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あっちに行きな! こっちに来るな!  作者: 河海豚
第三章 鍵はだれ?
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作戦失敗

「輿水君、面白いね。現代文の授業の時。最後、先生を泣かしちゃったのはどうかと思うけど」

 今日の下校は神谷と一緒であった。これは、雪那と来奈からの指示である。この言い方だと、嫌々ながらに行っていると誤解されそうだが、そういうわけではない。もちろん、俺も考えていたことであった。ちなみに、ユートと優実花がいないのは、もちろん部活だからだ。もう一つ、後ろからは雪那と来奈が俺と神谷の様子を窺っている。

「いや、あれは優実花がな」

「優実花って宇田川さんのこと? 輿水君と仲がいいよね。あと、佐伯君も」

「あのさ、神谷。話聞いてる?」

「あっ……。ごめんなさい」と、神谷は頭を下げた。別に悪いことはしていないように思えるが、これは神谷の癖なのだろう。

「コイツは案外多弁なのかもしれないぞ。付き合いに消極なだけで」

 耳元に近づいて、雪那が囁く。

 おしゃべりで消極的って、何かおかしな表現だよな。

「バカ。『付き合いに』って、行っただろ? 友達を作るのが苦手ってことだよ。もしくは……、あえて作らないっていうのかもな」

 雪那は意味深な言葉を口にした。

 あえて友達を作らない。それってどういう意味だ? 雪那はどういうつもりで言ったんだ?

「そういえば、一年生の頃からずっと一人で帰ってたよね? 部活はやってないの? いつも輿水君といる宇田川さんと佐伯君は、えーと、バスケ部だったっけ?」

「ああ。俺は部活に入ってないんだよ」

 どうして、俺が一人で帰っていた、って知っているんだ?

 そのような疑問が浮かぶ中、神谷の話を聞く。

「じゃあ、どうして宇田川さんと佐伯君と仲が良いの?」

「中学が同じだったんだよ。あと、中学の時は俺も一応バスケ部に入ってたし……」

「ふーん」と、指を顎に近づけて考える仕草をする。

「どうして高校でも入らなかったの? バスケ部に」

「それは……、なんというか……、ついていける感じがしなかったからさ」

 嘘である。苦し紛れの。しかし、それはバレてはいないようであった。神谷は続けて喋る。

「ふーん。じゃあさ、私と一緒の部活に入る? 美術部だけどさ、今、新入生向けの体験入部中だからね」

「私、一応部長だから勧誘も兼ねてね」と、照れくさそうな態度を見せた。

「……まあ、考えとくよ」

 雪那の言うことも正しいのだろうか。神谷はよく喋る。普段の学校生活ではこういう面は見られず想像できなかったが、今の神谷の様子が素なのだろうか。

「じゃあ、よろしく。あっ! 輿水君。私はここで」

 神谷が立ち止まった。バス停の前だ。

「バスで学校に来てるのか?」

「えっ? うん。そうだよ。一応、市外から来てるし」

 神谷は時刻表を確認している。どうやらバスがもう行った後のようで、少し不満そうな表情を浮かべると、バス停横に備え付けてある屋根つきの待合場所のベンチに座った。

「和志、どうするんだよ。お前ともう別れる気満々だぞ。何か会話を繋がなきゃ、肝心のちさに関することが聞けないぞ。時間もないんだし、もっと話して好感度を上げなきゃな」

 そんなこと、最初からわかってるって。ちゃんと秘密兵器も用意してあるし。ていうか、好感度って……。

「ああ、気にすんなよ。最後のは適当に喋ってただけだから。それよりも、本当にどうするんだ? 秘密兵器? どんなやつかは知らないけど、あれを見てみろよ」

 雪那が指で示した。示された先では、神谷瞳がベンチに座って本を読んでいた。

「もしかして、俺がもういない、って思われてる!?」

「あっ、輿水君、まだいたの? もう帰っちゃったと思ってた」

「ハッ」と思い出したような表情を向けてきた。「まだいたの?」という発言は酷いように思う。俺はこんなに近くにいたのに。そんなに影が薄いのか……。

「なんかちょっと毒気があるというか、トゲのある言い方をするよな」

「えっ? そうかな?」

 照れ臭そうに振る舞うと、本に栞のようなものを挟み横に置いた。花柄の模様がプリントされたブックカバーのおかげで、本のタイトルまではわからない。

「ところで、まだなにか用が?」

「そうそう……」

 本について訊こうと思ったが、俺には読書の趣味がないため、本の名前、内容を聞いたところで話を繋げられないだろう。活字を読むのは、せいぜい授業中の教科書くらいだし、神谷の読むような本は、どこか高尚なものそうだ。これは勝手な想像だが。

 だから、俺は自分のカバンの中を探って、目的の物を出した。つまり、これが秘密兵器である。秘密と言うほど秘密ではないが、そう言った方が雰囲気が出るだろう。

「これ、サンキューな」

 俺がカバンの中から取り出した物。二冊のノートだ。下の方に「神谷瞳」と小さく名前が書かれてある。要するに、神谷から借りたノートだ。あの月曜日の午前中の授業の板書を書き写すために借りたものである。

 優実花に借りようとも思ったが、嫌味を言われる羽目になったと思うし、ユートの場合は俺以上の字の汚さ、授業中の居眠り率の高さから論外だ。他に仲の良い友達がいないうえ、社交性のあまりない俺は、神谷に頼むしかなかった。だが、それが功を奏したように思える。神谷も快く渡してくれたし。

「えっ? 今日の授業だけで書き写すの全部終わったの? ふーん、早いね。もしかして、今日の授業の方を聞いてなかったとか?」

 神谷は悪戯っぽい表情をして言った。初めて見せた表情だ。

 立ち上がって、俺に近づいて受け取ろうとしたその時、

「うん?」

「……あっ!」

 ノートの間から一枚の紙が落ちた。一枚の紙とは言ったが、正確には昨日調べた新聞記事のコピーだ。おそらく今神谷に一番見られてはならないもの。空気抵抗により舞って、運悪く神谷の足元に落ちた。

「オイ、バカ! 早く拾え! アイツが拾う前に!」

 もう遅かった。雪那が言い終わった時には、もう既に神谷は紙を拾い上げようと屈んでいた。ここから紙をひったくるのは不自然だし、神谷に対してなんの説明もつかない。

「なにかな、これ。紙? 新聞記事? ……えっ?」

 神谷は急いでその紙を拾った。そして、目で文字を辿っていき、ある程度すると、見開いた。強く握りしめたのか、「クシャ」と紙に皺が入る。

「なん、で……?」

 そして、動きが止まった。見開かれた目は、一点だけを見据えている。

「どうして、輿水君がこれを、このことを……? もしかして、このために私に……?」

 わなわなと身体を震わせながら、神谷はゆっくりと立ち上がった。少しフラフラとしている。そして次の瞬間、

「ッ!?」

 神谷は俺を睨みつけ、新聞記事を丸めて投げつけた。

「早く……、早くどこかに行って!」

 顔を赤くして叫んだ。元の温厚な表情からは想像できないほどの激昂だ。両目は潤んでいるが、その瞳はしっかりと俺を睨みつけていた。

「か、神谷……?」

「オイ、やめとけ」

 なだめようと近づいたが、雪那の肩を掴まれ阻まれた。

 なにすんだよ!

 俺はそれを振りほどこうとしたが、動くことさえできなかった。

「バカか、てめえは! そんなことしても焼け石に水、いや、油を注ぐようなものだろ。逆効果だって!」

 でも……。

「いいから帰るぞ! 今はなんにもならねえんだよ、アイツがあの状態じゃ! 嫌だって言うなら、縛ってでも引いてくぞ!」

 雪那は肩に掛けた方とは別の手に持った鎖を、俺の顔の横に垂らした。

 もう一度神谷を見た。まだ俺のことを睨みつけている。しかし、先程とは違って、頬を涙が伝っていた。

 確かに、今の神谷は冷静に聞いてくれる状態ではない。しかも、原因であるあの事故について書かれた新聞記事を落としたのは俺だ。

 ……わかった。帰るよ。

「神谷、……ごめん」

 俺は足早に、その場から離れた。


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