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あっちに行きな! こっちに来るな!  作者: 河海豚
第一章 不思議な少女
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いつもの朝食

「わっぷ」

「イテ」

 階段をすべて下り終えて最後の一段、というところで腹に何かがぶつかった。

「痛たた……あ! カズちゃん!」

 ぶつかってきたもの、いや、人、いや、母さんは頭を押さえながら言った。

「母さん、おはよう」

「うん、おはよう……じゃなくて! えっと、何が言いたかったんだっけ?」

 母さんは首を傾げる。息子の俺が言うのもおかしいと思うが、ここには、「かわいらしく」という表現が望ましい。これには十人中九人が賛成するに違いない。

 その理由は母さんの容姿にある。

 さっき俺の腹にぶつかった、と言ったが、まあ、ほとんど下腹部に近い位置でぶつかった。たった階段ひとつでその位置である。段差なしでは、俺の胸の位置よりも低いところに頭がくる。

 つまり、何が言いたいかというと、母さんの身長は低い。そのぶん横に大きいというわけではないから、本当に「小さい」と言っても過言ではない。その上、その身丈に合った幼くかわいらしい顔と声をいまだに保っている。知らない人が見たら中学生、または小学生と言っても通ってしまうだろう。公共交通機関、施設などは子供料金で大丈夫なはずだ。俺の前でやったことはないが。また、容姿について父さんが言うには、初めて会った高校の頃からずっとこのままだそうだ。そして、これだけは言わなければならない。

 断じて俺はマザコンではない!

「ああ。そうだそうだ。ウタちゃんに呼ばれなかったの? 遅いから呼びに行こうと思っていたところなんだけど」

「うん。呼ばれたよ」

「それなら早く来なさいよ。ごはん冷めちゃうし、私も洗いものは全部一緒にしたいし、それにカズちゃん学校に遅れちゃうでしょう?」

「はいはい。わかってるって」

「ホントにわかってるの?」

「もう!」と、言って、母さんは俺に背を向けた。キッチンへと進んでいく。俺はその後ろをついて行った。

 部屋に入ると、もうすでに詩美は朝食を食べ終え、皿洗いをしていた。

「あっ、お母さん。このままでもいい? 私、早く学校行かないといけないからさあ」

「そういえば、ウタちゃん、朝練があったんだったっけ? そうだねえ、……いいよ。あとは全部カズちゃんにやらせるから」

「え? 俺? さっきと言っていたことが違う。しかも全部って……」

「一番遅かったんだから当たり前でしょうが」

 母さんは怒り顔を、詩美はあからさまに嫌そうな顔を俺にしてみせた。

「兄貴にやらせるくらいなら自分でやるよ」

 毎度のことながら、なんだかグサッとくる言い方だ。慣れているとはいえ、精神的ダメージはゼロではない。

「ウタちゃん、時間ないんでしょう?」

「うん、そうだけど……」

 ジトーとした目で見つめてくる。「こいつにだけは絶対にやらせたくない」って、言っているみたいな。

 俺は思わず目を逸らした。

「はぁ……、わかった。ウタちゃんの分は私がやるから。それでいい?」

「……うん。じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

「……」

 俺が無言でいると、脇腹をど突かれた。言いたくないんだけど。

「……い、いってらっしゃい」

「……」

 ほら、また無視された。

 詩美は横を通り抜けていった。俺と母さんは横に並んでいたため、母さんの方の横を。

 玄関のドアの閉まる音が聞こえた。

「ハァー」

 大きなため息をついた。そうしたら、また脇腹をど突かれた。

「『ハァー』じゃないでしょう。なんでいつも言わないと『いってらっしゃい』も言えないの?」

「いや、言ってもさ、詩美いつも無視するじゃん」

「それはカズちゃんが心から言ってないからでしょう? 今のだって、なんかぎこちなかったし」

「そんなこと関係ないって。たぶんどう言っても同じだからさ。たぶん、詩美は俺のこと嫌いなんだろう?」

 母さんが何か言おうとしていたが、その前に俺は席に着いた。もう朝食はテーブルに用意されていた。ご飯に味噌汁、それともう一品。いつもの朝食である。

 しばらくすると、母さんは向かいの席に着いた。詩美の分の皿洗いが終わったようである。

「まだ食べてなかったの?」

「カズちゃんを待っていたの。というか、じゃあ、何でこの席にご飯が置いてあるのよ」

 母さんは箸を持ちながら、ツンとした表情を見せた。まだ詩美のことで微妙に怒っているらしい。何か喋らないといけない。

「ほら、父さん帰ってきたのかなあ、と思ってさあ」

「この前行ったばかりなのに、そんなに早く帰ってくるわけないじゃない」

 父さんは現在、海外に出張中である。四月に入ってから家にいない。確か今回は東南アジアのどこかの国に出張する、って言っていたような。あと何日向こうにいるんだったっけ?

「父さんっていつ帰ってくるんだっけ?」

「何言ってるの? 三ヶ月後でしょう。マー君の話を聞いてなかったの?」

 ああ、そうだったな。

それにしても、母さんの機嫌も悪い。最近は、父さんの話をすると、三割方こうなる。やっぱり寂しいのだろうか。結婚して十八、九年くらい経っているから、もう慣れろよ、と思うこともあるが、口に出してはいけない。

 ちなみにマー君とは父さんのことで、母さんは恋人時代からずっとこの名前で呼んでいるらしい。ちなみに、父さんの本名は輿水正幸まさゆきである。母さんの場合、俺や詩美、それと、それぞれの友人の名前を呼ぶ時には、名前の略称に「ちゃん」付けで呼ぶ。これが昔からの母さんのルールらしいが、俺やおそらく詩美にしてみればたまったものじゃない。友人の前で「ちゃん」付けで呼ばれるのは恥ずかしい。

 その後、特になんの話もしないまま、朝食が終わった。というのも。なんか話しづらかったからである。それになんか頭も痛いし。こんな日は、気分転換に早く家を出るにかぎる。

「あ、母さん、俺も早く行くからさ。俺の分の洗い物頼むよ」

「え? さっきウタちゃん以外の分はやってくれるって言ったじゃない」

「いや、そんなこと俺は一回も承諾してないよ」

「屁理屈ばっかり言って……。早く行く、ってカズちゃん何か早く行かなければならない用でもあるの? あと、ユミちゃんには連絡した? って、待ちなさい!」

 俺は返答もせずに母さんの横をすり抜けていった。下に降りてくる際に通学鞄を玄関に置いていたため、二階に取りに行く時間を省くことができた。

「待ちなさいって言ってるでしょう!」

 母さんが部屋から出てきたが、俺は両足に靴を履いたところだった。

「いってきます」

 母さんに捕まる前に、家を出ることができた。


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