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あっちに行きな! こっちに来るな!  作者: 河海豚
第一章 不思議な少女
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幽霊と金髪と和服

 突然だが、俺には幽霊が見えるという変な体質があった。これは、物心ついたころからであり、俺にとっては常識的なことであった。昔はよく見えたものだが、最近、特に中学三年に上がった後のある出来事の後からは見えたためしがなかった。

 久々に見たことより、幽霊かどうかの判別についてあの男で再確認してみようと思う。

 まず、男は膝から下がない。というか身体の末端が薄く、透明になっていて、身体と空間の境目が不鮮明であった。主観的ではあるが、これが俺の幽霊を幽霊と認識できる方法である。

 でもおかしい。

 俺は幽霊を見ることも、話すこともできるが、全く触ることはできない。その昔、まだ、俺が幽霊について好意的に思っていた時に何度か触ろうと、試したことがあったが、幽霊の身体をすり抜けたという経験がある。それなのに、金髪の少女は、その中年の男の幽霊が着ている服の襟を掴んでいた。

「でもさあ、譲歩したのは私達なんだよ。オッサンの言うことも聞いてやってさあ。それがどうだ? 三日も待って……。これが限界なんだよ! なのに、私達を見た瞬間に逃げだす、ってのは酷い話じゃない? なあ、オイ」

 金髪の少女はそのまま中年の男の幽霊を持ち上げた。

「わかった。わかったから、離してくれえ!」

「何がわかったのかなあ? ええ? 私が離すとでも?」

 中年の男の幽霊は呻いたが、金髪の少女は手を離さない。

 すると、しばらく静観していた着物姿の少女が二人に近づいた。そして、

「痛いって! 何すんだよ!」

 何やら短い棒状のものを帯と着物の間から取り出すと、金色の頭を後ろからひっぱたく。「パシィ」といった乾いた音と共に金髪の少女の頭が垂れる。その拍子には手を襟から離し、頭を押さえた。少し涙ぐんだ顔をしている。

「『何すんだよ!』じゃないでしょう? いい加減に、その脅迫めいた言葉を口にする癖はやめなさい、って言っているんですよ。それじゃあ、私たちチンピラみたいに見えるじゃないですか。それに、そんなに強く叩いていないですし……」

「いや、来奈のそれは当たるだけで私には痛いんだよ。激痛なんだよ。……って、オイ! オッサン、待て!」

 二人の注意が逸れた瞬間に、中年の男の幽霊が逃げた。

「そこの君、助けてくれ!」

 真っ直ぐと俺の所に走ってきた。いや、膝から先が薄くなっていて、足がないように見えるから滑っていると言った方がいいかもしれない。

「チッ、あのオッサンまだ懲りてなかったのか。ったく、来奈のせいだぞ、これは……」

「待て! コラァ!」と、金髪の少女もこっちに走ってきた。それに対して、着物姿の少女は呆れた表情でため息をついていた。

「君、助けてくれ! わたしは、わたしは死にたくないんだよ!」

 中年の男の幽霊は膝まずいて、俺に縋りつく形となった。縋りつくと言っても、俺は幽霊に触れることができないから、幽霊の方はそこの空間をつかんでいるわけであり、目で見る限りでは触られているようで実のところ触られていない、というなんともいえない気持ち悪さが俺の身体を通り抜けていった。

「ハッ! オッサン! なにバカなことを言ってんだ? オッサンはもう死んでいるし、そこにいる奴はお前のことなんて見えてもいないんだよ!」

 金髪の少女は吐き捨てるように言う。一瞬、視線があったように思われた。しかし、少女はすぐに目を逸らし、その視線は俺にすがりつく幽霊に注がれた。着物姿の少女は訝しげな目でこの様子を見ていた。

「いやだ! わたしは死んでいない! 死んではいないんだ! 早く家族に会わせてくれ」

「いい加減に受け入れろ! 家族も言ってただろうが、お前は死んでいる、ってな」

 金髪の少女は、走った勢いに乗って両足で跳び、ドロップキックを放ってきた。中年の男の幽霊に向けてだろうが、確実に少女の足は俺の方に向かってきている。

「ひ、ひい」

中年の男の幽霊は情けない悲鳴を上げ、俺を盾に取るようにして後ろに隠れた。

「お、おい!」

「「「へ!?」」」

 しまった。相手が幽霊だとわかってから、無視をしようと思っていたが、思わず声を出してしまった。

俺の声に幽霊と二人の少女が間の抜けた声をあげた。

「そんな……。私達が見えていたなんて……。雪那ちゃん、止まって!」

「んなこと言ったって!」

 金髪の少女がそう叫んだ瞬間に、両足が俺の腹に突き刺さった。

「――――!」

「あ…………」

 声にならない悲鳴をあげた。俺の身体はきれいな「く」の字になって、文字通り蹴り飛ばされた。意識が飛びそうに、目の前が真っ白になっていく。

 俺はたった今になって早く家を出たこと、優実花を待たなかったこと、いつもと同じ道を選ばなかったことを後悔した。そして、朝に感じていた嫌な予感はこのことだと思った。だが、そんな予感当たっても全然嬉しくない。

 俺は背中から地面に叩きつけられる。その瞬間、全ての感覚がシャットアウトされた。


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