動乱の夕食
それから十五分後、俺は夕食を食べていた。朝と座る位置は同じだが、今度は斜め前の席には詩美が座っている。
「夕食は可能な限り家族で食べる」
それが輿水家のルールの一つだ。今は父さんが出張中でいないため俺の隣の席には誰もいないが、これは特別ルールだ。
「じゃあ、日曜日はミユちゃんのところに行くんだ」
「うん、そうだよ」
母さんと詩美の話を聞き流しながら箸を伸ばす。詩美が話をしているときは完全に俺は蚊帳の外だ。母さんはそんな俺のことを気にして話を振ったりしてくれるが、詩美は完全無視である。それに、俺のことは敢えて会話の外に締め出す。別に俺自身も詩美の話には興味があまりないので、母さんの心配も必要ないと言っているのだが、母さん的には俺達二人には仲良くしてもらいたいのだろう。
「さて……、と」
母さんは不意に箸を置いた。そして、詩美に目配せをする。それに気づいたのか詩美も持っていた茶碗と箸をテーブルに置くと母さんに頷いた。
何の話をするつもりなのか。それはほとんどわかっている。
詩美の頷きを確認した母さんが、俺に視線を向けて口を開く。
「あのね、カズちゃん。明日の話なんだけどね、フミちゃんのお見舞いに行こうと思っているんだけど……」
この話か。
「いやだよ、俺は絶対に行かない」
「兄貴ッ!!」
詩美はテーブルを叩いて立ち上がった。そして、明らかに敵意に満ちた目で睨みつけてきた。
「なんだよ……」
「どうして兄貴はそうやって、いつも行かないんだよ! あの日から一度だって文香ちゃんに会ってない……。どうして!?」
「どうして、って……」
一目見ると、詩美は怒っているのか泣いているのかわからないような表情だった。俺はそれから目を逸らす。母さんが詩身をなだめる声が聞こえたが、もちろんその方向は見ない。
ここで、俺が考えていることを話すべきだろうか。この考えを言えば詩美が激昂するのは目に見えているうえ、他の言い逃れは考えられない。やはり、万事黙っているのが正解、とは言えないが、穏便に済ませるにはこの場面では成功率の高い手であり、選択できる手の中では一番有効であると思った。だから、俺は黙ることにした。
しかし、これは成功とは言えなかった。
「どうして!? なんで行かなかったんだ!? 黙ってないで何か言えよ!」
「行ったところで何になるんだ……」
詩美は引き下がらなかった。テーブルを何度も叩いているため手が赤くなっており、母さんにはなだめられている。俺も対抗して立ち上がり、詩美の顔を凝視して続ける。
「俺はどうすればいいんだ? 文香に会ったところで。事故のことを謝る、ってのか? ……そんなことできる資格なんて、……俺にはないよ」
「謝る資格ってなんだよ。お母さんがいつも言ってるじゃん。感謝の方を先にしろ、って。だから文香ちゃんにも」
「ウタちゃん、ちょっと抑えて……」
母さんがもう一度なだめるが、詩美は全く引き下がらない。
「結局のところ、兄貴は怖いだけなんだろ! 現実から逃げたいだけなんだろ!」
詩美の睨む目に一層力が入る。太い一本の槍が胸に突き刺さったような感覚だ。詩美の言葉も、その両目の視線も。だが、
「……お前に、俺の何がわかるって言うんだ!? お前に文香の何がわかんだよ!!」
「そ、それは……」
詩美は威勢が一気になくなって、たじろいだ。
奇しくもそれは、さっき雪那が俺に発した言葉と似ていた。もっとも、雪那は「人間」と「死者」、「未練」について論じていたが。
「……ごちそうさま」
「兄貴ッ!」
俺は詩身の呼び声を尻目に、逃げるように部屋を飛び出した。