鎖の力
「どうしたんだよ。邪魔なこいつを縛っちまえば、それで後はこの子を斬るだけで全て終わりだろう?」
雪那は来奈に悪態づく。
「和志君を止める権利は私達にはありません。だから、ここは和志君に賭けてみませんか?」
「もちろん、私達もサポートはしますけど」と、付け足す。
「なに言ってんだ、来奈?」
「どうして?」
俺が訊くと、来奈は雪那の手を取り払い、短刀を鞘に納めながら言った。
「いえ、これはただの私の興味です。私達は長年、一貫してこのやり方をとってきました。これも私達がこの世にほとんど干渉できないが所以ではありますが。ですが……」
「カチン」と、木片と木片の当たる音が聞こえた。
「あなたは生きています。今、この世を。この時間を。その可能性を信じてみようかと思いましてね。……こんな理由では駄目ですか?」
来奈は俺とちさに近づいた。ゆっくりとした足取りと、穏やかな表情を振りまきながら。
「なんだよ、来奈まで。私は反対だからな」
雪那はいつの間にか鎖を取り出していた。それをクルクルと振り回す。
「でも、雪那ちゃんは斬ることができないから、反対しても無意味でしょう?」
もっともな意見だ。さっきの説明の限りでは、雪那の持つ鎖に幽霊をどうにかする要素はない。捕縛する程度なのだろう。
「でもさ、こいつがどうにかできるとも思わねえよ。面倒な事は早急に済ませておくべきだと思うね、私は」
「面倒な事って……。だから、私達が和志君をサポートすればいい、って言っているんですよ。最悪の事態になったら、そうするしかありませんが」
「でも……、でも……」
雪那はたじろいだ。だがしばらくするとそれも止め、思案するようなそぶりを見せてから、
「オリャ」
突然、鎖をちさに向けて放った。一直線に飛んでいく。俺は雪那の咄嗟の行動に反応できなかった。一つの対処もなく鎖はちさの身体に巻き付いた。見た限りでは、締め付ける強さは朝の比ではなく弱そうではあるが、ちさは悲鳴を上げた。幾重にもちさを取り巻いている希薄で半透明な鎖と姿形はよく似ているが、雪那の鎖ははっきりしている。
「お前! 何してんだよ!」
ちさから鎖を外そうとしたが、どれだけ力を加えてもびくともしない。
「和志君、手を離してくれないかな?」
俺とは違って、今の事態に動じてなく、どこか冷静な来奈が近づいてきた。そして、
「うわっ!?」
鎖から俺の両手を引き剥がした。その小さな身体には似合わない力である。それに、なぜ手を離さなければならないのか。意味がわからない。
「何すんだよ!」
「ごめんなさい。でも、雪那ちゃんの邪魔をしてほしくなくて」
邪魔をしてほしくない?
「どういうことだ?」
「うーん。とりあえず、和志君に賛同した、ってところですね」
来奈の発言に、頭の中に「ハテナ」を浮かべていると、雪那がちさの鎖を解いた。鎖はまた、音もなく地面に落ちると、忽然と消えてしまう。それと同時に、雪那が呟いた。
「十年前だな」
「はあ? 何のことだ?」
「お前にやるヒントだよ! ちさの亡くなった時期が十年前だ、って言ってんだよ! それくらいわかるだろ!」
「いや、わかんねえよ」
この状態では、これ以上の答えを雪那は教えてくれそうにないだろう。それになによりも、俺自身雪那に訊くということは何か癪に障る。だから、来奈に答えを求めた。目で訴えて。
「ええっとですね、雪那ちゃんの鎖は人の魂に巻き付けると……うーん、別に巻き付けなくても触れるだけでいいんだけど、そうすれば魂の状態を把握できるんですよ。今みたいに、死亡して魂が肉体から乖離した時期とか、ですね」
いや、ちょっと待て。
「じゃあ、なんで朝俺は巻き付けられたうえに斬られたんだよ」
来奈の言った通りなら、朝に雪那の鎖に巻き付かれた瞬間、いや、巻き付かれなくても、鎖に触れた瞬間にわかったはずだ。俺が生きているってことは。
雪那と来奈の二人は一斉に顔を背けた。どういうわけだよ、こいつらは。
「えーと、それは……」
「そいつはな、私が言わなかったからだよ。その時、なんかおもしろそうだったしな」
そうかよ。
なんとなく答えは予測できていた。さて、話を戻そう。
「お前、どうして……」
「ああ!? んなこと、どうでもいいだろ。まあ、強いて言うなら、私も来奈と同じようにお前に賭けてみようって思っただけだよ。だからな……」
雪那は、またどこからともなく鎖を取り出すと、それを俺に向けて続ける。
「途中で投げ出すとかそういう舐めた真似はすんなよ。その時はお前を呪い殺してやるからな、覚悟しろよ」
「呪い殺すって……ありなのか?」
来奈に希望を求めた。来奈は「フフフ」と小さく笑って続ける。
「そうですね。いいですね、その案は」
「俺には敵しかいねえのかよ! というか、呪い殺せることは肯定すんのか!?」
「…………冗談です」
「その間はなんだよ!」
「とにかく! 和志には期待してやるからな。私たちを失望させるなよ。その気にさせたお前の責任だ。まあ、だから……」
「あ、あの!」
雪那は口を閉じざるを得なかった。俺と雪那、そして来奈の間には、いつの間にかちさが立っていた。一度、彼女に巻き付く鎖を知覚したせいか、それは今俺の目に、鮮明に映っていた。
「さ、さっきから何をしてるんですか? おにいちゃん達は」
困惑した表情で次々と、周りに立っている俺たち三人の顔を見回した。だが、まだ俺以外の二人、特に雪那には恐怖心を抱いているようで、立ち位置は俺の方に寄っている。無理もない。味方だと考えるのは俺だけだろう。
実際に、刃物が目の前まで迫っていたのだ。その後に意味もわからず縛られ、理解する間もなく解かれる。両方とも雪那の主導によって行われた。俺の目にはそう見えた。始めは、来奈が短刀を抜いたにしても、その切っ先をちさに向け、そのまま斬りかかろうとした。そのついでに俺を斬ったのは雪那の手によるものだ。いや、「ついでに」というのも間違いだったのかもしれない。その他にも、その金髪とあの時の形相のダブルコンボは鬼のようだと感じた。
「オイコラ、最後のは違えだろ。関係ねえだろ」
雪奈は俺を殴ろうと、拳を振りかぶる。反射的に、俺は目を瞑ってしまった。