拘束とドス
「……こいつ、全然起きないぞ。来奈、どうする?」
「さあ。『どうする?』って言われても……。これはどうしようもないですね」
何か頭の上の方で言いあう声を聞きながら、俺は目を覚ました。どうやら気を失っていたらしい。
視線の斜め上には、二人の少女が立っていた。一人は、さっきドロップキックを放ってきた金髪の少女。もう一人は落ち着いた、着物姿の少女。こちらを覗き込んでいた。
背中と後頭部に何かゴツゴツした感触がある。どうやら、俺は今、背をブロック塀に預けているらしい。
「一発殴ってやるか?」
「雪那ちゃん、そんなことしなくても、もう起きているみたいですよ」
「なんだ、つまんねえ……」
残念そうに呟きながら、金髪の少女は準備万端だった拳を緩めた。
「立てますか?」
着物姿の少女が、手を差し伸べてきた。俺はそれを借りずに、一人で立ち上がろうとしたが、腹に響く鈍痛のせいで足に力が入らなかった。仕方なく少女の手を掴む。だが、その手は生気が感じられないくらいにやけに冷たかった。そんなことを思っていると、金髪の少女が顔をしかめているのが目に映った。
「うーん。……ちょ、ちょっと。雪那ちゃんも手伝って」
「……しょうがないなあ」
金髪の少女は俺の腕を掴んだ。その手も、着物姿の少女と同じように冷たかった。そう考えていると、また顔をしかめた。
「来奈はさあ、土壇場以外だと自分に力がないことを、ちゃんと考えた方がいいぞ。こういうときにいつも私が手を貸すはめになるんだからさあ」
「そうね、ごめんなさい」
「いや、そんな風に謝られると、なんかこっちが困るなあ」
金髪の少女は恥ずかしさを紛らわすためなのか、頭を掻いた。その行動に、「フフフ」、と着物姿の少女は小さく笑う。
この調子だと終わりそうにないので、俺のことを忘れられる前に話に割り込もうと試みた。
「お前ら……何者だ?」
「それは私達のセリフだ。お前こそなんだ? どうして私達が見える?」
金髪の少女はズイッと詰め寄る。思わず、一歩下がってしまったが、後ろは塀である。
見える、ってどういうことだ?
「知らないよ。強いて言うなら、俺は幽霊を見ることができるけど、お前ら二人はなんか、その、それとは違うみたいだし……」
俺は二人を交互に見た。
そうだ。さっきの中年の男の幽霊とはまるっきり違う。身体と空間の境目が鮮明で、輪郭もしっかりとしている。何より足があった。まあ、実際にその足の蹴りを食らったわけではあるが。
「ふーん」と、金髪の少女は大して興味がないように相槌を打った。そして、着物姿の少女に何やら目配せのようなものをする。
「はぁ。……ちょっと、ごめんなさい」
「えっ?」
着物姿の少女は一度謝ると、俺の方にゆっくりと近づいてきた。
わけがわからない。
近づきながら、帯と着物の間から短い棒状のものを取り出した。短いと言っても、三十センチはある代物だ。さっき、金髪の少女の頭を叩いたものと同じである。それを地面に並行にして身体の前で持った。よく見ると木目があり、真ん中から少女の右手よりに、そこで分離するかと思われる境目があった。まるで、「ヤ」の頭文字のつく人が持つドスのような……。
えっ? ドス?
……嫌な汗が流れた。それも、とてつもなくベトッとした。
着物姿の少女は左手の逆手持ちで、境目から長い方を握る。右の方は順手で、短い方を握っていた。そして、ゆっくりと右手は右に、左手は左にそれぞれ横に引く。境目が開き、銀色の金属のようなものが現れた。
逃げないとやられる。
俺は二人から離れようと思ったが、身体が動かない。見ると、いつの間にか身体じゅうに黒い鎖のようなものが巻きついていた。一方の鎖の端を金髪の少女は持っている。
「なんだ!? これは!」
「来奈! やっちまえ!」
グイッと鎖を引っ張られる。これでもか、というくらいに俺の身体が締め付けられる。首から上しか動かせない状況で、バランスが取れなかったが、なぜか倒れない。まるで足が地面と一体化したような、首から下がコンクリートで固められたような感じがした。
その状況下で、徐々に静かに恐怖は迫っていた。
着物姿の少女は、ドスを鞘から抜き終えていた。俺の方に向けている刃が怪しく光る。
「ごめんなさい。でも、大丈夫ですよ。痛みもなく一瞬で終わりますから」
「いや、そんなことしたら死ぬって! ていうか、それ死ぬ相手に言うセリフだろうが! やめろ!」
「うるせえ! さわぐな、じっとしてろ! シメるぞ、コラァ!」
「もう締まってる! 締まってるって!」
より強く締め付けられた。もう、口から何かいろいろと、わけのわからないものが飛び出るように感じるほどに。
遂に、着物姿の少女が目の前にきた。真剣な表情で見つめてくる。そして次の瞬間、腰の右下の方からドスの刃が迫ってきた。
殺される!? こんなところで? わけもわからず!?
俺は恐怖のあまり目を閉じてしまった。あとは、ドスが身体を通過するのを待つだけだ。でも、よく考えると、あんな子供のような容姿で、しかもあんな小さな刃物で相手の身体を真っ二つにできるとは思えない。しかし、そんなことを考える余裕すらなかった。
それほどに恐怖していた。