私も一緒に
ちさが旅立ってから次の週の月曜日。もう既に、五月に入っていた。細やかな雨が降っているが、それが少し空気を冷やし、俺にとっては心地よく感じられるほどである。
「あーあ、雨か。究極にテンション下がるなあ。せっかくセットした髪型も変な風になるし。そうだ! ユート、『雨』っていう言葉でなんかボケてよ」
優実花はサイドポニーで束ねられた髪の毛を触りながら、斜め前に座るユートに言った。ユートは全く予期していなかったのか、無駄に大きい身体を「ビクッ」と震わせた。もし、俺に優実花が言った場合でも同じ反応をしたと思う。
「『そうだ!』じゃねえよ。なんつー無茶ぶりだよ、優実花」
「じゃあ、ユートじゃなくて和志でいいや。うん、和志、聞いてる?」
「うん? どうした?」
呼ばれた気がして顔を向けると、優実花とユートは呆れ顔で俺のことを凝視していた。
俺が何かしたのか? と頭の中によぎったのだが、二人に何かをしたような覚えはない。
「和志さあ、なんか朝からおかしいよ。物思いに耽るような感じでさあ、話半分に聞いてるし。うん、珍しいなあ、和志がツッコミしないなんて」
優実花の言葉に同意するかのように、ユートは頷く。
「俺だって考えることくらいあるさ。というか、失礼だぞ、二人とも」
「だって、ねえ。なんか違うっていうか……」
「そうそう。ぼうっとして。そうだな、例えば『恋する乙女』みたいな?」
空気が凍ったような気がした。周囲で音が無くなったような。
「ユート……」
「なんかそれは、また物凄く違う気がする」
「やれやれ」とでも言いたげに、優実花は両手を挙げて首を振った。
それを横目に、俺はある一点のみを見つめていた。視線の先には、一人の女子生徒。神谷瞳である。木曜日、金曜日と学校を休んで久しぶりに来たわけだが、どういうわけか、あまりクラスメイトからは話し掛けられていない。あまり俺が言えた義理ではないが、先日彼女の言った通り、仲の良い友達という人は、ほとんどいないのだろう。このクラスでは皆無と言えるかもしれない。
俺もまだ話し掛けてはいなかった。というのも、今日の朝は優実花に捕まって遅刻しかけたうえ、午前中の授業は移動教室が多かったからである。三時限目の現代文にいたっては、先生に用意を職員室から持ってくるように頼まれた。先週の遅刻の件で目をつけられていたらしい。それに加えて、神谷が足早にほかの教室へと向かってしまったから、というのも理由の一つに挙げられる。
俺の視線には気づいていないのかもしれないが、神谷の身体は何やらソワソワとしているように見えた。
そして、落ち着きがないまま立ち上がる。ひとしきりに周りの様子を窺うようにキョロキョロと見回した後、こちらに振り向き近づいてきた。通路にいた人達を避けて、通路に置かれたカバンなどを跨いで。一回鞄に足を引っ掛けていたが問題はないようだ。
「あの!」
押しとどめていたものを解放するかのように声を張り上げた。ユートと優実花はそれに気づいて、神谷に視線を向ける。神谷はその視線を避けるように顔を背けたが、意を決したようで目を一度閉じて開くと、再び向き直った。
胸に手を当て、深い息をつく。なんとか落ち着きを取り戻そうとしているようだ。
優実花とユートは顔を見合わせる。そこに神谷は手を突き出した。
「あの私も……、一緒に食べてもいい?」
その手には、みかん色の可愛らしいランチボックスを持っていた。