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あっちに行きな! こっちに来るな!  作者: 河海豚
第二章 残された幽霊
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地縛霊

 幽霊は触れないはずなのに、どうして?

「おにいちゃん? どうしたの? ……後ろ!」

 ちさが俺の後ろを指差して叫んだ。それに反応して後ろに向く前に、後ろ襟を掴まれそのまま倒れてしまった。

 あれ? デジャビュ?

 アスファルトの上に仰向けにさせられる。視線の先には誰かが立っていた。影になっていてよくわからない。しかし、和服姿という特徴ある服装をしている来奈ではないことはわかるから、おそらく雪那だろう。顔を横に向けると、雪那の脚が見えていた。

「どこ見てんだよ!」

「ぐほっ」

 大きく蹴飛ばされた。それも脇腹を狙われて、的確に。二、三メートルくらいは飛ばされただろう。

「ぐぐぐ」

「大丈夫ですか?」

 来奈が手を差し伸べてきた。朝の時とは違って、今度は来奈の手を取るだけで立つことができた。

「ありがとう」

「いえいえ」

 こういったやり取りをするが、来奈がどこかおかしく感じた。

 来奈の視界にもう既に俺は入っていない。その視線はちさを捉えていた。

 そして、その横顔は穏やかではない。

 来奈は俺のほうを見向きもせず、ゆっくりとした、それでいて毅然とした足取りでちさと雪那に近づいた。

 様子がおかしい。

 ちさも、どことなくそれを感じ取ったようで、後ずさりを始めた。

 様子がおかしい。

 雪那もちさに対しては、さっきまでは好意的な表情をしていたが、今は冷めた様子で佇んでいる。

 様子がおかしい。

 さっきからそう思っているのに、雪那の反応はゼロだ。俺の考えは雪那には筒抜けだろうに。それに、雪那をけなすようなことを思っていると、これまでの様子から考えるに、俺を「殴る」や「毒づく」など何か肉体的にも精神的にも危害を加えてくるはずなのだが、そんな素振りすら見せない。

 様子がおかしい。

「来奈、始めるぞ」

「………………」

 来奈は目を瞑って、何かを呟いた。

 始める? 何を?

 俺が身構えて見ていると、来奈は目を見開いて帯に手を掛けると――――短刀の柄を掴んだ。

 あれは……。

 来奈は、短刀を抜く気だ。そして、朝、俺にしたことをちさにもするのだろう。短刀で斬りつける。俺にはその姿が容易に想像できた。

「オイ、お前ら。……何しようとしてんだ?」

 想像できたが、その想像に何故か雪那は反応しない。それを見かねて声を掛けたところで、二人は動きを止める。無言のままだが、雪那だけは睨み返してきた。俺に畏怖を感じさせるような視線。それにひるみそうになる。目を背けそうになったが耐えた。

「何しようとしてんだ、って言ってんだよ!!」

「うるせえな! てめえは黙ってろ!」

「黙って見ていられるわけねえだろ! 来奈のその短刀は幽霊を斬る物だって、斬って消す物だって言ってたじゃねえか!」

 来奈は未だに喋らない。しかし、抜きかけの短刀を握る手は止まっている。

「ったく、これだから素人は……」

「和志君、あなたの言いたいことはわかります。確かに、私達はちさちゃんを斬ろうとしています。ですが、これはちさちゃんのためなんですよ」

「……どういうことだ?」

 俺の問いに、「チッ」と、雪那は舌打ちをして続けた。

「私達は、お前に『立って見ていろ』って言ったよな、和志。だいたい、お前こそ何がしたいんだ?」

 答えになっていない。

「お前は今までに霊を見たことがあるんだろう? なら、この子にはそれと違う部分があるのがわからないのか? よく見てみろ!」

 雪那が俺の頭を掴み、ちさに近づけた。それで、ちさは、怯えたような挙動を見せる。

 俺はされるがままに、ちさを凝視した。そして、しばらくすると、違和感に気づき始めた。

「なんだ? この鎖は……」

 ちさの身体には、目を凝らさないとわからないくらいの、薄らとした半透明の鎖が何本も巻きついていた。しかも、その鎖は地中にも繋がっているようで、さながら木の根が這っているようにも見えた。

 これじゃあ、まるで……。

「そうだ。この子は地縛霊だ。積もり積もった未練や憎しみ、遺してきた者、あるいは物への想いなどによりこの場所に強制的に縛られて、この世から離れることのできない可哀相な奴なんだよ、コイツは! だからな……」

 雪那は俺の頭から手を離し、背中を蹴飛ばす。顔から無様にちさの前に倒れた。その一方で、雪那はそのまま来奈の、短刀を抜きかけていた手首を掴んで引き寄せた。

「だから、この短刀で魂を斬らなければならないんだよ! この子が無事にあの世に送られるためにもな!」

 短刀の銀色に光る刃が露わになる。さらに、雪那は短刀の切っ先をちさに向けた。

「ちょっと待てよ! じゃあ……」

 俺は立ち上がり、結果的に二人とちさの間に立つ形となった。ちさは怖くなったのか、俺の後ろに隠れると、学ランの裾を掴んだ。

「そんなことをする前に、その未練とかをどうかすればいいんじゃないのか? それに縛られているなら、解決してやればいいだけの話じゃねえか!」

 雪那は俺の意見を一蹴するかのように鼻で笑い、続けた。

「未練をどうかすればいい? ふざけんじゃねえよ! てめえにこの子の、……人間の何がわかるってんだ! 簡単じゃねえんだよ! 死んだ時に何が未練になってるかなんて他人にわかるわけねえだろ! 本人にすらわからないかもしれない! やり残したことが多いなら特にな! 理解したなら、さっさとそこを退け!」

 雪那は短刀を振るった。刀身が俺の身体を通り抜けていったが、俺にはなんの感覚もない。だが、

「きゃっ!」

 ちさと俺を引き離すのには、それで充分だった。見ると、ちさは尻餅をついて、ブルブルと震えていた。一回経験したことがある俺自身、今の「来奈の短刀で斬られた」という状況は、感覚こそないものの、気味が悪く、そして、何よりも恐い。スッと身体を通過していくのを見ただけで、心臓が縮まるような感覚に陥ってしまう。それを初めて見た、しかも幼いちさにとってはとてつもない恐怖に感じるだろう。

 雪那が来奈の手を引いて、俺の横を通り抜けていく。ちさの目の前まで来たとき、もう一度、俺は二人の前に立ち塞がった。

「いい加減にしろよ、和志! てめえはこの子をここに留まらせてやりたいのか!? 苦しめてやりたいのか!?」

「なにか他にも方法があるはずだ」

 そうだ。他に何か手が。有効な手立てがどこかに。

「こいつ……。何度言ったらわかんだよ! てめえから私の鎖で縛ってやろうか! なあ、来奈!」

「……待ってください、雪那ちゃん!」

 長い間静観していた来奈が沈黙を破った。


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