「よ、ちょうどよかった」
「・・・・・」
挨拶をされてしまったが、こっちは未だに誰か分からない。
もしかして遊里のような過去の知り合いが成長したせいで分からない・・・とか?しかし遊里は見たらすぐ分かったしな・・・などと心の中で考えていると何かに気付いたように目の前の男が笑う。
「悪い悪い。俺たち初対面」
思い出そうとして損をした、とばかりに顔を歪める。
「で、イケメン様が俺に何か用か?」
「イケメンって・・・いきなり話しかけて悪かったよ。ただ、俺は聞きたいことがあっただけなんだ」
また笑顔でそう言った。
央太は直感でこいつは苦手なやつだと思った。イケメンというだけで気に食わないのに、事あるごとに何かを誤魔化そうと笑顔になる。そんなやつが苦手だったのだ。
イケメンに対する負け惜しみにしか聞こえないのでそれを言いはしないが。
「聞きたいこと・・・初対面のやつに何を聞きたいんだよ」
「いや、さっきほら廊下で一之瀬さんと話していただろ」
一之瀬さん、とは一之瀬・アルフィーノ・イリスだということはすぐにわかった。
廊下で話していたことが知られている件に関しては今更何も思わない。ただでさえ目立つイリスと話していたらそれは他の人も注目するだろう。それに入学式があったばかりで、まだ少し他人行儀の中、ああまでして普通に話している人、というのも珍しいのかもしれない。
またあいつ絡みか、と思いながら話の続きをうながす。
「ほら、仲良さげだったからさ」
「仲良さげ・・・?」
また央太は顔をしかめた。
あの会話のどこか仲がよく見えるのだろうか。お互い少しだけピリッとした感じにはなったものの、向こうが一方的に話しかけてきただけで他の人よりはマシと言えるかもしれないがまだ他人行儀感があったとは思うのだが。
「仲よくなんてない。お互い初対面だったし」
「・・・・・そうなのか」
今までへらへらしていた笑みを一瞬だけ消した。
それを央太は見逃さなかった。この話をはやく終わらせるために会話を続ける。
「そうだ。話したことも世間話みたいなもんだったしな。もう関わることもないだろうよ」
「そうか・・・いや、なんでもないんだ。呼び止めてすまん。それじゃ」
またいつもの笑みを取り戻し、軽く手を上げてその場から走って去って行った。もちろん図書館の中へ。受付の人に走ってはいけないと注意され、少しテンションが低くなっているあの男を見てから央太も図書館を後にする。
「・・・・・色恋沙汰かなにかは分からないが・・・巻き込むのは勘弁してくれ」
そう呟いてから。
少し短めになっています。
次回あたりからようやく色々と書いていきたいと思っています。
もしよければよろしくお願いします。