もう友達だろ?
「オイ、どうするんだよ、和志。なんか答えないと」
うるさいな。お前は黙っていろ。
「チッ! わかったよ、もう。早く終わらせろよ」
雪那は離れたところにいる来奈の元へ戻っていった。
「それで、どう、輿水君? 私と友達になってくれる?」
「いいよ。というか、さっき『どうして?』って聞いたのはそういう意味じゃなかったんだけどな」
神谷は俺の言葉に首を傾げた。
「どういうこと?」
「いや、なんというか、ええと、そうだな……。そんなこと言わなくても、わざわざ宣言しなくても『俺達、もう友達だろ?』ってこと。うん、そうだ。そういうことが言いたかったんだ、俺は」
はっきり言って、自分の言っていることの意味が分からない。それでも、パァーと、曇り空から光が差し込むように、神谷は顔を輝かせた。
「じゃあさ、じゃあさ! 輿水君って呼ぶのもやめないとね。そうだなあ……。あっ、そういえば、さっきちいちゃんが輿水君のことおにいちゃん、って呼んだ後に、おねえちゃんって言ってたけど、あれって……」
「ところで、神谷。さっき買い物の帰りみたいだったけど、いいのか?」
言葉を遮って俺が告げると、神谷は「ハッ」とした表情になった。
「あっ、そうだ! 忘れてた。買い直さないとね。さっき落として使い物にならなさそうな物だってあったし。もったいないけど……。じゃあね、こしみ……、ええっと……、和志君! また、月曜日に学校でね!」
勢いよく立ちあがって、俺にそう告げると、神谷は颯爽と去っていった。その後ろ姿に昨日見えていた黒い影は見えない。ただ、横顔が見えたが赤くなっていたような。
「なかなか可愛いじゃねえか、ってなににやけてんだよ、てめえは。気持ち悪い。私の話を聞けよ、いい加減に」
「うるさいな。にやけてねえよ。というか、お前はさっきからなんで不機嫌なんだよ」
「ふん! もうてめえに言うことなんてないね」
「意味わかんねえよ。さっきと言っていることが矛盾しているじゃねえかよ、まったく。来奈、雪那はどうしたんだ?」
来奈は少し考えた後、「フフフ」と、微笑を浮かべて続けた。
「雪那ちゃんはねえ、嫉妬しているんですよ。和志君と神谷さんが仲良く話しているのに」
雪那はものすごい速さで来奈の口を塞ごうとしたが、それはヒラリと軽い身のこなしでかわされた。
「嫉妬なんかしてねえし! 和志がどうなろうがどうでもいいし! って、お前も赤くなるな! 来奈も笑うな!」
「赤くなってねえよ、俺は! 誤魔化してんじゃねえ!」
実際のところ赤くなっていたと思う。誤魔化しているのは俺の方かもしれない。
「フフフ、冗談ですよ。二割ほど」
「ええっと、それ、フォローになってないんじゃないか?」
「えっ? そうですか?」と、来奈はわざとらしく首を傾げた後、俺に近づいて耳元で囁いた。
「正直な話をしますとね、雪那ちゃん、さっき電話した時に怒られたんですよ、上司に。ちょっと報告書でもヘマをしちゃって。というか、雪那ちゃんに一人で書かせたら報告内容、文法も含めてバカすぎて……」
来奈は遠い目をしていた。どちらかというと、憐れんでいるような表情だ。雪那はそれ気づきさえしないが。
「上司か……。お前らが幽霊とかを送り届けるのが仕事、ってことなら、もしかして上司って天使とか……、神様とかだったり?」
「……えっ? あっ、えっ? どうして?」
「神様」と言った時点で、来奈の表情が一変し、目が見開かれた。少したじろいだような感じもする。冗談で言ったつもりなのだが、この表情を見る限り、冗談ではなさそうだ。
「そっか。神様なのか。……まあ、どうでもいいか」
そんなことで驚かなくなった俺も少し異常か。
「それで、どうなんだ、俺の評価はとこれからのことは?」
「そうですね。そのことも上司に相談してみたんですが」
「はあ……」と、大きなため息をついた。少し憔悴したような面持ちが見られる。
「ええっと、和志君の状況などを説明したところ、『ああ、そうか。おもしろそうだから、いいんじゃない? というか、僕自身そんな例見たことないからさ。取り憑くとか、おもしろいことをするなあ。おおっと、失言、失言。憑依の解除方法とか、僕聞いたことがないからわからないし。まあ、調べることはしてみるけどさ。それに、このバカ娘を教育する良いチャンスだから、来奈も付き合ってやってよ。それで、その少年には、まあ、「ドンマイ!」って伝えてやって。来奈が可愛くやれば許してくれるよ』だそうです」
来奈は小さな紙を見ながら告げた。呆れた内容であったが、その上司の発言を全てメモするのは、すごい能力だと思う。
「なんか、壮絶だな。来奈達の上司って。というか、おもしろいって……」
「ええ」と、来奈は頷いた。この来奈を頷かせるのだ。彼女たちの上司はよっぽどの性格をしているらしい。仮にも「神様」だろうが。
「あの、ごめんなさい」
「まあ、いいよ。『神様』とやらができない、って言っているなら、できないんだろう。それならしょうがないさ。まあ、早く帰ろう」
俺は歩みを始めた。なぜだか、いつもより足が軽やかに感じている。何か重りのようなものが外されたような気がする。
とりあえず、この休み中に詩美に謝るとしよう。まだ、あれからほとんど会話をしていないし。そろそろ母さんの堪忍袋の緒が切れるところだろう。それに、今ならなんとかできるような気がする。
後ろから来奈が飛んでついてきていた。だが、
「オイ待てよ、てめえら! 私を置いて行くな、バカ! ……いや、あの、ちょっと待ってください! お願いします!」
とにかく、雪那のことは無視の方向らしい。