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あっちに行きな! こっちに来るな!  作者: 河海豚
第一章 不思議な少女
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雪那と来奈

 魂の導き手。文字通りの意味とこれまでの二人の言動からすると、死者の魂を天国に送り届ける、ということか。天国が本当にあるのかはわからないが。

「そうさ! 私達は死者をお前の言う天国に送ることをしている。これでわかったろ、コノヤロウ!」

「……雪那ちゃん、その名前は君が勝手に呼んでいるだけでしょう? 私達の仕事に名前はありませんよ」

 着物姿の少女は片手で頭を抱えた。「えー? 名前あるとカッコいいじゃん」と、金髪の少女は異を唱える。なんだ、中二病か。

「それはいいとして、私達が何をしているかはわかったでしょう?」

「……まあ、だいたいは」

 とりあえずこの二人が普通じゃないことはわかった。

「じゃあ、次はこの短刀と雪那ちゃんの鎖のことかな。あ、ドスじゃなくて短刀ですからね」

 着物姿の少女はドス、改め短刀を構えた。

「これは魂を斬る物です。ですから、さっき君を斬った時も何も起こらなかったんですよ。君は人間だから肉体がある。だから、この短刀によって魂が切られたとしても、その器である君の肉体により魂を保つことができるのです」

 いや、ちょっと待て。

「さっき俺、斬られたのか? なんで気づかないんだ?」

「お前、頭悪いな。このドスは魂を斬るための物だ、って来奈が言っただろうが。痛みもない、ってこともさあ」

 金髪の少女はバカにするような口調で言った。イラッとくる言い方である。

「……雪那ちゃん、ドスじゃなくて短刀だから」

 また着物姿の少女は言い直した。「ドス」と言われるのが耐えられないらしい。

「じゃあ、その短刀で、さっきの男を斬ったのか?」

「ええ、そうよ」

 淡々と、さも当たり前かのように着物姿の少女は答えた。「それがどうした」、とでも言っているかのように、俺には聞こえた。この話は追及しない方がいいのかもしれない。なぜかそんな気がした。

「じゃあ、次の質問。こいつの鎖にどうして俺は縛られたんだよ」

「ああ? それはお前…………あれ? どうしてだっけ?」

 金髪の少女じゃ首を傾げた。それを見た着物姿の少女は、ため息をつきながらそれに続ける。

「代わりに私が説明しますけど、雪那ちゃんのその鎖は魂を捕縛することができるんです。君の肉体ごと魂を縛っていたから動けなかった、っていうわけですね」

 着物姿の少女は短刀を鞘に納めた。それを帯にしまう。

「オイ、お前の質問には答えたぞ。次はお前のことを教えろよ。ギブアンドテイクってやつだ」

 突然だった。何を言えばいいんだよ。

「何でもいいからさ。この際、もう関係ないことでもいいや。そうだな……、お前の名前を教えろ。何度も何度も『お前』って言いたくないしさ。ほら、これから長い付き合いになりそうだし。あっ、こういう時って自分から名乗れ、って普通は言うか。さっきから私達の名前散々聞いていたからわかっていると思うけど、私が雪那で、こっちの小さくてかわいいのが来奈ね」

 金髪の少女――雪那は、着物姿の少女――来奈の頭を撫でた。だが、来奈がその手を払いのける。

「鬱陶しいなあ、雪那ちゃんは。まあ、でも君の名前を聞いてなかったから、私も興味あるかな。これから長くなるでしょうし」

「うん? いや、待ってくれ。長い付き合いになる、ってどういうことだ?」

 雪那と来奈はキョトンとして、お互いに顔を向けた。そして、そのまま俺を見る。「何を言っているんだ、こいつは?」とでも言いたげな顔である。

「え? あれ? 言ってなかったっけ? 私がお前に取り憑いているって」

 取り憑いている? 取り憑く、って幽霊が人間に憑依してその身体を乗っ取るというあれだろう?

「ハハハ……、冗談だろ」

「いやー、アハハ。……私自身不本意だけど、さっき蹴った時に取り憑いちゃったみたい。不本意だけど」

「不本意だけど」のところを強調させて言う雪那。しかも二回も。重要なことだと思うけど、言い方はどこか軽いから冗談のように思えてきたが。

「これも運命だと思って諦めてください」

「いやいや、『諦めてください』じゃねえよ! 俺にどうしろ、って言うんだ」

「はあ? お前も受け入れろ、って言ってんだよ。私はもう受け入れているから。不本意だけど」

 三回目だ。雪那に襟を掴まれ詰め寄られる。あいかわらず理不尽だが、「取り憑いている」というのは本当のようだ。

「じゃあ、それを受け入れたとして俺はどうなるんだ? 取り憑かれたら、魂を取られて……死ぬのか?」

「はあ? 何言ってんだ? お前は。そんなことはしねえよ。大丈夫だ。死ぬ心配はしなくていいし、魂を取るなんてことはないから。ただ……」

 ただ?

 雪那は口を閉じた。視線は逸らされ、言葉を探しているのかソワソワしている。それを見かねた来奈が繋げる。

「雪那ちゃんが君から離れられなくなったんだよ」

「フフフ」と、小さく来奈は笑う。それは何かおもしろいものを見つけた時のような感じのする笑いであった。

「笑うな! ……ったく、オイ、お前! 早く名前教えろ!」

「輿水和志……」

 雪那の形相は、言い表せない程であった。その気迫に圧され、名前の言ってしまった。

「ふーん。輿水和志……じゃあ、呼び方は和志でいいか?」

 再三その言葉に無言で頷くと、雪那は普通の表情に戻る。襟から手を離した。そして、来奈と一緒に俺に背中を向けて離れていく。

「おい、離れられないんじゃないのか?」

「ああ? そんなに私に傍にいてほしいのか?」

 いや、誰もそんなこと言ってねえよ。

 雪那は、してやったりな表情を向けてきた。その顔と俺の顔を交互に見て、来奈は小さく笑い、続ける。

「離れられないとは言いすぎでしたね。でも、君を中心にして行動範囲が制限されるので、君から離れられないって表現なわけです。それに、君が近くにいないと、雪那ちゃんは鎖を使えないし、私は雪那ちゃんが近くにいないと、この短刀が使えなくなりますけどね。要するに、私たちが弱体化するだけってことです」

「なんで使えなくなるんだよ」

「はあ? んなこと知るかよ。そういうルールだからしょうがないだろう? というわけだから、私達はその辺にいる。ほかに霊はいないみたいだから、まあ、好きにしていいし、どこに行ってもいいんだよ。用がある時は、私から呼びに行くからさ」

 雪那は、そう言って手をひらひらとさせて歩きだした。来奈も一礼して、それについて行く。そして、すぐそこの角で曲がっていった。

「お、おい、待て」

 俺は追いかけた。だが、角を曲がった先には誰の姿も幽霊もいなかった。

「ったく、どこに行ったんだよ……」

 しばらく周りを探した。やはり、誰もいない。

「見つからないか。……どうして?」

 俺は時計を見た。そして、今一番大事なことに気づく。

「あっ……、時間……」

 時計の針は十一時を過ぎたところであった。


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