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あっちに行きな! こっちに来るな!  作者: 河海豚
第三章 鍵はだれ?
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彼女の家②

「俺は……、幽霊が見えるんだ」

「……………………ハァ?」

 神谷は目を見開いた。そして立ち上がる。

「ふ、ふざけないで! なに? 幽霊が見える?」

「バカじゃないの?」とでも、言いたげな表情だ。それもそうだ。俺の言ったことは突飛な話である。普通は信じられない。

「だから? それで次は……、あの子が見えた、って言うんじゃないでしょうね?」

 あの子……。ちさのことか。

「…………そうだ」

 そう言った直後に、神谷は立ったままの体勢から近づいて、

「ッ!?」

 俺の胸倉を掴んだ。昨日の神谷からは想像できない行為だ。

「私の家まで、そんな冗談を言いに来たの? ふざけたことを言わないで! あの子がいるわけない。あの子は、だってあの時に……」

「冗談じゃない! 俺はそれを伝えに……」

「嘘よ! 嘘! あの子はあの時に、私の目の前で死んだんだから!」

 神谷は聞く耳を持たない。掴む手の力だけが大きくなっている。

 ああ、やっぱり俺と同じだ。

「だから! 俺はそれを見ることが……」

「嘘! あそこにいるわけがない!」

「じゃあ、どうすればいい。ちさについて言えばいいのか?」

「何も知らない君が、軽々しくその名前を呼ばないで!」

 もはや金切り声に近く、嗚咽を含み掠れていた。それでも、俺は続ける。ここで止めるわけにはいかない。

「俺が見た時、ちさは髪をオレンジ――いや、みかん色のゴムでくくっていた。みかん色のバッグを持っていた。服装についての詳しいことは、知識がなくてわからないけど……」

 オレンジではなく、ちさの呼んだように「みかん」色と、俺は言った。

 どうしたんだ? 掴む力が弱くなっている? それに、神谷の顔も青ざめている。震えも始まっている。

「それは……、あの日、持ってた……。あの子の……、あの子の……。あの、子の……」

 神谷は崩れた。崩れ落ちた。俺の目の前で屈んで、声もなく泣いている。やはり、雪那の言ったことの方が正しかったのか?

 だが、もう引き下がることはできない。再三言ってきたことだが、これが最後のチャンスだ。

「神谷、落ち着け!」

 意を決して、俺は神谷の肩を掴んだ。神谷は顔を下に向けた状態から身体をビクッと震わせ、顔を上げた。

 俺は固まっていたらしい。確実に神谷の表情に衝撃を受けていた。この顔はどこかで見たような気がする。目を真っ赤にさせながら、下から見つめてくるという状態。

 ここで伝えなければ後がないのはわかっている。だが、俺に次の言葉を紡ぐことはできなかった。

「…………帰って」

「えっ?」

 神谷は呼吸を整えてから小さく呟いた。その次に、俺の手を払って離れる。そして、部屋のドアに近づくと乱暴に開けた。

「もしかしたら、謝ってくれるのかと思って、あの事故の新聞記事を持っていたのだってなにか事情があって、今日、それを私に伝えに来たのかと思ってた。だから、家にも入れた。それなのに、輿水君は……」

「神谷……」

「もういいの。頼むから帰って。それと、君とはもう必要以上に口も利きたくない」

 神谷の拒絶。圧倒的な拒絶。

 身体の芯に突き刺さるような感覚に陥った。

 もう、無理か……。

 俺はそう悟って部屋を出ようとした。だが、一歩出たところで自然と足が止まった。

 いや、なにかしないと。やっぱりあきらめてはいけない。これだけは伝えなければならない。

 俺は振り返って神谷を見た。目に映るのは、神谷の後ろ姿だけだ。その背中には、悲しみや怒りに取りつかれたような黒い影、鎖のようなものが見えたような気がした。

「これは俺の独り言だけど、明日、ちさとお別れをしようと思っている。神谷のよく知る場所で」

 返事はもちろんない。だが、俺ができるのはここまでだ。

 俺は、ドアを静かに閉めた。

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