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罪滅ぼし

 金曜日の放課後。俺はある場所に向けて歩いていた。

 タイムリミットである金曜日。今日も学校に神谷は来なかった。俺の言うことは信じてもらえなかったようだ。来る、とほんの少しでも考えていたが、その予想は外れてしまった。

 ちさのいた場所に行くと、道路の脇に横たわっていた。近づくと、俺に気づいたのか、その場で起き上がって笑顔を向けてきた。

 しかし、それが偽物であることはわかっている。

 俺に笑顔を向ける前、ちさは確かに泣いていたはずだ。目が赤くなっていることからもわかる。俺が来る前に、雪那と来奈に知らされて。

 俺が失敗したことを。

「ごめん、ちさちゃん。瞳ちゃんを連れてこれなかった」

「……もう大丈夫。おにいちゃんが頑張ってくれていたのは、来奈のおねえちゃんから聞いていたから。あとさ……、その顔を見ればわかるから」

「そうか。……本当にごめん。罪滅ぼしにはならないけど、これ……」

 俺はここに来る前に買ってきたものを鞄から取り出した。

「わあ! 百パーセントのみかんジュース! ありがとう!」

 今度は間違えなかった。最後は間違えなかった。取り出したのは缶ジュースだ。

 ふたを開けてからジュースを手渡す。月曜日の時のように、ちさは掴んだ。だが、その動きはぎこちない。縛りつけている鎖が、ちさの動きの邪魔になっているのだ。もう既に、その鎖も黒く色づいていてはっきりと見えていた。来奈に聞いた話では地縛霊の鎖は、時間が経つと対象の幽霊とこの世を強く結びつけてしまって体の動きを制限してしまい、鎖の色も濃くなってその後悪霊になってしまうらしい。だから、というわけではないが、ちさのことは触れるとしっかりと感じられた。その感触は冷たい。

 ちさはそのまま手を引き寄せる。初めて会った時と同じように、ジュースの缶は俺の手の中とちさの手の中に二つに増えた。

 ちさが、ジュースを飲み出す。俺はそれを横で見ていた。

「さっきはなんでそこで寝ていたんだ?」

「えーと……、私、死んじゃう前のことを思い出したの。ほんの少しだけだけど」

 はにかんだ表情を見せて、ちさは続ける。

「確か……、ここで撥ねられて死んじゃったの。こんな風に」

 ちさはもう一度横になった。今度は大の字になっている。

「そっちの方で、瞳ちゃんが倒れていたんだよ、確か。悲しそうな顔をしていた。それが私の最後の記憶かな」

 ちさは横になった状態での頭の方を指して言った。それに対して俺は、「そうか」としか言うことができなかった。

「おにいちゃんも寝転んでみたら? 世界が違って見えるよ」

「……いや、いい。空が見えるだけだろうし。というか、そんな発言をする九歳児が信じられねえよ」

「お姉ちゃんから聞いたんだけど、私が生きていたら十九歳だよ。おにいちゃんよりおねえちゃんだよ」

「生きていたらね……」と、遠くを見るような顔を一瞬した後起き上がり、またジュースを飲み始めた。「おいしい」、と呟くように言う。

「もうそろそろですね」

「……そうか」

 ちさがジュースを飲み終えた頃合いに、来奈と雪那が姿を現した。もうちさをあの世へと送らなければならない時間らしい。「どけ」と、雪那に促された。今回ばかりはそれに従って、俺はちさの傍を離れる。雪那は「チッ」と舌打ちをした。

 このような結果なるかもしれない、と予測はしていた。だが、どうしてここまで俺は、こう、一生懸命に、自分を賭してちさを助けようと思ったんだ? よくわからない。こんな気持ちを持ったのは、あの日、そうあの日、文香が事故に遭った日以来なかったはずだ。

「なにか言い残すことはありませんか? 願いの場合はかなえられる保証はできませんが」

 来奈が短刀を抜きながら言った。

「うん、と……」

 顎に手を当てて考える。そして、

「三人ともありがと!」

 最期にちさは、笑った。

 その笑顔を見て気がついた。どうしてここまで一生懸命だったのか。

 おそらく、いや、無意識に誰かに重ねていた。その幼い表情や仕草。

 ――――文香に。

 そう。記憶に残っている文香の見せていた笑顔に似ていた。

 来奈は一瞬ためらったような表情を見せたが、短刀はそこで振り下ろされる。ちさは目を瞑った。だが、

「そ、そこで何やってるの、輿水君?」

 その場に神谷が現れた。


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