魂の導き手
……あれ? 何も起きない?
時間が経っても、ドスで切られた感触がない。それ以前に触れられた感触すらなかった。
俺は恐る恐る目を開けた。目の前には、まだ着物姿の少女がいる。しかし、先程とは右手の位置が違っていた。まるで振り抜いた後のように、右手でドスを上に掲げていた。二人は信じられないものを見た、というような表情で俺の顔を見ていた。
「お前、本当に人間なのか? 霊ではなく?」
「ねえ、ほら。賭けは私の勝ちよ。早く解放してあげて」
「はいはい」と、適当な返事をして、金髪の少女は鎖を引っ張る強さを弱めた。音もたてず、地面に鎖が落ちる。手や足をぶらぶらと動かしてみた。手足の感覚が元に戻ったようである。
「お前ら本当になんなんだよ。さっきのドスは? 鎖は? どうして斬ろうとした? それに賭けってなんのことだよ」
「一度にたくさん訊くなよ。質問ばかりの鬱陶しい男は嫌われるぞ」
「別に、お前には訊いてないよ」
そうだ。着物の方に訊いている。金髪の方には訊いてない。
「んだと。もう一度シメてやろうか?」
「はいはい、そこまでそこまで。全然話が進まないでしょう?」
「でもさあ、こいつ……」
「雪那ちゃん。少し黙っててね」
着物姿の少女はドスの切っ先を金髪の少女に向けた。それも笑顔で。
「さてと。じゃあ、君の質問に答えていこうか」
俺の方に向き直った。次は真面目な表情である。だが、右手にはドスを持っていた。できれば視界に入れないでほしい。
「まず最初に、私達は何者か、ということだけど、さっき一部始終を見ていたんだよね?」
「なんの?」
「私達が霊に、なにかしようとしていたところ」
「ああ、あの男の幽霊のことか。そういえばあの幽霊はどこに行った?」
「それを見てなにを思いました?」
質問は無視か。
「えーと、どうして人間が幽霊に触れるのか、とは思ったけど。まあ、俺自身見ることができるわけだから、幽霊を見て触れることのできる人間がいてもおかしくはないか」
「普通の人はそういう風に考えないと思うんだけど……。まあ、そんなことより、その前提から、君の考えていることは間違っていますよ」
「フフフ」と、小さく笑った。
何がおかしいのかわからない。俺の発言のどこが間違っているのか。
「私達は人間ではなく、君の言う幽霊なんです」
「………………ええ!?」
着物姿の少女の口から衝撃的な発言が飛び出してきた。
二人の姿をもう一度確認する。輪郭ははっきりしていて、俺が思う幽霊らしき特徴はない。しかし、着物姿の少女は自分のことを幽霊だと言った。
「でも、……でも、俺の知っている幽霊とは全然違う。だって幽霊だったら足がないはずだし。触れないはずだ。それはどういうことなんだ?」
「うーん。それはたぶん、私達には器があるからだと思います」
「うつわ?」
「そう、器です。魂を留めておくための。まあ、私達は擬似霊媒と呼んでいますが。ようは半人半霊? になるといったところですね。もちろん普通の人間には見えませんが。でも、それで普通の霊とは違うように見えるのでしょう。あちらは魂だけの存在ですから」
わけがわからない。
「どうして、お前らはそんなものを使っているんだ」
「おいおい、来奈。こいつ理解できてないようだぞ。ていうか来奈の説明はなんか回りくどくてメンドくさいんだって。率直に言ってやろうよ、私達が『魂の導き手』だって」
しばらく黙っていた金髪の少女が、口を開いた。
「魂の導き手?」