二人との誓い
今は木曜日の朝の短級中。担任の岡部が黒板の前で話している。
さて、まずは状況確認。今日で三日目。ちさのタイムリミットは明日だ。そして、状況は最悪。昨日のやり取りで神谷との関係が最悪になってしまった。しかも、
「神谷は風邪で休みらしい。はい、出欠確認終わり。最初の授業に遅れないように」
ということだ。鍵である神谷がいない。
絶対、これも昨日のことが原因だよな……。
「ああ、おそらく。いや、絶対にな」
雪那が答えた。やる気のなさそうに、興味のなさそうに、自分はもう関係ない、関与しないとでも言いたげに。
「私さあ、一晩考えてみたんだよ。そしたら思い出したんだ。最初、私は和志に任せることに乗り気じゃなかったってのがな。しかも、アイツがあの状態だろ? もう打つ手が無いって。もう私達との約束とか、お前のプライドとかどうでもいいからさ。今日にでも来奈に私から頼んでやるよ」
あくびをしながら雪那が話す。全くやる気を感じられない。しかもそのまま教室内を漂うものだから、こっちまで脱力しそうだ。
でも、まだ今日を入れて二日間もあるんだ。俺にやれることがあるならやっておきたい。それに、神谷を傷つけてしまったかもしれないし。もう、後には戻れないほどの深みに嵌ってしまったような気がする。俺には見過ごすことができない。たぶん、俺と神谷は同じだから。
「……ふーん。まあ、いいけどさあ。本当にこれからどうするんだ? 最低でも今日か明日にアイツに会いに行って、引っ張り出さなきゃいけねえだろ? それで、アイツがどこに住んでいるかとかはわかるのか?」
わからない。先生に後で訊くか? いや、はっきりとした、先生が納得するような理由がないから無理かもしれない。
「それなら問題ありません」
窓の方向から声が聞こえた。窓側を見ると、そこでは来奈が教室に入って来ていた。見た時点では、上半身が教室内にあって、下半身が外にあり、窓によって仕切られているという奇妙な図になっていた。
「どういうわけだよ、来奈」
さっきまでやる気のない表情をしていた雪那だったが、今は食ってかかるような態度でいる。
「実は昨日、あの後、私は神谷瞳さんの後をつけました。それで家までたどり着きました。ちさちゃんのいる場所の近くです」
そうか……。
「いつの間に。気づかなかったぞ、影が薄すぎて、……って和志が」
「人がせっかく教えてあげたのに、そういう態度ですか。いいご身分ですね」
来奈は頬を膨らませながら言う。俺は指を雪那に向けながらブンブンと頭を横に振った。
「まあ、冗談ですけど。雪那ちゃんが考えていたことだってくらいわかります」
来奈は雪那を睨みつけた後、わざとらしくため息をついた。
「それで、どうしますか? 行きますか? もう諦めますか?」
諦める? どういうことだ?
俺の疑問を感じ取ったのか、来奈は続けた。
「さっき雪那ちゃんと話しているのが聞こえましたからね。まあ、聞こえるのは雪那ちゃんの声だけですけど、話していた内容くらいならわかります。それでもって、君の本当の意思を知りたいと思っています」
俺の意思。本当の意思。
「成功しようが失敗しようが、これ以上に神谷瞳さんを傷つけてしまうかもしれない。もし失敗したら、君を期待して待っていたちさちゃんを裏切るかもしれない。最終的には、自分を裏切り、傷つけてしまうかもしれない。そんな結果が待っているかもしれない選択肢を、今、和志君自身で選んでください。もちろん選ばなくてもかまいません。雪那ちゃんが言ったみたいに。その時は私が君の前で勝手にちさちゃんを斬ります。この力は、君が近くにいないとできませんから。ですが……」
来奈は帯の隙間から短刀を取り出し、横にして掲げた。
「もし、君が私の話を聞いてなお、その選択肢を選ぶというのなら、この短刀を掴んでください。それが約束、いえ、誓いとなります」
誓い。この選択をしたら、これ以上に他人を傷つけるかもしれない。今回のちさと神谷のことだけではない。これから地縛霊が現れた時には、その都度、その幽霊の未練を果たさなければならないということだ。
それでも、俺は――――。