ミッションインポッシブル
――私立月嶺高校
この校舎の四階渡り廊下を、俺――輿水和志は駆けていた。
これからのミッションは、いかにどの先生、生徒に気づかれずに教室に入れるか、ということである。こんなことになったのは、あの二人のせいだ。
北校舎に入った。この北校舎は普通教室練と呼ばれ、一階ごとに一学年六クラスが入っている。一階に一年生、四階に二年生、三階に三年生、そして残った二階に職員室など、といった具合にである。
ちなみに、残る南校舎は特別棟と呼ばれており、音楽室や実験室などの特別教室がある。購買部もこの棟に位置している。また、不便ではあるが、生徒用の下駄箱もこの棟にある。これは、まだ生徒の人数が少なかった時の名残らしい。
俺のクラスである「二―A」は北校舎四階の端に位置しており、学校の入り口からも、この渡り廊下からも一番遠い。そのため、教室に着くには全ての二年生のクラスの前を通らなければならない。
俺は全てのドアの前を、屈んで通り抜けていった。これは、ドアの上半分がほとんどガラス張りになっているからである。幸いにも物音せず誰にも気づかれることなく無事に、「二―A」と書かれた教室までたどり着くことができた。
さて、ここからが本当の問題である。今度は、自分の座席まで行かなくてはならない。物音さえ立てなければ問題なかったこれまでとは、比べ物にならない程難易度が高い。
しかし、幸運なことに俺の座席は、このドアとは反対側で、窓際から二番目の列の一番後ろだ。前の方になればなるほど、距離が長くなるため、このミッションの難易度は上がることだろう。
少しドアを開け、中の様子を見る。現代文の授業中であった。今年なったばかりの、新任の女性教師が教科書を片手に、前の黒板の前を歩いている。
ドアを開けたことに気づいたのか、廊下側一番後ろの女子生徒、確か輪島さんがこちらにチラッと視線だけを動かして見た。俺は人差し指を立てて「シー」といったサインをだした。それを見た輪島さんは右手の親指を立てて、こちらに向けた。
なかなかノリの良い人らしい。この人とならこの後すぐにでも友達になれる気がする、といった期待を抱きながら、ゆっくりと先生に気づかれないようにドアを開けて、ホフクで移動する。
立ったことのある者ならわかるとは思うが、教壇の上にいる人間は視野が広くなる。だから、その視界から逃れるためにはホフクしかない、と俺は考えた。
各列一番後ろの生徒の奇異に満ちた視線を背中に浴びながら、俺は進む。自分の席の椅子に触れ、無事に自分の席にたどり着いた、と喜んだその時だった。
「ああ! 和志!!」
一人の女子生徒の声がこのミッション失敗の時を告げた。教室内全員の視線が、こちらに注がれる。もちろん先生の視線も例外なく。そして、その瞬間、四時限目終了を知らせるチャイムが鳴った。
「えっと……輿水和志君。四時限目終了直前に登校、っと。じゃあ終わりだから、そうだね、遅刻した罰として輿水君、このプリントと私の荷物ぜーんぶ職員室に持っていくの手伝ってね」
先生は「バンバン」と、教卓の上に置かれた紙の束を叩く。先生持参の広辞苑と、それと同じくらいの厚さのプリントの束を持っていくハメとなった。