プロローグ 感情性武器
「はっ・・・はっ・・・」
小さく息を吸い、そして息を吐く。
鷹丸国から出て南側に位置するジャングルで宮代央太は走っていた。いや、走る、というよりは早歩き、競歩という方が近いかもしれない。それでもかなりの速度で移動している。なるべく音を立てないようにという配慮から生まれた移動術ではあるが、5対5の練習試合のような模擬訓練には必要がないかもしれないと思い始めた。
どうせ、訓練なのだという気持ち。練習を舐めている者は本番で死ぬ。そう教師に教わってきたが、その本番が自分が生きている間に起こる確率はほぼ0だ。自然、他の者も手を抜く・・・はずなのだが。
この小隊だけは違った。
「あんた今、手を抜こうとしたでしょ」
ものすごい剣幕でこちら見る金髪の女生徒。その両手にはそれぞれ西洋銃のようなフォルムの銃を持っていた。どこか丸みを帯びたデザインで、銃身が長い。両手で1つ1つ持っていることから片手で1つの銃を扱うのだろうが、反動で腕を痛めるかもしくはそのまま肩が外れかねない大きさだった。
しかし、この銃は普通の銃とは違う。込める弾丸もまた実弾などではないのだ。
Emotional Weapon。感情性武器と呼ばれるそれらは使用者の感情によって作られた弾や刀を使うシステムであり、現代での最新鋭の技術である。
女生徒に睨まれた央太は肩をすくめて「へいへい」と呟いた。この女生徒の本気具合がこの隊のモチベーションを保っているといっても過言ではない。モチベーションうんぬんというより、プレッシャーだが。
「そもそもこんなジャングルに目立つ金髪で来る人間なんかいますかね」
央太はそう言い返す。
この小隊5人の格好は迷彩服にフェイスペイントと徹底している。教師からやれと言われてやったことではあるが、ジャングルに溶け込んでいると言えるだろう。その目立つ金髪以外は。
「たかが模擬訓練にわざわざ髪なんて染めてらんないわよ」
「お前は一度自分の発言を見直してみろ」
そう言い捨てて央太は再び進んで行く。
金髪の女生徒のプレッシャーでモチベーションを保っているとはいえ、こうしておしゃべりしてしまう程度には緩んでいた。この時代で戦争なんてものは化石同然、実戦経験もない5人はどうしても緊張感に欠けてしまう。
そして、相手の学校の生徒が自分達よりも格上な学校ということもあるのだろう。どうせ、負ける。心のどこかでそう思っているものも少なくない。
「やっぱ暑いな・・・」
少し動いただけでも汗が噴き出るような暑さに思わず央太は呻いた。模擬訓練ということもあり、そこまで長い時間ここにはいないだろうが、それでも辛いものはある。
あたりを見てみると背の高い木がたくさん生い茂り、その木にはなんだか毒々しい色の果実がなっていた。地面からは膝丈、場所によっては腰ぐらいまでの草が生えており、移動の邪魔になる。
幸いまだ毒ヘビなどには出会っていないが、それでもその暑さなどの慣れない環境はその小隊全員にストレスを与えている。
その呟きを聞いた背の低い男子生徒はおどおどしながら西洋銃に似た銃を握り締めた。するとその西洋銃は青色のオーラを纏い始める。銃のど真ん中にあるガラス玉のようなところに『哀』の文字が浮かんだ。そして男子生徒は思いっきり引き金を引く。
無音。
実弾を飛ばしたわけではない銃は無音で発砲され、そしてここらへん一体の熱を『奪った』。いや、ここは低めたという方が正しいだろうか。
「と、とりあえず・・・僕の『哀』で熱を下げてみたよ・・・どう、かな」
自分は余計なことをしてしまったのではないか、そう考えながらおろおろしている男子生徒。しかし先ほどより大分暑さはマシになり、とても動きやすくなった。
央太は「ありがとう」とその男子生徒に言い、そしてその銃を見た。
青いオーラを纏うその銃はその男子生徒の感情を読み取り、そしてその感情に合った弾を、能力を発砲した。喜怒哀楽のうちの『哀』は対象の能力を下げたりする効果が多く、今回は対象の熱を下げたということらしい。
央太はあまり『哀』が得意ではなく、授業で聞いた知識なのだが。
大分楽になった暑さの中で5人はまた動き始める。
緊張感の欠けていた5人だったが、ジャングルを進むにつれて少しずつ警戒するようになっていた。それでも鬼に見つからないように隠れているかくれんぼ程度のものではあった。
「うへー・・・辛いっす・・・」
そんな中、伸びっぱなしの髪の毛を無理やりツインテールにした女生徒がそう言った。暑さでも、この緊張感の中での移動に精神的にやられたわけでもない。ただただ体力的に辛くなっただけなのだ。
それを見て金髪の女生徒が「はあ・・・」とため息をついた。
しかしそのため息からは「怒り」というものは感じられず、むしろ手間のかかる妹に対するものにとても似ているように思える。
「あなた・・・この間の身体測定の時、体重いくつだった?」
「乙女の秘密」
「またどうせ運動不足なんでしょう。だから日頃からもっときちんと訓練しなさいと・・・」
金髪の女生徒は運動不足により歩みが遅くなっている女生徒に対して説教のようなものを始めた。
それを聞くまわりの人間も「まーた始まった」とうんざりしている。マシになったとはいえまだ暑いジャングルの中での小言は精神的に相当こたえる。なぜ味方同士で潰し合っているのか不思議だった。
「それにしてもよ、静かすぎねえか?」
5人の中で一番がたいがよく、背の高い男子生徒が警戒する。今まで小言を言っていた金髪の女生徒、そして言われていた女生徒はその声のせいで静かだとは思わなかったのだが、男子生徒陣は警戒を強める。確かに、おかしい。
ここはジャングルだ。生き物だっているし、植物だってある。わざわざここに訓練に来る前に本などで生息する生物について調べて来たのだ。
その性質上からどうしても無音なんてものはありえない。そのジャングル音で誤魔化しながら進む予定だったというのもある。
これではまるで『すでに誰かがここに来て、動物たちを追い払った後』みたいではないか。
『すでに誰かが来ていて、生物が逃げてしまった後』のような。
「みんな頭を下げて!」
そこで後ろから金髪の女生徒が声を荒げる。両手にもった西洋銃を構えるとその銃は赤いオーラを纏い始める。ガラス玉に浮かぶ文字は『怒』。思いっきり引き金を引くとそこから放たれたものは赤いレーザービームだった。
銃からビームというのはなんだか不思議な光景だが、感情を武器に転化する感情転化システムではそれが可能になる。『怒』の特徴は攻撃特化。特殊能力なんてないただただ相手を潰すためのものだ。
ビームが放たれた先には相手学校の小隊が5人いた。
一番最初に気付き、先手をとったのは金髪の女生徒だ。央太はその後に、そして残りの3人はビームが向かう先を見るまで気付かなかった。
ビームが向かってくることに気付いた5人が咄嗟にかわしていく。大きく地面に飛び込むような形でかわしたのだが、そのまま勢いを殺さず立ち上がるのはさすが強豪校というところか。
しかしその光景を見て金髪の女生徒はにやりと笑う。
彼女はあえてかわせるギリギリを狙ったのだ。まっすぐにしか飛んでいかないビームは単調でそのまま放っただけではかわされやすい。それを活かした作戦だった。
それにいち早く気付いたのは相手のリーダー格らしい男子生徒。
何かチームに言おうと口を開くが、そんな暇は与えない。ビームにより集合していた5人が数人ずつに分断された今が央太たちのチャンスなのだ。
「今よ!」
リーダー格が戸惑っている間にこちらも走る。
相手チームをレーザーで分断させ、集団同士では勝ち目のない戦いを各個撃破型にすることによって勝率を少しだけ上げるという作戦だった。
金髪女生徒は相手の5人のうち2人を受け持ち、やる気のない運動不足女生徒と、背の低い男子生徒、背の高い男子生徒の3人で相手の2人を受け持つ。
そして央太は相手の1人、リーダー格らしい人物を受け持つことになった。
もちろん、これは決闘だとかそういうものではない。お互いにピンチになりそうだったら一旦集まったり、手助けもするつもりである。
これが格上相手の作戦。戦争模擬訓練であるのに、戦争らしくない戦い方で挑むというやり方だ。とはいえ、現代でもし戦争が起こった場合この国は少数精鋭部隊を組むことになると思われるのでまるっきりらしくないとは言えないのだが。
感情性武器の戦争に与える影響は凄まじい。
(やはり模擬訓練は面倒だ)
央太は考える。
それでも参加しているのはきちんと参加しなければ欠席扱いになり、卒業に必要な単位をもらえないからである。こうして相手と対峙している今もやる気はない。
ただ・・・。
(痛いのは嫌だからな)
模擬訓練。
感情転化システムにより作り出される武器はその気になれば人を殺せる威力もあるが、訓練ではその部分がきちんとロックされている。
相手の攻撃に当たってしまうと、当たってしまった部位に応じてペナルティがある。
腕に思いっきり当たると痺れるような痛みが走り、腕が使えなくなる。首を切られたり、心臓をつかれる致命傷を受けると痛みと共に、続行不可能となり、その訓練にはもう参加できなくなる。
訓練といえども常に本番と同じような気持ちで挑め、ということらしい。
もちろん、その痛みや使えなくなった腕は訓練終了後に時間が経過すれば治るのだが・・・。
(それでも痛いのは嫌なんだ)
訓練も実戦のようにやれ、という学校の方針にうんざりする。
央太は腰につけていた拳銃(銃身が短く、片手で扱えるもの)と刀の柄を取り出す。拳銃には弾が込められておらず、刀には刀身がない。ただ、強く握るとともに黄色のオーラが発生し、柄から先にはオーラで出来た脇差程度の短い刀身が作り出され、拳銃にはオーラによる弾が作り出される。
刀と銃、それぞれに装飾のようについているガラス玉には『楽』の文字。
黄色のオーラは『楽』。その能力は人により様々で多くは自分が楽をするための効果が多いとされている。央太もまたそのうちの1つだった。
(楽して勝つ!それが俺のモットーだ!)
敵に突っ込むと同時に央太の頭の中にはとある光景が流れ始める。
○
央太はまず、脇差を突き出す。
しかしそれは相手にとって丸分かりのことだったのか、簡単にかわされ、相手の持っていた感情性武器の刀が振り下ろされる。
央太もそれで相手を倒せるとは思っていない。すぐに拳銃を構え、その振り下ろされる腕に向かって発砲。当たるものの、威力はそこまで高くなかったのか、それともかするだけで終えてしまったのか少しスピードが落ちるものの、そのまま腕は振り下ろされる。
咄嗟に後ろに下がり、その刀をかわした・・・瞬間。
それを読んでいたのか振り下ろした方の腕とは逆の腕にはさらに同じ長さの剣が握られている。その刀が水平に振るわれ、央太の首の位置を通り過ぎ、次に激痛が走り、続行不能になってしまった。
○
そして気付けば先ほどの対峙した瞬間に戻っていた。
央太は「なるほどな」と小さく呟く。今の光景で分かった。やはり2手3手程度で央太は負けてしまうほどに格上の相手なのだと。
確かにこのままでは負けていた。
そう、このままでは。しかし央太には先ほどの光景がある。
「・・・・ッ!」
央太は脇差を突きだす。
相手はそれをすでに読んでいたのか簡単にかわされてしまう。相手の手に握られていた感情性武器である刀が央太めがけて振り下ろされる。
慎重に央太は拳銃を握り、『まるで腕がそこを通ることを分かっていたかのような位置』に発砲した。
『楽』の銃弾がヒットし、相手は思わず顔をしかめる。
大分速度は落ちたものの、それでも振り下ろされる刀を後ろに下がって回避した・・・瞬間。
振り下ろした腕とは逆の腕に握られている刀が水平に振るわれようとしていた。
央太はそれを『わかっていた』かのように思いっきりその場でしゃがみ、回避した。
「!?」
相手の目が驚いたように見開く。
央太はその低い姿勢のまま、脇差を握り、相手に向かって突撃する。
央太の『楽』の能力は未来を見る事が出来る能力だった。基本的に使用者を楽させるという意味のある能力が多い『楽』は突飛な能力が多い。
未来を見て、最小限の動きで相手の攻撃をかわし、楽に勝つ。それが央太の能力。
ただ、毎回見れるわけではなく、さらに自分がピンチになった時だけという制限つき。そしてレーザービームや相手の能力を下げる効果のように特殊な能力が武器につくわけではないというのも痛いところ。
未来を見れるだけで央太の戦いの腕は普通かそれ以下。そして武器も普通の刀、拳銃と変わらない。
ほぼ奇襲のような攻撃でしか致命傷を与えられない。
今回はそれが見事に決まり、しっかりと相手の懐に入る事が出来た。
そして・・・。
読んでいただきありがとうございます。
どういう話なのかということで、プロローグは未来の実戦をおおまかに書いてみました。力押しというより作戦を考えて相手を倒していくお話になればいいなと思っています。
最初は大きな戦争等もないと思いますが、どうかよろしくお願いします。