図書室にて
次の日――
俺はまた、朝早くに家を出発した。母さんには不審に思われたが、図書室で友達とテスト勉強する、ということを伝えたため放免である。実際に、授業の小テストは今週末にあるため、あながち嘘ではない。ちなみに、中間テストは五月の中旬にある。
「へえー。朝の図書室ってこんなんなんだ。私、一回も来たことないから知らなかったよ」
これはどういうことだ?
ただ今の俺のいる場所は、月嶺高校の図書室だ。蔵書数はそこらの学校の比ではないくらいに多いらしいと、入学時のオリエンテーションで話があったほどだ。俺はあまり行くことがないからわからないが。その蔵書数を理由にこの学校に入学志望をする人もいるという噂がある。
司書の人が来るのは、あと約三十分後の八時だが、職員室にいる先生に言えば図書室の鍵を借りることができる。この制度は、主にテスト前に使用されることが多い。だから早く入るのは問題ないのだが、
「どうしてここでお前が現れるんだよ、優実花?」
俺の後ろには、優実花が立っていた。さっきの、「これはどういうことだ?」という思考は、優実花がいることに対して発せられたものである。
「和志の家の玄関が開いた音が聞こえたからさ、ちょっとにおいを辿って、あとをつけて、……ね!」
どうやら、家を出た直後から俺の後ろにいたらしい。全く気付けなかった。刑事顔負けな尾行技術である。というよりも
「ははは。……お前は犬か!」
「ところで、こんな朝早くにどうして図書館にいるの?」
華麗なるツッコミ無視。俺が苦笑いしているのにも気づかない。もはやこれは、優実花のペースである。
「ちょっと、勉強しようと思ってね」
もちろん嘘である。
「えっ? 本気? こんな時期から和志が勉強? ……頭大丈夫なの?」
散々な言いようの後の大笑い。おそらくここが図書室内だというのを忘れているのだろう。俺達二人のほかに誰も人がいないのがまだ幸いしているが。それにしても本当にひどい言い方だな!
ここで一つ補足がある。あくまでいないのは「人が」であり、実は俺と優実花のほかに、この図書室内にはもう二人いる。「幽霊」としてだが。
俺は右上を見上げる。そこには雪那と来奈がいた。重力を無視した浮遊という状態。もちろん俺以外の人間には見えないだろう。実際に、優実花はその方向に見向きもしない。
視線に気づいたのか、雪那は俺の顔を凝視してはっきりと口角を吊り上げた。どうにも面白いものを見つけたらしい。実にいやらしい笑みだ。それを横目に、来奈は冷めた表情をしている。どうしたのだろうか。
「……ねえ。ねえって! 和志、聞いてる?」
「えっ? なに?」
「だから、なにをしようとしてたのか? って、訊いてるの!」
優実花に両肩を掴まれ揺すられた。
「ちょ、ちょっと待て! やめろ! 話すから、早く離せ!」
解放されたところで、もう一度ちらりと雪那と来奈の方を見る。
「何とか誤魔化してやり過ごせ」
雪那が視線に答えた。若干投げやりになっているのと、ニヤニヤしているように見えるのは気のせいだろうか。いや、そうだと思いたい。
「そうだな。優実花の言う通り、勉強しに来た、っていうのは嘘だ。今日はちょっと調べたいことがあったんだよ」
「なになに? 調べたいものって。私も手伝う!」
「キャッ、キャッ!」と、優実花は高いテンションを維持したまま騒ぎ続ける。
さて、まずいぞ……。どうにか引き離さなければ。
「ちょっと優実花には知られたくないものでさ、だから……」
俺が言い終えるのを待たずに、優実花は話し始めた。
「えっ!? 私に言えないって……、もしかしてそれってぇ……エロいの!?」
「……どうしてそうなるんだよ!!」
「キャーッ!!」と、優実花は口を押さえた。笑う優実花に聞く耳はなし。
中学生かよ! しかも男子!
不意に頭上から大きな笑い声が聞こえた。雪那だ。雪那は両手で腹を抱えて転げまわっている。浮いているため、三次元的に動いていた。
その動きと声は目障りで、癪に障る。……もうどうでもいいや。優実花には早くお帰りになっていただこう。
「優実花!」
「は、はい!」
俺は優実花の肩に手を乗せて動きを止めた。
「頼むから今日は帰ってくれ。後で暇があったらなんでも言うこと聞くから」
「なんでも? ホントにぃ?」と、優実花は顔を輝かせた。俺は即座に二度頷く。
「……わかった。じゃあ、朝練に顔出してくるね。最初からそのつもりで早く来ようと思っていたわけしぃ」
スキップ気味に優実花は図書室を出ていった。ここが静かにしなければならないことだってことを理解しているのか、いや、していないだろう。
「和志、お前って……大胆だな」
うるせえ。