ノックの音
「……俺はダメだ」
俺は自分の部屋で項垂れていた。
実のところ、まだ学校の制服から着替えておらず、学ランもベッドの端に放り投げてある状態だ。さっき夕食を食べているときだってカッターシャツ姿で、だった。
「……あんなことまで言って」
詩美の言った通りだ。今の俺は、ただ逃げ出しただけだ。あんな台詞まで捨て吐いて……。自分ですら答えのわからない問題を教え子に出す教師さながらにたちが悪い。自分に今まで以上に嫌悪感を抱いてしまった。
ふとした時にドアをノックする音が聞こえた。家には今は二人しかいないため、ノックをしただけで、誰が来たかはわかる。というより、さっきまでの様子から詩身であることはありえない。だから、母さんであることには間違いないし、この叩き方はいつもの母さんのものであった。
「カズちゃん……。もしかして、もう寝た?」
案の定そうだった。無意識に息が漏れる。詩美じゃなくて良かった、と安心したようである。
とりあえず、「寝てないよ」と、返事をする。すると、ドアが開くことなく言葉が返ってきた。
「そう、よかった。まだお湯を残してあるからさ、早くお風呂に入りなさいよ」
そして、足音がドアより遠のく。俺は、気づいたらドアを開けて母さんを呼び止めていた。
「母さん、待って!」
「ん?」と、詩美の部屋に向けていた足を止めて、母さんは振り返る。
「か、母さんは……」
うまく舌が回らない。拍子抜けていたのと、自分が問いを出したにもかかわらず、その問いに対する母さんの返答に恐怖していた。
「母さんは俺に……、何も言わないのか?」
「カズちゃんはそう言うけどさ、本当に何か言ってほしいことでもあるの?」
「えっと、てっきりさっきのことで怒られる、って思っていたけど」
正直、そう返されるとは思わなかった。
「自分でわかってたらいいのよ。他人にどうこう言われたら、カズちゃんみたいな年頃の子は判断に鈍っちゃうでしょう? それに、もう人に言われないとわからない子供、ってわけでもないでしょう? まあでも、せっかく呼び止めてもらったのだから、一つ言っておくとしたら、」
「そうねえ」と、数秒置いて、
「ウタちゃんには謝っておいてね、明日にでも。まあ、それができなかったら早めにね。……いつもだったら感謝の方を先にして、って言いたいところだけど、今回のことはね」
「うん……、わかってる」
わかっている。自分に非があることぐらいわかってはいる。でも、謝っても意味はないだろう。余計に詩美を怒らせる結果になることは目に見えている。だが、ここは母さんに対しては納得して帰ってもらうことが重要であると俺は思った。でもたぶん、いや絶対に俺は詩美に謝ることはないと思う。
「そっ。じゃあ、ウタちゃんにも今から言っておくからさ、今日のところをできるだけ早くキッパリと清算しておいてね。ああ。あと、早くお風呂に入っておきなさい」
母さんは俺を部屋に押し戻してドアを閉めた。
「そういえば、最後まで強要しなかったな」
文香との面会。
未だに俺は、あの事故から会っていない。いや、会ってもどうにもならない。
なぜなら、文香は目を覚まさないのだから。俺のせいで。
母さんも父さんも、俺のせいではないと言っている。詩美にしても、母さんに聞いたことではあるが、俺に対して怒っているのは事故のことではなく、俺の事故後の行動、文香への見舞いに行っていないことにあるらしい。
………………。
「まあ、考えてみてもどうにもならないか、……って」
やっぱり逃げているだけなのかもな。
そろそろ風呂に入ろうと考えて、服を取ろうとタンスの引き出しを開けた時だった。
「よお」
「うわっ!?」
開けた引き出しの中から雪那が飛び出してきた。