図書館にて②
「和志、大丈夫かよ。私は触れないから、指示だけでもしてやろうか?」
「いらねえよ」
なんか馬鹿にされているような気がしたから却下だ。
しかし、その十分後、
「そこで頭を下げれば、指示してやってもいいんだぜ?」
「まさか電源を切るとは……」
雪那は勝ち誇ったような表情で、来奈は引いた顔で両脇から見下ろしていた。雪那の場合は「見下していた」と言った方が正しいだろう。
「最初から私たちの言うことを聞いとけば良かったんだよ。バカだなー」
うるさい。できる気がしたんだよ。
「お前こそうるせえよ。できない奴はみんなそう言うんだよ」
もっともな話だ。俺はさすがにもう言い返せない。
「チッ、オイ! さっさとそこのボタンを押せ!」
雪那が近づいてきて、パソコンの一部分を指差した。俺は言われた通りにする。すると起動音がして電源がついた。
「そうしたらそこのアイコンをクリックして……、って煩わしい!」
「ちょっと貸せ!」と、雪那はマウスを握る俺の右手に手を重ねた。冷たい。
「黙れ。さっさとやるぞ」
重ねた手を雪那は動かす。
確かに、ここでは俺以外の何も触れない雪那と来奈ではあるが、雪那のした通り、俺を介して物を扱えばいいということだ。
「オラ、さっさとここに打て」
俺を叱咤するように叩きながら、キーを指し続けた。
「この日付で合ってるよな」
「ええ、そうですよ。ちさちゃんが亡くなった次の日付ですからね」
「よし」と言って、雪那はマウスを俺の手で動かして、「検索」のカーソルに合わせた。その間はされるがままであったが、何もしないのがこの際は正解だろう。
その数秒後、画面に新聞が表示された。指定した日付のものである。
「和志、どの辺だと思う?」
「たぶん、地域版か後ろの方だと思う」
「そうか。その辺で狛井ちさ、狛井ちさ、っと……」
クリックしてページをめくっていく。そして、
「あった。……ふーん。『ちさ』って字、こう書くのか」
雪那が見つけた記事をまとめると、このように書いてあった。
『昨日の午後二時ごろ、県内の女児二名がひき逃げ事故に遭った。そのうち、狛井智沙ちゃん(九)は病院で死亡が確認され、神谷瞳ちゃん(七)は両脚の骨を折る大けがを負った』
「ちさちゃんの持っていたマグカップに書いてあった『瞳ちゃん』っていうのは、この『神谷瞳』っていう名前の子のことでしょうね。恐らくは」
上から合間を縫って覗いていた来奈が「うんうん」と、頷きながら言った。
それよりも、俺には気になるところがあった。神谷瞳……。どこかで聞いたような名前な気がする。しかし、どこで聞いたのか……。この記事を見る限りでは、年齢は俺と同じか一つ上だろう。
「他には手掛かりはないようですね。とりあえず、神谷瞳っていう子がちさちゃんに関しての唯一の情報ですね、……和志君?」
「オイ和志、どうかしたのか?」
「いや、この神谷瞳って、どこかで聞いたような気がするんだけど、どこだったかな、って思って」
全て言い終わるか終わらないかうちに「どこでだ!? 思い出せ!」と、耳元で雪那は怒鳴った。
「知らないよ。そんな気がしただけかもしれないし……」
「ったく、使えねえ奴だな」
そう悪態づかれたところで、俺の携帯が鳴った。表示された名前は佐伯優斗――ユートだった。「図書館で鳴らすとか……」とでも言いたいような雪那と来奈の視線を受け流して電話に出ようとする。マナー違反だから、反論はできない。
俺はそそくさと部屋から携帯が使用可能なエリアに入って、電話に出た。
「もしも……」
『オイ、和志! お前、俺の自転車乗っていっただろ! いつの間にか鍵がポケットから無くなってるし、なにしてくれんだよ!』
電話に出た瞬間に、ユートの声は聞こえた。怒号というに近いものだった。反対の耳に突き抜けるように感じた。
「許可はとっただろ?」
『許可って……、こんなふざけた紙切れがか!? ふざけるなよ!』
スピーカーからは、さっきの雪那に負けないくらいの怒号が放たれている。ユートが何に怒っているのかというと、それは、俺がユートの自転車を借りたからだ。ちなみに、鍵を取ったのは俺ではなく優実花なのだが、そうは言ってもユートは俺にだけ怒るだろう。ユートは優実花に頭が上がらないからだ。
電話の向こう側、ユートの後ろでは、クスクスと笑っているような声も聞こえた。
「うん? 誰かいるのか?」
『ああ、優実花がな、って話を逸らすんじゃねえ!』
ユートは少し落ち着いたようだ。
『ああ……。もう……、明日返してくれればいいや』
何のために電話してきたんだよ。
「用件はそれだけ? なら、俺からも聞きたいことがあるんだけど」
『お、おう』
何やら緊張した様子のユートの声。どこかで「神谷瞳」という名前を聞いたことがあるとしたら、そのどこかというのは、学校もしくは家しかないと思った。そして、学校だったとしたら、いつもつるんでいるユートや優実花も聞いている可能性が高いと判断した。
俺はチラッと雪那と来奈の方を向く。雪那が見下したような目つきをしながらも小さく頷いた。
「『神谷瞳』って名前、どこかで聞いたことあるか?」
『…………ハァ!?』
ひどく大きな声だ。思わず携帯を遠ざけてしまう程であったが、電話から離れている人にも聞こえていたかもしれない。
「オイ、どうした? いつも以上に酷い顔だぜ?」
余計なお世話だ。それはそうと、電話の向こう側からはなんの反応もない。何やら遠くで話しているような声が聞こえてはいるが、何を喋っているのかはわからない。
「おーい、もしもーし」
まだ反応がない。そう思っていると、ユートが再び電話に出た。
『……和志、本当に、本気で言っているのか? ボケとかではなく?』
恐る恐る話しかけているような印象だ。危険物を取り扱っているような。
俺は肯定の意を伝えた。
『お前…………、神谷は俺達のクラスメイトだろうが!!』
………………………………。
……なるほど。
ユートに礼を言って、電話を切る。ポケットにしまったところで、両肩を掴まれる。それも力強く、である。俺は冷や汗を流しながら、後ろを振り返った。